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ホームナノ・マイクロ粒子合成制御された構造形態を持つ貴金属ナノ構造体

制御された構造形態を持つ貴金属ナノ構造体

Majiong Jiang1, Claire M. Cobley2, Dr. Byungkwon Lim2, Prof. Younan Xia2

1Department of Chemistry, 2Washington University, St. Louis, MO

はじめに

貴金属ナノ構造体は、触媒反応やエレクトロニクス、表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)、表面増強ラマン散乱(SERS:surface-enhanced raman scattering)、生物医学研究などの分野で、広範囲に利用されています1-3。それぞれの応用分野に応じて、その用途向けの特定の構造形態を持ったナノ構造体が必要です。たとえば、触媒として用いるためには多くの場合、貴金属ナノ構造体を表面積の大きなセラミック担体上に分散させる必要があり、一方、輸送特性の測定やナノスケールの電子機器の相互接続のためにはナノワイヤが必要です。また、構造形態は、貴金属ナノ構造体の特性を強化・制御する高感度のパラメーターとなるかもしれません。たとえば、貴金属ナノ構造体の触媒作用および選択性は、表面に露出した結晶面に強く依存することが明らかになっています。白金の場合、酸素還元反応(ORR:oxygen reduction reaction)に対する活性度は、非吸着性電解液中で{100}<{111}<{110}の順に高まります4。パラジウムの場合は、{100}面は{111}面と比べて、ギ酸酸化に対する反応性が4倍近くに高まります5。一方、金または銀のナノ構造体の形態は、SPR特性を決めるだけでなくSERS測定の重要な要素です6。したがって、貴金属ナノ構造体の形態を制御することは、さまざまな応用分野においてその性能を改善するのに極めて重要です。

ナノ構造体のポリオール合成

ポリオールプロセスは、明確に定義できる形態を持つ貴金属ナノ構造体を作製する際に用いられる一般的な方法です。このプロセスの第一段階では、金属原子を生成するために、ポリ(ビニルピロリドン)などの高分子キャッピング剤の存在下で、金属塩(貴金属の前駆体)と共にエチレングリコール(EG)などのポリオールを加熱します。EGを140~160℃まで加熱すると、次の酸化反応によってグリコールアルデヒド(還元剤)が生成します7

2HOCH2CH2OH + O2 → 2HOCH2CHO + 2H2O

ポリオールは多くの金属塩を分解することが可能で、さらにその還元力が温度に依存するため、ポリオール合成はAg,Au, Pd, Pt, Rh, Ru, Ir などの貴金属のナノ構造体を作製するのに適した方法です。

ナノ構造体の形態制御

貴金属ナノ構造体の液相合成において、その最終形態は主として、種結晶の双晶構造(ある特定の面または軸に関して2つの結晶が一定の対称関係で接合した状態)、および異なる結晶面の成長速度によって決定されます。反応の初期段階では、前駆体化合物は分解もしくは還元されてゼロ価の原子を生成し、核とも呼ばれる、流動的な構造を持つクラスターを形成します。クラスターが臨界サイズを超えて成長すると、構造変動によるエネルギー消費が大きくなるため、ある規定の構造をとるようになり、種結晶となります。図1に示したように、種結晶は、原子とナノ構造体とを橋渡しする役割を果たし、これは単結晶または多重双晶構造を取ることもあります8。実際には、種結晶の双晶構造は、還元速度の操作によって制御することができます。還元速度が比較的速い場合、核の生成過程では単結晶や多重双晶の種結晶のような熱力学的に安定な構造が優勢となります。反応条件によって、前者は正八面体または立方体に、後者は十面体または五角形ナノワイヤに成長することができます。還元速度がかなり遅くなると、反応は速度論的に制御されます。この場合、最初の核生成過程において積層欠陥(面状の格子欠陥の一種)のような平らな欠損を持つ平板状の種結晶が形成され、熱力学的に有利な構造形態からかけ離れた六角形および三角形のナノプレートが形成されます。異なる双晶構造の種結晶の分布は、酸化エッチングにより選択的に調整することができます。これにより、ゼロ価の金属原子は酸化されてイオンに戻ります。たとえば、O2/Cl- エッチング液によって双晶種結晶を選択的に除去することができ、反応溶液中には単結晶の種結晶が残ります9。ほとんどの場合には、選択性の高いキャッピング剤を導入すると、特定の結晶面と強く反応することで異なる面の相対自由エネルギーが変化するので、それぞれの結晶面の相対成長速度を制御する重要な手段となります。この種の化学吸着または表面キャッピングは金属ナノ構造体の最終形態に大きく影響します。たとえばPVPは、その酸素原子がAgの{100}面と最も強く結合する高分子キャッピング剤であり、Agのナノワイヤまたはナノ立方体の形成を促進します10,11

異なる構造形態を持つ面心立方体の金属ナノ構造体を作製する反応過程の模式図

図1異なる構造形態を持つ面心立方体の金属ナノ構造体を作製する反応過程の模式図。最初に核(小型クラスター)を形成するために、金属前駆体が還元または分解されます。核がある特定のサイズを超えて成長すると、単結晶または多重双晶構造を持つ種結晶となります。積層欠陥が生じると、プレート状の種結晶が形成されます。緑色およびオレンジ色は、それぞれ{100}および{111}の面を表します。双晶面は、赤線で示してあります。Wiley-VCHより許可を得て、参考文献8から転載。

ケース・スタディI:銀(Ag)

銀のナノ構造体は、おそらく、SPRのように光学的特性が構造形態に依存することで最もよく知られた材料です11。この構造体はまた、SERSの最も一般的な基板の作製に用いられ、また、エチレンのエポキシド化のための最も優れた触媒でもあります。均質なAgナノワイヤは、EGを用いた典型的なAgNO3ポリオール還元に、CuCl2を加えることにより合成することができます(図2a12Cu(II)イオンは、EGによってCu(I)に還元されますが、このCu(I)およびCl-の両方のイオンがこの合成において重要な役割を果たします。考えられるメカニズムは以下の通りです。Cu(I)からCu(II)への酸化に金属表面に吸着した酸素が用いられるため、表面の酸素量が減少します。よって、多重双晶種結晶が酸化エッチングのために溶解するのを防ぎ、Ag原子がより堆積できるサイトを作ることで、ワイヤの成長を促します。エチレングリコールは、Cu(II)をリサイクル(還元)してCu(I)に戻すことができるので、酸素量調節のためにCu(II)イオンを少量だけ添加する必要があります。さらに、塩化物イオンは、AgCl を形成することにより溶液中の遊離Ag+濃度を制御し、その結果還元速度が遅くなり、ワイヤ先端の高エネルギー双晶境界でのAgの優先的成長を促進します。典型的な合成では、PVPは、ナノワイヤの側面を構成する{100}面を優先的に保護する役目を果たします。

ポリオールプロセスにより合成された銀ナノ構造体

図2イオン種を用いたポリオールプロセスにより合成された銀ナノ構造体。(a)CuCl2を添加して合成されたAgナノワイヤのSEM画像。差し込み画像は五角形をしたナノワイヤの断面図。Royal Society of Chemistryより許可を得て、参考文献12から転載。(b)NaHSを添加して合成されたAgナノ立方体のSEM画像。Wiley-VCHより許可を得て、参考文献27から転載。

他の微量のイオン種もまた、Agナノ構造体の形態を制御する上で重要です。AgNO3のポリオール還元に少量の硫化物をNa2SまたはNaHSのどちらかの形で加えることにより、Agナノ立方体を均一に、また比較的大量に合成することができます(図2b13。Ag2SはAg還元の触媒として知られており、提案されたメカニズムによると、AgNO3の添加後すぐにAg2S種結晶が発生します。この種結晶が還元に触媒作用を及ぼし、高品質立方体の成長のための足場としての役割を果たします。反応は速度論的に制御されているので、熱力学的により安定な双晶種結晶が形成することはなく、最終生成物では、ナノ立方体に似た単結晶種が優位を占めます。この場合も、PVPはAgナノ立方体の{100}面を優先的にキャッピングする役割を果たします。

ケース・スタディII:金(Au)

金ナノ構造体は、その優れた化学的安定性、生物不活性、SPR/SERS特性およびユニークな触媒作用によって、注目を集めています。これまでに、Auナノ構造体の形態を制御するための多くの方法が試みられています14-16。前述のようにAg系に関して特定の構造形態を形成するためには、還元剤や安定剤の選定および反応温度が重要となります。同様にAu系でもほとんどの場合、ポリオール還元ですでに用いられているような強力な還元剤が、熱力学的に有利な多面体のAuナノ構造体の形成を促進します。しかし、大きく異なる点もあり、たとえばAg系とは対照的に、PVPのAuへの結合は、{100}面の形成を促進するほど十分ではないと考えられます。したがって、ポリオール合成では、八面体、二十面体、および十面体のような{111}面によって囲まれた、単結晶および多重双晶の多面体がAuナノ構造体の優位な構造形態となります。

たとえば、ポリエチレングリコール600(202401)を還元剤として用いた改良ポリオールプロセスにより、Au八面体が高い収率で合成されています。この合成では、ポリエチレングリコール600は溶媒としても用いられています(図3a17。この場合、塩化金(III)(AuCl3)水溶液の添加の前に、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)を少量添加することが、均質のAu八面体を高い収率で作製する鍵となります。添加したNaBH4が強力な還元剤として働き、Au前駆体の速やかな還元が進みます。一方、十面体のようなAuの多重双晶ナノ構造体は、ジエチレングリコールを用いたHAuCl4のポリオール還元において、PVP濃度をかなり高くすることで作製できます(図3b18。高濃度のPVPが、金十面体の表面のO2/Cl-による酸化エッチングをブロックしていると考えられ、その結果、これらの双晶ナノ構造体が安定化され、反応液中に析出します。

改良ポリオールプロセスにより合成された金ナノ構造体

図3改良ポリオールプロセスにより合成された金ナノ構造体。(a)ポリエチレングリコール600を用いたAuCl3のポリオール還元に少量のNaBH4を添加して作られたAu八面体のSEM画像。Wiley-VCHより許可を得て、参考文献17から転載。(b)高濃度のPVP存在下で、ジエチレングリコールを用いたHAuCl4のポリオール還元で得られたAu十面体のSEM画像。American Chemical Societyより許可を得て、参考文献18から転載。

ケース・スタディIII:パラジウム(Pd)

パラジウムは、水素化、脱水素化、鈴木カップリング、Heckカップリング、またはStilleカップリングのような炭素-炭素結合生成を含むさまざまな反応で利用される重要な触媒です。一般に、EGを用いた典型的なNa2PdCl4のポリオール還元におけるPdナノ構造体の主要な形態は、切頂八面体(正八面体の頂点を切り落とした形)です19。Pdナノ構造体の形態制御は、Br-イオンのような特定のキャッピング剤の導入、または酸化エッチング、あるいはその両方を採用することで行います。1つの例をあげると、長方形の断面を持つPdナノバーは、Na2PdCl4のポリオール還元にBr-イオンを添加して合成することができます20。臭化物イオンは、Pdの{100}面に強く結合し、その結果、核生成段階で立方体Pd種結晶が形成されます。Pdナノバーの形成は、選択的活性化プロセスにより促進される立方体種結晶の非等方的成長によるものとされます。このプロセスでは、立方体種結晶の六面のうちの1つの面上での局所的酸化エッチングが生じ、一部のBr-イオンが除去されます。よって、一方向に沿った立方体種結晶の選択的成長を促進し、最終的に{100}面によって囲まれたPdナノバーが形成されるのです(図4a)。

改良ポリオールプロセスにより合成されたパラジウムのナノ構造体

図4改良ポリオールプロセスにより合成されたパラジウムのナノ構造体。(a)少量の水とEG を溶媒として用いたNa2PdCl4のポリオール還元にKBrを添加することにより合成されたPdナノバーのTEM画像。American Chemical Societyより許可を得て、参考文献20から転載。(b)EGを用いたNa2PdCl4のポリオール還元に少量のFeCl3およびHCl を導入することにより合成された三角形のPdナノプレートのTEM画像。American Chemical Societyより許可を得て、参考文献21から転載。

もう1つの例を挙げると、ポリオール合成中にFe(III)種を導入することによりPd三角形ナノプレートが合成されます(図4b21。Pd(0)に対する2種類のウエットエッチング液としてFe(III)種およびO2/Cl- ペアを用いることで、その還元速度がかなり遅くなります。この酸化エッチングは、酸を加えて反応溶液のpHを低くすることでさらに促進されます。このような低い還元速度の下での速度論的に制御されたプロセスによって、核生成段階でプレート状種結晶を形成することができます。新しく形成されたPd原子が、成長するナノプレートの側面に優先的に付加されることにより、この種結晶は次第に三角形ナノプレートへと成長します。これらのPdナノプレートはサイズが大きくなると、可視領域でSPRピークを示します。また、このナノプレートは鋭いコーナーとエッジを持つため、SERS活性を示す基板として用いることができます。

ケース・スタディIV:白金(Pt)

白金は、水素化、オイルクラッキング、触媒コンバーター中のCO/NOx酸化などの分野で、工業的に幅広く応用されている非常に重要な触媒です。また、燃料電池のORRおよび燃料酸化の両方に対して最も効率の高い電極触媒としても働きます22,23。これらの例では、ほとんどの場合、Ptナノ構造体を固体担体に分散させることが必要です。ポリオール還元を改良して、少量のFe(II)またはFe(III)を添加することにより、さまざまな基板上でPtナノワイヤを成長させることができました。典型的な例では、PVP存在下、110℃でEGを用いてH2PtCl6を還元することにより、Pt(II)種が形成されます。Pt(0)に対する酸化エッチング液として微量のFeCl3を加えることにより、Pt原子の核生成を制御して、網目(gauze)状のPtまたはW上に直接、均質なナノワイヤを成長させることができます(図5a23。Ptナノワイヤで覆われた網目状PtはPt/C(E-TEK)触媒と比べ、メタノール酸化反応に対する活性度が1.5倍以上高くなりました。さらに、この簡便な方法を用いると、エレクトロスピニング法で作製したTiO2ナノ繊維などの他の基板やパターニングしたシリコン基板の上にPtナノワイヤを容易に成長させることができます24,25

改良ポリオールプロセスにより合成された白金ナノ構造体

図5改良ポリオールプロセスにより合成された白金ナノ構造体。(a)網目状Pt上のPtナノワイヤのSEM画像。差し込み画像は、網の表面から外側に成長するPtナノワイヤの側面写真。American Chemical Societyより許可を得て、参考文献23から転載。(b)鉄媒介ポリオールプロセスにより合成されたPtマルチポッドのTEM画像。この場合、ポリオール還元の反応速度は、N2フローを用いて酸化エッチングを急激にブロックすることによって制御され、Ptシードが著しく枝分かれしたナノ構造体へ成長し始めます。Wiley-VCHより許可を得て、参考文献26から転載。

基板がない場合は、同様のメカニズムによって高度に枝分かれしたPtナノ構造体を作製することができます26。枝分かれしたナノ構造体を形成するためには、窒素ガスを流して反応系中のO2を除去することによって、酸化エッチングを急激に停止することが重要です。この場合、Pt原子の濃度が著しく上昇し、種結晶はマルチポッドのような高度に枝分かれしたナノ構造体に成長することになります(図5b)。

結論

ポリオール法を用いた、さまざまな構造形態の貴金属ナノ構造体の合成に関する事例を挙げました。特定の構造形態の形成に関する正確なメカニズムは、まだ完全には理解されていませんが、還元反応速度、酸化エッチング、表面キャッピングなどのいくつかの重要な反応パラメーターを組み合わせると、貴金属ナノ構造体の最終形態を決定する2つの要素である、種結晶の双晶構造および種結晶表面の結晶面の両方を制御する効率的な方法が得られることが明らかになっています。核の生成および成長のメカニズムに関する理解が進むにつれてこの研究分野がさらに発展し、貴金属ナノ構造体の形態を制御することが可能になれば、多くの優れた特性、アプリケーションが実現可能となるでしょう。

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