細胞接着に影響を与えるものとは?
in vitroで健康な細胞が最適な細胞接着を行うためには、培地、血清、およびその他の添加物に含まれるさまざまな細胞由来の接着分子との相互作用が必要です。培養容器表面は接着を促進するために、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンなどの細胞外マトリックスタンパク質で処理されることがよくあります。しかし、多くの接着細胞は、うまく接着して層を形成するために、目的に合った細胞培養表面以外のものを必要としません。
図1. 細胞外マトリックス(ECM)のコーティングにより、ヒト胎児肺線維芽細胞が急速に増殖される。ヒト胎児肺線維芽細胞由来のMRC-5細胞を、接着を促進する細胞外マトリックスゲルでコーティングした容器(右)とコーティングしていない容器(左)にプレーティングした後、24時間増殖した。
健康で適切な栄養が与えられた細胞は、接着マトリックスを再構築して最適化します。最適ではない増殖条件下で培養された細胞は、接着不良となります。培養容器表面が適切な場合、基質への細胞接着不良における最も一般的な原因は、環境ストレスです。培養中の細胞が受けるストレスは、生物物理学的条件や培地中に存在または生成される成分によって生じます。詳細については、こちらをご覧ください。3D細胞モデルで問題が生じている場合は、3D細胞培養法およびプロトコルをご覧ください。
図2. 培養中の細胞の健康状態と接着状況のモニタリング
接着細胞の良好な接着を阻む環境ストレスには以下のものがあります。
- コンタミネーション
- インキュベーターの温度変動
- 不十分または不適切な培養容器表面/基質
- 不適切な環境ガスの混入
上記をすべて否定できる場合、細胞が接着して単層膜を形成できないのは、細胞培養液の栄養不足か気体環境によるものと考えられます。以下の表は、細胞培養培地の必須成分の一覧です。これらの欠如または濃度変化が、どのように細胞ストレスを引き起こし、培養表面からの剥離につながるのかを説明します。この表には、無血清培地系での接着不良に関するトラブルシューティングに特に役立つヒントを記載しています。
従来および無血清系における一般的な細胞培養培地と環境要素およびそれらの機能 | |
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培地成分/分子機能 | 細胞培養のための推奨事項 |
アルブミン | |
アルブミンは、さまざまな種類の分子と結合し、それらを安定化させる。そのため、培地組成から除くと、培地の安定性が低下する可能性がある。また、フリーラジカルの受け皿として作用し、細胞膜に対する酸化的損傷を軽減する。 | できる限り、培地組成にアルブミンを入れる。アルブミンの作用の多くは、複合体を形成する分子に左右されるため、その効果には大きな違いが見られる。 |
アスコルビン酸塩/アスコルビン酸 | |
アスコルビン酸は、細胞膜を傷つけて細胞死を生じさせる脂質過酸化反応を阻止する。また、水系の培地中で急速に酸化される。アスコルビン酸塩がないと、細胞はコラーゲンやエラスチンのようなECMタンパク質を翻訳後修飾および架橋する能力が低下する。 | 培地を使用する際は、添加物としてアスコルビン酸塩とグルタチオンを加える。グルタチオンは、溶液中の酸化されたアスコルビン酸を再生する。 |
カルシウム | |
カルシウムイオン濃度の変化は、細胞接着とシグナル伝達に影響を与える可能性が非常に高い。 | カルシウムキレート剤であるEDTAを培地に添加したり、誤って混入しないようにする。 |
細胞外カルシウム濃度は、一般的に細胞内濃度よりもはるかに高い。酸化ストレス、および接着細胞の継代操作は、細胞膜を傷つけ、カルシウムを急速に細胞内に流入させる可能性がある。これにより、接着に必要な呼吸とエネルギー源が妨げられる。 | 膜が損傷している可能性のある細胞は、膜が修復されるまで、通常濃度のカルシウムにさらさない。 |
セルロプラスミン | |
無血清およびタンパク質不含培地には、一般的にセルロプラスミンを添加しない。そのため、銅が、細胞産生物や細胞膜接着部位に損傷を与えるヒドロキシルフリーラジカルの生成を触媒する可能性がある。 | アルブミンは銅特異的な結合部位を持っている。その銅輸送能の効果を考慮する。 |
クエン酸 | |
クエン酸は、細胞のカルシウム利用可能性を低下させ、細胞接着の低下を招く恐れがある。トランスフェリンを含まない細胞系では、クエン酸は鉄と不溶性塩を形成するイオンと競合する。溶液中により多くの鉄が含まれていると、細胞表面でフリーラジカル作用が増大し、細胞接着部位に損傷を与える。 | 接着細胞培養系では、クエン酸は除去するか、濃度を低くする。 クエン酸は、鉄の結合にトランスフェリンが使用され、銅がセルロプラスミンやアルブミンに結合している細胞培養系に限り、使用する。 トランスフェリンやセルロプラスミンの使用が難しい場合、クエン酸の代わりに尿酸塩で鉄や銅をキレートする。 |
銅 | |
銅が欠如していると、多くの細胞では、コラーゲンやエラスチンなどの翻訳後修飾および架橋する機能が低下する。 | 銅をアルブミンとの複合体のかたちで添加する。(銅+ニッケル)とアルブミンのモル比を1対1未満に保つ。(銅+ニッケルのモル数は、アルブミンのモル数よりも低くする) セルロプラスミンの構成要素としての銅は、できる限り生理学的に適切な種類のものを選択する。 |
システイン | |
酸化ストレス下では、グルタチオンを産生するために、細胞のシステインの消費は増加する。システインの利用に制限がかかると、接着受容体およびタンパク質の産生が低下する。 | 培地への添加物としてグルタチオンを加える。 培養系の酸化ストレスを最小限に抑える。 システイン供給源として、タンパク質(アルブミン)のような複数のシステインを含むものを利用する。 結合システインまたはシステインと2-メルカプトエタノールの硫化水素化合物の混合物。 |
EDTA | |
EDTAはカルシウムキレート剤で、培地のカルシウム濃度が低下すると、細胞の接着が抑制される。トランスフェリンを含まない細胞系では、EDTAは鉄と不溶性塩を形成するイオンと競合する。EDTAは、鉄を溶液中に多く保持することで、鉄が細胞表面または細胞外マトリックスでフリーラジカルイベントを引き起こす可能性を高め、細胞接着の低下につながる。 | 細胞接着系でEDTAを使用しない。細胞調製時に使用(剥離の際にトリプシン/EDTAとして)する場合には、細胞を十分に洗浄する。 |
グルタチオン | |
酸化ストレス下の細胞は、細胞膜を損傷から守るのに十分な量の還元型グルタチオンを産生できない可能性がある。 | 培地への補助添加物としてグルタチオンを添加する。 細胞培養中、無血清およびタンパク質不含培地のグルタチオン濃度をモニターする。 最適なグルタチオン合成速度を維持するために、十分かつ適正に調製されたシステイン源を細胞に供給する。 |
過酸化水素/ヒドロキシルフリーラジカル | |
過酸化水素は、鉄イオンや銅イオンの存在下でヒドロキシルフリーラジカルを形成する。ヒドロキシルフリーラジカルは、細胞外マトリックスにおいて細胞結合ドメインおよび接着部位を攻撃して損傷を与える可能性がある。 | マンニトールを添加して過酸化水素と複合体を形成し、安定化させる。 グルタチオンペルオキシダーゼを確実に活性型にするためにセレンを添加する。 アスコルビン酸を還元型に保つために、培地にグルタチオンを添加する。 |
鉄 | |
鉄は、細胞およびマトリックス結合部位に損傷を与えるヒドロキシルフリーラジカルの形成に関与し、細胞の基質からの剥離を引き起こす。 | 細胞に運ばれる鉄を適切に制御するため、できる限りトランスフェリンを使用する。 |
マグネシウム | |
細胞の接着にはマグネシウムが重要な役割を果たしている。チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞のような細胞株は、浮遊培養として増殖することがある。浮遊培養で接着細胞を増殖させる場合、凝集を抑制するために、マグネシウム濃度を適切に制御する必要がある。 | 特定の細胞培養系では、マグネシウムおよびカルシウム濃度を測定する必要がある。浮遊培養中で接着細胞がわずかに凝集するのは許容範囲である。接着細胞を強制的に単細胞として増殖させることは、他の機能が損なわれる可能性がある。 |
マンニトール | |
無血清およびタンパク質不含の細胞培養系は、血清を添加する場合と比較して酸化ストレスを受けやすい傾向にある。 | 過酸化水素を結合させて、安定化させる保護分子としてマンニトールを添加する。 |
酸素 | |
接着細胞は、酸素濃度勾配および酸化ストレスの影響を受ける。酸素を介したストレスは、細胞を円形にして、基質から分離させる可能性がある。 | 細胞インキュベーター内で推奨されるCO2混合物を維持することにより、培養系中の酸化ストレスを最小限に抑える。 |
ピリドキサール | |
ピリドキサールは、特に光の存在下で鉄およびシステインと反応し、有毒な副産物を生成する可能性がある。 | ピリドキシンを使用できる細胞の場合は、ピリドキサールの代わりに使用する。 鉄がトランスフェリンと複合体を形成していない状態で、培地を液体の状態で長期保存する可能性がある場合には、できる限り、無血清またはタンパク質不含培地でピリドキサールを使用しない。 |
ピルビン酸 | |
ピルビン酸は、過酸化水素と結合することにより酸化ストレスを防ぐ目的で、接着細胞培養系で使用される。チアミンは、脱炭酸によりピルビン酸を破壊する。 | ピルビン酸を培地に添加する。 |
リボフラビン | |
光へのばく露は、リボフラビンを分解し、過酸化水素を形成し、酸化ストレスを引き起こす。 | 細胞培養時に新たなリボフラビンを添加する。 細胞培養系および調製済みの培地を光から保護する。 |
セレン | |
セレンは、過酸化水素を分解するグルタチオンペルオキシダーゼの補因子で、これを含んでいない無血清培地は、膜の損傷を受けやすい傾向にある。 | 低濃度のセレン(10~500 pM)を添加する。高濃度のセレンは細胞に毒性を示す。 |
トコフェロール | |
α-トコフェロールは、水系の培養液にはほとんど溶けず、鉄イオンや酸素の存在下では不安定である。 | α-トコフェロールを、溶液状態を維持し、無菌的にろ過できる複合体として添加する。 細胞を播種後にα-トコフェロールを無菌的に培地に添加する。 リポソームに入れたα-トコフェロールを投入する。 捕捉されていない鉄を含む無血清またはタンパク質不含培地に、α-トコフェロールを添加しない。 α-トコフェロールを含む組成には、アスコルビン酸塩も入れる。アスコルビン酸塩は、膜結合型α-トコフェロールを再生する。 |
トランスフェリン | |
細胞を無血清培地に馴化させるには、血清(およびトランスフェリン)濃度を下げて細胞を増殖させる。血清濃度が低いと、培地に存在する鉄をすべて結合させるのにトランスフェリンが十分でない可能性がある。無血清およびタンパク質不含培地にトランスフェリンを添加していない場合、鉄が細胞に損傷を与える可能性があるヒドロキシルフリーラジカルの形成を促進する可能性がある。 トランスフェリンが培地組成に含まれていない場合、一部の細胞はその馴化過程でトランスフェリンを産生する。そのような場合、細胞の鉄栄養要件と細胞毒性のバランスをとる必要がある。 | 馴化培地のトランスフェリン濃度や鉄結合能を測定するアッセイを使用する。訓化過程では、総鉄量とトランスフェリンのモル比を0.5~1.5に保つ。 できる限りトランスフェリンを使用して鉄を結合、運搬、および細胞に送達する。 |
亜鉛 | |
亜鉛は、細胞増殖に必須のイオンである。亜鉛濃度は、多くの細胞培養組成中で制御されていない。多くの場合、インスリンの塩またはアルブミンまたは血清の構成要素として添加される。 亜鉛は、酸化物、過酸化物、炭酸、ヒドロキシル、リン酸、および硫化物のイオン存在下で沈殿する。沈澱により亜鉛が失われると、細胞膜の安定性およびスーパーオキシドジスムターゼ活性が低下する可能性がある。 | 血清、アルブミン、およびインスリン亜鉛塩の濃度を測定した後、組成中に含める亜鉛塩の最適濃度を実験的に決定する。 pHが変化しないように適切な緩衝能を維持する。緩衝力を高める添加剤としてHEPESまたはMOPSなどのバッファーを使用できる。 酸化ストレス下で酸化物、過酸化物、および硫化物が形成される。ガイドラインに従って、酸化ストレスを回避または最小限に抑える。 水酸化ナトリウムで培地pHを滴定する場合には注意する。pHを局所的に急激に変化させない。低規定の塩基性溶液を使用し、その塩基をゆっくり加えてから、培地を直ちに撹拌して、pHの変化を回避する。 できる限り、アルブミンまたはインスリンとの複合体として亜鉛を添加する。 |
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