細胞外基質タンパク質と培養細胞の最適化ツール
細胞外基質(ECM)とは何か?
in vitroの培養条件を最適なものにするため、動物細胞および組織を培養する技術は常に改善されています。細胞外基質(ECM)タンパク質によるコーティング、あるいは細胞培養器具内の化学的または物理的修飾は、よりin vivoでの細胞動態に近づけるために有効であることが示されています。ここでは、注目すべき新たな技術を紹介しながら、現在入手可能な各種のコーティングについて解説します。
1900年代には動物細胞はガラスの表面で培養されていました。しかし、これには入念な洗浄手順が必要であったため、研究者はポリスチレン製の使い捨てプラスチック培養器具が使えるかどうか試し始めました1, 2。しかし、プラスチック培養器具にはいくつかの制約があります3。
- 血清を含まない培地では細胞の成長と接着が困難
- 細胞の形、極性や形態の変化
- 細胞増殖亢進と分化抑制
- ホルモンや成長因子への応答性の低下
研究者はその後、培養器具の表面に生物由来物質(生物学的コーティング)と人工合成ポリマー(化学的コーティング)の両方を施すようになりました。これにより、細胞の接着、成長および分化を亢進することができます。コーティング済みの面上での細胞の成長は、平坦で2次元的なプラスチック面での成長と対比して、より自然環境下での成長に近いものとなります。この技術は、生理学的2D環境、あるいは2.5D細胞培養環境と言うことができます。
図1.細胞は、2D培養環境で培養されたときと比べて、細胞外基質タンパク質の存在下ではより生理学的な動態を示す
生物学的コーティング(ECMタンパク質)や化学的コーティング(ポリリジンなど)の存在下で培養された細胞は、従来の2D培養環境で培養された細胞と比較して、より生理学的にin vivoの場合と類似した動態を示します。
ECMタンパク質
組織内は、単にみっちりと細胞で敷き詰められているというわけではありません。その空間の大半が細胞間隙となっており、ECMと呼ばれるタンパク質の複雑な網状構造で満たされています。多くの組織において、ECMの構成成分は、線維芽細胞から分泌されたものであり、プロテオグリカンや線維状タンパク質(コラーゲン、エラスチン、フィブロネクチンおよびラミニン)に分類されます4。これらの構成成分は構造を支持することに加えて、細胞間伝達を促進します。細胞表面で細胞骨格をECMと結合させている膜貫通型タンパク質であるインテグリンは、細胞の増殖、形態、接着および細胞死を制御するシグナル伝達経路を活性化します。
ラミニン
ラミニンは基底膜の主たる構成成分となります。ジスルフィド結合によって非対称な十字型構造をとる3本の長いポリペプチド鎖(それぞれα鎖、β鎖およびγ鎖と名付けられています)からなります。ラミニンは、細胞とECMを結合する接着剤の役割を果たします。コラーゲンの結合、細胞接着、ヘパリンの結合および神経突起伸長切断のための活性化ドメインを持っています。また、細胞の成長や運動性、シグナル伝達経路を調節します3,8。
フィブロネクチン
フィブロネクチンは、大型の糖タンパク質(220 kDa)であり、2本のポリペプチド鎖が一端でジスルフィド結合によってつながっています(二量体)。さらに、それぞれのポリペプチド鎖が折りたたまれて、機能的にも構造的にも異なるドメインを形成し、ECMのさまざまな構成成分(グリコサミノグリカン、プロテオグリカンおよびコラーゲン)や細胞表面タンパク質に結合します。 フィブロネクチンは、線維芽細胞、軟骨細胞、シュワン細胞、マクロファージ、腸管上皮細胞、肝細胞などといったさまざまな結合組織中の細胞から分泌されます7。
図2.フィブロネクチンの構造
フィブロネクチンは、細胞の接着や拡散に関わる多機能型のタンパク質です。また、細胞の形態、細胞遊走、細胞骨格の形成、止血、創傷の修復などを制御します。
図3.ECMタンパク質ラミニン、コラーゲン、およびフィブロネクチンを含む基底膜構造
コラーゲン
コラーゲンは、哺乳類の体内で最も大量に存在するタンパク質で、総タンパク質量の25%を占めています。3本の(α鎖と呼ばれる)ポリペプチド鎖がらせん構造をとる分子となっており、グリシン残基とプロリン残基を豊富に含みます。 コラーゲンは20種類以上ありますが、結合組織中で一般的にみられるのはI型、II型、III型、V型およびXI型コラーゲンです。IX型とXII型は原線維(フィブリル)と関連性をもつコラーゲンであり、原線維同士または原線維とECMを結合します。一方、IV型とVII型はネットワークを形成するコラーゲンであり、基底膜の主たる構成成分となります5。
組織内でコラーゲンは構造を支持し、強度と弾力を与えていますが、細胞培養においては細胞の成長、分化および遊走を研究するために用いられます6。
ゼラチン
ゼラチンは、平均分子質量が大きな水溶性タンパク質の不均一な混合物で、コラーゲン中に存在しています。このタンパク質は、皮膚、腱、靭帯、骨を水中で煮沸することにより抽出されます。A型ゼラチンは、酸で硬化処理した組織から誘導され、B型は石灰処理した組織から誘導されます。
A型ゼラチンと称するブタ皮膚由来のゼラチンは、コラーゲンの酸性消化によって生成され、主にグリシン、プロリンおよびヒドロキシプロリンで構成されています。このゼラチンは、三重らせん状コラーゲンから消化後にはランダムなコイル構造を呈し、N末端配列でB型ウシゼラチンとは異なります。
ゼラチンは、細胞接着および胚性幹細胞培養、精巣細胞培養、神経ロゼットに使用される細胞培養プレートや培養皿のコーティング改善のために一般的に使用されています。
ビトロネクチン
ビトロネクチンは、459のアミノ酸からなる糖タンパク質で、ECMや血液中に存在します。75 kDaの1本鎖、または、65 kDaと10 kDaの2本鎖からなる構造をとって血流中を循環します。このビトロネクチンは、多糖類(グリコサミノグリカン)やプロテオグリカンと相互作用し、細胞接着分子としての機能を果たします。ビトロネクチンとフィブロネクチンは、相互の機能が類似しており、ともにArg-Gly-Aspという細胞認識配列を持っていますが、構造的にも免疫学的にも異なります9。
ビトロネクチンは、細胞傷害性のある補体系を阻害し、凝固系でも生理学的な作用を持っています。さらに、細胞遊走、増殖、分化、内皮細胞や腫瘍細胞の拡散などを促進します。
すぐに使用できる、プレミックス接着因子溶液
すぐに使用できる接着因子ミックス溶液は、細胞培養フラスコおよびプレートをコーティングするようにデザインされており、さまざまな種類の細胞の接着、分化、増殖が、ECMコーティング済みの表面に依存して付着が生じるところで促進されます。従来の細胞培養法では、さまざまな接着因子でのプレートコーティングなど、調製ステップに時間がかかり、全体の分析時間が長くなる可能性があります。この接着因子ミックス溶液を使用すれば、細胞培養の調製を簡素化し、エンドユーザーによる最適化の手間を減らし、必要な手順と時間を短縮して、洗浄試薬を削減することができます。研究者は、プレートコーティングと同日にアッセイを開始することもでき、2つ目の接着因子を使用する前に一晩待つ必要はなくなります。作業濃度の接着因子ミックスは、96ウェルプレート用10回分に事前に最適化されており、希釈する必要はありません。
接着因子ミックスの利用
培養するため、ならびに上皮および神経細胞の接着と分化を促進するために、Poly-L-Lysine(PLL)、Poly-L-Ornithine(PLO)、またはPoly-D-Lysine(PDL)と、ラミニンの組み合わせがよく用いられます。このようなミックスは、室温で保存可能です。さらに、ラミニンそのものは-20˚Cで保存が必要で、凍結融解サイクルの繰り返しで変性する傾向があるため、このようなミックスは、ラミニンそのものと比べて安定しています。細胞がPoly-L-Lysineを消化できる場合、過剰なL-Lysineの取り込みを防ぐため、Poly-D-Lysineとラミニンミックスの使用をお勧めします。
すぐに使用できるラミニンミックスの効果をバリデートするため、2種類のコーティング法で神経幹細胞(NSC)を培養し、比較しました。標準法として、PLL/PLO/PDLとラミニンをともにインキュベートした後、洗浄を1回行い、2回目の一晩インキュベーションを行いました。私たちの新しいシンプルな方法では、PLL(LPLL001)、またはPLO(LPLO001)、またはPDL(LPDL001)を、プレミックスラミニンコーテイング溶液とともに37°Cで1時間インキュベーションしました。結果、すぐに使用できるコーティング溶液ミックスの使用により、NSCの接着と増殖が認められます(図4~6)。
図4.神経幹細胞培養アッセイ。A. ラミニンとPDLのプレミックスコーティング溶液とともに37℃、1時間インキュベートして調製したコーティング。B. PDLで一晩インキュベートした後、洗浄を1回行い、ラミニンとともに2回目の一晩インキュベートを行って調製したコーティング。C. NSCをコーティングなしでTCプレート上にて48時間培養。
図5.神経幹細胞培養アッセイ。A. ラミニンとPLLのプレミックスコーティング溶液とともに37℃、1時間インキュベートして調製したコーティング。B. PLLで一晩インキュベートした後、洗浄を1回行い、ラミニンとともに2回目の一晩インキュベートを行って調製したコーティング。C. NSCをコーティングなしでTCプレート上にて48時間培養。
図6.神経幹細胞培養アッセイ。A. ラミニンとPLOのプレミックスコーティング溶液とともに37℃、1時間インキュベートして調製したコーティング。B. PLOで一晩インキュベートした後、洗浄を1回行い、ラミニンとともに2回目の一晩インキュベートを行って調製したコーティング。C. NSCをコーティングなしでTCプレート上にて48時間培養。
フィブロネクチン-ゼラチンコーティング溶液ミックスは、無血清または血清低減の培養に適しており、HL-1心筋細胞株および内皮細胞の培養に特に有用です。
図7では、さまざまな細胞株(BHK21細胞、CHO細胞、F9細胞、およびHL-1心筋細胞株)をフィブロネクチン/ゼラチンコーティング溶液(FG001)で培養しています。全細胞株は、非常に優れた接着と増殖を示し、すぐに使用できるフィブロネクチン-ゼラチンコーティング溶液の効果が確認されました。
図7.フィブロネクチン-ゼラチンコーティング溶液を使用した細胞株の増殖。A. BHK21細胞(ハムスター腎臓の線維芽細胞)、B. CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣)、C. F9細胞(マウス精巣胚性がん)、D. HL-1心筋細胞株(SCC065)。
すぐに使用できる、プレミックス接着因子溶液は、時間が節約できる効果的な細胞培養アッセイ代替法であり、研究者はプレートコーティングと同日に実験を開始できます。得られた実験結果は、これらのミックス製品がさまざまな細胞種に適していることを示しており、本製品は、合理化され、良好な結果が得られる細胞培養実験を行うために有益なツールといえます。
Cytosoft™プレート
細胞が生育する基質の硬さは、細胞機能に影響を与えます。CytoSoft™プレートは、生体適合性のある薄いシリコン層でコーティングされており、生理学的に幅広い硬度を網羅しています。ゲルの表面はタンパク質と安定的な共有結合を形成しており、接着因子(ECM構成成分)を用いたゲル表面のコーティングや、細胞の播種を容易に行えます。CytoSoft™プレートは、以下の特性を有しています。
- 光学的に透明で自家蛍光が少ない
- シリコンゲルは加水分解されない
- シリコンゲルは安定で、乾燥や吸水の心配がない
- 裂けやひび割れに強い
- 長期間保存しても硬度がほぼ変化しない
- 細胞の回収にトリプシンやコラゲナーゼが使える
- 酵素処理後の生化学的分解に強い
細胞培養におけるその他のECMタンパク質
培地表面をECMタンパク質や人工合成ポリマーでコーティングすることは、細胞の動態に大きな影響を与えます。観察される反応は、細胞の種類と基質として用いられるコーティングに応じて異なります。接着因子と接触している細胞の方が長期間生存するとともに、無血清環境でも成長することができます3。接着因子は成長因子を隔離して貯蔵することで、時間的および空間的に成長因子を制御することが可能であり、成長因子受容体とECM受容体の間でクロストークを促進します。また、接着因子は細胞の力学的性質を定義し、適切な環境下での分化を指示する働きがあります。ECMタンパク質は、成長因子シグナル伝達と相乗的に、細胞表面の受容体による細胞内シグナル伝達を誘導します12。細胞培養技術が進化していく中で、組織のin-vivo環境をより正確に再現し、細胞間でのECMの機能を解読するためには、さらなる構成成分や組み合わせが必要です。
参考文献
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