シリサイド:熱電材料として期待される化合物
Mikhail I., Fedorov, Vladimir K., Zaitsev
Ioffe Physical-technical Institute, St. Petersburg, Russia
Material Matters™, 2022, 6.4 Material Matters™ Publications
はじめに
近年、最も高性能な熱電材料の主要成分であるテルルの価格が高騰していることから、「工業規模での熱電発電デバイスの製造は採算が合うのか?」という疑問が出てきました。熱電発電デバイス用材料の主要材料はテルル化ビスマスであり、エネルギー生成用途の実用化に必要な、常温での無次元性能指数(ZT ~ 1)を有する材料です。無次元性能指数は以下のように表されます。
ZT = S2σT/κ
ここでSはゼーベック係数、σとκはそれぞれ電気伝導率、熱伝導率、Tは絶対温度です。より高い運転温度で使われる他の材料には、n型半導体ではPbTe、p型半導体ではGeTeがあります。どちらの材料も高価で、特にGeTeは高価です。テルル価格の上昇により、同等の性能指数を持つ代替材料を見出す必要があります。
シリサイド化合物は、いくつかの理由から有望な熱電材料であることがわかっています。まず、シリコンは4番目に豊富な元素であり、地殻中に最も広く分布している元素です。さらに、シリサイドは毒性を持つ元素を含まず、環境に無害であり、また、多様な電子移動機構を示します。表1はシリサイド化合物の主な特性の一覧で、熱電分野で得られた最新の結果を示しています1,2
熱電性能指数向上の試み
前述の式で表されるように、熱電性能指数はゼーベック係数の二乗に電気伝導率を掛け、熱伝導率で割ったものに絶対温度を掛けた値です。ゼーベック係数と電気伝導率はどちらもキャリア密度に依存しており、通常の方法ではこの2つが同時に増加することはありません。熱電性能指数のパワーファクターを最大にするような最適なキャリア密度が存在します。
キャリア密度と独立して変化するパラメータは熱伝導率のみです。フォノンと電子に由来する2つの成分から構成され、幾らかそれぞれを独立して変化させることで調整することが可能です。固溶体を作製する方法の場合、熱伝導率をかなり低減することが可能で、等電荷で結晶構造が同じである2つの物質の固溶体を用いてフォノン散乱を増加させ、熱伝導率を下げます。ZTを最大にするには熱伝導率を最小にする必要があります。
一方、性能指数を上げるもう1つの手段は、状態密度(DOS:density of state)を増加させることです。状態密度は一般的には物質のバンド構造のみに依存し、調整する手段が全くないために、ある種の材料に適用するには非常に困難な方法です。しかしながら、固溶体ではバンド構造を変化させることで性能指数を上げることが可能になる場合があります。
2種類の熱電発電デバイス
熱電発電デバイスには主に2つのタイプがあり、図1にその概略図を示しました。
図1左)n型およびp型の各材料からなる従来型の熱電素子右)異方性材料を使った熱電素子
左の図は従来からある熱電素子で、異なる種類(n型とp型)の伝導性を持つ2つの材料から構成されます。右の図はもう一つのタイプの熱電素子で、ゼーベック係数が異方性を示す材料が使われています。このタイプの場合、熱電素子の電圧は縦方向と横方向のゼーベック係数の差によって決定され、熱電性能指数(ZTa)は次のように表されます。
ここでは、測定した方向を||と⊥(対称性の高い軸に沿った方向、その軸に直交する方向)の記号で表しています。また、このタイプの熱電素子の電圧は次のように表されます。
V=1/2(S||-S⊥)×ΔT×l/d
ここでVは熱電素子の電圧、ΔTは温度差、lは接点間の距離、dは素子の厚さです。ΔTは素子の厚さと密接に関連していることを考えると、電圧感度(V/W)は次のように表すことができます。
V/Q=1/2(S||-S⊥)/h/κ45
ここでQは熱電素子中の熱流束、κ45はより対称性の高い軸に対して45度の角度における平均熱伝導率、hは熱電材料片の幅です。この式は接触抵抗が熱電材料片の抵抗に比べてはるかに小さいときに有効となります。この種の熱電素子の主な利点は、温接点での接合がないことです。
シリサイドの合成
前述したように、シリサイド化合物は熱電用途に有望な、毒性のない低コストな材料群です。これらの材料の場合、特に特性測定の可能な材料を、さまざまな方法で製造することが可能です。たとえば、クロムジシリサイド、高マンガンシリサイド、ルテニウムセスキシリサイド、コバルトモノシリサイドなどは、単結晶製造法であるBridgman法やCzochralski法のどちらでも製造できます。Czochralski法はまた、レニウムシリサイドの製造にも使われています。浮遊帯域(floating zone)法も多くのシリサイド、特に高温なタイプの合成に使われます。実験室レベルで熱電素子の物理的性質を研究する場合、マグネシウムシリサイドをベースとする材料は、化学成分の直接溶融とその後のアニール処理によって製造されます。
遷移金属シリサイド
表1に示した最初の5つの化合物は、対応する系での最大のシリコン含有量を持つことから、“高シリコンシリサイド類”(“higher silicides”)といわれているものです。六方晶系のCrSi2は例外ですが、そのほかのシリサイドはすべて、正方晶系あるいはやや変形した正方晶系の結晶構造をとります。これらのシリサイド類はどれもゼーベック係数の異方性が高く、異方性熱電発電デバイスへの利用において有望な候補材料となっています。これらの材料は異方性を示す温度範囲が非常に広く、高ダイナミックレンジのセンサーに利用できます。興味深いことに、ReSi1.75はゼーベック係数の異方性が非常に大きく、対称性の最も高い軸に沿った方向で測定した場合、ある試料ではSが正の値であるのに対し、別の試料では負の値をとります。この種の応用には、個々の試料内で、異なる方向に作用する、符号が反対の2つのゼーベック係数が存在する必要があります。
表1の最後の2つのシリサイドは立方晶系をとります。CoSiはほぼ半金属のため、熱電発電デバイスの接触層として利用できます。コバルトモノシリサイドはあらゆる熱電材料の中で最大のパワーファクター(N = S2σ)を持つ材料の1つですが、全体としての熱電性能指数は低めです(図2、図3)。他の2つのシリサイド材料も非常に高いパワーファクターを持っています。ひとつはMg2SiとMg2Snの固溶体で、600KのときNは約45 W/(mK2)です。もう一方はCrSi2で、ミクロンサイズの粉末の合成により製造します。CrSi2の場合、パワーファクターに若干の異方性があります。
図2シリサイド化合物のパワーファクター
図3シリサイドの熱電性能指数
クロムジシリサイドの利用に注目が集まったのは、溶融スズ中での高温フラックス成長法によるクロムジシリサイドの製造がきっかけでした3。この方法で生成した針状結晶の構造中にはスズが残留しており、このスズをエッチングした後に得られた生成物には、内径約100 μmのチャネルが存在します(図4)。この構造的な異方性によって、試料の水平方向と垂直方向の間で異なる性質を示します。
図4溶融スズ中でのフラックス成長により得られた、内部に空洞を持つCrSi2チューブのSEM画像
あらゆる遷移金属シリサイドの中で、最も高効率の熱電材料は高マンガンシリサイドです。Mg2Siベースの材料に比較すると性能指数は著しく低いのですが、それでも870 KにおいてZTは0.9前後の値をとります。最も高い性能指数の値を得るには、適切な材料を複雑な方法でドープする必要があります。また、(熱伝導率を下げ、結晶格子を最適化し、キャリア密度を最適化するために)少なくとも3つのドーパントを含んでいなければなりません。理想的な応答では、図3のMg2(Si,Sn)のような特性を示します。Mg2Siをベースにした材料との比較では、高マンガンシリサイドは機械的、化学的強度が大きいため、大掛かりな保護を必要とせずに、空気中や腐食性の強い媒体における使用が可能です。
Mg2Siをベースとした固溶体
もう1つのシリコンをベースとした材料はMg2SiとMg2Snとの固溶体です10。これらの材料は単独では熱伝導率(κ、単位はW/(m・K)、Mg2Siで8.36、Mg2Snで6.97)が高いのですが、固溶体の場合、異なる成分が10%入るだけで熱伝導率が大幅に低下します。これらの化合物の伝導帯は、ブリュアンゾーンのX点中にある2つのサブバンドで構成されています。Mg2Siの下位のバンドはSiで構成されているのに対し、Mg2Snの下位のバンドはMgから構成されています。サブバンドの位置を変化させると、伝導バンド中の状態密度を増加させることができます。そのため、Mg2SiとMg2Snの固溶体では性能指数を上げるメカニズムが2つ存在します。熱伝導率を下げ、熱伝導率がより低い領域内でサブバンドの最適位置を見出すことができます。
キャリア密度を制御するのに適した不純物は、BiとSbです。どちらの不純物もキャリア密度を最適化するのに有効ですが、機械的性質はBiをドープした材料のほうがやや優れています。図5に示したように、得られた結果はIsodaら12,13やZhangら14によって報告されている値に非常に近いものです。
図5Mg2SiとMg2Snの固溶体の性能指数。1)Mg2Si0.4Sn0.6 <Sb>;10、2)Mg2Si0.4Sn0.6 <Bi>;10、3)Mg2Si0.36Ge0.04Sn0.6;10、4)Mg2Si0.5Sn0.5;12、5)Mg2Si0.5Sn0.5;13、6)Mg2Si0.4Sn0.6;14
この系では、Mg2SnのブリュアンゾーンのΓ点における価電子帯の位置と比較的小さいエネルギーギャップのために、ZT > 0.5となるp型材料の製造は困難です4。
結論
特定の応用に最適な材料を見つける方法が一つであれば、熱電材料研究は大いに進展すると思われます。残念ながらそのような方法は存在せず、あらゆるケースについて多くのパラメータ間での相関の検証が必要であり、また、いつでも最適な材料構成が決められる、というわけでもありません。
上述したように、高遷移金属シリサイドは異方性熱電変換に非常に適しています。本質的にゼーベック係数に異方性があり、機械的性質も優れているので、信頼性の高い、異方性を利用した熱電変換器の製造が可能です。
一方で、従来型の熱電モジュールでは状況が異なります。p型、n型共にZT値が高い材料の組み合わせはありません。この場合は、まったく異なる材料を利用した熱電発電デバイスを製造する必要があり、信頼性の低いデバイスになる場合があります。
参考文献
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