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リチウムイオン電池用ナノ構造オリビン型正極材料

Vishwanathan Ramar, Palani Balaya

Department of Mechanical Engineering National University of Singapore, Singapore-117576

Material Matters, 2016, Vol.11 No.1

はじめに

化石燃料の継続使用は地球環境および気候に悪影響を及ぼすため、風力や太陽光などの再生可能エネルギー源を使った新たなエネルギー生産方法を開発するための研究が求められています1。再生可能エネルギー源は豊富に存在するものの、本質的に断続的にしか利用できないため、電気エネルギー貯蔵システムの開発が進まない限り再生可能エネルギーの発展は困難です。リチウムイオン電池(LIB:lithium-ion battery)は、Li+イオンの高い電気化学的反応性によって生成する起電力に基づいた電池で、良好なエネルギー密度および出力密度を持っています1。化学エネルギーを効率良く変換して電池に貯蔵するためには、イオン輸送、電子輸送、および電気化学的速度論などの物理化学的特性が適切なバランスを保たねばなりません2–4。我々は、マイクロサイズの代わりにナノサイズの粒子を用い、ナノ粒子表面に導電性経路を付加することで、このバランスをより効率的に達成する新たな方法を開発しました3

LIBの全体的な貯蔵特性は、正極、負極、および電解質に使用する材料に依存します5。これに関しては、多種多様な無機正極材料が研究されています4。我々は、Li貯蔵用のポリアニオン系正極材料(リン酸塩)に注目し、電気化学的速度論およびリチウム貯蔵性能をナノスケールでの材料設計によって改善することに重点を置いています。

電気化学的な酸化還元反応の際には、電極材料のホスト格子に対してLi+などのゲスト種の可逆的な挿入および脱離が起こります。各電極の貯蔵容量は、電気化学的過程におけるLi+イオンの可逆的な挿入/脱離に基づいて見積もられます。例として、斜方晶系のオリビン型構造LiMPO4M = Fe、Mn、Co、またはNi)6正極材料では、化学式単位あたり1モルのLiの可逆的な挿入/脱離が可能で、理論的容量は170 mAh g-1になります。他の酸化物正極材料とは異なり、このオリビン型化合物の構造は、P–O間の共有結合が非常に強く酸素の放出が抑えられるため、極めて安定です7。これら材料に固有な構造安定性のため、電気自動車用途において安全性の高い候補として考えられています。最も広範に研究されている正極材料の1つがリン酸鉄(II)リチウム(LFP:lithium iron(II) phosphate)で、586 Wh kg-1(170 mAh g-1 × 3.45 V)の比エネルギーを示します6,8,9。LFP以外でも、リン酸マンガンリチウム(LMP:lithium manganese phosphate)はMn2+/Mn3+の酸化還元電位が高いため(約4.1 V vs. Li/Li+)、701 Wh kg-1(171 mAh g-1 × 4.1 V)という高い比エネルギーが得られます10–15。ただし、LMPの低い電子伝導性とイオン拡散性7,16、およびLiMnPO4/MnPO4相間の界面の歪み17やJahn-Teller歪み18の影響で、LMPのエネルギー密度は制限されています。

本稿では、我々が開発したスケールアップ可能なナノ構造LiMPO4M = Feおよび/またはMn)合成法と、ナノ構造LMP正極材料の電気化学的性質について紹介します。既報で説明したように、リン酸塩系正極材料はソフトテンプレート法でLMPを調製した後にカーボンブラックを用いた高エネルギーボールミリング処理を行うことで、粒子サイズが減少し、カーボンによって電子伝導性が強化されます13–14。2価のカチオンで置換したナノ構造ではリチウム貯蔵特性がさらに向上したことで、実用化の期待が高い材料となっています。

ナノ構造リン酸塩系正極材料の合成

カチオン界面活性剤の臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウムを、体積比5:1の無水エタノールとmilli-Q/脱イオン水混合液に溶解し(濃度:0.01 M)、ミセルを調製しました。次に、酢酸マンガン(II)四水和物および/または酢酸鉄(II)ならびにリン酸二水素リチウムを化学量論比で加え、24時間撹拌しました。溶媒はHeidolph Hei-VAPロータリーエバポレーターで蒸発させました。最終生成物を炉温650℃、6時間、Ar-H2(95:5)ガス環境下で焼成しました。純粋なLiMPO4M = Feおよび/またはMn)材料を、FRITSCHプレミアムライン高エネルギーボールミルを使用して500 rpmで4時間、カーボンブラックとともに粉砕しました13–14。さらに、ボールミリング工程で発生した応力をすべて解消するため、500℃で3時間、Ar-H2雰囲気下で熱処理を行いました。

ナノ構造化方法の概略図

図1無機電極材料の電気化学的性質を改善するためのナノ構造化方法の概略図

図1に、LiMPO4M = Feおよび/またはMn)のリチウム貯蔵性能向上に用いたナノ構造化方法を示します。粒子は互いに結合したナノ結晶とメソ細孔で構成されており、導電性カーボンで被覆されています。これら粒子は、ソフトテンプレート法を利用した高エネルギーボールミリング法で調製されました。この材料構造により得られる利点は、輸送距離が短いために電子伝導性が改善されること、および1次粒子(粒子–粒子)と2次粒子が互いに結合するため電子的ネットワーク性が向上することです。また、材料の細孔には有機電解質が浸透できるため、電極材料における高速なリチウムイオンの挿入/脱離が促進されます。

ナノ構造LiMnPO4正極材料の電気化学的性質

図2Aに、ミクロンサイズおよびナノサイズのLMP試料のX線回折(XRD:X-ray diffraction)パターンを示します。全てのブラッグピークは、オリビン型構造のPmnb空間群に帰属されました(JCPDS番号:33-0803)。XRDパターンの一部を拡大すると(図2B)、粒子サイズの減少に伴いピーク幅が拡がっていることがわかります。格子パラメータに有意な変化は観測されませんでした。ミクロンサイズ(M-LMP)とナノサイズLMP/C(N-LMP/C)の試料の透過型電子顕微鏡(TEM:transmission electron microscopy)画像をそれぞれ図2C図2Dに示します。粒子サイズはM-LMPで約400 nm、N-LMP/Cでは40~50 nmです。注目すべきは、N-LMP/Cの表面積(約46 m2 g-1)が、M-LMP(約9.9 m2 g-1)よりも高い点です。).

各種LMP化合物の特性

図2A)ミクロンサイズLiMnPO4およびナノサイズLiMnPO4/C試料のXRDパターン(JCPDSカード番号:33-0803)。(B)ピーク幅の拡がりを示す2θ領域の拡大図。(C)ミクロンサイズLMPのTEM画像(D)ナノサイズLMPのTEM画像。(E)micron-LMPの0.05Cにおける充放電プロファイル。(F)nano-LMP/Cの0.05Cにおける充放電プロファイル。

次に、定電流サイクル試験で貯蔵性能を評価しました。対応するmicron-LMPとnano-LMP試料の電圧‐比容量プロファイルを図2E図2Fに示します。M-LMP試料のMn2+/Mn3+酸化還元電位に相当する充放電の平坦域は約4.31 Vおよび3.95 V vs. Li/Li+で観測されます(図2E)。一方、ナノサイズLMP/C試料の酸化還元電位は約4.27 Vおよび3.97 V vs. Li/Li+です(図2F)。室温、0.05C、電圧範囲4.6~2.3 V において、M-LMP試料では放電容量が43 mAh g-1に留まったのに対し、N-LMP/C試料では140 mAh g-1という大きな放電容量が得られ、さらにリチウムイオンの挿入/脱離に対応する平坦域が改善されていることが観測されました。このN-LMP/Cに見られる電気化学的性質の向上は、表面積の増加およびカーボン被覆したナノ粒子に起因するものです。

ナノ構造LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)正極材料の電気化学的性質

カーボン被覆とともにLMP粒子のナノ構造化を行うことで、粒子の電気化学的性質が改善されます。しかし、我々はN-LMPにおけるリチウムの完全な脱離および挿入は不可能であるとの結論に至りました。そこで、N-LMP/Cの電気化学的性質をさらに向上させるためにFe2+カチオンでMn2+を置換しました。Fe2+置換LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)試料は、前述のようにソフトテンプレート法を用いた高エネルギーボールミリング法で調製しました。図3Aに、LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)のXRDパターンを示します。全てのブラッグピークは、オリビン型構造のPmnb空間群に帰属しています(JCPDSカード番号:33-0803)。図3BのXRDパターンの拡大図ではピーク位置の連続的なシフトが見られ、Mn-Fe混合複合材料が形成していることが明らかです。LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)の電界放射型走査電子顕微鏡(FESEM:field emission scanning electron microscope)画像では、40~50 nmのナノ結晶である擬球状粒子(図4)が確認されます。注目すべきことに、全ての試料で同程度の表面積および細孔サイズが得られています。

LiFexMn1-xPO4/CとLMPのXRDパターン

図3A)LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)試料のXRDパターンおよび比較のためのLiMnPO4試料のXRDパターン。(B)Fe2+によるMn2+の置換に伴うピーク位置の高角度側への連続シフトを示した拡大図。

FESEM画像

図4A)LiFe0.2Mn0.8PO4/C、(B)LiFe0.5Mn0.5PO4/C、(C)LiFe0.8Mn0.2PO4/CのFESEM画像

図5A図5C、および図5Eに示したLiMn1-xFexPO4(x = 0.2、0.5、0.8)の定電流プロファイルには、Mn2+/Mn3+およびFe2+/Fe3+酸化還元対に対応する2つの充放電の平坦域が現れています。全てのMn-Fe混合組成において、0.1Cで理論的な値の170 mAh g-1に近い放電容量159mAh g-1を示し、ナノ構造LiMnPO4の0.05Cでの容量(140 mAh g-1)とほぼ同等の値が得られました。ただし、LiMnPO4とは異なり、この容量にはFe2+/Fe3+(約3.45 V)およびMn2+/Mn3+(約4.1 V)両方の酸化還元反応への寄与が含まれています。全ての組成で容量は同程度ですが、LiFe0.2Mn0.8PO4/Cではリチウム貯蔵容量の80%が電位の高いMn領域で起こるため、エネルギー密度が高くなっています。混合組成サンプルの分極電圧は元のLiMnPO4よりも大幅に減少します13。Mnの酸化還元領域での分極の大幅な減少と貯蔵性能の向上は、ナノ構造化、カーボン被覆、Fe-O-Mnの超交換相互作用、活性化エネルギーの低下、およびMn-Fe混合オリビン化合物のMn2+(3d5)とFe2+(3d6)の電子配置に起因するものです。

定電流充放電プロファイルとサイクル安定性

図5LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)の0.1Cにおける定電流充放電プロファイルと、対応する様々なCレートにおける30サイクルまでのサイクル安定性。(AB)LiFe0.2Mn0.8PO4/C;(CD)LiFe0.5Mn0.5PO4/C;(EF)LiFe0.8Mn0.2PO4/C。室温、電圧範囲4.6~2.3 Vにて測定。

LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)の様々なCレート(0.1、1、2、5、10C)における安定した放電容量を、図5B図5D図5Fに示します。LiFe0.2Mn0.8PO4/C電極では、0.1、1、2、5、および10Cでそれぞれ159、141、125、106、および88 mAh g-1の放電容量が得られます(図5B)。同様に、LiFe0.5Mn0.5PO4/C電極では、0.1、1、2、5、および10Cでそれぞれ159、134、122、100、および82 mAh g-1の放電容量を示します(図5D)。LiFe0.8Mn0.2PO4/C電極では、0.1、1、2、5、および10Cでそれぞれ159、126、115、93、および70 mAh g-1の放電容量を示します(図5F)。このように、ナノ構造Mn-Fe混合オリビン化合物は、30サイクルまでの範囲でナノ構造LMP/Cと比較して良好なサイクル安定性を示します13

まとめ

ナノサイズ化およびナノ材料表面への導電性カーボンの導入で、物理化学的に良好なバランスを実現することが可能です。0.05CにおいてミクロンサイズLMPが43 mAh g-1に留まったのと比較して、ナノサイズLMP/Cでは140 mAh g-1の優れた貯蔵性能を示します。ナノ構造化と併せてMnサイトをFe2+カチオンで置換することで電極の電気化学的性質が向上するため、ナノLMP/Cと比較してエネルギー貯蔵容量が増加しています。これにより、これらはLIB用電極材料として魅力的な材料の候補になっています。ナノ構造LiFexMn1-xPO4/C(x = 0.2、0.5、0.8)化合物では、0.1Cで約159 mAh g-1の放電容量が得られました。

Acknowledgments

Authors thank DSO, Singapore for their funding support (WBS:R-265-000-393-592).

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