序文
桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授 宮坂 力
ペロブスカイト太陽電池は、桐蔭横浜大学の実験室で誕生し、シリコン太陽電池にせまる22%の変換効率も印刷法で作る素子で達成している、現在最も注目される太陽電池です。世界中の研究室でこの太陽電池の追試が行われ、高効率と高耐久化を目指した研究開発が進められています。高効率・高耐久ペロブスカイト太陽電池を製作するには、グローブボックスやスピンコータ、蒸着装置などが必要となります。一方で、このペロブスカイト太陽電池を中高生でも作製できるような実験手順書があれば、その製作を通して、結晶化学、無機化合物の定性分析から半導体物理、そしてエネルギー・環境科学まで幅広い学際領域をカバーするこの次世代太陽電池を、企業や大学の研究室で関心のある研究者であれば、どなたでも製作することができ、実物を見ながら将来の研究開発へのヒントを得ることができると思われます。
ペロブスカイト化合物を太陽電池に用いる研究が始まったのは2005年のことです。ヨウ化鉛PbI2とヨウ化メチルアンモニウムCH3NH3Iを混合することで得られるヨウ化鉛メチルアンモニウムCH3NH3PbI3の褐色の化合物が、酸化チタン多孔膜を光電極とする色素増感太陽電池の増感剤として機能することを発見したのが研究の始まりです。研究開始の当初は、ヨウ化メチルアンモニウムCH3NH3Iの合成もする必要があり、化学系の研究室での研究から始まりましたが、今では、試薬メーカーから必要な試薬は簡単に手にはいるようになり、ペロブスカイト太陽電池の研究はますます盛んになっています。
シリコン太陽電池に迫る22%を超える変換効率が得られ、さらに、印刷法で作製できる特徴から、プラスチックを基板とする薄型軽量太陽電池の製造検討も加速しています。薄型軽量の素子となれば、ペロブスカイト太陽電池の応用は、建築物の屋根等に設置して生活家電や、あるいは電気自動車の充電に用いるための開発のみならず、IoTデバイス用のエナジーハーベスト電源としての注目もより一層高まります。再生可能エネルギーへの関心もあり、早期の実用化も期待されています。
今回、私共の研究室で作成しました高校生向けの実験手順書を、ノーベル化学賞受賞者であられる白川英樹先生と津山工業高等専門学校准教授・廣木一亮先生の手でブラッシュアップしていただき、ペロブスカイト太陽電池をどなたでも製作していただける実験手順書が完成いたしました。一人でも多くの研究者の方に光発電の楽しさと奥深さを体験していただくことを願ってやみません。
はじめに
津山工業高等専門学校 准教授 廣木 一亮
津山工業高等専門学校 准教授 香取 重尊
シグマ アルドリッチ ジャパンが刊行する「材料科学の基礎 8 導電性高分子の基礎」1)を執筆してから、はや5年あまりが過ぎた。このニュースレターは、材料科学の研究を始めたばかりの方にとても喜ばれた。
その流れをくむ本冊子では、2017年ノーベル賞の候補にも挙がったペロブスカイト太陽電池をとりあげ、その最も簡単なつくり方と基礎評価、試薬の純度、さらには教育への展開を視野に入れた解説と、実際の実験教室例を紹介する。専門家ばかりが読むものではないという観点から、できるだけ易しく、イメージが湧くような解説を心がけた。それゆえ、やや表現の厳密性を欠く箇所があるかもしれないが、そこは御容赦いただきたく、またより良い表現があれば、筆者にお知らせ願いたい。
太陽電池とは?
太陽電池が太陽光から電気を生み出すことは、子供でも知っている。もう少し専門的な言葉をつかうとするなら、太陽電池とは「光を受けると動ける電子が発生する光電変換と呼ばれる現象を利用した光エネルギーを電気エネルギーに変換する素子である。光エネルギーを直接電気エネルギーに変換できることから、クリーンで環境にやさしい発電方法として注目を集めている2)。
一般に広く普及し、利用されているのは無機系太陽電池であり、腕時計や電卓から住宅用太陽電池、また大面積の太陽電池;ソーラーパネルを大量に用いたソーラー発電所にまで利用が進んでいる。これはp型半導体とn型半導体との接触面、いわゆるp-n接合面に光が吸収されると、電荷分離が起こって電子とホール(電子の抜け殻、正の電荷をもつ)が生成し、それを集電極に導くことで両極間に起電力が生じるという現象を利用したものである(図1)。かつての高価だった結晶系シリコンに代わって、比較的安価なアモルファス系シリコンと、結晶シリコンを組み合わせた太陽電池が主流になりつつあり、発電効率は20%を超える3)。
図1太陽電池の基本構造
これらの無機系太陽電池に対し、有機系太陽電池の研究・開発も盛んに行われており、色素増感太陽電池4),5)や有機薄膜太陽電池6),7),8)が主なものである。
色素増感太陽電池(図2)は、実用化可能性のある有機系太陽電池として現在も研究が進められている3),4)。発明者の名前を冠してグレッツェルセルとも呼ばれ、光触媒として有名な酸化チタン(IV) TiO2と色素を組み合わせた電荷分離層を有する。この電池の巧みなところは、まず色素が光エネルギーを吸収して電荷分離を起こし、その電子が酸化チタンに移り、更に集電極へと伝わる。生み出された電子は外部負荷を経由して対極に移動し、電解液中のヨウ素I2を3つのヨウ化物イオンI-に還元する。ヨウ化物イオンは色素によってまた還元される。これらの一連の流れが繰り返されることで太陽電池として作用する。注目すべきは白色で紫外線線領域にしか吸収をもたない酸化チタンの上に、可視光を吸収する色素を吸着させて光エネルギーを効率的に捕えることを可能にした点である。つまり本来は紫外線しか吸収しない酸化チタンに、色素をまとわせて可視光増感させたことが、この電池最大の特徴である。電解液を使用するなど短所もあるが、低コスト・省エネルギーで製造可能な太陽電池として注目を浴びた3)。実際に作ってみたい方は、易しい解説書9)や工作キット10)も出ているので、そちらを参考にして欲しい。
この色素増感太陽電池こそ、ペロブスカイト太陽電池の直接のルーツであるといって良い。
図2色素増感太陽電池
他方、有機薄膜太陽電池は図3に示すように多層型の電池(マルチレイヤー型電池)8),11)をなしていて、多層型(マルチレイヤー型)有機EL素子12)と裏表の関係にある。前者は光エネルギーを電気エネルギーに変換して集電する素子、後者は電気エネルギーを光エネルギーに変換して放出する素子であり、働きもまた裏表の関係にあるといえる。
図3有機薄膜太陽電池
最も重要な役割をする層が電荷分離層で、この層に光を受けて電荷分離を起こし、電子とホールを生み出す点は無機半導体のp-n接合と同様である。有機薄膜太陽電池に特徴的なのは、電子を与える電子供与体(ドナー)である導電性プラスチックのポリチオフェン誘導体、および電子を受け取る電子受容体(アクセプター)のフラーレン誘導体という二種類の有機半導体(図4)が、バルクヘテロ接合して電荷分離層をつくることである。バルクヘテロ接合とは、簡単に言えば2つの物質が複雑に組み合って大きな接合面積を持つ状態を指し、発電効率の向上に一役買っている。
更に電荷分離層の正極側には、電子の抜け殻で正(プラス)の電荷をもつホールを正極に受け渡すホール輸送層として、ポリスチレンスルホン酸(PSS)でドープした導電性プラスチックのポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT-PSS)が用いられている。正極の透明電極の酸化インジウム‐ 酸化スズ付ガラス(ITOガラス)やフッ素ドープ酸化スズ付ガラス(FTOガラス)、また負極はアルミニウムなどの金属が使用される。
図4有機薄膜太陽電池に用いられる物質
A) 電子供与体:ポリチオフェン誘導体(P3HT)、B) 電子供与体:フラーレン誘導体(PCBM)、C) ホール輸送層:ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT-PSS)。
これらの電荷分離層・電子輸送層・ホール輸送層に用いる物質を設計・合成したり、組み合わせを変えたりすることにより、発電効率や素子の寿命などの性能を改善することができるところが、有機系太陽電池研究の面白さである。
有機系太陽電池の多くはどれも薄く軽く柔軟性に富んでいる。製造工程に印刷技術(プリンタブルエレクトロニクス)などを応用することで安価に製造できるなど多くの利点を持つ。従来、無機系太陽電池の半分程度であった発電効率も劇的に上昇し始めた。新世代の太陽電池として注目に値する。
ペロブスカイト太陽電池の登場
近年、日本で開発され、注目されている太陽電池がある。それがペロブスカイト太陽電池である。2009年に宮坂力、小島陽広らがペロブスカイト型の結晶構造をもつヨウ化鉛メチルアンモニウム (CH3NH3)PbI3を、色素増感太陽電池の光増感剤の代わりに用いた最初の太陽電池を発表した15)。その時、既に発電効率は3.8%と、有機系の太陽電池としては悪くない値であった。
ペロブスカイトとは一般式ABX3で表される物質の総称で、超伝導など興味深い電気的・磁気的特性を有する特殊な物質群として知られている。Aがメチルアンモニウムイオン(CH3NH3)+、Bが鉛(II)イオンPb2+、そしてXがハロゲン化物イオンI−になったものがハロゲン化鉛メチルアンモニウム(CH3NH3)PbX3(X = Cl, Br, I)であるが(図5)、薄膜にして光を当てると強く蛍光発光するなど、光に対して優れた応答性を持っている。
図5ペロブスカイト結晶(桐蔭横浜大学 宮坂研究室提供)
たとえばヨウ化鉛メチルアンモニウム(CH3NH3)PbI3は、ヨウ化メチルアンモニウムCH3NH3Iとヨウ化鉛(II) PbI2の反応によって溶液中で合成される。溶媒には主にN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)やジメチルスルホキシド(DMSO)、γ -ブチロラクトンといった比較的高沸点の非プロトン性極性溶媒が用いられる。ここで得られた黄色の溶液をある一定の温度以上に加熱すると色が黄色から暗褐色に変化してペロブスカイト型の結晶をつくる。
CH3NH3I + PbI2 → (CH3NH3)PbI3
このペロブスカイト結晶と、無機物である酸化チタン(IV) TiO2とを組み合わせて、太陽電池の光増感層に使ったのがペロブスカイト太陽電池である(図6)。ここで用いられる酸化チタンは電子輸送層およびメソポーラス酸化チタンである、大きな表面積を持った酸化チタン上なら、薄いペロブスカイト層であっても充分な光増感効果が期待でき、変換効率を落とさずにデバイスの薄膜化・軽量化が可能となる。しかし何と言っても色素増感太陽電池最大の欠点だった電解液を用いず、完全に固体のペロブスカイト結晶によって光増感層が置き換えられたことこそ、実用化に向けた最大の利点であるといえる。
図6ペロブスカイト太陽電池
もう一つ重要な役割をするのが、電荷分離で生じたホールを捉え、スムーズに正極に受けわたすホール輸送層である。最も多用されるホール輸送材料(HTM)は2,2,7,7-テトラキス(N,N-ジ-p-メトキシフェニルアミン)-9,9-スピロビフルオレン(spiro-MeOTAD、SHT-263 Solarpur, 99.9+%:902500、99%:792071)であるが、高価な物質である。
ペロブスカイト太陽電池は、色素増感太陽電池と有機薄膜太陽電池の長所を上手くハイブリッドしたものである。既に発電効率は実験室レベルで20%を超え、無機系太陽電池に引けを取らないレベルであり、その研究開発の動向からますます目が離せない16)。
ペロブスカイト太陽電池をつくろう
何はともあれ、ペロブスカイト太陽電池をつくってみたい、触れてみたいという方のために、作製法と基礎物性評価を紹介したい。その点でとても参考になるのが、桐蔭横浜大学宮坂研究室の池上和志らが桐蔭学園高校で行っている実験プログラムである17)。このプログラムは高校生向けではあるが、本格的な実験器具を用いており、ペロブスカイト太陽電池の素子構造や作製法を体験するには、最適と言える。筆者(廣木)は、恩師である白川英樹とともに何度も宮坂研究室を訪問させていただき、宮坂力および池上和志から直接手ほどきを受け、著書にも掲載させていただいた18)。そのエッセンスに当たるものをより多くの方に知っていただきたく、ここでも紹介したい。
実験
有機EL素子など他の有機デバイス同様に、ペロブスカイト太陽電池の作製にはスピンコーターや真空蒸着装置などの機器をつかう必要がある。しかしながら、なるべく多くの人にペロブスカイト太陽電池を知って欲しいという願いから、実験は可能な限りシンプルなものとなっている。
ここでは桐蔭横浜大学 宮坂研究室が桐蔭学園高校の生徒を対象に行った実験をもとに「手作りの」ペロブスカイト太陽電池のつくり方を紹介する10)。
通常、導電フィルム上に酸化チタン層TiO2やペロブスカイト層(CH3NH3)PbI3をつくる際にはスピンコーターを用いる。どちらも数十~数百nmという非常に薄い膜をつくる必要があるからである。ここで述べる方法では一度塗った酸化チタンをあえて拭きとり、導電フィルム上にわずかな量の酸化チタンを残すという方法で成膜を行う。こうして作った酸化チタン層の上に、微量のペロブスカイト溶液をたらし、塗り広げることでペロブスカイト層を成膜する。
ホール輸送層の成膜については、私たちが手づくりの有機EL素子の実験教室で考案した、シリコンゴムのスペーサーを使った簡易的な電気化学重合法を採用する。ただ、導電フィルムがITO-PEN(インジウム−スズ酸化物つきポリエチレンナフタレート)というプラスチックフィルムであるため、向かい合う距離が短いと内側に曲がってショートしてしまうため、スペーサーを厚くして、その分、電圧との重合時間を増やす工夫をしている。
できあがった二つの間に、カーボンブラックをはさんで手づくりのペロブスカイト太陽電池は完成する。カーボンブラックは、カーボン紙などに用いられる炭素の粉末で、ここでは特に電気伝導性に優れるアセチレンブラックを使っている。桐蔭横浜大学の池上らによると、ポリピロールやポリアニリンといった導電性ポリマーとカーボンブラックの複合材料もホール輸送層として有望とのことである。なお、封止も私たちが手づくりの有機EL素子で用いた強力両面テープを採用している。
できあがったペロブスカイト太陽電池の構造は図7のようなものである。
図7実験でつくるペロブスカイト太陽電池の構造
用意する器具・材料、実験手順
【詳細はPDF版 5~9ページを参照ください】
まとめ
ペロブスカイト太陽電池は、現在、最も実用化に近い有機系太陽電池である。今回、様々な太陽電池との比較から、この太陽電池がいかに優れているか、知っていただけたものと思う。筆者(廣木)は師の白川英樹とともに、ペロブスカイト太陽電池と導電性ポリマーを組み合わせた実験教室がつくりたいと、宮坂研究室を訪ねた。宮坂力や池上和志らは科学教育にも強い熱意をもっており、全面的な協力を得て素晴らしい実験教室をつくり上げた。一見、子供向けの実験ととらえられがちだが、それは誤りだ。実際は高価な試薬を減らし、複雑な過程をできるだけ簡単な作業に置き換えて、素子の製法を「単純化」したということだ。工業レベルでみた場合、この単純化に寄与するのは、インクジェット法やミストデポジション法かもしれないし、もっともっと簡単な成膜法かもしれない。今後もペロブスカイト太陽電池は研究され続けるだろうが、より安価な材料から、より単純なプロセスでつくることができるよう、更なる技術の開発が期待される。そうあってこそ低コスト化が実現し、社会に普及する太陽電池となるだろう。ペロブスカイト太陽電池がより身近なものになり、誰もが知り、使えるものになることを願ってやまない。
謝辞
本冊子に記載の実験内容の多くは桐蔭横浜大学宮坂研究室の協力がなければ完成しなかった。宮坂力先生、池上和志先生、古郷敦史博士(現、産業技術総合研究所)、卒研生の小林俊輔氏、実験に参加していた桐蔭学園高校の生徒さんたち、実験と画像撮影に協力してくれた津山工業高等専門学校 廣木ゼミの松原巧君、出口翔斗君、竹内嗣人君、西山政隆君、浜田将聖君、そして宮坂研に同行して下さった白川英樹先生に心から感謝する。
ペロブスカイト前駆体等
透明導電膜
PEDOT合成
その他試薬
新規太陽電池技術として注目されている「ペロブスカイト太陽電池」の作製に必要な材料を幅広く取り揃えています。
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