固体照明用高性能無機材料
Alexander Birkel1, Kristin A. Denault2,3, Nathan C. George4, Ram Seshadri1,2,3
1Mitsubishi Chemical Center for Advanced Materials,, 2Solid State Lighting and Energy Center, 3Materials Department, 4Department of Chemical Engineering, University of California, Santa Barbara, CA 93106
固体照明の明るい未来
1907年にHenry Roundによって、活性材料として炭化ケイ素を使用した最初のエレクトロルミネッセスデバイスが、「明るい輝き(bright glow)」を放つ素子として発表されて以来1,2、固体デバイスを基盤とした照明の開発は長い道のりを歩んできました。1990年代、Nakamura3による輝度の高い「カンデラ級」の緑色、青色および近紫外のダイオードの開発が大きなブレークスルーとなり、白色光のスペクトル領域全体がカバーされたことで、固体照明(SSL:solid state lighting)は、他の白熱電球やコンパクト蛍光ランプ(CFL:compact fluorescent lamp)などの低効率光源に対する実用可能な代替光源に発展しました。効率化や長寿命化(蛍光灯の15,000時間以下、白熱電球の1,000~2,000時間と比べてLEDは50,000~100,000時間)が進み、水銀のような有毒元素を含まないことから、SSLは人工光源としての標準技術になりつつあります4-6。
固体白色光を得るには、3つの異なる方法があります。まず第1に、赤色、緑色および青色の光をそれぞれ発光する3種類のダイオードを使用する方法です。第2に、スペクトル領域全体で発光するような数種類の蛍光体を励起する近紫外LEDを使用する方法があります。第3は、青色ダイオードの光の一部をより長い波長へダウンコンバージョンすることで白色発光を得る方法で、現在最も広く用いられています。最初の2つの方法は本質的に何らかの制約を伴うため、あまり利用されていません。たとえば、可視スペクトルの緑色領域で効率的に発光するLEDは現在のところまだ見つかっていないため、3種類のLEDを用いる方法の開発は進んでいません。また、すべての色をダウンコンバージョンによって得る近紫外法はストークスシフトが大きくなるため、本質的に非効率的な方法です。広く普及している、部分的にダウンコンバージョンを行う方式では、無機蛍光体が重要な役割を果たします7。
蛍光体は、元来発光される青色光に加えて、白色光源用の緑色/黄色/赤色光を発光する必要があります。通常、無機蛍光体は、広いバンドギャップや他の重要な特性を持つホスト結晶(酸化物、酸窒化物、窒化物、ハロゲン化物、またはオキシハロゲン化物)に、発光中心の役割をする少量の希土類や遷移金属イオンをドープして作製されます8-12。図1のCIE(Commission Internationale de l'Eclairage、国際照明委員会)図に示すように、無機ルミネッセンス材料に近紫外もしくは青色の光源を組み合わせて用いることにより、ほとんどすべての色を得ることができます。
蛍光体は、Eu3+、Tb3+、Sm3+などの希土類イオンを用いて作製されます。しかしながらこの系では、発光がパリティ禁制であるf-f 遷移に依存するために効率がかなり低くなります。その上、エネルギー準位の低いf 軌道はイオンの配位環境から強く遮蔽されているため、このf-f 遷移によって起きる発光はシャープであり、広範囲の可視スペクトルをカバーするにはあまり適していません。このように、スペクトル幅の狭くて非効率的な発光の問題を避けるために最もよく使用されている蛍光体には、Mn2+やCe3+、Eu2+のような広範囲で発光するイオンがドープされています(図1の例も参照)。Ce3+やEu2+の場合、イオン内の4f-5d 遷移によって光が発光します。Ce3+自由イオンでは5d 状態が縮退しており、イオンの2つの4f 基底状態よりエネルギーがかなり高くなります。しかし、Ce3+の場合、図2に示すようにd-軌道には結晶格子との相互作用が顕著にみられます。ホスト格子に取り込まれると、d-軌道のエネルギー準位は周囲の配位子との相互作用により低下し(電子雲拡大効果による重心移動)、各d-軌道(xy、xz、yz、x2-y2、z2)と配位子との相互作用による結晶場分裂によって縮退が解け、多くの配位構造でエネルギーの異なる5つの状態が生じます。自由イオン中のd-状態と結晶ホスト中のエネルギー準位の最も低いd-状態の間のエネルギー差は、D(A)、または(分光学的な)レッドシフトと呼ばれます13。

図1いくつかの蛍光体材料、青色および近紫外LEDの色度座標

図2セリウム自由イオンの電子状態とホストマトリックス中で観測される結晶場分裂5
高効率材料の探索
新たな蛍光材料の探索はSSL開発にとって非常に重要な要素であるため、これまで数多くの研究が行われています。固体白色光デバイスでは、蛍光体を透明シリコンに分散させて封入するか12もしくは図3に示したようなキャップの形にして、青色LEDチップの上に置きます。青色光はこの蛍光体層を通過し、その一部が黄色光に変換され、(青味がかった)白色光になります。現在、効率(高い量子効率をもつ蛍光体は多くありません)や適切な演色性、色温度など多くの問題があるため、さらなる蛍光体材料の研究が続けられています。また、高温での効率損失も、自動車のヘッドライトで使用されるような高出力LED白色光源においてその重要度は高まっています。

図3青色LEDの発光を用いた白色発光デバイスの概略図。青色光はシリコン樹脂製キャップ中に含まれる黄色蛍光体によってダウンコンバートされます。
達成可能な最大デバイス効率を得るために、蛍光体は一定の条件を満たす必要があり、その例を(これらに限定はされませんが)以下に示します。
- 非常に高い量子効率。これは、蛍光体によって(再)放射されるフォトンの数を最大化するために必要です。
- 適切な励起および発光スペクトル。効率的な励起を行うために、蛍光体の励起スペクトルにはLEDの発光スペクトルとの適切なスペクトルの重なりが必要となります。1つの例として図4に、セリウムをドープしたY3Al5O12(YAG)の発光/励起スペクトルを示しました。広範囲に広がっている太陽光スペクトルを十分に再現するために、蛍光体の発光そのものが広いスペクトル領域に及ぶ必要があります。この特性は、演色評価数(CRIまたはRa)として評価され、任意の光源の演色と基準となる5000K付近温度の黒体光源とを比較するものです。通常90以上の値が望まれます。
- 化学的および熱的観点から優れたデバイス安定性と色安定性。これは、固体照明デバイスの長期的な展望から重要となります。また、高出力LEDチップ(動作中に200℃近くの高温に達します)上で蛍光体を使用するためにも重要です。

図4Y3Al5O12: Ce3+の2D励起/発光スペクトル。励起帯は460 nm付近で最大となり、一方、発光ピークは550 nm付近です。1Dの励起/発光スペクトルは図の左側と上部に示してあり、スペクトル中の最大強度に対応する発光/励起波長を用いて得られたものです。
これら条件の一部が互いに競合することも少なくありません。たとえば、ブロードな発光スペクトルの蛍光体は効率が低い場合がある一方で、十分な量子効率を示す材料はその発光スペクトルが期待される波長領域をカバーできない可能性があります。これら特性の中には、ドーパントイオンに強く依存するものもあれば、ホストマトリックスの影響を受けやすいものもあります。したがって、ホスト格子と付活剤イオンの最適な組み合わせを見つけ、最終的に安定性の高い、安価で高効率な材料を合成することが、材料科学の観点からの課題であるといえます。
蛍光体の合成
相純度と品質の高い蛍光材料を得るために、さまざまな合成法が開発されていますが、通常、高温固相反応が選択されます。この方法では、出発化合物(典型的には酸化物、炭酸塩、または硝酸塩)を十分に混合して均質化した後、通常1000~1600℃の温度で加熱します。ドーパントイオンを望みどおりの原子価状態(たとえば、Ce4+からCe3+、Eu3+からEu2+)に変換するために、H2とN2の混合物ガスもしくはCOガスのような還元雰囲気を用います。そのほかの合成反応としては、水熱合成やソルボサーマル合成、ゾル-ゲル法や噴霧熱分解法などのような溶液法が挙げられます。
あまり用いられてはいませんが、その他の合成法として燃焼合成法のほかにマイクロ波を利用した固相合成法(microwave-assisted solid state preparation)14があります。その反応速度は非常に速いものの、最終生成物の特性を制御することが難しくなります。酸窒化物および窒化物の合成では、確実に窒素を結晶格子中に導入するために、超高温(時には2000℃を超える)や高いN2分圧といった過酷な条件が必要になる場合もあります。通常、空気と反応しやすい前駆体化合物に対しては不活性条件下での合成ステップが必要になり、いくつかの酸化物材料の合成にも必要となります。
酸化物蛍光体
これまで研究されたさまざまな蛍光体ホスト材料の大半は酸化物です。これは合成が容易で製造コストも低いだけでなく、得られる化合物の安定性が優れているためです。今日の固体照明で最も一般的に使用されている材料は、イットリウムアルミニウムガーネット(Y3Al5O12)に少量のセリウムをドープしたもので、YAG:Ceと表されます。最も効率の高い材料は、1500℃を超える温度で作製され、典型的には2 mol%から3 mol%のセリウムがドープされています。図5Aにその単位格子の図を示します。YAGの結晶構造は空間群Ia-3d の立方晶系で、AlO4四面体とAlO6八面体が頂点で完全に繋がった構造を持ち、緻密で、高度に結合した3次元ネットワークを形成しています。

図5広く使用されている蛍光体材料の単位格子の図。ここで、A)はガーネットY3Al5O12、B)はオルトケイ酸塩Ba2SiO4、C)は酸窒化物CaSi2O2N2、およびD)は窒化物Sr2Si5N8を示しています。灰色の球は、Y、Ba、CaおよびSr原子を表し、淡青色、赤色、橙色、および濃青色の球は、それぞれAl、Si、O、およびN原子を表しています。
Y3+イオンは、このネットワーク内のボイド(void)を占有し、全部で8個の酸素イオンにより配位され、歪んだ配位環境を形成します。Y3+イオンは、また、その多面体の稜によって3次元に連結し、ブロック共重合体で知られているダブルジャイロイド構造と同様に、連結AlOn多面体と絡み合ったネットワークを形成します。YAG:Ceは、1967年にBlasseとBrilによって最初に合成され15、今日では固体白色照明用途における標準的な蛍光材料になっています。その理由は多岐にわたります。まず、比較的安価で豊富な元素のみで構成され、低コストで大規模な生産が可能です。また、その光学的特性からも極めて優れた蛍光材料です。YAG:Ceは450 nm付近にブロードな励起帯を持つので、InGaN青色LEDからの発光を利用するのに最適な材料です。YAG:Ceのブロードな発光帯は550 nm付近に中心がありますが、650 nmまで広がっているために(図1および図4参照)、前述のような青色発光ダイオードによる青味がかった白色光を得ることが出来ます16。
さらにこの蛍光体は、極めて高い化学的安定性と温度安定性をはじめとする、いくつかの非常に望ましい特性を持っています。このような特性は、蛍光体を用いる固体照明において重要です。LEDチップは他の照明デバイスと比べてはるかに多くの電気エネルギーを可視光に変換しますが、最終的に蛍光体を励起するためのエネルギーを放射するため、温度が数百℃まで上昇します。図6に示すように、YAG:Ceの発光波長は温度が上昇してもそれほど変化せず、量子効率は室温での数値よりわずかに低下するだけなので、長期間の照明が必要な用途の実現が可能になります。
また、セリウムをドープしたYAGの発光波長は、その化学組成を変える(たとえば、Y3+をGd3+やLu3+で置換、Al3+をMg2+とGe4+/Si4+の組み合わせで置換)ことにより、ある程度調整することができます。化学組成の変化は、結合距離や強度、結合の種類の変化による発光イオンの配位環境の変化につながり、結晶場分裂が変化します。また同様に、陰イオンの組成も調整することが可能で、(酸)窒化物の例について後述します。このような蛍光体発光波長の化学的調整は、材料開発において重要な手法です。
組成の調整は、酸化物蛍光体のもう1つの大きな材料群であるオルトケイ酸塩でも非常に重要な役割を果たします。ケイ酸塩は極めて豊富に存在し(地殻の90%近くはケイ酸塩からなっています)、その中には、広い領域で発光するイオン(Ce3+、Eu2+)をドープすることで、高い量子効率と良好な温度安定性を示す優れた蛍光材料となるものもあります。ここでは、蛍光体ケイ酸塩の中でも最も単純なものの1つである、オルトケイ酸バリウム(Ba2SiO4)の構造と特性を簡単にご紹介します。図5Bに示すように、Ba2SiO4の構造(斜方晶系、空間群Pnma)は互いに孤立した[SiO4]4-四面体から構成されています。この構造中のBa2+イオンは2つの結晶学的に異なるサイトを占有し、9配位または10配位の構造をとります。オルトケイ酸塩蛍光体、特にバリウム化合物は、合成法が複雑ではなく(還元雰囲気下での高温反応)、ストロンチウムやカルシウム端成分(end member)との固溶体形成の能力が高いため、多くの研究開発で用いられています。
少量のユーロピウムイオンの添加により、近紫外(約395 nm)励起下で強い緑色発光(ピーク波長:505 nm近傍)が得られます(図1の色度座標も参照)17。スペクトルの緑色域で非常に強力な発光をもつために、マルチカラー蛍光体もしくは蛍光体ブレンドによる白色光発光に適した材料の候補です。

図6Y3Al5O12: Ce3+の発光特性およびフォトルミネッセンス量子効率の温度依存性
(酸)窒化物蛍光体
さきほど簡単に触れたように、(さまざまな特性の中でも)発光色を調整する1つの可能性として、陽イオンまたは陰イオンのいずれかを化学的に置換する方法が考えられます。オルトケイ酸塩に関連するもう1種の蛍光体に、酸窒化物(MSi2O2N2:Ln、MはCa、Sr、Ba、LnはCe3+またはEu2+)18,19があります。図5CにCaSi2O2N2の単位格子を示しました。Ca2+イオンの層と、3つの窒素末端の頂点で連結したSiON3四面体のネットワークによって形成される層が交互に重なった構造になっています。MがSrやBaのMSi2O2N2:Ln酸窒化物の構造は類似していますが、組成の違いによって単位格子の大きさが若干異なります。これらの化合物とその固溶体は、高い量子効率(室温で最大93%)と非常に良好な温度安定性(SrSi2O2N2およびBaSi2O2N2:Eu2+の消光温度は600Kの高温)を示すため、白色光発光デバイスのための代替ダウンコンバート材料として急速に研究が進み、広く使用されるようになりました。純粋な化合物(すなわち、CaSi2O2N2、SrSi2O2N2、BaSi2O2N2)に2価のユーロピウムをドープした場合、発光ピークがそれぞれ、558 nm、538 nm、495 nm付近になります。このような端成分による組成調整によって、YAG:Ceの代替化合物となりうる可能性を持つ、非常に効率的な黄色-緑色蛍光体を作ることが可能となります。
蛍光体の4番目のグループは窒化物であり、酸化物と比較すると長波長側にシフト(レッドシフト)した発光色を示すことがしばしばあります。レッドシフトは窒化物中の電子雲拡大効果が大きいことによるためで、付活剤イオンのRacah電子間反発パラメータが減少し、その結果、結晶場分裂が大きくなります。赤色発光は照明の色温度を下げるために重要であり、赤色成分の追加によって固体照明の光源が目に優しくなり、住宅用照明として適したものになります。窒化物蛍光体としてよく知られている化合物群にはM2Si5N8:Ln(MはSrまたはBa、LnはCe3+またはEu2+)があります20,21。その構造は斜方晶(空間群Pmn21)で、Sr2Si5N8の構造を図5Dに示しました。単位格子はSiN4四面体の頂点を共有する完全に連結したネットワークで構成されており、そのネットワークは全方向に広がっています。Sr2+イオンは、SiN4ネットワークによって作られたボイド(6配位と7配位の2つの異なるサイト)に位置します。完全な固溶体は、SrまたはBaをEu2+で100%置き換えることにより得ることができます。Eu2+置換によって、Sr2Si5N8から赤色発光が、Ba2Si5N8からは黄色発光が得られ、Eu2+の量が増加し続けると共に、発光は最大で680 nmまでレッドシフトします。Sr2Si5N8の高度に相互連結した結晶格子によって、図7に示すように、高い量子効率(室温で最大80%)で熱安定性が非常に良好な赤色発光蛍光体になります22。Sr2Si5N8:Eu2+は励起帯が370 nmから460 nmの領域に及び、さらに、高効率で安定な赤色発光のため、InGaNベースの温白色LEDに赤色スペクトル成分を追加するための変換蛍光体の候補として大いに注目されています。

図7温度上昇に伴うSr2Si5N8:Eu2+蛍光体とLEDの相対強度の減少がこのように少ないことは、この蛍光体の温度安定性が高いことを示しています。これは他の赤色発光蛍光体ではあまりみられません。挿入写真は、青色LEDを用いた蛍光体封入シリコンキャップの発光の様子22。
まとめ
固体照明はエネルギー消費を大きく抑える可能性を持っています。固体照明デバイスの性能は、デバイスで使用するダウンコンバージョン蛍光体や蛍光体材料の組み合わせに大きく左右されます。本稿で述べたように、酸化物、酸窒化物、窒化物などに少量の希土類や遷移金属元素をドープして合成した高性能無機材料を蛍光体として使用することで、固体デバイスで白色光を効率的に得ることができます。
謝辞
固体照明分野の研究に対する、三菱化学先端材料研究センターおよびカリフォルニア大学サンタバーバラ校、固体照明・エネルギーセンターから寄せられたご支援に心より感謝します。Steve DenBaars、Shuji Nakamura およびGlenn Fredricksonの各氏にお礼を申し上げると共に、Stuart Brinkley氏およびAlexander Mikhailovsky氏のご協力に感謝いたします。著者のK. A. DとN. C. G.は、米国国立科学財団(NSF)のConvEne IGERT Program(NSF-DGE 0801627)による研究奨励基金に対して、深く感謝いたします。
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参考文献
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