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バイオテクノロジーにおけるグラフェン

Alba Centeno, Amaia Zurutuza Elorza

Graphenea S.A. Tolosa Hiribidea, 76, E-20018 Donostia - San Sebastian, Spain

Material Matters™, 2013, 8.1
Material Matters™ Publications

グラフェン技術

グラフェンは、奇跡の新材料として登場しました。わずか1原子の厚さで、炭素原子が六角形のハニカム格子構造に配置された炭素原子からなるため、2004年に非常に簡単な方法で初めて単離および同定されて以来、この材料への関心が急激に高まっています1

グラフェンは、様々な次元のカーボンナノ材料の構成要素です(図1)。例えば、グラフェンをボール状に丸めると0次元のフラーレンが得られ、巻くと1次元のナノチューブが得られ、積み重ねると3次元のグラファイトが得られます。 

様々なカーボンナノ材料の構造

図1他のカーボン材料の構成要素であるグラフェン

グラフェンの炭素原子が示すsp2混成と1原子層厚さ(0.345 nm)とが、次に示すような独特な材料に並外れた特性を与えています。室温でも非常に高い電子移動度および正孔移動度(> 105 cm2V -1s -12、室温でも高い熱伝導率(> 4,000 W m-1K -13、可視スペクトルの吸光度が広い波長範囲で2.3%であること4、同じ厚さの鋼鉄と比較した場合、ヤング率が1 TPaの鋼鉄よりも300倍も高い機械的強度5、ヘリウムなどの気体に対する不透過性6が挙げられます。グラフェンの応用が期待される分野は、エレクトロニクス、光エレクトロニクス、エネルギー(太陽光発電、バッテリー、スーパーキャパシタ)、タッチスクリーン・ディスプレイ技術、照明および複合材料など様々です。

さらに、グラフェンとその誘導体は、高表面積、各要求に特化した機能性および広いsp2混成面といった特性を持つことから、優れた生体適合性、生理学的pHを持つ緩衝液中での溶解度、安定性ならびに異種化合物の担持または接合能力が期待でき、生物医学応用への大きな可能性を秘めています。表1にはグラフェンの利点と、バイオテクノロジーでの用途に適した形態がまとめられています。グラフェンは、1)化学気相成長(CVD:chemical vapor deposition)による薄膜と2)化学剥離を利用して作製した粉末、すなわち酸化グラフェン(GO:graphene oxide)あるいは還元型酸化グラフェン(rGO:reduced graphene oxide)との2種類の形態で作製できることも重要な点です。形態により、グラフェンの特性が変わります。

表1バイオテクノロジー分野におけるグラフェンの応用

生物医学用途でのグラフェン

分子、生体分子、量子ドット、ポリマーおよびナノ粒子でも、グラフェンベースのキャリアに担持または結合することができます(図2)。共有結合性相互作用あるいは非共有結合性相互作用、例えば水素結合性、疎水性、π-πスタッキングおよび静電相互作用によって担持されます。

グラフェンとその誘導体の生体機能化

図2グラフェンとその誘導体の生体機能化7。Elsevierの許可を得て転載。

薬物送達および遺伝子送達における酸化グラフェン

グラフェンとその誘導体は、標的送達を含む、薬物送達と遺伝子送達用に設計可能な最新の材料です。酸化グラフェン(GO)プレートレット(小板)上には水溶性および非水溶性の活性物質を担持し、狙いとする様々な物質を付着させることができ、医薬品と遺伝子の標的または非標的送達の用途に利用することが可能です。

GOプレートレットの機能化は、グラフェンの生体適合性と溶解性を改善し標的送達と多様な治療処置を成功させるために、非常に重要です。GOプレートレットを化学修飾する最も一般的な方法は、ポリマーと共有結合させることです。ポリエチレングリコール(PEG)、キトサンおよびポリエチレンイミン(PEI)を含む多種類のポリマー成分がGOにグラフト結合できます。ポリマーに加えて、生体標的リガンド、DNA、たんぱく質、バクテリア、細胞、量子ドットやナノ粒子も、グラフェンとその誘導体にグラフト結合できます。このようにGOは、構造的特徴と化学修飾が容易で、生物医学用途が広いプラットフォームです。

多くの薬理活性物質は芳香族基を持つため、グラフェンとのπ-π相互作用により安定化されます。例えば、抗癌剤のドキソルビシン(DOX)を、抗体を用いて機能化されたPEG化(ポリエチレングリコールを結合させた)ナノ-GO(NGO:nano-GO、横幅は10 nm未満)にπ-πスタッキングにより担持しています8

抗癌剤の奏効率を高め、腫瘍組織と関連細胞を標的とするために、多機能化されたGOを用いた二重標的薬物送達システムが開発されています9。GOを、分子標的のために葉酸(FA:folic acid)分子で機能化し、磁気標的のために磁性酸化鉄(Fe3O4)ナノ粒子で機能化します。まず、(3-アミノプロピル)トリエトキシシラン(APS)で修飾した超常磁性GO-Fe3O4ナノハイブリッド材料を調製し、続いてこのAPSのアミノ基とFAのカルボキシル基との間のイミド結合により、FAをFe3O4ナノ粒子上へ結合させます。最終ステップでは、この多機能化されたキャリア上に、DOXをπ-πスタッキングによって担持します(図3)。フルオロセインイソチオシアナート(FITC:fluorescein isothiocyanate)を標識化のために用います。この多機能化GOベースのキャリアを用いた試験により、抗癌剤の標的送達と放出制御が可能であることが示されました。さらに周囲環境のpH条件によって、DOXの放出を制御することもできます。

また、これに代わる方法として、抗癌剤を光温熱治療と組み合わせ、治療効率を改善することもできます10。DOXを担持したPEG化NGOを用い、臨床前のマウスモデルの生体で行っています。この光温熱療法と化学療法を組み合わせ、両治療法を単独で行うよりも癌治療の有効性は大きく改善されます。別の生体研究では、分子標的部分(FA修飾β-シクロデキストリン)を含むGOベースのキャリア上にDOXを担持しました11。いずれの研究においても、機能化GO薬物送達システムは、優れた有効性と少ない副作用により、生体での効果がDOX単独よりも高く、その結果死亡率が低下しました。最近の研究では、磁気標的薬物送達、光温熱療法および磁気共鳴画像法(MRI:magnetic resonance imaging)の組み合わせが研究されています12

遺伝子送達が直面している大きな課題の1つは、DNAを劣化から保護し、高効率で細胞へ取り込ませる安全な遺伝子ベクターを開発することです。最近の研究で、PEI修飾GOがPEIの細胞毒性をかなり低下させるだけでなく、DNAの導入効率を改善し、効率的なDNA送達を実現できることが明らかにされています13,14。さらに、レポーター遺伝子の細胞内追跡により、DNAが細胞核に届けられることも分かりました14

多機能化GOベースのキャリア

図3多機能化GOベースのキャリア9。Royal Society of Chemistryの許可を得て複製。

組織工学におけるグラフェン膜、酸化グラフェンおよび還元型酸化グラフェン

組織工学(再生医学、tissue engineering)では、適切な物理的、化学的および機械的特性を持つ生体適合性の足場の設計が重要です。グラフェンとその誘導体は、固有の弾力性、柔軟性、高表面積、適応性と機能性があるために、足場材料として注目されています。薄膜のGOとrGOは、表面コート剤として用いると、遺伝子の導入や発現などの細胞機能の促進と同時に、顕著な有害作用を誘発することなく優れた生体適合性を示すため、哺乳動物の繊維芽細胞を成長させる適切な足場であることが示されました15

さらに、グラフェンでコートされた各種プラットフォーム上で、ヒト幹細胞の成長と増殖が観察されています16。CVDで銅箔上に成長させた単層グラフェンを、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)に転写し、PMMAを除去後、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ガラスおよびシリコン/二酸化ケイ素(Si/SiO2)のプラットフォーム上に移しとります。グラフェンは、その下のプラットフォームに関係なく、ヒト間葉系幹細胞(hMSCs)の増殖を促進して、骨細胞への特異的分化を加速する非常に有望な生体適合性を持つ足場であることが分かりました。図4Aに、Si/SiO2プラットフォーム上へ転写されたCVDグラフェン膜を示します。オステオカルシン(OCN:osteocalcin)に特異的な免疫染色によって、骨細胞がグラフェン膜上のみで形成されることが示唆されますが、Si/SiO2プラットフォームでは見られません(図4B)。また、アリザリンレッド染色で、骨結節形成によるカルシウム沈着の有無を判別し、定量測定も可能です。様々な足場上で、カルシウム沈着を定量した結果を図4Cおよび図4Dに示し、比較しました。カルシウム沈着は、プラットフォームには依存せず、成長因子BMP-2がなくてもよく、グラフェン膜上で最も多いことが分かりました。これらの結果を確かめるために、骨細胞分化誘導に対するグラフェンおよびBMP-2の影響について比較しました。グラフェンとBMP-2が共にない場合、アリザリンレッド染色が陰性であるため、骨結節形成はないことが分かります(図4E)。BMP-2を添加すると、染色は陽性になります(図4G)。BMP-2がない場合でも、グラフェンでコートされたPETで、染色は陽性になります(図4F)。BMP-2とグラフェンの両方が存在する場合も、やはり染色は陽性になります(図4H)。注目すべきことに、一般的に用いられる成長因子がない場合でもグラフェンは細胞分化を促進します。したがって、埋め込み装置または損傷組織中にグラフェン膜を組み込んでも、周囲の微小環境の生理的条件に影響を及ぼさないと考えられます16

グラフェンによる骨細胞分化の促進

図4グラフェンによる骨細胞分化の促進。A)グラフェンの境界を示しているSi/SiO2上のCVDグラフェンの光学像。B)OCNマーカーは、骨細胞形成がグラフェン領域のみで起きていることを示しています。C)BMP-2非存在下で成長させた細胞。D)BMP-2存在下で成長させた細胞。E~H)アリザリンレッドで染色されたPETキャリアは、骨形成によるカルシウム沈着を示しています。E)BMP-2もグラフェンも存在しないPET。F)BMP-2は存在しないが、グラフェンは存在するPET。G)BMP-2は存在するが、グラフェンは存在しないPET。H)BMP-2もグラフェンも存在するPET。スケールバーは100 μm。参考文献16より許可を得て転載。Copyright 2011 American Chemical Society。

CVDにより作製されたグラフェン膜は、グリアよりもむしろニューロンへ、ヒト神経幹細胞(hNSCs)の分化を促進することが分かりました17。hNSCsはガラスよりもグラフェンに接着して、主に神経細胞へ分化します。これらの結果により、幹細胞研究と再生医学を含む神経科学およびその他の分野で、グラフェンを利用する機会が多く切り拓かれています。

別の研究では、GOとCVDグラフェン膜について、幹細胞(hMSCs)の増殖とそれに続く特定組織への分化に関する試験が行われています18。骨形成化学誘導物質の存在下で、グラフェン膜が幹細胞を増殖させ、造骨組織に分化させることが分かりました。これに対し、GOは幹細胞の脂肪細胞分化を促進します。これらの結果から、GOとグラフェン膜が、分子間相互作用を通して幹細胞の成長と分化を促進するのに効果の高い、予備濃縮足場となることが分かりました18

分子イメージングにおける酸化グラフェンと還元型酸化グラフェン

光学イメージングによる細胞内イメージング研究用の蛍光標識としてGOを用いる研究が行われています。PEG化ナノGO(NGO)は、可視領域と赤外領域に光ルミネセンスを生じることが分かり8、GOの固有光ルミネセンスにより、PEG化NGOで分子標的化後、リンパ腫細胞をNIRイメージングで可視化できます。他の論文では、フルオロセインで機能化されたPEG化NGOとローダミン6G(蛍光色素)で標識されたゼラチングラフトrGOを細胞のイメージングに用いました19,20。どちらの場合も、それぞれPEGリンカーおよびゼラチンリンカーで結合することで、GOおよびrGOがフルオロセインおよびローダミンの消光を防ぐことができます。

ヒトの癌細胞(MG-63、HeLa)の細胞内の蛍光プローブとしてrGOベースの量子ドットが使えるか試験が行われています21-23。この蛍光プローブは、ウシ血清アルブミン(BSA:bovine serum albumin)の架橋を用いた量子ドット(QD:quantum dot)と結合したGO21またはrGO22から出発する1段階ソルボサーマル法、あるいは分子標的部分としてPEGとFAを用いる方法23により調製します。この量子ドットナノ複合体は近赤外光を吸収することから、細胞腫瘍バイオイメージングと光温熱療法の両機能を統合できることが、生体内および試験管内研究で実証されました。これらの機能を統合することで、癌診断、イメージングおよび治療に大きな可能性が開けてくると考えられます。

報告された光学イメージング研究の大部分は試験管内で行われたものですが、生体内での研究もいくつか報告されています。PEG化NGO(横幅10~50 nm)を生体内蛍光イメージングのためにNIR蛍光色素と結合させ、続いてマウス腫瘍モデルで光温熱療法を行いました24。その結果、腫瘍受動的標的化が非常に効率的であること、および細網内皮系での残留は比較的少ないことが示されています。また、マウスで顕著な毒性の影響は見られず、PEG化NGOが非常に優れた生体適合性を持つことが分かりました。

生体内および試験管内のMRI研究用のT2造影剤として、PEGおよびデキストランでそれぞれコートした酸化鉄-GOナノ複合体を用いた研究が報告されています12,25。生体内研究では、PEGでコートされた酸化鉄-GOナノ粒子が、腫瘍と肝臓の領域に蓄積されることが示されています12。腫瘍による高い取り込み率は、EPR効果(enhanced permeability and retention effect、血管透過性・滞留性亢進効果)が原因です。酸化鉄ナノ粒子のみと比較して、ナノ複合材料を使うと、細胞のMRIイメージング性能が向上します25

ポジトロン断層法(PET:positron emission tomography)は、必要とする同位元素が低濃度である非常に高感度なイメージング技術です。放射性標識抗体が結合したPEG化NGOを使って、乳癌モデルマウスの腫瘍血管系の生体内標的とPETイメージングの研究が行われています26。機能化されたNGOが、腫瘍血管形成の血管マーカーであるエンドグリン(CD105)を標的にして、生体内で腫瘍血管系へ特異的に向かうことが証明されています。

バイオセンサ/バイオエレクトロニクスにおけるグラフェン

バイオセンサにおける酸化グラフェンと還元型酸化グラフェン

グラフェンには、広い電気化学窓、低い電荷移動抵抗、明確な酸化還元ピークと速い電子移動速度などの独特な電気化学的性質があります。そのため、グラフェンは電気化学バイオセンサの電極材料に非常に適している可能性があります。光学バイオセンサに用いるには、機能化できるという特徴も必要です。前述のように、グラフェンと特にGOは、さらなる機能化に向けた非常に多用性のある材料です。

電極として作用するためにはある程度の導電性が必要で、電気化学バイオセンサの研究において報告されるグラフェンの形態としては、rGOベースの電極が主です。この電極は、高表面積なので高い担持量を実現でき、感度を上げることができます。さらに、グラフェンは、生体分子の活性部位と電極領域の間の電子移動距離を短くする役目を果たします。したがって、ある種の機能性を導入すれば、生体分子とより良好に相互作用する可能性があります。rGOベースの電極の電気化学バイオセンサによって、DNA、グルコース、エタノール、ドーパミン、アスコルビン酸、尿酸およびアセトアミノフェン(APAP)などの様々な生体分子を検出できると報告されています27。このセンサで、一本鎖DNA(ssDNA:singlestranded DNA)と二本鎖DNA(dsDNA:double-stranded DNA)の全4種類のDNA塩基を検出できています。また、グラフェンベースのグルコースバイオセンサは、優れた感度、選択性と再現性を示すことが報告されています28,29。さらに、シトクロムC、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH:nicotinamide adenine dinucleotide)、ヘモグロビン、西洋ワサビ過酸化物(HRP:horseradish peroxide)およびコレステロールのバイオセンサが、rGOベースの電極を使って開発されています28。我々の知る限りでは、CVDグラフェン膜ではこのようなバイオセンサは報告されていません。しかし、CVDグラフェン膜には優れた電子的特性があり、一原子分の厚さであるため、電極材料として当然使われてもよいと思われます。

光学バイオセンサの中で、グラフェンとその誘導体を用いた、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET:fluorescence resonance energy transfer)型バイオセンサが多く報告されています。FRETでは、電子供与性蛍光体から電子受容性蛍光体へのエネルギー伝達が起こります。グラフェンとその誘導体は、このプロセスにおいて、バックグラウンドが低いためS/N比が高く、酵素的な開裂から保護できるという有利な点があります。グラフェンとGOは、π-πスタッキングによって核酸と強く相互作用します。ssDNAはGO上へ吸着する一方、dsDNAは負に荷電するdsDNAリン酸エステル主鎖の中で核酸塩基が高効率で遮蔽されるため、安定には吸着されません。FRETバイオセンサを作る場合、典型的にはssDNAに付加された蛍光分子をGOに結合させます。用いるプローブ(例えば、ssDNA、アプタマーと分子指標[MB:molecular beacon])によって、様々な標的(例えば、cDNA、ヒトトロンビン、Ag+、ウシトロンビン、残存するmRNAとAuナノ粒子でラベルしたcDNA)を検出できます7。MBベースのFRETバイオセンサへGOを組み込むと、標的DNAに対する感度と単一塩基ミスマッチ選択性が高まります30。プローブとしてアプタマーを取り入れることによって、グラフェンベースFRETバイオセンサの標的範囲を、DNAからイオン(Ag+)や低分子、たんぱく質(ウシトロンビン)まで拡大することができます7

バイオエレクトロニクスにおけるグラフェン膜

電界効果トランジスタ(FET:field effect transistor)ベースのバイオセンサは、他のタイプの電気化学センサと比較して、高感度、高速応答、ナノスケールの製造手順およびナノスケールのデバイス寸法を実現できます。優れた電気特性を持つとの理由から、主にCVDで合成したグラフェン膜あるいは機械的に剥離したグラフェンフレークがFETベースバイオセンサの製造に用いられています。機械的に剥離したグラフェンフレークは、ラベルされていないBSAの検出のための電解液ゲートFETに用いられています31。pHに依存する導電率が観察されたため、pHセンサとしての可能性が示されています。CVDグラフェンを用いて製造されたフレキシブルグルコースFETバイオセンサには、同時二極性伝達特性があることが示されています32。この研究では、グラフェン膜をフレキシブルPETプラットフォーム上に堆積し、グルコースオキシダーゼ(GOD:glucose oxidase)で機能化して溶液ゲートFETバイオセンサを作製しています(図5)。グラフェンFETは、グルコースレベルのモニタリングのための、携帯、装着、埋め込み可能な応用に利用できるようになるでしょう。

FETバイオセンサ

図5CVDグラフェンベースFETバイオセンサ。参考文献32より転載。

さらに、CVDで成長させた大面積グラフェンは、より高感度に起電性細胞(electrogenic cell)の電子活性を検出できることが示されています33。これは、CVDグラフェンが高い電荷キャリア移動度と化学的安定性を持つためです。また、成熟途中の神経突起とCVDグラフェン膜との相互作用についてマウス海馬培養モデルを使って調べられています34。グラフェン膜は優れた生体適合性を持ち、神経突起の発芽と伸長が促進されます。結論として、グラフェンは、細胞に接続されたセンサの材料として非常に有望で、神経機能代替デバイスへの応用と起電性活性(electrogenics activity)の記録に役立つ可能性があります33,35

TEM/HRTEMを使った生体分子研究におけるグラフェン膜

透過型電子顕微鏡(TEM:transmission electron microscopy)と高解像度透過型電子顕微鏡(HRTEM:high-resolution transmission electron microscopy)を用いれば、多種類の分子の研究が可能になります。しかし、ナノ粒子や生体分子、生物材料を調べる場合、既存のTEM用支持膜には限界があります。それはこの支持膜が観察を妨害するからです。例えば、極薄アモルファスカーボンフィルム(厚さ2~3 nm)を用いると、全ての種類の電子散乱の原因となり、原子番号が小さい試料のコントラストが低下します36。この問題は、CVDで作製された原子レベルで薄い高導電性連続単層グラフェン膜を用いれば克服できます(図6)。このグラフェン膜ならば、分子の分析を妨げないからです。グラフェンベース膜は、静的イメージングを原子分解能で得る場合だけでなく、熱的に活性化された脱離、ドリフトおよび拡散などのプロセスにおける動的な現象を、原子レベルで視覚化する場合にも有用です37。またグラフェンは、金ナノ粒子に付着した有機キャッピング層および界面を直接イメージングするための極薄支持膜として利用されています36。別の研究では、グラフェンフレークが、タバコモザイクウイルス(TMV:tobacco mosaic viruses)を研究するTEM用支持膜として利用されています38。TMVを染色しなくても、高いコントラストが得られます。

CVD単層グラフェン膜

図6CVD単層グラフェン膜のHRTEM画像

結論と今後の展望

グラフェンベースのナノ材料は、水溶性および非水溶性の活性化合物、DNA、たんぱく質、細胞、標的薬剤、ポリマー、さらにはナノ粒子とも結合可能という特性をはじめ、多用な化学的性質を有するため、今後の生物医学研究のための魅力的なナノプラットフォームとなります。GOは、医薬品および遺伝子送達、分子イメージングと光学的バイオセンサの用途で、非常に興味深い材料となっています。機能化されたGOは生体適合性があることが証明され、治療薬と標的戦略とを組み合わせると、癌を含む様々な病気の診断と治療を改善できる可能性があります。CVDグラフェン膜は、その柔軟性、原子レベルの厚さ、多用性および並外れた特性を有するため、今後の組織工学用材料として注目されています。多数の幹細胞が増殖し分化したことから、グラフェン膜が次世代の足場材料になりうることが示されています。その上、CVDグラフェン膜は、電子移動度が高いために高感度であるため、FET型バイオセンサに非常に適していることが分かっています。また、これらの膜がHRTEMを用いたナノ粒子と生体分子のイメージングのための理想的な支持膜であることが分かりました。rGOベースの電気化学バイオセンサも非常によい性能を示しました。しかし、グラフェンとその誘導体を生物医学的/バイオエレクトロニクス的応用に用いるには、事前に広範囲の生体内治験が必要です。

今後の展望として、最近の研究では、グラフェンには波長以下(サブ波長)のサイズに集光できるという独特な能力があることが実証されています。このことより、数十ナノメートルオーダーの実効プローブ体積を持つ、グラフェンプラズモンを用いてアンテナベースの超高感度なバイオセンサが開発できる可能性が開かれました39。生物学とナノエレクトロニクスを組み合わせれば、検知と同時に刺激ができるスマートな神経機能代替デバイスを開発することができるはずです。CVDグラフェン膜は、非常によく細胞と結びつく上に、電荷キャリア移動度が高く電荷キャリア密度を調節できるので、埋め込み可能な機能性材料として大きな可能性が期待できます。

バイオテクノロジーにおけるグラフェンとその誘導体の将来の姿を予測することは容易ではありません。しかし、グラフェンには並外れた特性があるため、非常に有望で多用性のある材料です。それでもなお、この研究をより大きく進展させるためには複数の学問分野を融合させることが必要です。最終的にはこのような進歩が、多機能でスマートな材料の開発へとつながるはずです。

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