カーボンナノホーン:大量製造技術、材料特性、応用展開
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はじめに
単層カーボンナノホーンの大量製造技術
単層カーボンナノホーンの材料特性
- 単層カーボンナノホーン(As-grown SWCNHs)
- 単層カーボンナノホーン with hole
応用事例
はじめに
単層カーボンナノホーン集合体(SWNH:Single-walled carbon nanohorn、CNH:Carbon nanohorn)1は、1998年にNECの飯島澄男特別主席研究員により発見された新規ナノカーボン材料である。その一本一本の単層カーボンナノホーン(SWNH)の構造は、グラフェン一枚からできた円筒状物質で、先端の円錐角が19°程度で5員環を含んだ閉構造を有し、直径は2~5 nm、長さは40~50 nmである2。単層カーボンナノホーンは、通常数千個集まり、直径が約100 nm程度の球形集合体を形成している(図1)。この集合体は、個々のSWNHに分解することが難しいため、部分的に互いに化学的に結合して集合していると推定されている。SWNHは、高分散性3、高導電性4、高比表面積5を有するため、ガス吸蔵材6,7、キャパシタ8-10、センサ11、触媒担持体12-14、複合材料15、ドラッグデリバリーシステム(DDS:drug delivery system)16-18等の応用が期待されている。このように多角的な用途のため、近年安価で高品質な単層カーボンナノホーンの大量製造技術が開発され、1 kg/日のSWNH製造が可能になった19。NECからサンプル販売も開始され、現在、研究開発や事業化が加速している。以下に、単層カーボンナノホーンの大量製造技術、材料特性、及び応用展開に関して解説する。
図1SWNHの電子顕微鏡写真(左:先端部、中央:集合体)とSWNHの先端のモデル(右)
単層カーボンナノホーンの大量製造技術
金属触媒を含まないグラファイトターゲットに、室温Arガス雰囲気中で、CO2レーザを照射すると単層カーボンナノホーンが作製できる1。図2はSWNH大量製造装置の概略図である19。この装置は、exchange chamber(グラファイトターゲット貯蔵室)、production chamber(レーザ照射室)、collection chamber(SWNH回収室)の3つの部屋から形成されている。Arガスは、レーザ照射室の下側から入り、回収室の上側で排気される。CO2レーザ照射後、グラファイトターゲット貯蔵室の新しいグラファイトターゲットが自動的に交換される。グラファイトターゲットの交換回数と交換時間を減らすために、直径100 mm、高さ500 mmの大型グラファイトターゲットを使用している。
CO2レーザは、出力3.5 kW、連続発振モードで使用する。この時、2 rpmでらせん状にターゲットを回転することで、単層カーボンナノホーンの連続生成が可能になる。生成されたSWNHは、Ar気流に乗って搬送管を使って回収室に移動すると落下し、回収容器中に捕集される。捕集されたSWNHは、ゲートを閉じて回収する。この製造システムにより、SWNHは100 g/hで連続生成され、1 kg/日を実現できる。
図2SWNH大量合成装置概略図
図3単層カーボンナノホーンの(a)SEM像、(b)粒子サイズ分布
エタノール中でSWNHを超音波分散した溶液の動的光散乱測定を行った(図3b)。その結果、たいていの粒子は、70~200 nmのサイズであり、SEM観察結果と大よそ一致していた。平均粒子サイズがおよそ110 nmであることから、エタノール中のSWNHは単分散状態である。また、分散後2週間以上サイズ分布が変化しなかった。この結果とSEM像から、SWNHは、従来のナノカーボン材料に比べ高い分散性を有する。またSWNHは、他の有機溶媒中でも良好な分散状態を示し、他のナノカーボン材料に比べて高い分散性を示した。しかしながら、表面に官能基を持たず疎水性であるため、水溶液中では分散することができない。
図4は、単層カーボンナノホーンの熱重量分析(TG)曲線とTGの微分曲線である(10℃/min、O2雰囲気下)。生成物のTGの微分曲線において、620℃付近のピークはSWNHの燃焼温度であり19、760℃付近のピークは、グラファイト不純物である。これは、CO2レーザアブレーションの際に生成するグラファイトターゲット由来のものである20。従って、SWNHの純度は、90 wt.%以上として見積もられる。
図4単層カーボンナノホーンのTG曲線と微分TG曲線
2. 単層カーボンナノホーン with holes(SWCNHs with holes, Holey-SWCNHs、804126)
生成後の単層カーボンナノホーンの一本一本は閉じている。そのため、単層カーボンナノホーンの吸着サイトは、鞘の外側のみである。SWNHに酸化処理を行うと、先端部や欠陥部が特異的に酸化され、その部分に開孔部が形成し、SWNHの内部スペースを利用できるようになる(holy-SWNH)。通常、開孔処理は、空気雰囲気での熱処理21、酸処理22、過酸化水素処理23により行われる。これらの処理により、親水性の表面官能基が開孔部に形成され、有機溶媒中だけでなく、水溶液中でも高分散が可能となる。我々は、現在100℃での過酸化水素処理により、holy-SWNHを作製している23。
図5は、holy-SWNHのTG曲線とTGの微分曲線である(10℃/min、O2雰囲気下)。TGの微分曲線において、610℃付近のメインピークと720℃のサブピークは、holy-SWNHとグラファイト不純物の燃焼温度を示している。Holy-SWNHの燃焼温度は、SWNHとだいたい同じであり、個々のSWNH構造の結晶性は大きく低下していないことが分かる。また、このTG曲線から、holy-SWNHの純度は、90 wt.%以上として見積もられる。
図5Holy-SWNHのTG曲線と微分TG曲線
図6は、単層カーボンナノホーン(SWNH)とholy-SWNHの77Kでの窒素吸着等温線である。窒素吸着量は、相対圧とともに増加している。吸着等温線の形は、SWNHとholy-SWNHとほとんど同じであるが、holy-SWNHは低圧領域で急激な吸着量の増加がある。これらの吸着等温線から求めたBET比表面積は、それぞれ420 m2/gと1320 m2/gになった。従って、holy-SWNHの比表面積は、SWNHに比べて3倍以上になる。この理由は、窒素分子がSWNHの隙間のサイトだけでなく、開孔部を通してSWNHの鞘の内部に取込まれているためである。Holy-SWNHの比表面積の最大値は、以前の報告から1720 m2/gになる10。
Holy-SWNHの内部スペースは、ガス、薬剤、金属化合物、溶媒、フラーレン等を容易に取り込むことができる6-7, 16, 17, 22, 24。取り込まれた物は、内部スペースで安定に維持され、再び放出することも可能である17。また、holy-SWNHに形成された開孔部は、不活性ガス雰囲気下での熱処理により、再び閉じることもできる25。タイトバインディング法による分子動力学シミュレーション(TBMD)により、不活性ガス雰囲気下での熱処理でSWNHの側面の開孔部を閉じることは難しいが、先端部であれば容易に閉じることができると報告されている25。
図6SWNHとHoly-SWNHの窒素吸着等温線
応用事例
単層カーボンナノホーン(SWNH)とholy-SWNHは、高比表面積、高分散性、高導電性を有する材料であるため様々な用途への応用が期待されている。以下に代表的な研究例を紹介する。
吸蔵材料:高比表面積であるholy-SWNHは、様々な物質を内包することができるが、メタンやフッ素の吸蔵材料としては特に優れた材料である6,7。これは、SWNHの鞘の内部や鞘と鞘の間のサイトに安定に吸着するためで、メタンの場合303K、3.5 MPa下でナノカーボンあたり160 cm3/cm3の高い吸着量が報告されている6。この値は、米国エネルギー省におけるターゲット値(150 cm3/cm3)を超えるため、貯蔵媒体として大きな期待がある。
電極材料:高比表面積、高導電性を有するHoly-SWNHを電極に用いることで、 高容量のキャパシタを作製することができる8-10。1045 m2/gのholy-SWNHにおいて、硫酸/水による電解液を使用した場合、114 F/gを示すことが報告されている8。また、holy-SWNHと単層カーボンナノチューブを混合して電極を作製することで、高容量・高出力のキャパシタの作製に成功している9。これは、SWNHが単層カーボンナノチューブの凝集を防ぎ、均一に分散した電極を作れるためである。
触媒担体:単層カーボンナノホーンは、燃料電池の触媒担持体として利用されている12-14。例えば、白金をSWNHに担持した場合、2 nmの粒子に制御可能で従来のカーボンブラックに比べ小さくすることができる。これは、SWNHの比表面積が大きいこととSWNHの鞘の間の細孔部や欠陥部に触媒が吸着するためである。固体高分子型燃料電池において、SWNHにPt触媒担持した場合同じ電圧下での電流密度は、カーボンブラックの場合と比べ大きな値になる12。
複合材料:単層カーボンナノホーンは、高導電性、高分散性に加えユニークな鞘構造を持つため、複合材として優れた機能性を発現することが予想される。放電プラズマ焼結法で作製したSWNHを含んだポリイミド複合体の耐摩耗性を評価した結果、5wt%をSWNHに加えた場合、比摩耗量がポリイミド単体の2桁小さい10-8 mm3/Nmを示した15。この結果は、カーボンナノチューブよりはわずかであるが、グラファイトよりはかなり優れていた値であった。摩擦係数は、10 wt.%をSWNHに加えた場合、0.25より小さかった。この値は、ほぼカーボンナノチューブと同じであり、グラファイトよりはわずかに優れていた。
生物学的用途:Holy-SWNHは、様々物質をSWNHの鞘の内部に取込むことができ、取り込んだ物質を再び外部に放出することができる。この機能を応用すれば、Holy-SWNHをドラックデリバリーシステムのキャリアとして使うことができる16,17。また、SWNHやHoly-SWNHは、球状材料で金属不純物等も含まれないことから低い細胞毒性が期待されている。よく知られている抗がん剤であるシスプラチンをHoly-SWNHに取込んだ後、リン酸緩衝塩類溶液中でシスプラチンを放出する実験を試みた17。生体外の実験において、その放出されたシスプラチンにより、人の肺がん細胞の成長を止めることに成功した。Holy-SWNHは、また光線力学治療のための材料としても期待されている。Holy-SWNH、光感受性物質(亜鉛フタロシアニン、ZnPc)、及び、親水性タンパク質(BSA)からHoly-SWNH複合体を作製し、マウスの腫瘍に対してレーザ光照射することで、顕著な光線力学治療(PDT:photodynamic therapy)効果と光温熱治療(PHT:photodynamic hyperthermal therapy)効果を確認することができた18。このHoly-SWNH複合体は、光照射によりZnPcが活性酸素を発生して周囲のがん細胞を死滅させる。また、Holy-SWNH自身も光を吸収して、熱を発生するため周囲のがん細胞が死滅する。実際、マウスの皮下に移植した腫瘍にHoly-SWNH複合体を注射し、670 nmのレーザを照射することで腫瘍はほぼ消滅した。
まとめとして、単層カーボンナノホーン(SWNH)の大量製造技術、SWNHの材料特性、及び、SWNHの応用事例などを中心に紹介した。単層カーボンナノホーンは、高分散性、高導電性、高比表面積を有する材料であり、室温、常圧環境下におけるレーザアブレーション法で効率的に製造するため、製造方法が複雑な他のナノカーボン素材に比べ低コストでの提供が可能である。また、製造時に金属触媒を含まない点も安全性などの面から大きなメリットになると思われる。2013年1月からは、NECから販売が開始し、日本国内だけでなく北米、アジア、ヨーロッパなどへ拡販され、様々分野での研究開発が加速している。今後、単層カーボンナノホーンならではの特長を活かした用途を見つける事が鍵である。そのために、様々な機関・企業と連携しながら、用途開発と一層のコスト低減を進めていく必要がある。
参考文献
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