形状制御Fe3O4ナノ構造体の合成および応用
はじめに
マグネタイト(Fe3O4)ナノ結晶は、優れた磁気特性を示し、容易に利用可能であり、環境に優しい性質を持つため、薬物と遺伝子の送達1、磁場指向集合2、エネルギー貯蔵3および触媒4において広範な用途があります。望ましいナノ結晶特性を得るために、多様なサイズおよび形状をもつFe3O4ナノ結晶の信頼性の高い合成戦略の開発に多大な労力が注がれています。本稿では、ナノスフェア(球体)、ナノ結晶クラスター、ナノロッドおよびナノディスクなどのよく制御された形状のマグネタイトナノ結晶の直接および間接合成の両方に加えて、磁気集合、磁気温熱治療およびリチウムイオン電池における用途に関する議論を紹介します。
単結晶Fe3O4多面体の合成
マグネタイトは六八面体(hexoctahedral)の結晶族に属するため、単結晶のマグネタイトナノ粒子は、立方体、八面体または四面体のような等方性の形状をとる傾向があります。多様な合成法の中で、高沸点有機溶媒中の鉄前駆体の熱分解は、高い結晶性をもつ単分散Fe3O4ナノ粒子を作製するために有効な方法であることが示されています。この合成機構は、典型的に核生成、速い成長および遅い成長の3段階を含むLa Merモデルで説明されます。ナノ粒子の形状は、モノマーが消費されて結晶成長速度が低下する遅い成長の段階で決まります。この段階では、面選択的成長とオストワルド熟成過程が起こり、ともに表面エネルギーが低い面が露出し、熱力学的に安定なナノ結晶を生成します。
{100}面がFe3O4結晶の最も安定な面であるため、遅い成長段階で成長速度を慎重に制御することで、{100}面で囲まれたナノキューブが得られます。図1A~Cに示すように、オレイン酸とオレイルアミンを界面活性剤として含む高温のベンジルエーテル溶液に、鉄アセチルアセトナートのベンジルエーテル溶液を一定速度で注入することで、単結晶Fe3O4ナノキューブが得られます5。図1A~Cは、反応開始後10分、30分および2時間におけるFe3O4結晶の形状変化を示しています。結晶サイズの増加は主に最初の30分間で起こり、この後に立方体の形状が作られ始めます。ナノキューブのサイズは、前駆体濃度および注入速度を変えることで調整でき、遅い成長段階での初期のモノマー濃度が変化します。
他の面で囲まれたFe3O4ナノ結晶を得るためには、ファセット(小面)の表面エネルギーを変えなければなりません。界面活性剤は、配位によって特定の面に選択的に結合することでファセットの表面エネルギーの順序を変える重要な要素として古くから知られています。同じ有機化合物が含まれていても、オレイン酸とオレイン酸ナトリウムではファセットの選択性が異なることが報告されています6。オレイン酸はFe3O4結晶のすべてのファセットに一様に結合することができるため、球状のナノ粒子が得られます。一方、オレイン酸ナトリウムはFe3O4の{111}ファセットに選択的に結合するため、系に加えるオレイン酸ナトリウム対オレイン酸鉄(NaOL/FeOL)の比率に応じて、六角形のナノプレート、切頂八面体、または四面体が得られます。図1D~Fに、NaOL/FeOLの比率がそれぞれ1:10、2:10、および6:10で調製されたFe3O4結晶の形状を示します。NaOLの比率が増加すると、ナノ結晶の形状がナノプレートから切頂八面体に変化し、最終的に四面体になります。高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM:high-resolution transmission electron microscopy)像およびSAED(制限視野電子線回折、selected area electron diffraction)パターンから明らかなように、これらすべてが{111}面で囲まれています。
図1注入開始後、A)5分、B)30分、C)1時間で反応溶液から取り出したFe3O4ナノ粒子の透過型電子顕微鏡(TEM:transmission electron microscopy)像。参考文献5より許可を得て転載(copyright 2011 American Chemical Society)。D)Fe3O4のプレート、E)切頂八面体およびF)四面体のTEM像。参考文献6より許可を得て転載(copyright 2015 American Chemical Society)
Swihartらによって報告されている合成条件の包括的研究により、結晶成長における溶媒、ジオールおよび界面活性剤の影響に関する詳細な考察が行われています7。ベンジルエーテルの酸素へのばく露による副生成物が、Fe3O4ナノ結晶の形状とサイズに影響を及ぼす可能性が明らかにされています。酸化されたベンジルエーテル中に存在する副生成物のベンズアルデヒドは、ナノ結晶の平均サイズを増加させ、ファセット形成を促進します。官能基の差異のため、オレイン酸とオレイルアミンはFe3O4ナノ結晶の合成において反対の挙動を示します。Fe3+とより強く配位結合するオレイン酸がナノ結晶のサイズを増加させるのに対して、オレイルアミンは反対の影響を及ぼします。他の要素が主に最終生成物のサイズに影響するのに対して、ジオール種は調製されるFe3O4ナノ結晶の形状に決定的な影響を与えます。1,2-テトラデカンジオールなど、炭素鎖が比較的短いジオールは{100}ファセットの露出を促進するため、立方体のナノ結晶が得られます。一方、炭素鎖が長い1,2-ヘキサデカンジオールは{111}ファセット上の成長を遅くするため、八面体のナノ粒子が得られます。
超常磁性Fe3O4ナノクラスターの合成
結晶サイズが臨界値(約20 nm)を下回ると、Fe3O4結晶が超常磁性を示すことがよく知られています。また、迅速で可逆な集合挙動のため、Fe3O4結晶は磁気応答性スマート材料の作製に向けた有力な候補になります。ナノ粒子が集合して二次構造をとることで、ナノ粒子の超常磁性に加えて、集団的およびサイズに依存する性質が得られる可能性が生じます。
Yinのグループは、ジエチレングリコール(DEG)、FeCl3およびポリ(アクリル酸)(PAA)を含む反応混合物へのNaOH/ジエチレングリコール溶液のホットインジェクションによる、PAAでキャップされたFe3O4コロイドナノ結晶クラスター(CNC:colloidal nanocrystal cluster)のサイズ調整可能な合成を報告しています2。TEM像(図2A)は調製されたままのCNCの形状を示しており、図2Bは提案されているクラスターの構造を示しています。図2Cに示すように、全体のサイズは約180 nmですが、Fe3O4結晶の粒径が小さいためCNCは超常磁性を示します。同様の超常磁性を示すCNCを合成するための多数の取り組みがこれまでに報告されています。例えば、Zhaoのグループによって報告されているように8、アルカリの供給源として酢酸ナトリウム(NaAc)およびキャッピングリガンドとしてクエン酸三ナトリウムの存在下で、エチレングリコールを用いて200℃でFeCl3を還元するソルボサーマル(溶媒熱合成)法により、マグネタイトCNCが合成されています。クエン酸ナトリウムのカルボキシ基はFe3+に対して高い親和性があり、CNCの表面電荷を増加させることで強い静電反発力をもたらします。各Fe3O4ナノ結晶のサイズは、HRTEM像から5~10 nmと決定されています(図2D)。Fangのグループにより報告されたもう1つのソルボサーマル法9では、NaAcの量がFe3O4結晶の粒径を決定し、最大で30 nmの粒径が得られます(図2E)。一方、二次構造の全体のサイズは、EDTA-2Naの量またはソルボサーマル法の前に行う超音波処理の時間を変えることで調整できます。
図2ポリアクリル酸でキャップされたFe3O4コロイドナノ結晶クラスターのA)TEM像およびB)概略図。C)室温で測定された超常磁性挙動を示す180 nm CNCのヒステリシス曲線。参考文献2より許可を得て転載(copyright 2007 John Wiley & Sons, Inc.)。D)250 nm Fe3O4のHRTEM像。参考文献8より許可を得て転載(copyright 2009 John Wiley & Sons, Inc.)。E)CNCの形成および構造変化の概略図。i)EDTA-2Naで安定化されたFe3O4結晶は、ソルボサーマル条件下でFeCl3の加水分解により形成。ii)Fe3O4結晶の凝集による緩く充填された中間体クラスターの形成。iii)中間体クラスターが再配置過程を経由してCNCを形成。参考文献9より許可を得て転載(copyright 2013 American Chemical Society)
異方性Fe3O4ナノ結晶の間接合成
Fe3O4ナノ結晶の合成における進歩にもかかわらず、マグネタイトの等方性結晶構造の対称性を破ることが困難なため、ナノロッド10、ナノワイヤ11およびナノプレート12などの異方性ナノ結晶の直接合成を報告している研究は少数にとどまっています。しかし、他の結晶族に属するFe系結晶は、結晶構造の対称性が低く、異方性ナノ結晶に成長することが可能です。FeOOH、Fe2O3、Fe系金属有機構造体などの多様なFe系結晶の結晶構造を利用して、均一で単分散の異方性ナノ結晶を調製し、還元または高温アニール処理によってFe3O4に変換することが可能です。
Yinのグループは、DEG中でβ-FeOOHナノロッドが高温の間にキャッピングリガンドとしてPAAを使用する、一般的な表面保護還元法を報告しています13。通常、Fe-グリコール酸の形成によりβ-FeOOHが溶解するのを防ぐため、DEG中のβ-FeOOHの還元にはシリカなどの保護層が必要です。この研究では、単にPAAを反応に導入するだけで、β-FeOOHのロッド状の形状がよく維持されています。Fe3+とPAAのカルボキシ基の間の強い結合により、β-FeOOHナノロッドの最も外側の層がPAAによって保護され、Fe-グリコール酸の形成が抑制されます。図3A~Bに示すように、PAAの存在下におけるDEG中のβ-FeOOHナノロッドの還元により、外側のシェルがそのままの状態で中空Fe3O4ナノロッドが得られます。また、図3C~Dに示すように、この方法はα-Fe2O3ナノスフェアおよびプルシアンブルー(PB:prussian blue)ナノキューブを含む他のFe系化合物に対する多用途性も示します。
反対に、MaらはFe-グリセリン酸の形成を利用して、小型のナノプレートからなる中空Fe3O4マイクロスフェアを合成する2段階の方法を開発しました3。最初の段階には、Fe(NO3)3、グリセロール、イソプロパノールおよび少量の水の混合物のソルボサーマル反応におけるFe-グリセリン酸の自己テンプレート法による形成が含まれます。異なる段階で得られた粒子を調べた結果、中空のFe-グリセリン酸が、鉄とイソプロパノールの間のアモルファスの金属アルコキシド(Fe-IPA)錯体スフェアに由来することがわかりました。高温下ではFe-グリセリン酸がFe-IPAスフェアの表面で成長し、Fe-IPAスフェアが徐々に消滅しました。Fe-グリセリン酸の中空スフェアが得られた後、Fe-グリセリン酸は350℃のN2雰囲気のアニール条件下で分解しました。極端な凝集がなく、中空スフェアの形状はよく保存されます。
特定の形状および狭いサイズ分布のα-Fe2O3ナノ結晶は比較的容易に得られますが、従来の還元性ガス中の熱アニール処理によるα-Fe2O3からFe3O4へ変化させるには高温が必要なため、ナノ粒子の焼結が起こります。これに対して、水素-湿式還元法では、反応温度が中程度(約340℃)で界面活性剤を使用するため、焼結の問題を効果的に回避できます。Yangらによる報告14のように、単分散Fe2O3ナノディスクが水熱反応によって初めて合成されました。この反応において、NaAcはアルカリの供給源の役割と、キャッピングリガンドとしてα-Fe2O3結晶の特定の面に結合し、α-Fe2O3の異方性成長を促進する役割の両方を果たします。その後、340℃で十分な流量のH2(5%)およびAr(95%)ガス雰囲気下で溶融させたトリオクチルアミンとオレイン酸の混合物中で、調製されたナノディスクが加熱されました。図3G~Hに示すように、ナノディスクの還元後に形態の変化や凝集は観測されませんでした。
図3A~D)表面保護された還元前(A、C)および後(B、D)のβ-FeOOHナノロッドおよびPBナノキューブのTEM像。参考文献13より許可を得て転載(copyright 2017 American Chemical Society)。E)Fe-グリセリン酸中空スフェアおよびF)Fe3O4中空スフェアのTEM像。参考文献3より許可を得て転載(copyright 2015 John Wiley & Sons, Inc.)。還元のG)前およびH)後の酸化鉄ナノディスクのSEM像。(H)の挿入図は還元後のナノディスクの直径分布。参考文献14より許可を得て転載(copyright 2014 John Wiley & Sons, Inc.)。
Fe3O4ナノ結晶の応用
Fe3O4ナノ結晶はその強い磁性のため、磁気共鳴画像法、薬物および遺伝子送達、ならびにデータ保管において広く使用されています。ただし、磁気特性のみに依存せず、従来の意味ではあまり望ましくない性質を利用する複数の用途があります。
フォトニック結晶は、典型的には均一なコロイド粒子の制御された乾燥または過飽和によって構築されますが、特有のフォトニックバンドギャップのため高度に飽和した色を示します。Yinの研究で報告されているように、PAAで被覆されたFe3O4 CNCは、磁気応答性の1次元フォトニック結晶の構築に最適です2。CNCの超常磁性と、PAAによって提供される強く負に帯電した表面は、迅速で可逆なCNCの集合を可能にします。フォトニックバンドギャップは、図4A~Bに示すように、印加する磁場強度を変化させることで、可視領域全体にわたって調整することが可能です。
磁気ヒステリシスは、フェリ磁性体の外部磁場が印加されたときに起こる一般的な現象であり、仕事を熱エネルギーとして環境へ部分的に散逸するため、多くの工業的用途では望ましくない現象です。ただし、医療分野では、近くのがん細胞を損傷または死滅させるために磁性ナノ粒子が局所的に電磁エネルギーを熱に変換できることから、がん治療におけるこの現象の利用が有望視されています10,14,15。
Srikanthのグループにより発表された研究10では、Fe3O4ナノロッドのような異方性ナノ粒子は、ナノスフェアおよびナノキューブのような等方性構造より優れた磁気温熱効果を示すことが指摘されています。図4Cに示すように、アスペクト比が11のナノロッド(S2)は、4種類の形状すべての中で最も速い加熱速度です。また、比吸収率(SAR:specific absorption rate)対場の強度のプロット(図4D)も、特に印加される磁場が強いとき、Fe3O4ナノロッド(S1およびS2)の性能がスフェアおよびキューブを上回ることを示しています。さらに、この論文ではナノロッドの配向の重要性も強調されています。Fe3O4ナノロッドを2%寒天ゲルで固定した場合、磁場方向に沿って配向したナノロッドは、乱雑に配向したナノロッドより高いSARを示します。
磁気特性に加えて、Fe3O4は遷移金属酸化物として高性能リチウムイオン電池のアノード材料としての使用が有望視されています。Fe3O4は、高い電子伝導性を示す数少ない遷移金属酸化物の1つです。Louのグループによる報告3のように、薄いナノプレートからなる中空Fe3O4マイクロスフェアは、高い比容量(図4E)と優れたサイクル特性(図4F)および優れたレート特性で示されているように、リチウムイオン電池のアノード材料の候補として優れた電気化学特性を示します。Fe3O4固有の利点に加えて、中空構造およびナノプレート状サブユニットは活物質と電解質の間の接触面積を増加させ、電気化学反応性を促進します。さらに、2次元のサブユニットはLi+イオンおよび電子の輸送距離を短縮し、レート特性を向上させます。
図4A)外部磁場に応答して形成されたコロイド結晶の写真。磁石と試料の距離は右から左へ徐々に減少。B)コロイド結晶の直角入射における反射スペクトルの試料から磁石までの距離に対する依存性。距離が3.7 cmから2.0 cmまで0.1 cmごとに減少したときの回折ピークのブルーシフト(右から左)。この試料のCNCの平均直径は120 nm。参考文献2より許可を得て転載(copyright 2007 John Wiley & Sons, Inc.)。C)800 Oeの交流(AC)で測定された、水中の同様の体積(1 mg/mL)のFe3O4スフェア、キューブおよびナノロッドの加熱曲線。D)ほぼ同じ体積(約2000 nm3)のFe3O4スフェア、キューブおよびナノロッドのSAR vs. 場のプロット。参考文献10より許可を得て転載(copyright 2016 American Chemical Society)。調製されたままの階層的Fe3O4中空スフェアの電気化学的リチウム貯蔵特性。E)500 mA·g-1の定電流密度における初回、2回目、および100回目のサイクルの充放電電圧プロファイル。F)500 mA·g-1の電流密度におけるサイクル性能。参考文献3より許可を得て転載(copyright 2015 John Wiley & Sons, Inc.)
結論
Fe3O4は、低コスト、強い磁気特性およびよく知られた結晶構造ゆえに、最も研究されている磁性材料の1つです。Fe化合物の高温分解を可能にするポリオール処理は、Fe3O4の単結晶多面体の調製には有益です。特定面が、適切な界面活性剤によって選択的に露出します。多面体の他にも、高温加水分解反応により独特のFe3O4ナノ結晶クラスター構造が得られます。興味深いことに、Fe3O4 CNCは全体のサイズが100 nmを超えても、サブユニットの微小な結晶サイズの結果として超常磁性を維持します。Fe3O4ナノ結晶の直接合成に加えて、間接合成法は、さらなる複雑性と可変性をナノ粒子形状にもたらします。境界が明確な形状の異方性構造および狭いサイズの分布または複雑な階層構造を最初に形成した後、ポリオール還元または水素・湿式還元処理によりFe3O4へ変化させることが可能です。Fe3O4ナノ結晶は磁気応答が強いため、磁場誘導集合の最適な候補となり、スマート材料における用途が期待されます。さらに、Fe3O4の生体適合性と磁気ヒステリシス挙動は、磁気温熱治療のような医療用途の新たな扉を開きます。磁気特性に加えて、Fe3O4は特有の電子伝導性および遷移金属酸化物としては大きな理論的容量をもつため、リチウムイオン電池用のアノード材料としても優れた性能を示します。
参考文献
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