金および銀ナノ粒子を用いた表面増強型太陽エネルギー変換システム
Shanlin Pan, Arunava Gupta
Department of Chemistry, The University of Alabama, Tuscaloosa, Alabama 35487-0336
Material Matters, 2012, Vol.7 No.4
太陽エネルギー変換とその課題
持続可能で環境に優しく、クリーンなエネルギーを実用的なレベルで高効率に生産することができれば、世界的なエネルギー需要の高まりによる21世紀のエネルギー問題の解決に向けた大きな前進へとつながります。太陽は地球に1.2 × 105 TWの光を供給しており、全太陽エネルギーのごく一部でも、太陽電池パネルやクリーン燃料(たとえば、水分解による水素製造)による直接発電のために効率的に利用できれば、世界中のエネルギー問題を解決することができます。近年では、効率的かつ経済的な太陽エネルギー変換システムの実現に向けて、非常に大きな進展が見られています。たとえば、太陽エネルギーを利用して発電するために、結晶シリコンに代わる、低コストで安定な高効率太陽電池が開発されています。アモルファスシリコンは、あまり変換効率は高くないものの太陽電池パネルに使用されていますが、その製造方法にはエネルギー集約的な技術が用いられています。また、いくつかのタイプの有機太陽電池(OPV:organic photovoltaic)も開発されていますが1,2,3,4、ドナー層を厚くして光吸収を最大に高めながら、ボトルネックである短い励起子拡散長を克服するという2つの相反する課題の解決が難しいことから、その効率も限定的なものです5。有機半導体の低い電荷移動度と安定性も、現時点でデバイスの全体的な性能を制限する要因となっています。このため、高効率の光吸収とホールキャリア/励起子輸送を実現することの可能な、新たな太陽エネルギー変換デバイスが強く望まれています。こうした中、光電気化学システムによる直接水分解は、エネルギー生成(燃料)や工業用原料、エネルギー貯蔵として利用できる高純度水素の実用的な生産方法として注目されています。
理想的な水分解光触媒は、少なくとも次の4つの条件を満たさなければなりません6。第一に、約2.0 eVのバンドギャップ(25℃における水素発生反応(E0=0.0 V)と酸素発生反応(E0=1.23 V)の平衡電位差、および電荷キャリア輸送による半導体中でのエネルギー損失に相当)を持つ必要があります。このエネルギーギャップは、波長650 nmの光吸収に相当します。つまり、シングルフォトンによる直接水分解には、650 nmより短い波長で励起される光触媒が必要であり、また、光化学反応に650 nmより長い波長を用いる場合には、タンデム型太陽電池やマルチ光吸収機構が必要になります。第二に、太陽光による水の直接分解を可能にするためには、光触媒(n型半導体)の価電子帯端エネルギー準位はH2O/O2準位より低く(電位が正)、かつフェルミ準位がH2/H2O準位より高い位置(電位が負)にある必要があります。この2つの条件のうち1つでも満たされない場合には、外部バイアスや界面ポテンシャルが必要です。第三に、光触媒は水溶液中で安定で、光腐食によって起こりうる劣化を避ける必要があります。最後に、直接水分解に使用される光触媒材料は安価で、入手しやすいものでなければなりません。FujishimaとHonda7は、水分解用の光電極としてTiO2を使用しましたが、この半導体は上記の4つ条件をすべて満たしていたにもかかわらず、バンドギャップが大きいために効率的に水を分解することができませんでした。それ以来、可視域に吸収をもつ直接水分解用光触媒の研究が精力的に行われており8、オキシナイトライド(たとえば、(Ga1-xZnx)(N1-xOx))9やドープ型TiO210,11など、可視光水分解に適した半導体材料の探索が続いています。
ヘマタイト(赤鉄鉱、α-Fe2O3)は、約2.0 eVのバンドギャップを持ち、水溶液中で化学的に安定であり、地球上で最も豊富な物質の1つです。理論的には、ヘマタイトを用いた水分解の効率は16.8%と予測されています12。また、ヘマタイトの伝導帯端エネルギー準位はH2/H2Oの準位より低いため、水分解反応を行うには、外部電気バイアスを用いるか、太陽電池とヘマタイト電極を組み合わせる必要があります。たとえば、タンデムセルにヘマタイト電極を組み合わせることにより、太陽光のみによる水素生成を実現することが可能です13,14。加えて、ヘマタイトの場合、光の侵入深さはλ=550 nmにおいて118 nmであるものの15、そのホール拡散長は非常に短い(2~4 nm)16,17ことがわかっています。これは、比較的厚いヘマタイト層によって吸収されたフォトンの大部分は固体-液体界面における水の酸化に使用できないことを意味します。このような場合、ナノ構造化やドーピングといった手法を用いることである程度改善することができます。たとえば、常圧化学気相成長(APCVD:atmospheric pressure chemical vapor deposition)によるシリコンドープしたヘマタイトの薄膜およびナノ構造体18は、多様なナノ構造形態を持ち、タンデム型では3%の太陽光水素変換効率を示しました。このように、ヘマタイトのような可視光応答型光触媒の全体的な光電気化学的性能をより高めるためには、新たな手法が必要になります。
太陽電池や光触媒の効率改善に有望とされている手法の一つに、プラズモンナノ粒子の添加があり、太陽エネルギー変換システムの高効率化が報告されています。本稿では、太陽エネルギー変換効率の向上を目的とした、太陽電池および水分解システムにおける金および銀ナノ粒子の表面プラズモン共鳴現象の利用について解説します。まず、表面プラズモンによる光吸収の増強について最初に議論し、続いて、太陽エネルギー変換システムでの応用例と、2つのタイプのエネルギー変換システムにおける銀および金ナノ構造体の利用の課題について議論します。
金属ナノ構造体の表面プラズモン共鳴
表面プラズモン共鳴とは、外部電磁場中で金属表面近くの伝導電子が集団的に振動することを意味し、銀や金などの金属ナノ粒子上で励起されます。金属ナノ粒子の吸収スペクトルは、通常、1つもしくは複数の良く分離したピークであり、強い光散乱、吸収に起因するものです。プラズモン共鳴周波数は、金属の分散度、粒子のサイズと形状、および周囲媒体の誘電率の変化によって決定されます。個々の粒子間のカップリング状態および幾何学的形状もまた、プラズモン共鳴のピークの位置に非常に大きな影響を及ぼします19。銀および金ナノ構造体の表面プラズモンは、強い表面プラズモン共鳴断面積による局所電磁場の著しい増強をもたらします20。2つ以上の銀(または金)ナノ粒子のカップリングによって、粒子間に局在化した励起状態が得られ、個々のナノ粒子の場合よりさらに大きな局所場強度が生じます21。このような場の増強によって、光触媒の光活性層による光吸収が高まることが期待されます。

図1金(または銀)ナノ粒子を用いた表面増強型太陽電池の例。(A)色素増感太陽電池、(B)二重ヘテロ接合有機太陽電池、(C)シリコン太陽電池
表面増強型太陽エネルギー変換システム
これまでに、太陽電池および光触媒薄膜電極のいずれにおいても、表面プラズモン効果に起因する金属ナノ粒子による発電効率の向上が報告されています。図1に示すように、太陽電池の分野では、色素増感太陽電池22、有機太陽電池23、およびシリコン太陽電池24の効率化に金(または銀)ナノ粒子が用いられています。この3種類の太陽電池の例では、金もしくは銀ナノ粒子によって、太陽電池の光活性層におけるプラズモン構造近傍での強い光吸収の効果が期待されます。たとえば、色素増感太陽電池の吸収断面積を大きくするために、銀ナノ粒子をTiO2薄膜で被覆し、色素を吸着させます(図1A)。TiO2による銀ナノ粒子のコーティングは、電解液による銀ナノ粒子の腐食を防ぐうえで重要です。一方、色素層と金属ナノ粒子表面との距離が離れすぎると、色素層におけるプラズモン増強効果が低下するため、TiO2の膜厚制御が電磁場を効率的に増強するうえで非常に重要となります。また、表面プラズモン増強有機固体太陽電池および関連した有機エレクトロニクスデバイスに関する最近の研究が、RothbergおよびPanによるレビューにまとめられています25。通常、図1Bに示したような二重ヘテロ接合を持ったタンデム型有機固体太陽電池の効率は、銀ナノ粒子によって著しく高めることができます。高い光吸収を得るためには、光活性層が銀ナノ粒子表面近くに存在しなければなりません。さらに、この場合、銀ナノ粒子は2つのヘテロ接合電池それぞれから伝導してくる電子および正孔の電荷再結合サイトとして機能することにより、二重層接合デバイス中の電気伝導を補うことができます。シリコン太陽電池に金ナノ粒子を直接表面コーティングした場合では、太陽エネルギーの応答波長範囲および光吸収断面積が広がり、デバイス性能が改善することが確認されています(図1C)。このようなデバイス構造は、デバイスの光活性層における電荷分離と電荷輸送をを妨げるのではなく、むしろ光吸収を増大させ、デバイス性能の改善につながります。
直接水分解の研究において、最近、薄膜光アノード電極に銀や金のナノ粒子を組み込むことで、可視光による光電気化学反応の応答性が高くなることが明らかになっています(図2)。その一方で、プラズモン源が光電気化学効率に全く効果を及ぼさないという研究もあり、中には効率が下がったケースも報告されています。たとえば、Thimsenら26は、金ナノ粒子がヘマタイト層内部とその表面に存在する場合の、α-Fe2O3電極における球状金ナノ粒子の光触媒性能に及ぼす効果について報告しています。金ナノ粒子を内部に埋め込んだ場合はヘマタイト電極の性能に全く効果がなく、一方、ヘマタイトナノプレートレット表面に金ナノ粒子が存在する場合では、光電流反応にプラズモン効果が認められました。なお、全体の効率は金ナノ粒子の存在によって低下しています。さらに最近では、Thomannら27によって、球状金ナノ粒子が電荷再結合中心の役割を果たすために、金ナノ粒子がFe2O3層内部にある場合およびFe2O3層の上部にある場合の両方でα-Fe2O3の光触媒特性が低下したのに対し、シリカシェルでコーティングした場合には金ナノ粒子上の電荷再結合がシリカにより阻害されるために、光触媒効率が高くなることが報告されています。さらに、固体-液体界面でヘマタイトの電子構造および構造形態が変化するために、各構造では異なる増強スペクトルが観察されました。Gaoら28は、異なる手法を用い、酸化鉄光アノード薄膜で金ナノピラーをコーティングした場合に光電流が増大することを示しました。光電流の増大は500 nmから700 nmにみられ、表面プラズモン吸収に対応しています。表面増強型再生可能エネルギー変換プロセスの制御の改善には、大きさや形状、表面被覆を調整したプラズモンナノ粒子の触媒層への組み込み、および光触媒層の厚さの制御などを考慮した、新たなセル構造が非常に重要となります。

図2太陽エネルギーを用いた直接水分解による水素生成のための表面増強型光電気化学電池の例(*Photocatalyst:酸化コバルトなどの酸素生成触媒もしくは正孔輸送特性の高い金属酸化物)
結論
薄膜太陽電池および光電気化学水分解システムにおける出力効率の向上に金もしくは銀ナノ粒子が用いられています。プラズモン効果の確認には、光電流または触媒特性の波長依存性を考慮する必要があります。金属ナノ粒子存在下での電荷トラップまたは電荷再結合サイトの形成を避けるためには、粒子の表面カプセル化が必要です。これによって、表面プラズモン増強効果をエネルギー変換プロセスに利用する際、プラズモンアンテナへの電荷の流れが阻止されます。表面増強特性の最適化には、水分解光触媒層からの距離および太陽電池光活性層からの距離を正確に制御しなければなりません。ナノ粒子のサイズおよび密度の制御によって、表面プラズモン増強効果を利用できる波長範囲を決定することが可能です。
謝辞
本研究は、米国国立科学財団(CHE-1153120)およびアラバマ大学(2010 RGC)による支援を受けています。
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References
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