高効率色素増感太陽電池
Kuppuswamy Kalyanasundaram, Michael Grätzel
Laboratory for Photonics and Interfaces (LPI), Ecole Polytechnique Fédérale de Lausanne (EPFL), CH-1015 Lausanne, Switzerland
はじめに
太陽光は豊富に存在する天然の資源であり、長年にわたって科学者は太陽からのエネルギーを利用することを目標に、太陽放射を利用した環境にやさしいプロセスを探求してきました。その例は、エネルギー貯蔵から原子力廃棄物の分解まで、広範囲にわたります。太陽エネルギーの変換と貯蔵に関して、非常に魅力的で大きな影響を与える可能性を持つ直接的な方法に発電があります。さらに、電力を電池に貯蔵することで、移動しながらさまざまな作業を行えるようになります。材料の合成や分子レベルでの操作と処理を可能にする実験機器の発達により、ボトムアップ手法による光デバイスやオプトエレクトロニクスデバイスの設計が容易になりました。筆者らの研究室で長年、開発と最適化を行ってきたデバイスの1つが、ナノ結晶薄膜状のワイドバンドギャップ半導体の色素増感作用を利用する薄膜太陽電池です。図1は、色素増感太陽電池(DSC:dye-sesitized solar cell)の模式図です。
図1色素増感薄膜太陽電池の概略図
色素増感太陽電池の構成要素とその組立構造の立体分解図を図2に示します。色素増感太陽電池(DSC)は、基本的に2つの導電性酸化物電極ではさまれた構造になっており、その間を有機レドックス電解質が満たしています。太陽電池の要となるのは、導電性酸化物基板上に堆積したメソポーラスワイドバンドギャップ酸化物層です。この酸化物層は焼結したナノサイズの粒子で構成されているため、電子伝導が可能です。また海綿状構造になっており、色素溶液中に浸漬すると色素分子が吸着して強い着色を生じます。太陽電池に可視光線が当たると、色素Dが電子的に励起されて励起状態(D*)になり、酸化物半導体の伝導帯に電子が注入されます。その後、レドックス電解質によって酸化状態の色素が還元され、色素Dは初期状態(D+)に戻ります。最も広く研究されているDSCに用いられている電解質は、有機溶媒中に溶解したヨウ化物/三ヨウ化物の混合物です。
図2色素増感太陽電池の主要構成要素を示した立体分解図
- 透明導電性酸化物TCO(作用電極、WE)
- 下層(メソポーラス酸化物)
- 色素分子で被覆された光活性メソポーラス酸化物
- レドックスメディエーターを含む電解質
- シール用ガスケット/セパレーター
- Pt微粉末触媒層
- 透明導電性酸化物TCO(対電極、CE)
酸化物層内に注入された電子は、ナノ粒子の網目状構造をホッピングしながら通過して背面の集電極に到達します。回路が閉じた状態では、電子は外部回路を通って流れ、対(向)電極に到達して酸化状態のレドックスメディエーターを還元します。この一連の反応によって、光誘起酸化還元サイクル、すなわち半導体電極の光増感反応が構成されています。最も広く研究されている系には、{Ru(4,4'-(COOH)2bpy)2(SCN)2}(N3、703206)などのRuのポリピリジン錯体が色素として使用され、これと併せてメトキシプロピオニトリル(65290)溶媒中のヨウ化物/三ヨウ化物レドックス対がレドックス電解質として使用されます。改良した系では、正孔輸送材料であるトリアリルアミン誘導体の2,2’,7,7’-tetrakis-(N,N-dip- methoxyphenylamine)-9,9'-spirobithuorene(spiro-OMeTAD)が(ヨウ化物-三ヨウ化物)混合物の代わりに電子メディエーターとして機能します。spiroOMeTAD系DSCの利点は、溶媒を使用しない疑似固体系であるために携帯型電子機器用に組み込むことが可能な点です。
メソポーラス酸化物層の利点
当初、開発初期の頃、半導体の光増感作用は単結晶電極について研究されていましたが1-8、この場合、比較的低い効率しか得られませんでした。観測された光電流は非常に小さく(数マイクロ A/cm2)、全体の光変換効率は1%を大きく下回っていました。しかし、DSCの持つユニークないくつかの特徴によって光エネルギーの効率を大幅に改善することが可能です。メソポーラス構造を使用すると、表面での色素の分散を制御して副次的な影響なしに局所的な高濃度を実現できます。色素分散に利用できるメソポーラス構造体の表面積はかなり大きい(表面粗さ係数(suface roughness)>1,000)ため、平坦な表面で観察されるような濃度消光なしに単分子層被覆を実現できます1-8。そして、この局所的に高い濃度の色素単分子層によって、可視光のほぼ定量的な吸収が可能になります。ただし、表面積が大きくなることで電荷が集電極に到達するまでに電荷再結合が促進されてしまうため、効率が低下することがあります。吸着色素の励起状態にある電荷が酸化物半導体の伝導帯に注入される電子移動は、逆電子移動(励起色素の基底状態への緩和現象)よりはるかに高速に起こります。この5~6桁の速度差によって、注入されたすべての電子のほぼ定量的な利用が可能になります。均一系溶媒の中では逆電子移動が非常に速く生じる傾向があり、多くの場合、光誘起電子移動によって形成された初期の「かご」(primary cage)において、生成物の再結合が起こります(かご効果)。前述した色素吸着酸化物基板のモルフォロジーによる違いの他にも、このタイプの太陽電池の全体の効率を向上させる重要な効果があります。単結晶を用いた平坦な表面の電極とは異なり、電解質におけるヨウ化物イオンの濃度が高い(通常0.5 M)ことで、マクロ的な電場を効果的に遮蔽します。また、電荷の分離は、巨視的な、静電的なポテンシャルエネルギー勾配の存在というよりはむしろ、主にTiO2/色素/電解質境界面における異なる化学種の固有のエネルギー論的要因(酸化還元電位)によって起こります。
色素増感太陽電池の発展と課題
DSCの研究は、合成や材料科学分野の研究者にとって非常に興味深い分野になる可能性があります。1種類の材料を基に作製される結晶系半導体太陽電池とは異なり、DSCはさまざまな革新的手法を生み出す可能性をもつ複数の重要な構成要素を含んでいます。現在、異なる構造や組成を持つ多くのDSCが開発されており、それぞれ多様な特性を示します。以降では、多種多様な化合物を用いて作製されたDSCの新たな成果について注目していきます。DSCパネルは、ガラス基板の代わりにポリマー基材を使用した、酸化物層が光学的に半透明から不透明でフレキシブルかつ軽量なタイプ(携帯型電子機器に最適)や、さまざまな色を持つタイプの設計などが可能です。異なる化学構造と官能基を持つ多くの色素を検討した結果、下記に挙げる効果的な色素増感のための主な要件を特定することができました。
- 太陽光のフォトンを最大限に吸収するための、可視~近赤外領域における大きな光吸収特性
- 電子移動プロセスに関与可能な、高い量子効率で生成する低い励起状態
- 励起状態から半導体の伝導帯への効率的な電荷注入を可能にする一方、レドックスメディエーターによる色素の定量的再生も可能にする、基底状態と励起状態における色素のエネルギー準位の位置
- 色素の励起状態と半導体酸化物のアクセプター準位の効率的な結合を促す適切なアンカー基の存在
- 広い範囲における酸化還元サイクルを可能にする、酸化状態での色素の十分な化学的安定性
遷移金属のポリピリジン錯体、メタロポルフィリン、メタロ-フタロシアニンのほか、金属を含まない各種ドナー・アクセプター型色素など、さまざまな発色団配位子(chromophoric ligand)を持つ多種類の色素が合成され、DSC用に研究されています。図3に、DSCのデザインにおける色の選択可能性を示します。
図3色素増感太陽電池の色のバリエーション。ショットAG社の許可を得て掲載
Ruのポリピリジン錯体は、長年にわたるその光物理学と光酸化還元反応の化学に関する膨大な情報の蓄積があるため、ほとんどの研究で最初に選択される色素です。合成する場合、ポリピリジン配位子の共役系を変化させ、配位子に適切な官能基を導入することが合成的に容易なため、分光特性とレドックス特性の両方の付与および調整ができます。構造がML2X2の配位化合物は、高効率な増感剤であることが分かっています(ここで、L = 2,2’-ジカルボキシビピリジン(dcbpy)、M = Ru(II)またはOs(II)、X = ハロゲン、シアン化物、チオシアン酸、アセチルアセトナト、またはチオカルバミン酸を表します)。N3(703206)、N719(703214)、Z907(703168)、N749(791245、ブラックダイ)などのカルボキシbpyまたはカルボキシterpy系Ru錯体は、ベンチマーク色素として世界中で使用されています。図4に、いくつかの高性能色素の構造を示します。
図4最も高効率な色素太陽電池用Ru色素の化学構造
クマリンまたはポリエン型の有機色素で、9.2%にも達する非常に高い太陽光変換効率が荒川、内田、およびその共同研究者によって報告されています1-3。高い効率を得るには、界面の分子工学が重要です。色素分子とアルキルアミンドナーの分離防止のための添加剤によって、酸化物の表面特性を制御することができます。この添加剤によって、暗電流を低減させるだけでなく、曲線因子(FF:fill factor)を向上させることが可能です。
最先端の研究成果
太陽電池の研究開発は3つのレベルで行われます。通常、最初の最適化研究は小型のセル(面積1 cm2未満)で行われます。モジュールは太陽電池開発の第2段階で使用し、セルのサイズが大きくなります(一般に25~100 cm2)。第3段階では太陽光発電用の大面積地上設置型装置を使用しますが、これははるかに大型で直列または並列に接続された多数のモジュールで構成されます。代表的なパネルのサイズは0.5~2 m2です。世界中の多くの研究所で幅広い研究が行われており、研究室レベルでも大型モジュールにおいても、より高い太陽光変換効率が得られています。
さまざまな表面積の電極に各種色素を使用した太陽光変換について、これまでに得られた最高性能(最先端)のデータとさまざまな曲線因子(FF)、開放電圧(VOC)を、表1と表2にまとめて示します。
【注釈】N-719、N-749(ブラックダイ)、およびN-3は、色素の種類をあらわします(図4参照)。すべての系で、低粘度溶媒と(ヨウ化物/三ヨウ化物)混合物から成る液体電解質を使用しています。すべて未公表データです。
今後は、色素の光吸収特性を特に近赤外領域(700~900 nm)で改善することが、光電流と光変換効率の向上につながると思われます
実用化に向けて、色素太陽電池は安定性に関する厳しい要件を満たす必要があります。色素化合物には、10年を超える使用期間にわたり数百万回の酸化および還元サイクルを可逆的に実行する安定性が必要です。熱帯の国々では、パネル表面温度が60℃を超えることが少なくありません。したがって、太陽電池モジュールの安定性を高湿度条件にて最高80℃までの高温で試験を行う必要があります。低沸点溶媒によるシールの腐食も安定性に問題を生じさせる可能性があります。このため、ハロゲン化アルキルイミダゾリウムなどの常温溶融塩(イオン液体)を使用する試みが現在行われています。色素Z907のように、bpy配位子上で長鎖アルキル置換基を使用したり、イオン液体を用いた電解質を使用したりすることで、1,000時間を超える連続照射に対して酸化還元安定性を維持できます。また、屋外でのモジュール研究では、拡散光条件下での高い太陽エネルギー変換効率や正の温度係数など、他に見られないDSCの特徴がいくつか明らかになっています。本稿最後の参考文献には、色素増感太陽電池分野での最近の成果に関するさらに詳細な情報を記載しました。
参考文献
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