高い規則性をもつオリゴチオフェン、ポリチオフェンを用いた有機半導体の開発
Nicholas S. Colella, Lei Zhang, Alejandro L. Briseño
Polymer Science & Engineering Department, University of Massachusetts, Amherst, Massachusetts 01003
はじめに
世界的なエネルギー需要が増加する一方で、化石燃料の供給には限界があるため、再生可能で低コストのエネルギー源に対する期待が高まっています。有機エレクトロニクスの照明や電力、電気回路への応用は高い将来性があり、性能も急速に向上し、アモルファスシリコンを用いた製品をすでに凌ぐものとなっています1,2。有機半導体を用いて設計されたデバイスの活性層は溶液処理が可能であり、従来のテキスタイルプリントによって印刷できるため、そのコストを比較的低く抑えることができます。
この分野が急成長している原動力となっているのは新規電子活性材料の合成です。現在、ヘテロアセンやポリチオフェンなどのπ電子共役系化合物が有機半導体研究の中心であり3,4、チオフェン、オリゴチオフェン、ポリチオフェンは、有機エレクトロニクスの開発において広く研究されています。世界中の化学者たちによる、これら化合物やその誘導体(図1)の合成法に関する研究によって5,6、チオフェンを用いた太陽電池や有機電界効果トランジスタ(OFET:organic field effect transistor)の性能はかつてないほどの伸びを見せています7,8。
オリゴチオフェンおよびポリチオフェンの合成
1980年に初めて置換ポリオチオフェンが合成されて以来、今日まで高い関心を集めているのは、高い導電性と共に、環境的にも熱的にも安定であるといった優れた化学的、物理的性質を有しているためです。しかしながら、フレキシブルな側鎖を有するポリチオフェンの合成によって溶解性が向上するまでは、プロセス上の課題のため、その利用には限界がありました9,10。化学的、電気化学的手法のみが用いられていた初期の研究では、head-to-head(HH)やtail-to-tail(TT)といったあまり好ましくない結合が形成され、立体的にねじれた構造のポリマー骨格が得られていました。その結果、薄膜の微細構造に影響を与え、デバイス性能の低下を招いていました。1992年、McCulloughらは、98~100%のHT立体規則性をもつregioregular ポリ(3-アルキルチオフェン)(rr-P3AT)の合成法を開発しました11。また、Riekeによって開発された別の方法では、非常に反応性の高い「Rieke®亜鉛」(ZN*)を用いて、regioregular P3ATを合成します。1999年には、HT結合が99%を超える高い立体規則性をもつrr-P3ATを低コストで合成する方法として、グリニャールメタセシス法(GRIM:Grignard metathesis)が報告されました11。GRIM法を用いると、穏やかな反応条件下で短時間かつ簡便に大量合成を行うことができます。これらの発見により、構造の明確な、多くのポリチオフェン化合物が開発されただけでなく、rr-P3ATの電気的特性も劇的に向上しています。これは、骨格が平坦化されたこと、および固相での自己組織化により明確に定義された高度に組織化された三次元多結晶構造が形成されたことによるものです。これら合成法をスキーム1に示しました。こうした構造から、効果的な分子間相互作用と、固体状態におけるポリマー骨格と側鎖の超分子的規則性が生み出されることで、高い移動度がもたらされます。
スキーム1 regioregular ポリ(3-アルキルチオフェン)の合成法11。ACSの許可を得て掲載。
【表内注釈】 a)X for intermediate, 2 is Br (not H) in this case. b)R’ = Alkyl, X’ = Cl, Br
ポリチオフェンの合成によく用いられるもう1つの方法が、パラジウムを触媒としたクロスカップリング反応(Stille-Suzuki法)です。様々なビルディングブロック化合物を用いることで無数の分子構造が得られ、広い範囲にわたる電気的性質の調整が可能になります。しかしながら、Stille-Suzuki重合法は分子量と多分散性の制御に限界があります11。
有機半導体材料としてのポリチオフェンを取り巻くめざましい発展と同時に、オリゴチオフェンもまた、OFETの活性半導体材料として有望視されています。明確な構造をもつ、単分散のオリゴチオフェンは、構造と特性との間の重要な関係を明らかにし、類似のポリマーの特性を推測する上で優れたモデル化合物です。オリゴチオフェンの合成は多段階反応ですが、欠陥のないこれらの材料は様々な官能基による修飾が容易で、π共役系骨格に新規特性を付与することができます。このため、官能基化オリゴチオフェンは、第三世代の有機エレクトロニクスデバイス用最先端共役系材料と考えられています7。
オリゴチオフェンおよびポリチオフェン単結晶を用いた電子デバイス
ポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)の単結晶を用いた最初のデバイスは、2006年にChoらによって作製されました12。彼らは「self-seeding process」により、シラン処理済みシリコンの自己組織化単分子膜(SAM:self assemble monolayer)上に溶液からP3HTを結晶化させました。この方法では、P3HTの過飽和溶液をSAM修飾した基板上に注入し、P3HTマイクロワイヤを生成させます。さらに、SAMを誘電体として用いて、これらの微結晶からトランジスタを製造します。その結晶充填構造は、一次元(1-D)結晶が長軸に沿って3.9 Åの分子間距離でπ-π積層したものでした。Choらはさらに、溶媒アニール法(solvent vapor annealing)によってP3HTの単結晶を調製し、低速で制御された結晶化によってポリ(3-オクチルチオフェン)(P3OT)の単結晶を調製しました13。P3HT、P3OTのどちらについても、優れたキャリア移動度をもつ単結晶トランジスタが報告されています。その結果を、図2に示します。
図2 A)P3HT結晶のTEM画像、B)P3HT結晶構造の概略図、C)P3HT結晶を用いたFETの出力特性、D)P3OT結晶のTEM画像、E)P3OT結晶構造の概略図、F)P3OT結晶を用いたFETの出力特性13
ポリチオフェンは、有機太陽電池(OPV:organic photovoltaic)に利用されるポリマーの中でも最もよく研究されている材料の1つです。一般的には薄膜の形で研究されていますが、薄膜では粒界によって電荷輸送が制限されます。つまり、結晶子間の無秩序で非晶質な領域によって太陽電池の短絡電流密度(Jsc)が減少し、全体の効率が制限されます。この結晶性に関する制約を克服する一般的な方法の1つが熱アニール法で、結晶子のサイズを大きくし、デバイス性能を向上させます。当然、単結晶を用いるとOPV中の電荷輸送は改善されますが、これは性能低下につながる欠陥を含まないためです。同じ概念に基づいて、Jenekheのグループはポリ(3-ブチルチオフェン)(P3BT)の単結晶ナノワイヤを用いた太陽電池を作製しました14。ナノワイヤは、ゆっくり冷却することで溶液から結晶化させ、電子受容体としてよく用いられるPCBMと混合します(図3)。続いて、この混合物を正孔伝導性のPEDOT:PSS層でコートしたITOガラス基板上にスピンコートします。こうして得られた太陽電池デバイスの活性層中のナノワイヤネットワークを、TEM(透過型電子顕微鏡)およびAFM(原子間力顕微鏡)によって評価したところ、直径8~10 nm、最長10 μmの細長いナノワイヤが観察されました。これらの材料を利用した太陽電池は、P3BT/PCBM多結晶薄膜を使ったデバイスより一桁高い約3%の効率で光エネルギーを電気エネルギーへと変換しました。ナノワイヤによって電子供与体であるP3BT中の多くのトラップ状態が排除され、紫外-可視吸収の長波長側へのシフトに示されるようにHOMOの準位が低下し、開放電圧(Voc)はわずかに増加します。さらに、3次元ネットワーク(percolating network)によって電荷を効果的に引き抜くことができるようになった結果、曲線因子(FF)が向上し、短絡電密度(Jsc)が57%増加しました。
図3A)P3BTとC61-PCBMの化学構造。B)ナノ複合材料P3BT-nw/C61-PCBM(1:1 wt%比)のTEM画像。C)P3BT/PCBM複合材料のナノワイヤネットワークの模式図。
有機-無機ハイブリッドp-n接合の結晶化と集合に関する基礎的な研究も、Brisenoらによって行われています。末端基が官能基化されているP3HTとdodecylquaterthiophene(QT)とをホスホン酸でそれぞれ末端官能基化し、続いて酸化亜鉛(ZnO)ナノワイヤ上にグラフトさせることにより、コア-シェルp-n接合型ハイブリッドナノワイヤを作製しました15。この系の結晶学的特徴をTEMによって薄膜タイプと比較したところ、P3HTのシェルは結晶度がより低く、一部に非晶質のドメインが認められました(図4)。これとは対照的に、自己組織化によって単結晶化したオリゴマーは、水素結合やファンデルワールス力、π-π相互作用による多層的な分子間相互作用を示しました(図5)。
図4 ZnO/P3HTコア-シェル型ナノワイヤ(A~C)、ZnO/QTコア-シェル型ナノワイヤ(D~F)の透過型電子顕微鏡(TEM)画像。
図5A)ZnO/P3HT界面の模式図。B)ZnO/QTナノワイヤ界面における分子充填。界面での自己組織化の推進力となる3つの分子間力も示しました。
ナノスケールでの配向性の高い自己組織化を示すもう1つの例が、Leeらによって最近報告されています16。この研究では、無極性のヘキシル基と極性のトリエチレングリコール基を側鎖にもつポリチオフェン両親媒性ジブロック共重合体の形態構造を調べています。クロロホルムはどちらのブロックに対しても良溶媒ですが、メタノールなどの非溶媒を加えるとP3HTはナノワイヤとして結晶化します。しかし、トリエチレングリコール側鎖を含む親水性ポリチオフェンブロックはメタノールに可溶であるため、クロロホルム溶液にメタノールを加えると、ジブロック共重合体は結晶性凝集体を形成します。さらに、ヨウ化カリウム(KI)などの塩を添加すると、この系では広範囲で自己組織化が起こります。KIとメタノールを同時にジブロック共重合体のクロロホルム溶液中に加えた場合には、超らせん状ナノワイヤが認められました。らせん構造は、トリエチレングリコール側鎖とカリウムカチオンが錯体形成して生成したものです(図6)。
図6A)P3HT-b-P3(TEG)Tジブロックコポリマーの分子構造、およびカリウムイオン存在下にて自己組織化によって結晶化し、超らせん構造を形成する様子を表した図、B)KI添加後の共重合体TEM画像。規則正しい周期をもつらせん状リボンが認められます。挿入図は拡大図(スケールバーは20 nm)、C)多重鎖らせんのTEM画像。挿入図は二重らせんが組み合って四重の超らせんとなっている様子を示したTEM画像と模式図(スケールバーは100 nm)。
結論
有機エレクトロニクスの発展において、チオフェンを用いた材料は確実に今後も大きな役割を果たし続けるでしょう。そして、チオフェンオリゴマーやポリマーについて、性能や効率の改善に必要なその分子特性や電子特性、形態の性質を最適化するために、今後も新たな合成法や誘導体が開発され、様々な用途が探求されていくと思われます。さらに、新たなプロセス技術によって結晶性が向上することで、これら材料を用いたデバイス性能も改善されるはずです。単結晶材料の作製によって固体分子半導体のもつ固有の特性を研究することが可能となり、粒界やその他の形態欠陥によって性能が制約されないデバイスを製造することができるようになります。
参考文献
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