単一分子エレクトロニクスと自己組織化
Kasper Moth-Poulsen, Titoo Jain, Jakob Kryger Sørensen, Thomas Bjørnholm
Nano-Science Center & Department of Chemistry, University of Copenhagen, Universitetsparken 5, 2100 Copenhagen, Denmark
Material Matters 2009, 4.3, 80.
はじめに
「単一分子エレクトロニクス」とは、1つの分子を基本的なビルディングブロックとして電子回路を構築する試みのことです。この概念は、理論としては1970年代に考えられ1、1990年代中ごろから多くの単分子トランジスタの実験室レベルでの作製が盛んになりました2-4。この研究は、「ナノメートルの長さスケールにおける電子輸送現象に対する基本的な学術的興味」と、「現在のトップダウン半導体技術に対する代替策としての分子自己組織化材料の開発」の2つによって支えられています5,6。これまでのところ、この分野では単一分子内における電子輸送測定向けの評価用部品の開発が中心です。典型的な例では、極細ワイヤはトップダウン‐リソグラフィー技術によって作製されます。そしてこのワイヤに、機械的もしくは十分な強さの電流を印加することで注意深く2本のワイヤに分割し、ナノメートル幅の隙間(ナノギャップ)を作ります7,8。このナノギャップに、気相プロセスまたは溶液プロセスの自己組織化によって目的の分子を結合させます。電極物質(金など)との化学結合は、一般にメルカプト基またはアミノ基を介して形成され、しばしば化学的「alligator clip」と呼ばれています9。これらの研究から、分子と電極との界面における結合は原子レベルでの精度が極めて重要であることが明らかになっています。たとえば、接点部分において1つの原子が変化しただけでも、単一分子の導電特性が最大5桁も変化することがあります10。現代のシリコンベースのコンピュータチップは、106~109個の能動素子で構成されていますが、単一分子による分子エレクトロニクスは、現在のところまだ単独のデバイスレベルで再現性のある測定結果を得ることを目標としている段階です。したがって、デバイス製造法と分子‐電極間の接触方法に大きな進展が必要であり、複数の分子コンポーネントを1回の実験で集積できるようにする方法の開発がこの分野の課題の1つです。本稿では、自己組織化によって単一分子回路を作製する新しい方法と、コペンハーゲン大学ナノ科学センターの最近の研究に基づく、分子と電極間の界面の化学的制御方法についてご紹介します4,10-16。
空気-水界面での自己組織化
空気-水界面での自己組織化には、いわゆるLangmuir-Blodgett(LB)法と呼ばれる方法が用いられ、これまで分子やナノ粒子の特有な挙動に関する多くの知見が明らかになってきました。この方法は、水-空気界面に単分子層を形成する両親媒性分子を利用します。表面張力を調節することで分子が2次元構造を形成し、X線反射率測定や微小角入射X線回折(GIXD)、単純な走査プローブ法などの方法で容易に測定が可能です。近年、金ナノ粒子はさまざまなナノ構造のビルディングブロックとして利用されることが多くなりました6,16。ここでは、保護チオール(一般的にはドデカンチオール)の存在下、2相系においてAu(III)をNaBH4で還元する、いわゆるBrust法によって1~2 nmの金ナノ粒子を調製しました17。次に、自己組織化による金ナノワイヤを作製するために、金ナノ粒子をLangmuir-Blodgett膜作製用トラフ内の水面上に拡散させました。DPPC18や両極性高分子12などの適切な界面活性剤と共に分散させることで、金ナノ粒子は「ワイヤ」や複雑に入り組んだ「迷路構造」を形成します(図1)。調製したナノワイヤをオリゴ(フェニレン-ビニレン)(OPV)溶液に加えることで電子特性の測定が可能になり、単一分子の導電率を見積もることができます13。Taoらの最近のレビューでは、無機ナノ粒子の自己組織化における空気-水界面の利用について考察されています19。
図1金ナノ粒子の自己組織化迷路構造。この構造は、金ナノ粒子と両親媒性高分子を共に分散させることよって空気-水界面で作製されました。迷路構造のAFM画像(左)と自己組織化プロセスの概念図(右上)、および金ナノ粒子からなるワイヤの高解像度TEM写真(右下)12。
単一分子によって接続された自己組織化ナノギャップ
分子エレクトロニクスにおける重要な課題の1つに、単一分子が結合した1~2 nmのナノギャップを作製することが挙げられます。最近の報告では、「分子スケール(1~2 nm)」と単純なリソグラフィー技術によって容易に作製できる「マイクロメートルスケール」の橋渡しに、金ナノロッドが用いられています11。金ナノロッドは、合成の容易さ、その独自の形状によって変化する光学特性、生化学イメージングの可能性20、および医学への応用21などから近年大きな関心を集めています。最も広く使用されている調製方法は、Murphyらが初めて報告した種結晶媒介―界面活性剤支援合成法です22。概略を説明すると、まず、クエン酸水溶液中でHAuCl4をNaBH4によって還元して、クエン酸で安定化された金ナノ粒子種結晶を調製します。次に、この種結晶を界面活性剤CTAB、HAuCl4、およびアスコルビン酸を含む結晶成長用の溶液に加えます。こうすることで、特定の結晶成長条件と精製方法によって4~25のアスペクト比を持つ種々の金ロッドの作製が可能です23,24。合成を成功させるための重要な条件は、適切なグレードのCTAB界面活性剤25を使用すること、正確な温度制御、およびよく洗浄されたガラス器具を用いることです。一方、金ナノロッド二量体は、金ナノ粒子種結晶を成長させる前に、チオールで末端修飾された水溶性ポリエチレングリコール(HS-PEG-SH)を加えることで作製できます。HS-PEG-SHの濃度を正確に調節することで、金ナノロッド二量体の合成条件を最適化できます。HS-PEG-SH濃度をより低くすると、高い確率で単一分子を2つのナノロッド間のリンカーとして機能させる(図2)ことができます11。
図2結合した金ナノロッドの合成を表した模式図(左)。結合した金ナノロッドの異なる倍率でのTEM画像(右)11。
一方、別の実験(図3)では金ロッドの電子特性を評価しました。まず、金ナノ粒子でコーティングされた酸化スズナノワイヤに、自己組織化によって金ナノロッドを結合させました。この自己組織化には、非常に低いトンネル障壁を持つ興味深い分子であり26、分子エレクトロニクスの実験に広く使用されている、末端がチオールでキャップされたオリゴ(フェニレンビニレン)(OPV)を用いました4,10。次に、導電性原子間力顕微鏡(C-AFM)を使用してOPV分子の電子特性を測定しました。1つ目の電極である金ナノロッド上に導電性AFMチップを直接取り付け、一方、OPV分子を用いた電子回路を閉じるために容易に接続可能な、ナノロッドに比べて非常に大きな酸化スズナノワイヤを2つ目の電極として用いました(図3)。この回路のI-V特性が、OPV分子で以前に得られたものと似た特徴的な性質を示したことも、金ナノロッドが分子スケールとマイクロメートルスケールとのギャップを橋渡しする有望な候補材料であることを裏付けています。
図3導電性AFMチップによって単一または数個の分子を測定している様子を描いた想像図(左)と、チオールで末端がキャップされたオリゴ(フェニレンビニレン)分子の媒介によって酸化スズナノワイヤへ自己組織化した金ナノロッドのAFM画像(右)14。
接触点としての分子構造を持つ導電性分子の合成
結合しているチオールの位置や表面の原子構造のわずかな変化が、電子特性に大きな差を生む可能性があることから、分子と電極表面間の接点の制御が課題になっています27-29。そこで、チオールの替わりにC60が固定基として導入されました。C60分子の持つ複数の結合サイトによって表面と強く接触できるため、制約となるトンネル障壁が分子と電極間の接触界面から分子内の化学結合に移るため、界面における接触状態の重要性が低くなります。その結果、各種C60誘導体の化学合成によって接触状態を制御できるようになります(図4)。この概念を利用したデバイスにおける最初の電子特性の測定が、Martinらによって報告されています15。彼らはbreak junction法によって単一分子の測定を行い、分子の主要な特徴の1つとして、室温であっても単一分子の接合が極めて高い安定性を持つことを明らかにしています。
図4「Würster's Blue」誘導体とC60によるalligator clip分子の合成15
C60で両端を固定された構造の分子(1,4-ビス(フレロ[c]ピロリジン-1-イル)ベンゼン)を、in-situ 生成したアゾメチンイリドとフラーレンの炭素二重結合との[2+3]付加環化反応によって合成しました。この反応は、Prato反応として知られています30。簡単に説明すると、N,N’-(1,4-フェニレン)ビスグリシンとパラホルムアルデヒドを1,2-ジクロロベンゼン中で超音波処理した後、C60の1,2-ジクロロベンゼン溶液に加えます。この溶液を6時間還流し精製することで、28%の収率で黒色の目的化合物が得られます(図4)15。
結論
個々の分子に本質的に備わっている電荷輸送機構の測定を可能にするためには、電極と分子との結合位置の正確な制御が大きな課題の1つです。そのために、金属‐分子界面を共有結合的に規定される分子構造の一部としてあらかじめ定義するために、C60を用いた新しい固定基を導入することで原子スケールの精度を得る方法が検討されています。もう1つの課題は、デバイスごとにわずか1つの分子接合しか実現できていない点です。このため、個々にアドレス可能な構成部品を多数持つ分子回路の実現が強く望まれています。これらの課題を克服するために、Langmuir-Blodgett法や複雑な回路の作製法として期待されているその他の自己組織化に基づく方法などの化学的ボトムアップ作製方法が用いられています。その1つに、ナノギャップに直接結合し、かつ、水溶液中の単純な化学反応を利用して調製される分子と電極(金ナノロッド)とのボトムアップ合成方法があります。
参考文献
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