インクジェット印刷 ‐ プリンテッドエレクトロニクスの実現を可能にする主要技術
Ashok Sridhar1, Thomas Blaudeck2§, Reinhard R. Baumann1,2*
1Fraunhofer Research Institute for Electronic Nano Systems (ENAS), 2Chemnitz University of Technology, 3University Linköping
Material Matters Volume 6 Article 1
はじめに
デジタル印刷技術は、この十年間で情報を視覚化するだけのツールから機能を生み出すツールへと進化してきました。「色を超えた印刷(printing beyond color)」という表現は、この変化をうまく表現しています。この一連のデジタル印刷技術は、今もなお視覚化のための手段として広く使用されていますが、新たな機能性の開発が進展した結果、特にプリンテッドエレクトロニクス分野において、効率的な生産を可能とする新たなアイデアと製造方法が生み出されています。デジタル印刷の基本的な原理は、微細量の液滴(インク)または固体粒子(トナー)を、対象となる画像や文字の情報が存在する各ピクセルと直接関連させ、配置することです。この原理によって、高価な材料(機能性材料など)を、被印刷物の所定の場所だけに経済的に堆積(選択的な堆積)させることが可能になります。
本論文では、最も重要なデジタル製造技術の1つであり、プリンテッドエレクトロニクスの実現を可能にする主要技術の1つである「インクジェット印刷」について詳細に解説します。インクジェット印刷技術の分類のほか、材料(インク、被印刷物(基板))に関連するさまざまな特徴や、前処理と後処理の工程についても説明します。最後にいくつかの適用例を紹介し、インクジェット印刷エレクトロニクスの多様な可能性について述べます。
機能性材料とハイテク印刷装置に重点を置いた研究開発が継続的に進められており、毎日のように新しいイノベーションが生まれています。
背景
従来型の印刷
印刷技術は、知識を高い信頼度で伝達、交換、および保存することによって人類の進歩を速めた、最大の発明の1つです。グーテンベルグの可動鉛活字による活版印刷の発明から500年以上がたち、グラフィックアートを再現する基盤として写真が進化したのは前世紀のことです。さらに重要なことは、過去数十年の間に印刷と電子化された情報技術が効果的に組み合わされたことで、さまざまな印刷技術が枝分かれしながら進化し、広く利用されるようになってきたことです1。
「従来型の印刷技術」には、主にオフセット印刷、グラビア印刷、スクリーン印刷、およびフレキソ印刷の種類があります。これらは一般に、再現しようとするあらゆる種類の情報(テキスト、グラフィック、および写真)の印刷原版もしくは印刷版を必要とします。したがって、これらの技術を実際に使用する前に、複雑な、時には面倒な印刷前工程が必要になります。前工程が終了すれば、フラットベッドスクリーン印刷以外の技術は高速の大規模生産に使用できます。
デジタル印刷
「デジタル印刷」は、従来の印刷技術とは異なり、物理的な原版を前もって作る必要のない方法であり、被印刷物やサブレイヤに大きな力を加えることなく印刷します2。デジタル印刷の基本的な原理は、情報と直接関連させた微細量の液滴(インク)または固体粒子(トナー)を、再現する画像の各バイナリー単位に正確に配置していくことです。そのため、デジタル印刷には従来の印刷が持つ大きな欠点、つまり、複雑な作業工程、原版の作製や作業を準備するための金銭的および時間的に大きな投資が必要であるという点がありません。従来のハイエンド印刷と比較して、デジタル印刷は特に平均スループットに関していくらかの欠点があるかもしれませんが、その功績は、さまざまな技術やプロセス設計によって印刷技術をより多くの人々の手に届くものにしたことです。デジタル印刷技術が既存の業界(プリント回路基板など)ですでに稼動している製造ラインと統合できる可能性が大きいのは、この多用途性と適応性を備えているためであり、同様に、商業印刷所(オンデマンド本)への進出が可能になったり、デスクトッププリンタによってSOHO(small office/home office)に革新をもたらしています。デジタル印刷技術の特徴的な機能は、大きく次の2つのグループに分類できます。(1)direct to substrate:情報を直接印刷媒体(被印刷物)に転送する印刷技術(インクジェット印刷、熱転写印刷など)、および(2)direct to plate:情報を印刷版に転送し、続いて印刷媒体に転写する印刷技術(電子写真、マグネトグラフィなど)です2。
再現すべき画像やテキストの各ピクセルに情報があるかないか、というデジタル印刷の基本的な原理によって、機能性材料やその他の材料を被印刷物上の所定の場所にのみ堆積できるため、選択的、つまり経済的に堆積させることが可能です。
プリンテッドエレクトロニクス
「プリンテッドエレクトロニクス」と「有機エレクトロニクス」は同じ意味で使われることがありますが、必ずしも同じグループの技術を指しているわけではありません。しかしながら、両者が多くの実現技術と方法論を共有していることは事実です。厳密には、「プリンテッドエレクトロニクス」は、従来型印刷とデジタル印刷の両方の印刷技術を利用して電子構造、デバイス、および回路を作ることを指し、どのような機能性材料(インク)や基板を用いるかには関係ありません。唯一の必要条件は、機能性材料が液相から処理可能でなければならないことです。同じ意味で、「有機エレクトロニクス」は導電性ポリマーなどの有機材料を用いて、リジッドおよびフレキシブル基板上に電子構造、デバイス、および回路を作ることに対応します。したがって、「フレキシブルエレクトロニクス」は、プラスチックまたは紙でできた折り曲げることのできる基板に注目しています。いずれにせよ、プリンテッドエレクトロニクスの進歩は新しい展望を切り開き、電子機器や電子回路のコンセプト、設計、製造、パッケージング、および応用に多くの可能性をもたらしています。
印刷プロセスのもつ付加的な特性、たとえばインクとして調合できる材料の範囲や、プロトタイプから大量生産までのさまざまな生産スケールへの適応可能性は、エレクトロニクス製造に印刷プロセスを展開するための重要な要素です。ほぼすべての印刷技術、特に従来の印刷技術がプリンテッドエレクトロニクスにおいて使用されていますが、主に使用されているのはスクリーン印刷とインクジェット印刷です3。図1に、プリンテッドエレクトロニクスに関連する印刷技術とその特性について示します。
図1プリンテッドエレクトロニクスに関連する印刷技術とその重要な特性1,3-5
図1に挙げた印刷技術のうち、インクジェット印刷を除くすべての方法が本質的に従来型の印刷技術であることに注意してください。それにもかかわらず、次の章に挙げる理由から、デジタルインクジェット印刷はプリンテッドエレクトロニクスの重要な実現技術であると考えられています。これより以降では、インクジェット技術の分類、仕様、および要件について詳しく説明し、さらに応用例を示すことで、プリンテッドエレクトロニクスに適した技術であることを示していきます。
インクジェット印刷技術
インクジェット印刷技術では、流路内のインクからインク滴を生成し飛び出させます。この液滴の直径はノズルの直径にほぼ対応する10~150 μmで6、その体積はピコリットルの範囲です。インクジェット印刷がプリンテッドエレクトロニクスに適した技術である理由は以下のとおりです。
- 幅広い材料をさまざまな種類の被印刷物に1滴ずつ選択的に堆積させる非接触プロセスである。
- 作業場の床面積要件、初期投資、および印刷準備に必要な試運転時間が、他のほとんどの従来技術より少ない。
- プロトタイプから商用大量生産までの幅広い生産スケールに適している。
- インクの消費量と廃棄する材料が最小限である。
- プロセス連鎖の中での位置付けを柔軟に変更することができる。
- パターン化された薄膜を作製できる。これは有機エレクトロニクスにおいて鍵となる要件ですが、極めて複雑な集積回路(IC:integrated circuit)の製造には、極めて短いトランジスタチャネル長の作製に必要な高い空間分解能を実現するために、標準的なインクジェット印刷とは異なる特殊な技術が用いられています7。
最後に、他の技術で製造された電子構造やデバイスをすでに持った基板にも、インクジェット印刷によって機能性を追加することができます。この特徴は、インクジェット技術の非接触、マスクレス、原版が不要という性質と、プリントヘッドを基板の3次元座標のいかなる場所にも直接移動できる自由度によって可能となります。
分類
インクジェット技術は概ね2つのカテゴリーに分類されます。液滴の生成メカニズムによって、「連続インクジェット(CIJ:continuous inkjet)」と「ドロップ・オン・デマンドインクジェット(DOD:drop-on-demand inkjet)」に分けられ6、DOD印刷はさらに、「サーマルインクジェット」、「ピエゾ式インクジェット」、および「静電インクジェット」の3種類に分類されます。図2に、インクジェット印刷技術の全体的な分類とそれぞれの主な特徴を示します。
図2最も一般的なインクジェット技術の分類1,9
CIJ 印刷は、極めて高い液滴発生周波数(20~60 kHz)を持つにもかかわらず、プリンテッドエレクトロニクスに広く使われているとは言えません。その理由として、噴き付けた後の再循環プロセスがインクの汚染につながる可能性が挙げられます。その上、CIJは、再現する画像やテキストの各ピクセルに情報があるなしにかかわらず液滴を連続して発生させるため、潜在的に無駄の多い方法です。ただし、CIJには、被印刷物の形状が平坦でない場合に使用できるというメリットがあります。
一方のDODインクジェット技術については、主に以下の理由によって、ピエゾ式インクジェットがサーマルインクジェットと静電インクジェットに比べてはるかに優れた方式です9。
- サーマルインクジェットでは、熱負荷が周期的にかかることよって、インク中に存在する機能性材料が劣化する可能性があります。その一方で、ピエゾ式インクジェットは等温プロセスです。それにもかかわらず、サーマルインクジェットが無機量子ドットを用いた発光ダイオードの製造に適していることが近年実証されています8。
- ピエゾ式インクジェットでは、サーマルインクジェットや静電インクジェットよりはるかに広い範囲のインク溶媒を使用できます。
- 静電インクジェットに必要な投資とランニングコストは、ピエゾ式インクジェットよりはるかに高くなります。さらに、この技術はまだ開発段階にあり、サーマルインクジェットやピエゾ式インクジェットほど成熟した技術ではありません。
ピエゾ式インクジェット印刷
ピエゾ式インクジェットシステムは、その名前が示すとおり圧電変換器(PZT)から構成され、電圧パルスで駆動します。この効果は、「逆圧電効果」と呼ばれます。市販されている印刷システムの電圧パルスの周波数は、一般に1 kHz~20 kHzです。ピエゾが変形する結果、圧力(音)波が形成されてインクチャネル内に伝播します。液滴の噴射は音響周波数によります6。
図3aに、広く用いられているバイポーラ波形10と各セグメントの簡単な説明を示しました。これはほんの一例に過ぎず、一般にインクジェットプリントヘッドには多くの異なる種類の波形を印加して液滴を生成します。印加する波形のプロファイルと大きさは、ノズルの大きさや使用するインクの流動性、および目的とする液滴サイズと速度によって決まります。図3bは、ピエゾ式インクジェットノズルから液滴が生成する様子を示した連続写真です。
図3a)ピエゾの駆動に用いるバイポーラ波形の例、b)ピエゾ式インクジェットプリントヘッドのノズルから液滴が生成する様子
インクジェット印刷に対する要件
これまでに紹介したさまざまな種類のインクジェット印刷技術は、材料、被印刷物の前処理、および印刷された構造体の後処理という点で多少の差異はあれ同じような要件を持っていますが、この章では、特にピエゾ式インクジェットに必要な要件を重点的に取り上げます。
被印刷物(基板):前述したように、インクジェット印刷そのものは被印刷物に依存しません。リジッド、フレキシブル、補強の有無など、あらゆるタイプの基板を使用できます。ただし、印刷されたインクと基板との相互作用が、印刷された構造体の精度とロバスト性を決める決定的な役割を果たすため、インクの特性と基板の特性をうまく適合させる必要があります。したがって、印刷前に基板表面を処理して、濡れ性、付着性などを改善するのが一般的であり、プラズマ処理やコロナ処理が広く使用されます。高精細度構造を得るには、基板表面を親水性領域と疎水性領域に区分けするように基板のパターニングが行われます11。
インク:プリンテッドエレクトロニクスに使用されるインクは、1種類以上の溶媒中に分散(顔料タイプ)または溶解(染料タイプ)しています13。溶媒の役割は、機能性材料がプリントヘッドを通してノズルから噴射される際の輸送手段を提供することです。プリンテッドエレクトロニクスの観点では、機能性材料は、導電性、半導体性、抵抗性、誘電性などの電子的/電気的な機能を果たします。現在、このような機能性をもつ多くの種類のインクが市販されています。
ピエゾ式インクジェットインクの主な特性は、粘性率が20 mPa・s未満14、表面張力の値が80 mN・m-1未満15、溶液/分散液中のインクがプリントヘッド内で安定している、さらに好ましくはインク成分の粒径がノズル開口部の大きさよりはるかに(桁違いに)小さい16ことです。これらの値はガイドラインに過ぎず、個々の値はシステムによって異なる可能性があります。また、粒子の充填量も、印刷プロセスの安定性を決める主な要因です。
焼結/硬化:グラフィック印刷では、インクの堆積プロセスと印刷層の乾燥直後から機能性材料が光吸収(したがって、発色)しますが、「色を超える」機能性インクを使用するには、堆積したインク層の機能性を発現させるための適切な変換が必要です。そのためには、溶媒のほか、インク内に存在する界面活性剤、分散剤、保湿剤、付着強化剤などの添加剤を取り除きます。例えば、金属ナノ粒子インク(顔料系)の場合は、印刷した構造体を焼結することによってナノ粒子が互いに連結し、導電性を持つ連続した浸透構造を形成できるようにしなければなりません。MODインク(metal-organic decomposition ink、染料系)の場合は、金属クラスターを形成できるように分子錯体を分解しなければなりません。いずれの場合も、焼結するには一般的に熱を加えます。熱的に不安定なフレキシブルプラスチック基板を利用するために、連続17、瞬間UV照射18、プラズマ処理28、レーザー支援焼結29、マイクロ波支援焼結19、DC/AC電場20,21、または化学焼結22など、さまざまな焼結方法が提案されています。加熱によって金属ナノ粒子インクが焼結していく過程を図4に示しました。
図4金属ナノ粒子を用いたインクの焼結過程を示した概略図23
焼結によって得られる品質は重要な課題です。印刷された構造体の密度は、残渣のために、焼結後であっても通常は100%未満です。その上、通常の焼結温度は150℃を超える温度であり、多くのポリマー基板は耐えることができないため、熱焼結はすべての基板に適した方法ではありません。有機ポリマーインクの場合、印刷された構造体は焼結ではなく硬化されます。ここでいう硬化とは、架橋によってポリマーを硬くすることを意味します。
応用例
インクジェット印刷がプリンテッドエレクトロニクスに適していることを示す応用例は数多くあり、ここでは数例をご紹介します。
一つの例として、図5にフレキシブルおよびリジッド基板に極超短波(UHF:ultra-high frequency)領域用平面ダイポールアンテナをインクジェット印刷した例を示しました30。同じ周波数領域用のフィルターや伝送線、パッチアンテナもインクジェット印刷によって作製されています9,25。
図5TU Chemnitz/Fraunhofer ENAS(ドイツ)によって銀インクのインクジェット印刷で作製された、868 MHzの共振周波数を持つ平面ダイポールアンテナ30
インクジェット印刷は受動部品の製造において成功を収めていますが、この方法は、有機ELや高分子LED(OLED、PLED)の製造においても、スピンコートよりも優れた、効率的な方法です。実際、インクジェット印刷を利用した全ポリマー型薄膜トランジスタ(TFT)の高分解能パターニングがすでに行われています。ところが、これらの素子は構成している活性層の移動度が低いために、現在はRFID(radio frequency identification)タグなどの低性能用途に限定されています。その上、スイッチング速度は低速です26,27。活発に研究されているもう1つの分野は太陽エネルギーです。インクジェット印刷された太陽電池の作製が、Konarka Technologies Inc.によって報告されています。現在、無機材料を利用したインクジェット印刷による高効率太陽電池についての研究が進められています27。
結論および展望
インクジェット印刷は、電子機器の製造方法を革新する大きな可能性を持っています。市場には、すべてがインクジェット印刷によって作製された製品は多くはありませんが、さまざまな課題を克服するための取り組みが本格化しています。
インクジェット印刷がエレクトロニクス分野において確固たる役割を果たすための重要な要素の1つは、材料開発、すなわちインク材料の開発の進展が欠かせません。信頼性の高い印刷性に加えて低い焼結温度での高い移動度の実現など、優れた性能を発揮する機能性材料を含むインクによって、さまざまな基板材料への高性能電子デバイスのインクジェット印刷が可能となります。また、インクジェット印刷の成功は、焼結および硬化技術に代わる代替技術の開発がいかに早く進み、印刷したフレキシブル基板への加熱を最小限に抑えることができるかにもかかっているとも言えるかもしれません。最終的には、インクジェット印刷の分解能がフォトリソグラフィよりはるかに低いことが、高密度電子回路製造に応用する際の制約になると思われます。
参考文献
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