高分子電解質積層膜とその機能化
Merlin L. Bruening, Maneesha Adusumilli
Department of Chemistry, Michigan State University East Lansing, MI 48824
Material Matters Volume 6 Number 3
はじめに
多くの薄膜作製方法の中で、相補性ポリマーの交互(LbL:layer-by-layer)積層法は膜厚や機能性の制御の点で特に汎用性の高い技術であることが明らかになっています。図1に示したのは最も一般的なLbL法で、ポリカチオンとポリアニオンを交互に吸着させるものです1。この方法は、ポリカチオンとポリアニオンの溶液に基板を単に連続して浸漬し、積層ステップごとに洗浄して未吸着のポリマーを除去することによって行います。これらの膜の積層に用いられる一般的なポリアニオンは、イオン化したポリアクリル酸(PAA)、ポリスチレンスルホン酸(PSS)、ポリビニルスルホン酸などで、一方、大半のポリカチオンは、第4級アンモニウム基もしくはプロトン化アミンを含有しています2。さらに、タンパク質、ウイルス、ナノ粒子、剥離無機材料などのより広範な多価イオン種をLbL法に用いることが可能であることが、初期の研究によって明らかになっています2。また、条件によっては水素結合や共有結合といった他の相互作用をLbL法に利用している場合もあります3。
図1高分子電解質層の交互積層吸着の模式図。2つの一般的な高分子電解質である、ポリスチレンスルホン酸とプロトン化ポリアリルアミンの構造も示しました。
LbL法には、多くの薄膜形成法と比較して数々の利点があります。まず、この方法では1回の吸着段階ごとに数オングストローム(Å)の単位でポリマーを堆積できるため、ナノスケールでの膜厚の制御が可能です3。次に、さまざまな形状の基板上にコンフォーマルな吸着が行えるため、ナノ粒子や多孔質膜などの3次元形状にもコーティングが可能となります(以降を参照)4,5。最後に、幅広い材料がLbL吸着に適している点と、決められた順番で化学種の積層が可能である点から、多種多様な機能性フィルムを作製することができます(ただし、高分子電解質は数層にわたって絡み合う場合が多い点に注意が必要です1)。さらに、架橋や金属イオンの還元などの積層後の反応によってナノ粒子を形成させると、膜の性質を変化させることができます。積層後の反応に関するこれまでの研究から、触媒6、腐食防止、反射防止コーティング、光シャッター、超疎水性コーティング用などの機能性薄膜が得られています。
膜の作製
高分子電解質積層膜(PEM:polyelectrolyte multilayer)の作製における重要な特徴、電荷の過剰吸着があります。第1層は静電相互作用または疎水性相互作用によって基板上に吸着し、荷電表面の構築や基板表面の電荷の反転が起こります。続いて層を吸着させることで、再び電荷の過剰吸着が生じて基板上の電荷が逆転し、次の層の吸着が可能となります7。多くの場合、多層高分子電解質膜の厚さは、吸着層の数に比例して増加します。このことは、電荷の過剰吸着の程度は吸着層の数で大きく変化しないことを示しており、各段階で積層される高分子電解質の量はほぼ一定であると考えられます。しかし、一部の高分子電解質系では、膜厚が層の数に対して指数関数的に増大します。Schaafらは、高分子電解質の1つが積層中に膜の「内部」へ拡散した場合に指数関数的な成長が起こると提案しています8。つまり、反対の電荷を持つ高分子電解質を添加した場合、その前の段階で吸着した高分子電解質が膜全体から「外部へ」と拡散することで、表面には非常に厚いポリアニオン-ポリカチオン錯体が形成されます。高分子電解質のうちの一方(多くの場合、電荷密度が低く水でより高い膨潤を示す方)が膜の内部全体へと拡散するために、層の数が増えるにしたがって各吸着層の厚さが増加します9。
積層に用いた高分子電解質のほかに、支持電解質の濃度や組成、高分子電解質溶液のpH、吸着時間、温度など多くの吸着パラメータも、LbL法で積層する高分子電解質の量に影響します。多くの研究から、支持電解質の濃度がPEMの厚さに非常に大きな影響を与えることが明らかになっています。塩を添加しない場合、高分子電解質はポリマーの荷電繰り返し構成単位間の距離が最大になるように大きく引き伸ばされます。こうした条件下では吸着層は薄く、表面電荷はごくわずかに過剰吸着されるに過ぎません(図2)。例えば、塩を添加しないで調製した場合、PSS/ポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド二重層の10層分の厚さは約60 Åです10。したがって各層の平均厚さは3 Åに過ぎません。しかし、2 Mの塩を含む溶液から積層させた場合では、対応する二重層 x 10層の厚さは3,000 Åを超えます10。また、積層条件によっても膜の構造や組成が大きく変化します。
図2支持塩なし(左)、支持塩あり(右)で調製したポリアニオン/ポリカチオン二重層の概略図。
膜透過性
高分子電解質多層膜の膨潤性や輸送特性の研究から、膜のコーティングによって多様な構造が得られることが明らかになっています。キトサン/ヒアルロン酸の膜では、水中で400%という際立った膨潤を示します。その結果、ミオグロビン(17 kDa)のような大きな分子も透過することができます11。これに対して、PSS/プロトン化ポリアリルアミン(PAH)のコーティングでは100%未満の膨潤性で、グルコースのような小さな分子の輸送を阻害します。一般的に、電荷密度の高い高分子電解質によるコーティングはイオン性架橋密度が高く、異なる分子間の輸送選択性が比較的高くなると同時に、小さな分子の透過性は低下します12。
機能性膜
PEMはまた、酵素や触媒のような機能性粒子の表面コーティングに対しても有用です。我々は機能性膜の作製(図3)に特に注目していますが、これらの表面積が比較的大きく、対流によって反応物を触媒サイトへと迅速に移動させるためです13。ミクロンサイズの細孔のために拡散限界が最小となり、流量を変化させると膜内での滞留時間が制限され、反応の程度を制御することができます。
図3LbL積層法によって多孔質膜中に固定された触媒金属ナノ粒子の概略図。アメリカ化学会の許可を得て掲載14。
膜細孔におけるLbL吸着は、ポリアニオン、ポリカチオン、洗浄液を単純に膜に流し込むだけで生じます。クエン酸でコーティングされた金属ナノ粒子をポリアニオンとして用いると、図4に示すように、高密度の分散性の高いナノ粒子が膜細孔内に得られます14。この吸着は高分子中空繊維膜だけでなく、無機物や高分子の平坦な膜でも生じます14-16。粒子の凝集を回避することは、高触媒性表面領域やナノ粒子の特殊な電気的性質を維持する上で重要です。
図4PAA/PAH/Auナノ粒子フィルムでコーティングされた多孔質アルミナ膜のSEM断面像。金ナノ粒子はクエン酸で安定化されています。アメリカ化学会の許可を得て掲載14。
注目すべきことに、LbL膜にコーティングされたナノ粒子の触媒活性は、溶液中のナノ粒子と基本的には同じです。さらに、膜を通過する流量を制御することで生成物の分布を変えることができます。例えば、ニトロベンゼンをNaBH4で還元すると(スキーム1)、膜を通過する液体の流量が0.015 mL/(cm2・s)のとき、ニトロソベンゼン24%、アニリン73%となりますが、10倍の流速では、ニトロソベンゼン47%、アニリン49%という結果が得られます14。還元段階で膜中での時間が短いほど、有用なニトロソベンゼンが多く生成します。また、流速を変化させた結果、ニトロソベンゼンはニトロベンゼンがアニリンへと還元される際の中間生成物であることが明らかになりました。流速が速ければニトロソベンゼンがより多く得られるかもしれませんが、ある限界値を境に、出発物質の多くが未反応のまま残ってしまうでしょう。
スキーム1ニトロベンゼンのニトロソベンゼンとアニリンへの還元。
さらに、LbL法は酵素を膜中に固定するためにも利用されます17,18。ある例では、高分子電解質との静電相互作用によって酵素が安定化し、その活性が維持します。マイクロ流体チップ中にトリプシンをLbLで固定化し、質量分析法による分析の前にタンパク質を消化するシステムの開発に取り組んだ研究が2、3例あります19。しかし、これらのチップでは拡散距離が100 μmにも達するため、消化速度が制限される場合があります。一方で、膜での拡散距離は多くの場合1 μmより短いため、より完全で迅速な消化が可能です。我々はナイロン膜(細孔径は0.45 μm)にPSSとトリプシンの1層のみを吸着させたものを用いて、タンパク質を急速に消化する膜反応装置を作製しました18。このLbL法により、膜の細孔cm3当たり約11 mgのトリプシンが堆積しましたが、これは溶液ベースのタンパク質消化による一般的なトリプシン濃度の約450倍も大きな値です。酵素の自己消化を避けるために液中消化では低濃度のトリプシンを用いますが、膜固定法の場合では自己消化を抑制することができます。
LbL積層法によって修飾した膜中のトリプシン濃度が高いと、質量分析(MS)用にタンパク質の迅速かつ効率的な消化が可能になります。膜中のα-カゼインを消化後、膜内での滞留時間が0.8秒と短い場合でもゲル電気泳動法では残留タンパク質は全く検出されませんでした。さらに、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)では、膜消化の場合には52種のタンパク質分解ペプチドのシグナルが認められましたが、液中消化では37種でした。このような膜消化によって生じたペプチドの数の多さは、84%という高いアミノ酸配列カバー率を可能とし、タンパク質修飾の同定が容易になります。膜内での滞留時間がマイクロ秒オーダーと非常に短いため、非常に大きなペプチドを生成することができ、タンパク質の同定や構造研究において有用であることが証明されるでしょう。
今後の可能性
LbL積層法は、実験室段階では非常に便利で汎用性の高い方法です。しかし、特に製造という観点からすれば、多数の層を持つ膜であるために、時間と手間のかかる方法です。洗浄工程では、処理もしくはリサイクルの必要な廃液が生じます。そのため、ポリカチオンとポリアニオンによるLbL積層法の研究は20年ほど前から本格的に始められましたが、この方法による膜の実際的な応用はそれほど進んでいるとはいえません。噴霧法によるコーティングによってLbL法は簡略化されるかもしれませんが20、得られる膜構造の制御がいくらか犠牲になる可能性があります。今後、LbLの応用はそのプロセスにナノテクノロジーの技術を取り入れることによって発展を続け、特有の機能をもつ膜を利用したセンサーに技術革新をもたらすでしょう。小型で機能的かつ多機能的な優れたコーティングが、さまざまな形で可能となります。
謝辞
本研究に対する米国エネルギー省基礎エネルギー科学室(Officeof Basic Energy Sciences)ならびに国立衛生研究所(GM080511)の支援に感謝いたします。
参考文献
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