ポリジアセチレンナノチューブ(PDNTs):
ジアセチレン脂質ナノチューブ
Sang Beom Lee, Ph.D.
LIG Sciences, Inc. Export, PA 15632
1.ポリジアセチレンナノチューブ(PDNTs):化学、構造および特性
ポリジアセチレンナノチューブ(PDNT:polydiacetylene nanotube、ジアセチレン脂質ナノチューブ)は、共役二重結合及び三重結合で架橋された自己組織化ジアセチレンナノチューブです。このPDNTには均一な三次元構造やクロミック特性などの特長があり、未処理のまま、もしくは溶液中、シリカ、ポリマー、金属表面などのさまざまな物質に自己組織化させた形で利用できます。安価で高純度、さらに予測可能で明確に定義された特性をもつ、クロミック脂質ナノチューブに対するニーズから、PDNTは製薬、塗料/コーティング及び光学/エレクトロニクスの分野において、化学的、生物学的に大きな関心が寄せられています。
ポリジアセチレン(PDA)
ポリジアセチレン(PDA:polydiacetylene)は、ジアチレン脂質モノマーがUV照射(254 nm)によりフリーラジカル重合することで得られる、自己組織化特性を有する共役ポリマーであり(図1)、1984年にYagerら1によりその微細構造が初めて報告されました。重合にはジアセチレンモノマーの十分な配列が必要ですが、これはジアセチレンモノマーの分子自己組織化により可能となります。自己組織化プロセスにより、ジアセチレン脂質のナノチューブ、マイクロチューブやミセルなどの興味深いナノ構造体が生成されます2-8。これまでに、化学修飾法および両親媒性ジアセチレン脂質の合成法を変えることで、ナノチューブの径と長さを制御することを目指したさまざまな試みがなされています。また、バイオセンサーやマイクロエレクトロニクスおよび薬物送達システム(DDS:drug delivery system)の研究において、高純度で構造の明確なジアセチレンナノチューブの製造が注目されています。

図1ジアセチレン脂質モノマーの光重合
PDAは熱や化学的作用、極端なpH環境、機械的応力などの刺激に対して、青色から赤色への色変化を起こします。重合化ジアセチレンはその基底状態では650 nmの光を吸収するため青く見えます。刺激に曝露されると、ポリマー骨格中のπ共役結合が短くなるため吸光波長が550 nmにシフトし、その結果赤く見えます。特異的リガンドをモノマーに導入することでウイルス、細菌などの受容体と結合できるため、バイオセンサーの開発にポリジアセチレンの色変化が使用されています(図2)9-12。

図2リガンド-受容体結合によるジアセチレンポリマーの色変化のメカニズム
ポリジアセチレンナノチューブ(PDNTs)
実際の応用が期待されるジアセチレン合成ナノ構造体のひとつに、ジアセチレンホスファチジルコリンの懸濁液から得られるナノチューブ構造体があります13。この化合物の溶液を加熱し、脂質分子の融点より低い温度に冷却すると2層シートが形成され、このシートが丸まることで全体としてらせん構造を有するチューブが形成されます(図3)。なお、ナノ構造を形成する脂質の大半はキラル分子です14-18,20。アセチルコリン誘導体の多くは球状のリポソームを形成しますが、細い管構造を形成する脂質分子も見出されており、これらはいくつかの興味深い特性を示します。 脂質モノマーのキラリティーがナノ構造体形成の重要な要件であることが見出されているものの、絶対的な必要条件ではありません6。例えば、アキラルなジイン酸ホスファチジルコリンが、らせん状にねじれたリボン構造を形成することが報告されています19。また、別の異なるアキラルなホスファチジルコリンから形成されたチューブは左巻きと右巻きを等量含みますが、少量のキラル誘導体を添加することで全体のキラリティーを変化させることが可能です。このことから、これら構造体は、分子固有のキラリティーよりも炭化水素基のジインの影響を受けやすいといえます19。なお、多くの場合、アキラルなジアセチレニル脂質によって形成された構造体の場合、均一なナノチューブ分布が得らません。
キラリティーに加えて、ジアセチレン脂質鎖を2本含む化合物に、ナノ構造体を形成する傾向が強く見られます。しかし一方で、きわめて均一なナノチューブ集合体に自己組織化し、また他のナノ構造体の形成が可能な、非常に単純な構造のアキラルな単鎖ジアセチレンが開発されています(図3、図4)。

図3単鎖ジアセチレンモノマーおよびポリジアセチレンナノチューブ(PDNT:polydiacetylene nanotube)の合成と分子自己組織化

図4LIG Sciences社のジアセチレンモノマーの名称は、各セクションに含まれる炭素の数(疎水基と親水基を含む)に基づいています。
Leeら7,8はジアセチレンモノマーのナノチューブ形成能について報告しており(図4)、親水基に2級アミン塩を含有するアキラルな両親媒性ジアセチレン化合物が均一な自己組織化ナノチューブを形成できることを見出しています。このジアセチレンモノマーは、水溶液中での興味深い微細構造の組織化に寄与する2つの部分、疎水基と親水基で構成されています。この2つの部分は、自己組織化によってリポソームやナノチューブなどの微細構造を形成する際に重要な役割を果たします。
図5および図6は、DM-12-8-2-2-Brから形成されたナノ構造のSEM画像です。これらのナノ構造は、内径(ID)34 nm、外径(OD)98 nm、長さ(L)約1 μmの、極めて純度の高い均一なポリジアセチレンナノチューブ(PDNT)であることが明らかです。

図5SEM画像から、得られたPDNTは均一な径を有し、高純度であることがわかります。

図6PDNTナノチューブの均一な開口部を示したSEM画像。
SEMおよびTEMによる観察の結果、これら線形ナノチューブはシームレスな5つの2層構造(図7)で構成されており、特定の調製条件で、図8に示すような分岐ナノチューブなどの独特なナノチューブ構造を作製できます。このように、脂質モノマーの化学的構造だけではなく自己組織化プロセスの変化によっても、特定のナノ構造や形態の作製が可能であることが明らかになっています。

図7UV重合化前後のポリジアセチレンナノチューブ

図8分岐ポリジアセチレンナノチューブのSEM画像
PDNTは、紫外線への曝露により、アルキン結合部が架橋することで重合化されます(図7)。架橋後、熱や機械的応力などの刺激に対して、ナノチューブの色が青色から赤色へ変化します。加熱による青色から赤色への変化は、ポリマー骨格のねじれにより約70℃で生じます8。ほとんどの場合、この色変化は可逆性で、温度を室温より低い温度に戻すと青色になります。ほとんどの場合、この色変化は可逆性で、温度を室温より低い温度に戻すと青色になります。例外のひとつは、図9に示すようにナノチューブを水に懸濁した場合で、室温に戻しても色は青色に戻りません。また、青色から赤色への変化は、重合化した微細構造に応力をかけた場合にも見られます。したがって、これら重合化された自己組織化構造の応用としては、それ自体が検出対象であるか、もしくは検出対象と接触した後にナノチューブに対する応力を生成する酵素やカプセル化剤または吸着化合物を検知するセンサーに使用することが考えられます。具体的には、ナノチューブに吸着/吸収したタンパク質が、環境変化に起因するその立体構造の変化によりナノチューブに応力を加えることで、検出を色の変化で知らせることなどが考えられます。

さらに興味深いことに、PDNTはポリスチレン溶液中で均一に分散が可能です。PDNT含有ポリスチレン溶液は青色であることから、ポリスチレンへの分散によってナノチューブ構造の変化は生じなかったことを示しています。70℃に加熱することでポリスチレン溶液は赤色に変化し(図10)、冷却により可逆的に青色に戻ります。一方、110℃ではポリスチレン溶液は赤色から透明に変化します。この変化は可逆性ではなく、110℃以下に冷却しても赤色に戻りません。このような色変化は、可逆的な色変化によって表面が高温であることを警告する塗料や、冷凍食品や生鮮食料品などの店舗への輸送において温度上昇した場合に不可逆的な色変化を起こす塗料など、実用的な応用が可能です。

図10ポリスチレン中のポリジアセチレンナノチューブの色変化
70℃への加熱による可逆的な色変化は、PDNT含有ポリウレタンエラストマーでも見られます。なお、このエラストマーを引き延ばすと青色から赤色に変化し、応力を開放して元の状態に緩めると青色に戻ります。そのため、未修飾PDNTをポリマーに組み込むことで、表面にかかる機械的応力の変化をモニターできる高性能クロミック材およびコーティング材となる可能性があります。
図11は、水溶液中で光照射したときのPDAの色変化と、さまざまな添加剤が重合化PDAの色に及ぼす影響を示しています。重合していない、もしくは架橋されていないPDNT(試験管1)はわずかに白濁した水溶液となり、UV照射で架橋させると青色になります(試験管2)。架橋したPDNTに細菌(1×109個)を加えると、綿状沈殿が30分以内に生じます(試験管3、4)。 着色した物質が沈殿したのは細菌添加によってのみである点に注目してください。SDSを添加した場合、黄色に変化します(試験管5)。多くのポリジアセチレンで色変化は青色から赤色への変化のみであることから、この色変化は例外的です。他の界面活性剤では、次のような結果が生じます。CTABは色変化は見られませんが(試験管6)、対イオンが異なるCTAC(臭化物ではなく塩化物イオン)は典型的な青色から赤色への変化を引き起こします(試験管7)。また、プルロニック添加は色変化はないものの(試験管8)、Triton-X 100の場合は紫色になります(試験管9)。また、塩濃度(NaCl添加、試験管10)またはpH(HClまたはNaOH添加)の色変化に対する影響は認められていません。こうしたさまざまな反応で生じる色変化の幅広さは、PDNT材料固有のものです。この特徴は、PDAから成るPDNTを使用した比色バイオセンサーの設計に利用できると予測されます。

図11重合化PDAに対する種々の添加剤の影響。試験管1:重合していないPDA、試験管2:重合化PDA、試験管3:大腸菌添加、試験管4:枯草菌添加、試験管5:ドデシル硫酸ナトリウム(SDS:sodium dodecyl sulfate)添加、試験管6:臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB:cetyltrimethylammonium bromide)添加、試験管7:塩化セチルトリメチルアンモニウム(CTAC:cetyltrimethylammonium chloride)添加、試験管8:Pluronic添加、試験管9:Triton-X 100添加、試験管10:NaCl添加。
2.PDNTの特徴および期待される応用例
PDNTのメカノクロミズム特性は次世代製品への利用が想定されます。機械的応力はナノチューブ/ポリマー複合コーティング材の微細構造の変化を引き起こし、色変化が生じます。この色変化塗料は、航空機のアルミニウム外板や建物の構成部材、橋の重要な部材など、機械的応力の変化をモニターして検出する必要がある部分に使用できると考えられます。また、ナノチューブ/ポリマー複合体コーティング材のサーモクロミズム特性も、コーティング表面が高温であることを視覚的に警告ないしは表示するために使用できます。さらに、生化学的または生物学的反応を促進するための酵素デリバリー用補助プラットフォームとしてPDNTを使用することも考えられます。特定の化学的/生物学的材料と相互作用するように調整された酵素がナノチューブに対する応力を発生して色変化が起こることで、バイオセンサーとしての使用が可能であり、麻薬、汚染物質、生物/化学兵器などの未知物質の現場鑑識用マイクロアッセイカードへの使用が想定されます。表1に、PDNTの特徴をまとめました。
特長 | 応用例 |
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製品番号 | 製品名 | 特性 |
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773484 | PDNT-12-8-2-2-Br |
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773492 | PDNT-12-8-2-3-Br |
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参考文献
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