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電気自動車用高性能正極材料のスケールアップ

Young Ho Shin, Ozgenur Kahvecioglu Feridun, Gregory Krumdick

Materials Engineering Research Facility, Energy Systems Division, Argonne National Laboratory 9700 S. Cass Avenue, Argonne, IL, 60439

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はじめに

電気自動車用電池の商用化に付随する重要な技術的課題には、コスト、性能、誤用に対する安全性、寿命などがあります。最適な正極活性材料の選択は、電気自動車用電池の性能と材料コストを決める重要な要因です。そのため、多くの研究グループが、各電池の正極材料のコスト、体積、および重量の低減を目指して高効率正極材料の開発に取り組んでいます1。最近開発された正極材料であるリチウム及びマンガン過剰金属酸化物(LMR-NMC: lithium and manganese-rich metal oxide)はエネルギー密度が200 mAh/gを超え、電気自動車用電池のコストを下げる可能性がある有望な材料グループです。

一般に、研究開発段階において新規材料はグラム単位で合成、評価されます。しかし、材料を大きなバッチサイズで製造した際の特性とその一貫性は、合成プロセスの開発が終わるまで不確定なままです。また、未評価材料のスケールアップは、財務上のリスク回避の点から行われることはまずありません。そのため、先端電池材料のプロセス開発及びスケールアップは、材料の探索、市場評価、量産の各段階をつなぐ非常に重要な要素となります2–4。アルゴンヌ国立研究所のMaterials Engineering Research Facility(MERF)では、高エネルギー正極材料の研究と商用化を橋渡しするための体系的な工学研究が行われており、高エネルギーボールミリング、炭酸塩と水酸化物の共沈法、その他次世代反応などを用いて、各候補材料に適した合成とスケールアップの開発が進められています。これらの合成法によって、我々はNi0.33Mn0.67CO3, MnCO3, Ni0.16Mn0.67Co0.16CO3, Ni0.33Mn0.67(OH)2, Ni0.27Mn0.54Co0.19(OH)2, Li2MnO3, and Li1.14Ni0.29Mn0.57O2など、多くの正極材料と前駆体のスケールアップに成功しています。

本稿では、アルゴンヌ国立研究所が電気自動車用途に研究室レベルで開発したいくつかの有望な正極材料の1つであるLi1.14Ni0.29Mn0.57O2のプロセス開発とスケールアップについて詳しく述べます。開発したプロセスは再現性が高く、生成メカニズムの検討や表面コーティング、パウチセル試験などの評価をさらに進めるための高品質材料を製造することができます。このリチウム及びマンガン過剰金属酸化物の前駆体化合物は炭酸塩共沈法によって製造され、球状粒子の作製、Mn2+からMn3+への酸化防止、すべての遷移金属の酸化状態を2価に維持することが可能です5-6

合成法

キログラム量のリチウム及びマンガン過剰高エネルギー正極材料(具体的には、Li1.14Ni0.29Mn0.57O2)を製造するために、我々はまず共沈法を用いて最初の炭酸塩前駆体(Ni0.33Mn0.67CO3)を合成しました。硫酸ニッケル六水和物(NiSO4∙6H2O)と硫酸マンガン一水和物(MnSO4∙H2O)を出発材料として、濃度1Mの遷移金属水溶液を調製しました。この溶液と炭酸ナトリウム溶液、および水酸化アンモニウム溶液の各供給流量を調整し、共沈液のpHを8.0 ± 0.1に維持しながら反応を行いました。共沈反応中、前駆体材料を30分ごとに回収し、粒子の成長、形態および粒度分布を測定しました。得られた前駆体生成物をろ過洗浄し、真空炉にて24時間、40℃で乾燥させました。最後に、乾燥させた前駆体粉末をLi2CO3とよく混合し、900℃で焼成しました。

合成した材料の電気化学特性はコイン型半セル(CR2032)で評価しました。正極は84 wt.%の活物質、8 wt.%のスーパーC65カーボンブラック、およびNMPに溶解した8 wt.%のPVDFを混合し、アルミ箔に塗布して作製しました。正極膜の厚さは約40 μmでした。セパレーターにはCelgard 2325膜、電解液にはエチレンカーボネートとエチルメチルカーボネートの3:7(wt.%)混合溶媒に溶解した1.2 MのLiPF6を用いました。

連続共沈プロセスの開発

正極材料の製造において商用化および最適な品質管理を行うには、高い拡張性と経済的に実現可能な連続合成プロセスが不可欠です。連続共沈による定常状態での生産は、前駆体のサイズ、形態、サイズ分布、粒子密度といった生成物の特性が製造中に変化しないことを意味します。したがって、連続共沈法によって低い製造コストで極めて安定した品質の生成物が得られ、この品質が電池パックの性能とコストを決める重要なキーとなります。

従来の連続撹拌タンク反応器(CSTR: continuous stirred-tank reactor)を用いた場合、粒子成長を制御できないために30 μmを超える比較的大きな粒子になり、電池の安全性と性能に悪影響を及ぼします6。これは、反応器の形状、反応温度、反応媒体のpH、滞留時間、供給物の濃度、供給流量、撹拌速度、撹拌羽根のタイプなど、極めて多くの複合的要素が寄与しているためで、核生成、粒子成長、形態、密度などに大きく影響します。CSTRシステムは品質の一貫性と経済的実現性には優れているものの、生成物の特性制御の点ではバッチプロセスと比較してかなり困難を伴うため、規格範囲内の前駆体を連続稼働で生産するには課題が残っています。Argonne MERFでの体系的なプロセス工学研究により、サイズを制御した球形炭酸塩前駆体を共沈法で生産する先進的な20L CSTRシステムが開発されました。

図1Aおよび1Bに、Argonne MERFで開発された20L CSTRシステムを用いて炭酸塩前駆体を製造した際の、30時間にわたる共沈反応中の前駆体の典型的な成長傾向を示します。非定常状態である共沈初期は前駆体粒子はゆっくり成長し、25時間後の定常状態では、前駆体の粒径、形態、粒径分布、および密度が長時間にわたって一定になります。図1Aに示すように、スラリー生成物の平均粒径(D50)は安定し、定常状態で前駆体粒子がそれ以上成長することはありません。

 

20L CSTRシステムを用いて製造した炭酸塩前駆体の典型的な成長傾向

図1A)非定常状態での前駆体の成長(0~25時間)および定常状態での前駆体の生成(25~30時間)。B)30時間の共沈反応で得られた前駆体スラリーの粒度分析

図2に、定常状態で得られたNi0.33Mn0.67CO3炭酸塩前駆体の代表的な走査電子顕微鏡(SEM)画像を示します。平均粒径は7 μmで、これは図1の粒度分析の結果と一致します。画像からは、前駆体粒子が滑らかな表面とわずかに歪んだ球状の形態であることもわかります。

 

定常状態で得られたNi0.33Mn0.67CO3炭酸塩前駆体のSEM写真

図2定常状態での共沈反応中(25~30時間)に採取した、Ni0.33Mn0.67CO3前駆体のSEM写真

高エネルギー密度正極材料(Li1.14Ni0.29Mn0.57O2)のスケールアップ

コバルトフリーのリチウム及びマンガン過剰金属酸化物はエネルギー密度が高いため、魅力的な正極材料です。我々は、電気自動車用途にLi1.14Ni0.29Mn0.57O2をスケールアップ用材料として選択し、カスタマイズした20L CSTR共沈システムを用いてその前駆体化合物(Ni0.33Mn0.67CO3)を製造しました。前駆体の物理特性(粒径、形態、粒径分布、粒子密度など)は正極材料の電気化学性能に大きく影響することから7–9、電池性能を最大化するために、この前駆体化合物の合成条件の最適化を試みました。

図3に、表面積が3.9 m2g-1の多孔質構造を持つ球形のLi1.14Ni0.29Mn0.57O2正極材料のSEM画像を示しました。前駆体表面は図2に示したように滑らかであるものの、176.5 m2g-1の表面積を有しています。これは、前駆体がナノサイズの一次粒子から構成されていることを示しています。このナノサイズ一次粒子とリチウム塩を混合し900℃で焼成することで、大きな一次粒子に成長したと考えられます。

スケールアップしたLi1.14Ni0.29Mn0.57O2のSEM画像

図3スケールアップしたLi1.14Ni0.29Mn0.57O2のSEM画像

合成した正極材料の結晶相をXRDで確認したところ、Li1.14Ni0.29Mn0.57O2構造中に第2成分(Li2MnO3類似相、回折角:20°~25°)が含まれていることがわかりました(図4)。これは代表的な六方晶系のm 空間群に主に帰属され、同様の化合物に見られるような層状化合物です10,11。XRDパターンには選択配向による明確なピーク分裂も見られますが、これは材料の結晶化が十分進んでいることを示しています。

図5に、Li1.14Ni0.29Mn0.57O2の1回目および2回目の充放電プロファイルを示します。1Cレートで250 mAh g-1の容量が得られ、セルを2.0Vと4.75Vの間でサイクルさせると仮定した場合に、電流密度はC/10に相当しました。スケールアップした材料の最初の放電容量は250mAh g-1で、クーロン効率は83.9%です。この容量は、研究段階の材料(229 mAh g-1)より大きな値です。スケールアップ材料の2回目の放電容量は248 mAh g-1でした。

Li1.14Ni0.29Mn0.57O2の充放電プロファイル

図5Li1.14Ni0.29Mn0.57O2の1回目と2回目の充放電プロファイル

図6Aに、Li1.14Ni0.29Mn0.57O2について研究段階とスケールアップの材料のサイクル特性を比較しました。最初の2回の充放電サイクルはC/10レートで2.4Vと4.75Vの電圧範囲で得ました。それ以後のサイクルは、2.4Vと4.5Vの間でC/3の放電レートで測定しました。スケールアップした材料は高い放電容量と優れたサイクル特性を示し、140 サイクル後にC/3レートで180 mAh g-1の容量を維持しています。図6Bに示すように、スケールアップした材料のC/10、C/5、C/3、C/2、1C、2C、3C、4Cおよび5Cでのレート特性は、研究段階の材料よりはるかに優れています。この比較から、スケールアップした材料の粒径の方が研究段階の材料の粒径より小さく、粒度分布が狭いためにLi1.14Ni0.29Mn0.57O2のレート特性が向上していることが示唆されます。スケールアップしたLi1.14Ni0.29Mn0.57O2は高い放電容量を持ち、優れたサイクル安定性とレート特性を示します。

Li1.14Ni0.29Mn0.57O2のX線回折パターン

図4Li1.14Ni0.29Mn0.57O2のX線回折パターン

Li1.14Ni0.29Mn0.57O2の研究段階の材料とスケールアップした材料の比較

図6Li1.14Ni0.29Mn0.57O2の研究段階の材料とスケールアップした材料のA)サイクル特性とB)レート特性の比較。

まとめ

30時間の共沈反応の結果は、我々の開発した20L CSTRシステムを用いることで7 μmの球状前駆体化合物の連続的な製造が可能であることを示しており、高エネルギー正極材料のキログラム量での量産に成功しました。正極材料の電気化学性能(容量、エネルギー密度、サイクル寿命など)は合成およびスケールアップ法に大きな影響を受けるため、経済的な実現可能性を維持しながら、ターゲットとする正極材料に特化した合成プロセスを開発することが量産化に不可欠です。このプロセス開発とスケールアップ研究が、電気自動車に用いられる高エネルギー材料の研究開発と商用化をつなぐ重要な足がかりになります。

謝辞

米国エネルギー省のVehicle Technologies Program、特にDavid Howell氏とPeter Faguy氏の支援に感謝します。

電子顕微鏡撮影は、(Contract No. DE-AC02-06CH11357 の下でUChicago Argonne, LLCが運営する、米国エネルギー省科学局傘下の)Argonne National LaboratoryのElectron Microscopy Centerにて行われました。

また、材料の特性評価について、Gerald Jeka氏とMike Kras氏に感謝します。The submitted manuscript has been created by UChicago Argonne, LLC, Operator of Argonne National Laboratory (“Argonne”).Argonne, a U.S. Department of Energy Office of Science laboratory, is operated under Contract No. DE-AC02-06CH11357.

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