バイオプリンティング―生体組織工学および再生医療に向けて―
Chi-Chun Pan<sup>1,2</sup>, Arnaud Bruyas<sup>1</sup>, Yunzhi Peter Yang<sup>3,4</sup>
Material Matters 2016, Vol.11 No.2
はじめに
過去20年間で、生体組織工学と再生医療は生物学、化学、工学、医学を横断する重要な学際領域になりました1,2。これら新規分野では、足場、細胞、生物学的シグナリング分子の組み合わせにより、機能性を有する生体代替品を再形成し、天然の組織および機能を模倣することで、損傷または疾患のある組織および器官における失われた機能の治癒・回復を促進します3。生体組織工学と再生医療の目的の1つは、移植用生体組織および器官の作製ですが、薄い皮膚および無血管軟骨組織を除き4、組織生物学の複雑さのためヒト患者では限定的な成功しか得られていません。従来の生体組織工学的手法として、細胞に対してバイオミメティクス的な複雑性を有する所望の組織の形成を促す成長因子の存在下または非存在下で、足場と呼ばれる固体の多孔質性生体材料に細胞を充填する方法があります5。しかし、この3成分の混合物では、組織様構造の特徴であるマイクロスケールレベルでの細胞、成長因子、生体材料の制御された空間分布の形成が十分に促進されないため、期待される成果が得られることはほとんどありません。3次元(3D)プリンティング、または積層造形法(AM:additive manufacturing)は、生体組織工学におけるこの限界を克服できる可能性があるため、大きな期待を集めています。3Dプリンティングは1層ずつ積層していく方法であるため、複数の材料を用いた複雑な幾何的形状の作製が可能です(図1)。組織工学向け3Dプリンティングは新たな技術分野として発展しており、バイオプリンティングと呼ばれます。バイオプリンティングとは、「1つ以上の生物学的機能を達成する目的で、生体関連の材料、分子、細胞、組織、生分解性材料を所定の構造にパターニング・構築するための材料移送法」として定義されています6。特に、バイオプリンティングにより患者本人の細胞を使用した組織様の複雑性を備える解剖学的形状のインプラントを作製することで、個別化医療(personalizable medicine)および精密医療(precision medicine)が可能になります。現在、3Dバイオプリンティング技術は非細胞性と細胞性の構造体の2種類に分類できます7。非細胞性バイオプリンティングは、プリンティング過程において細胞が存在しない中で、足場や生体材料そのものを作製するために使用されます。非細胞性バイオプリンティングでは、細胞生存性の維持が要求される方法と比較して作製条件の制限が少ないため、細胞性構造体よりも正確で複雑な形状の構造を作製できます。細胞性バイオプリンティングの場合、生体組織構造体を作製するため、作製の際に細胞と生物学的薬剤を材料に組み込みます。したがって、細胞および生物学的物質の有無により、プリンティングのパラメーター、生体材料、3Dプリントした構造物の特性が、それぞれのバイオプリンティングでは明らかに異なります。ここでは、これら2種類の方法について構造体に適した材料や製作方法を簡単に紹介して議論します。また、バイオプリンティングの現時点での限界、可能性のある解決法、将来の方向性についても議論します。
Figure 1.3Dプリンティング法の概要
非細胞性足場の作製
非細胞性足場は、細胞外基質(ECM:extracellular matrix)の機械的および生物化学的性質を模倣した多孔性構造からなり、組織形成を誘起するため機械的な一体性を確保し、細胞付着のテンプレートとなります8。非細胞性足場は、生体適合性と生体吸収性に加えて、生物化学的、生物物理学的、生体力学的、生体電気的、生体磁気的なシグナルを示さなければなりません9。細孔が細胞移動と組織内植の空間を提供し、血管網の形成を促進して細胞生存性を向上させるため10、多孔性および多孔質構造も足場の重要な特徴になります。そのため、足場の幾何学的形状(つまり多孔性)の非常に正確な制御を繰り返し行うことができると同時に、生体組織に似た空間的複雑さで組み立てることを可能にするAM法が極めて有効になります。バイオプリンティングによる無細胞性足場を、筋組織、肝組織、軟骨組織、骨組織、皮膚などの幅広い用途で使用した研究が報告されています2。足場を構成する特定の材料や生物学的薬剤は、作製する組織の性質を再現するように選択しなければなりません。本セクションでは、人工骨に通常使用される機械的強度の高い構造物に焦点を合わせます。柔軟な培養組織(皮膚や肝臓など)に基づく非細胞足場向け材料とAM法は、細胞を充填した足場の場合と同様のため、本稿の「細胞封入用ソフトマテリアルの作製」のセクションで説明します。
材料
化学的性質に基づいて分類した場合、4種類の材料(ポリマー、セラミックス、金属、複合材料)が注目されています。ポリマーでは11、コラーゲン、フィブリン、アルギン酸塩、キトサン、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリプロピレンフマレート(PPF)などが使用されています。これらのポリマーは優れた生体吸収性を示し、化学組成と加工性の点で極めて柔軟に対応可能です。しかし、ポリマー系の足場は埋め込まれたあと、時間の経過とともに剛性が急速に低下します。次に、ヒドロキシアパタイト(HA)やβ-リン酸三カルシウム(β-TCP)のようなリン酸カルシウム(CaPs)系のセラミック製足場に関する研究が幅広く行われており12、臨床応用でも使用されています13。リン酸カルシウム足場は骨組織の主成分であるため、優れた骨伝導能を示します。また、これら材料は高い圧縮強度を示しますが、SiO2やZnOなどのドーパント添加剤を使用すると圧縮強度はさらに向上します。しかし、圧縮強度の増加とともに加工性は低下するため、作製可能な幾何学的構造は限定されます。また、金属も使用されますが、生体適合性を確保するため通常はチタンやステンレス鋼が用いられます。これらは機械的強度に優れていますが、生分解性はありません13。最後に、それぞれの材料の利点を組み合わせることを目的として、2種類以上の材料を用いた複合材料が開発されています。その例としてポリマー/セラミック複合材料のPCL/TCPやPCL/HAなどがあり、セラミック材料をポリマーに組み込むことで、ポリマーの機械的な一体性と生理活性が向上します14。非細胞性足場に関しては複合材料が期待できる結果を示しており、探索すべき可能性のある組み合わせもまだ多数残っています。
作製方法
1980年代以降、光造形法またはステレオリソグラフィー(SLA:Stereolithography)、選択的レーザー焼結法(SLS:Selective Laser Sintering)、熱溶解積層法(FDM:Fused-deposition Modeling)などの多数の3Dプリンティング法やAM法が開発され、商業化されています15,16。これらプリンティング技術は、印刷の速度、温度、毒性、圧力に関する要件が比較的緩やかな非細胞性足場のバイオプリンティングに使用できます。
SLA法は、水平面内でレーザー光線の方向を変えて感光性材料を硬化し、固定された層を形成する方法です16。その後、この層を垂直軸方向に移動させ、次の層を作製し積層していきます(図2)。この技術では、20 μmという薄い層を用いた高解像度プリンティングが可能です。水平面内の解像度はレーザーの直径(250 μm程度)で決定されます。レーザーの代わりにDLP(Digital Light Projection)を使用すると、解像度は70 μmまで向上します。ただし、SLA法では構造体の生物化学的組成が単一の材料に限定され、さらにその材料は感光性を持つ必要があります。
これに対して、SLS法では高出力レーザーを使用して(図2)、粉体材料を加熱・融解させます。レーザーによるパウダーベッドのラスタースキャンで、連続した層を作製します。1つの層が完了後、作製した層の上に次の粉体層を追加し、レーザーで焼結して次の層を作ります。これを構造全体が作製されるまで繰り返します16。SLS法で作製した足場は、焼結により各層間の結合が強く、未焼結の粉体が連続したそれぞれの層を支持するため、高い機械的強度を示し、複雑な形状にすることも可能です。解像度や表面仕上げ方法は粉体に応じて異なります。
FDM法による3Dプリンティングでは、押出しノズルの位置を制御して、材料であるフィラメントを3D空間に堆積します。押し出す材料はノズル内部で加熱されて融解し、積層の際に冷却、固化します(図2)。FDM法で使用される材料は溶融相を示すものでなければならないため、特定のポリマーおよび複合材料がこの方法に適しています。この手法はフィラメントを基盤としており、多孔質構造の作製に非常に適しています。ただし、張り出した層のような複雑な幾何配置を製作することは困難です。
図2非細胞性足場作製用の3Dプリンティング法
細胞封入用ソフトマテリアルの作製
非細胞性足場は細胞の成長を機械的に支持して構造的に誘導しますが、細胞や生体分子を足場に付着させるためには、作製後に細胞播種や生体分子の充填が必要です。これは繊細な作業であり、足場内部における細胞・生体分子の付着および空間分布を制御することはできません。しかし、細胞や生体分子を印刷する材料内に直接封入すれば、充填は容易になります。設計したバイオミメティクス的なパターンに従って異なる種類の細胞や成長因子を組み合わせることで、非常に複雑な組織構造体を作製できます2。このような組織構造体には多くの用途があり、薬物送達試験用小型生体組織モデルの実現に向けて大きく前進できる可能性があります。ただし、これら用途に対する要求は厳しく、そのニーズに応じるためには、無菌条件、非毒性の材料、温和な作製方法、比較的短い処理時間が必要になるため、材料とプリンティング方法の選択に影響を及ぼします。
材料
細胞の封入には、細胞が生存するための栄養素と酸素を環境から受け取って老廃物を除去できるように、水分を多く含んだ多孔性の十分高いプリンティング材料が必要になります。細胞が拡散、移動、増殖して、細胞同士が相互作用できるように、材料は柔軟で生分解性があることが必要です17。細胞の封入に最も一般的に使用されている材料はハイドロゲルで、天然と合成のどちらの材料も使用できます。ゼラチンやコラーゲンなどの天然のハイドロゲルは動物やヒトの組織から抽出され、細胞に対して固有の分子相互作用を示します。ポリエチレングリコール(PEG)などの合成ハイドロゲルは、物理的特性を柔軟に調節できるためバイオプリンティングで広く使用されています。ゲル化の原理に応じて、ハイドロゲルを物理ゲルと化学ゲルの2種類に分類することができます15。物理ゲルの場合は温度、pH値、その他の物理的性質を変化させることでハイドロゲルが形成されるのに対して、化学ゲルは共有結合の架橋によって形成されます。物理ゲルでは物理的性質を元の状態に戻すとハイドロゲルも液体に戻りますが、化学ゲルの場合は共有結合によって非水溶性ネットワークが形成されるため、ゲル化は不可逆です。化学的な架橋は相互に反応性を持つ2種類の化学物質を混合することで形成されます。光架橋の場合、感光性ポリマーと光開始剤の溶液を可視光または紫外光で露光することで架橋が形成されます16。
作製方法
インクジェット方式のバイオプリンティング法は、細胞を含む液滴をサーマルアクチュエータまたは音響アクチュエータを使用してステージ上に連続的に射出し、細胞を含有した3D構造体を作製するために広く使用されています。プリントヘッドの性質から、3D構造体はドットで作られた層から構成されます。インクジェット方式のバイオプリンターは、印刷速度が高速で、生物学的構成要素との適合性があり、低コストであるため、バイオプリンティング用途で一般的に使用されています。この印刷法を選択する際は、プリントヘッドの詰まりを避けるため、プリンティング材料の粘度に注意が必要です。
またSLA法は、未架橋のプレポリマー材料に細胞を添加し、細胞を含んだ構造体を作製するためにも使用されます。DLPを使用する場合、細胞がUVや温度変化に対して敏感なため、光源には可視光が適しています。SLA法では高解像度が得られるものの、細胞生存性の点で最適条件を見つけるには、印刷の品質と全作業時間のバランスを考慮する必要があります。SLA法では、プリンティング材料で槽を満たす必要があるため(図3)、他のバイオプリンティング法よりも大量の材料が必要になり、高価な材料を使用する場合は大きな欠点となります。
ハイドロゲル構造体をプリントする別の方法に押出法があります。この方法では、細胞を含む生体材料でチャンバーを満たし、空気圧またはピストン駆動による押出しで材料をプリントヘッドから射出します。細胞を含有した構造体を1層ずつ作製するために、プリントヘッドをロボット制御して指定した経路上を移動させます。物理的に形成されたハイドロゲルの場合、材料の束を押し出し、pH、温度、その他の物理的条件を変化させてステージ上でゲル化させます。この方法では光架橋材料も使用できます。プレポリマー溶液を1層押し出した後、露光し、架橋を形成します。印刷速度および押出量は精密な制御が可能ですが、材料に大きなせん断力が生じて細胞生存性に影響を与える場合があるため、せん断力の発生を避けるように注意する必要があります。
レーザーアシストバイオプリンティングは、細胞を含む材料を供給源プレートから堆積用ステージへ転写するためにレーザーを用いる技術です。そのために、供給源プレートはレーザー吸収層と生体材料層の2重層から構成されます(図3)。レーザーパルスをレーザー吸収層に焦点を合わせることで、加熱された領域で気泡が生成し、生体材料の小滴が射出されてステージ上に堆積します。ノズルの代わりにレーザーを用いることで、高粘性材料を非常に正確に堆積させることが可能です。ただし、レーザーにより発生した熱は細胞生存性には良い影響を与えず、また、直立した形状の作製にほぼ限定されます。
図3細胞封入用ソフトマテリアルの作製に用いられる3Dプリンティング法
現在の課題および展望
本レビューでは、主要な2つの方法に基づいたバイオプリンティングについて、現時点での最先端技術を簡単に概説しました。最初の方法では、細胞機能および組織再生を促進するための、高解像度で再現性の高い埋め込み可能なテンプレートとして、非細胞性足場を使用します。第2の方法では、細胞を材料に直接封入し、印刷時に構造体内部に組み込みます。この方法で使用する材料は含水率が高いため、剛性の点ではソフトマテリアルとみなされます。また、最初の方法では高い剛性の材料を特に説明しましたが、「細胞封入用ソフトマテリアルの作製」のセクションで説明した方法で、ソフト材料を用いた非細胞性足場を作ることも可能です。
非常に有望な結果がすでに得られている一方で、バイオプリンティングはまだ初期段階にあり、この研究分野を前進させるために取り組まなければならない幾つかの課題が残されています。例えば、前述したように、組織や器官に必要な多機能性を有するソフトおよびリジッドな構成要素を一体化するには、その機械的、物理的、化学的、生物学的性質や機能が本質的に不均一であることから、現在の3Dバイオプリンティング法で実現させることは困難です。この目標に向けたステップとして、我々の研究室では、単一プラットフォームの下、制御可能かつ自動化された方式のFDM法、SLA法、押出法を用いて、細胞を含むソフトマテリアルとリジッドなフレーム材料を連続して高速に一体化できる3Dハイブリッドバイオプリンター(Hybprinter)を開発しています18。それぞれのプロセスの利点を取り入れることで、無細胞性足場と細胞を含むハイドロゲルの両方から構成される構造体を作製することが可能になり、非常に複雑なマルチマテリアル構造体の実現に向けて一歩前進しています。
生体組織工学においてバイオプリンティングは有望ですが、印刷プロセスの改善が必要です。無細胞性足場の大規模化を容易にし、細胞を含む構造体における細胞生存性を向上させるためには、印刷の高速化を検討する必要があります。さらに、特に異なる要素からなる複合組織や血管網を有する組織を作製するためには、高解像度が要求されます。生体組織工学において血管網の構築は重要な要素であり、間違いなく最大の課題でもあります19。これらの組織は非常に複雑な血管網から構成され、数ミリメートルの血管から数マイクロメートルの毛細血管まであります。このようなネットワークの再現は非常に大きな挑戦であり、現在までに取り組まれている主な手法は、多孔性足場内に血管組織が自発的に展開出来るような十分な空間を与える方法です。2光子吸収を利用した光重合などの3Dプリンティング法20では、マイクロメートル~ミリメートルの大きさの部品の作製が可能になるので、血管網を有する組織構造体を作製するためのバイオプリンティング法として期待されています。
また、生物学的特性に優れ、バイオプリンティングに適した新規材料の開発にも注力すべきです。さらに、既存の生体材料を用いた構築を改善してECMの複雑性の模倣を向上するため、現在の技術または将来の技術を使用するか、または両者を組み合わせる研究も重点的に行う必要があります。細胞を含有する組織構造体に利用可能な、バイオプリンティングに特化した材料は現在限られていますが、画像化能力の向上や、組織の複雑性および発生生物学に関する基礎的理解が深まることで、新材料やバイオプリンティング技術の発展につながるでしょう。今の段階では、治癒および失われた機能の回復のために、化学または物理的構造に関して、バイオプリンティングによって作製した構造体が生体を模倣した複雑性をどの程度必要とするのかは依然としてわかっていません。
積層造形法の応用が拡大する中で、バイオプリンティングは高齢化、臓器移植、がん治療、個別化医療および精密医療などの世界的な医療問題に影響を及ぼす可能性があるため、最も有望かつチャレンジングな作製方法の1つであることは明らかです。将来的にバイオプリンティングは、医薬品製造業向けの小型の疾患および毒性モデルと、臨床治療向けの実物大の移植用組織/臓器の、双方の供給源になる可能性を秘めています。
Acknowledgments
We would like to acknowledge the financial support of the following agencies: NIH R01AR057837 (NIAMS), NIH R01DE021468 (NIDCR), DOD W911NF-14-1-0545 (DURIP), DOD W81XWH-10-1-0966 (PRORP), and Stanford Coulter Translational Seed Grant.
参考文献
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