ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)
ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)は、タンパク質やその他の高分子をその電気泳動の移動度によって分離するための基本的な技術です。ポリアクリルアミドゲルは、アクリルアミド単量体とビスアクリルアミド架橋分子の重合によって形成されます。同時に、アクリルアミドとビスアクリルアミドはタンパク質が通過できる孔を形成します。
ポリアクリルアミドゲルは、2つの部分(スタッキング部分と分離部分)からなります。ゲルのスタッキング部分はアクリルアミド含有率が低く、分離ゲルに入る前のサンプルをシングルバンドに濃縮する役割があります。分離ゲルはアクリルアミド含有率が高く、サイズによりタンパク質を分離します。アクリルアミド濃度と孔のサイズは比例関係にあり、アクリルアミドの濃度が高いほどゲル内の孔は小さくなります。小さい孔は、低分子量タンパク質の分離に適しています。
ポリアクリルアミドゲルの化学的性質
PAGEは、ゲルバッファーイオンとランニングバッファーイオンが異なる不連続緩衝液系を使用します。これら2種類のイオンの電気泳動移動度の違いにより電圧勾配が形成され、タンパク質がゲル中を移動します。Tris‐グリシンゲル系は最も一般的に使用されているPAGEシステムで、Tris-HClからなるゲルとトリス塩基とグリシンからなるランニングバッファーで構成されています。Tris‐グリシンゲルは、高塩基性環境で泳動するため、脱アミノ化やアルキル化などの好ましくないタンパク質修飾を招くおそれがあります。その結果、タンパク質のバンドがゆがんだり、ゲルの分離能が低下したりする可能性があります。
一方でBis-Trisゲルは、ゲルバッファーにBis-TrisとHClを使用し、ランニングバッファーにMOPSまたはMESを使用します。Bis-Trisゲルは中性pHで泳動するため、タンパク質修飾が最小限に抑えられ、ゲル泳動中のタンパク質の安定性が促進されます。これにより、タンパク質バンドの分離と精度が向上します。またBis-Trisゲルは、時間の経過とともに加水分解が生じるTris-グリシンゲルよりも保存期間が長くなります。Bis-Trisゲルは、MOPSまたはMESのいずれかをベースとするランニングバッファーを選択できる柔軟性があります。これら2種類のイオンの移動度の違いから、異なるタンパク質分画範囲が得られます。MESは目的のタンパク質が小さい(50 kDa未満)場合に、またMOPSは中~大サイズのタンパク質の分離に適しています。
タンパク質サンプルの調製に使用するサンプルバッファーの種類も重要です。Tris‐グリシンゲルの場合は、通常Laemmliバッファーを使用し、負に帯電したSDSイオン中でタンパク質を変性しコーティングします。さらに変性しやすくするために、サンプルを100℃で加熱します。Laemmliバッファーを100℃まで加熱するとpHは強酸性になり、この高温と酸性の組み合わせがタンパク質中の特にAsp‐Proペプチド結合を切断することが示されています(Rittenhouse and Marcus, 1984)。その結果、電気泳動中に明らかなタンパク質分解産物が生じます。一方でBis-Trisゲルは、サンプル調製時にアルカリ性pHを維持するLDSサンプルバッファーを使用するため、タンパク質を完全に変性するために70℃以上に加熱する必要がありません。これによりAsp-Proペプチド結合の切断が最小限に抑えられ、タンパク質の本来の状態が保たれます。
Tris‐グリシン | Bis-Tris | |
---|---|---|
泳動時のpH | 9.5(アルカリ性) | 7.0(中性) |
サンプルバッファーのpH | 5.2 | 8.5 |
イオンフロント | Tris (+) Glycine (-) | Tris (+) MOPS (-) MES (-) |
タンパク質分離範囲 | 6~400 kDa | 6~400 kDa |
分離中のタンパク質安定性 | 脱アミノ化やアルキル化が生じる可能性がある | +++ |
Asp-Proペプチド結合への影響 | SDSサンプルバッファーで長時間加熱すると切断が生じる | LDSサンプルバッファーは低温加熱条件のため、Asp-Pro結合が維持される |
泳動時間 | 普通 | 短い |
有効期間 | 限定的 | 4週間以上 |

図1.Tris-Glycineゲル(左)とBis-Trisゲル(右)の比較。Tris-GlycineゲルとBis-Trisゲルを12%アクリルアミドでハンドキャストしてから、オーバーナイトで重合させた。これらのゲルに、同一のE. coli溶解物(レーン3~6)、mPAGE®未染色タンパク質スタンダード(レーン2・7)、およびmPAGE®カラータンパク質スタンダード(レーン1)をローディングした。ゲルを、Tris‐グリシンまたはMOPSのランニングバッファーで泳動し、ReadyBlue®タンパク質ゲル染色剤で1時間染色した後に脱イオン水で1時間脱染した。
ハンドキャストポリアクリルアミドゲル
プレキャストポリアクリルアミドゲルは、特殊な目的、たとえば種々のサイズのタンパク質をグラジエントゲルで分析する際に購入したりしますが、多くの研究者はゲルを自作するほうを選択します。ハンドキャストポリアクリルアミドゲルは、プレキャストゲルより安価ですが、試薬の調製やキャスティング装置の準備が面倒で時間がかかります。またゲルバッファー調製にばらつきがあると、ゲルの性能と品質が安定しないおそれもあります。
mPAGE® TurboMix™ Bis-Trisゲルキャスティングキット
mPAGE® TurboMix™ Bis-Trisゲルキャスティングキットは、プレミックスバッファーとアクリルアミド溶液を用意することで、ハンドキャストゲルにありがちなゲル品質のばらつきや作製に要する時間を削減します。キットには、分離ゲルを作製するための20%アクリルアミド分離溶液が含まれています。分離溶液は脱イオン水で希釈して、8%~15%の範囲のアクリルアミド濃度にすることができます。またキットには、アクリルアミドゲルのスタッキング部分を作製するための4%アクリルアミドスタッキング溶液も含まれています。これらの溶液は、分離ゲル注入からスタッキングゲル注入までの間の重合待ち時間が不要なクイックキャスト法が可能な組成になっています。以下に、デモ動画と簡易プロトコルを示します。
デモ動画:mPAGE® TurboMix™ Bis-Trisキットによるポリアクリルアミドゲルの作製
mPAGE® TurboMix クイックキャストプロトコル
- mPAGE® TurboMix™ 分離溶液、脱イオン水、10%硫酸アンモニウム(APS)およびTEMEDを清潔なガラスビーカーまたはプラスチック遠沈管内で混合し、必要なアクリルアミド濃度の分離ゲルを調製します。複数のゲルを一度にキャストする場合は、表2~4の容量をゲルの枚数分掛けます。注記:10% APSとTEMEDは、キャストする直前に添加してください。
(厚さ1 mmのミニゲル用) | |||||
分離ゲル | スタッキングゲル | ||||
---|---|---|---|---|---|
ゲル濃度 | 8% | 10% | 12% | 15% | 4% |
mPAGE® TurboMix 分離溶液 | 2.4 mL | 3.0 mL | 3.6 mL | 4.5 mL | n/a |
mPAGE® TurboMix スタッキング溶液 | n/a | n/a | n/a | n/a | 2 mL |
脱イオン水 | 3.6 mL | 3.0 mL | 2.4 mL | 1.5 mL | n/a |
10% APS | 30 μL | 30 μL | 30 μL | 30 μL | 20 μL |
TEMED | 3 μL | 3 μL | 3 μL | 3 μL | 2 μL |
(厚さ0.75 mmのミニゲル用) | |||||
分離ゲル | スタッキングゲル | ||||
---|---|---|---|---|---|
ゲル濃度 | 8% | 10% | 12% | 15% | 4% |
mPAGE® TurboMix 分離溶液 | 1.8 mL | 2.25 mL | 2.7 mL | 3.38 mL | n/a |
mPAGE® TurboMix スタッキング溶液 | n/a | n/a | n/a | n/a | 1.5 mL |
脱イオン水 | 2.7 mL | 2.25 mL | 1.8 mL | 1.12 mL | n/a |
10% APS | 22.5 μL | 22.5 μL | 22.5 μL | 22.5 μL | 15 μL |
TEMED | 2.25 μL | 2.25 μL | 2.25 μL | 2.25 μL | 1.5 μL |
(厚さ1.5 mmのミニゲル用) | |||||
分離ゲル | スタッキングゲル | ||||
---|---|---|---|---|---|
ゲル濃度 | 8% | 10% | 12% | 15% | 4% |
mPAGE® TurboMix 分離溶液 | 3.6 mL | 4.5 mL | 5.4 mL | 6.75 mL | n/a |
mPAGE® TurboMix スタッキング溶液 | n/a | n/a | n/a | n/a | 3.0 mL |
脱イオン水 | 5.4 mL | 4.5 mL | 3.6 mL | 2.25 mL | n/a |
10% APS | 45 μL | 45 μL | 45 μL | 45 μL | 30 μL |
TEMED | 4.5 μL | 4.5 μL | 4.5 μL | 4.5 μL | 2 μL |
- mPAGE® TurboMix™ スタッキング溶液を清潔なガラスビーカーまたはプラスチック遠沈管に移し、必要量のTEMEDと10% APSを添加してスタッキングゲルを調製します。注記:10% APSとTEMEDは、キャストする直前に添加してください。
- 気泡がゲル混合液に混入しないように、試薬を穏やかに混合します。
- 血清用ピペットを用いて、各カセットの必要な高さまで分離溶液で満たします。
- ピペットをカセットの中央に配置してスタッキングゲルをゆっくり添加し、ショートプレートの最上部まで満たします。ゲルを添加した場所がへこむことがありますが、しばらくすると水平になります。
- コームの歯の下に気泡が取り込まれないように素早く慎重にコームを挿入します。
- 重合のためにゲルを1時間静置します。
- ゲルはすぐに使用できますが、脱イオン水に浸したペーパータオルで包んで密閉容器に入れれば4℃で4週間保存できます。
サンプルの調製とゲルの泳動
Bis-Trisゲルには、SDSサンプルバッファーよりも強アルカリのLDSサンプルローディングバッファーが必要です。サンプルは、DTTまたはβ-メルカプトエタノールを使用して還元できますが、お客様のアプリケーションによっては非還元状態でも使用できます。表5に従ってサンプルを調製してください。
還元 | 非還元 | |
---|---|---|
サンプル | 6.5 - X μL | 7.5 - X μL |
脱イオン水 | X μL | X μL |
4X LDSバッファー | 2.5 μL | 2.5 μL |
1 M DTT | 1 μL | N/A |
総容量 | 10 μL | 10 μL |
- サンプルを70℃(沸騰させない)で10分間加熱します。
- サンプルとタンパク質スタンダードをウェルにローディングします。
- 空のウェルには同量の1Xローディングバッファーを添加します。
- ダイフロントまたはタンパク質スタンダードがゲルの下端に達するまで、200 Vで泳動します。ゲル濃度により30~60分程度かかります。
MOPSおよびMESランニングバッファーを用いるmPAGE® TurboMix Bis-Trisゲル
mPAGE® TurboMix Bis-Trisゲルは、MOPSまたはMESランニングバッファーのみで使用できるようデザインされています。どのランニングバッファーを使用するかによって、得られる分離パターンは大きく異なります。MOPSバッファーは、高~中分子量のタンパク質の分離に適しています。一方、MESバッファーは、低分子量のタンパク質の分離に適しています。移動チャート(図2)を参照し、目的の分離範囲に適したゲルランニングバッファー系を決定してください。

図 2.MOPSランニングバッファーまたはMES SDSランニングバッファーを用いた場合の8%、10%、12%、15%のmPAGE® TurboMix Bis-Trisゲルの移動チャート。
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