ジケトピロロピロール(DPP)を含む共役低分子化合物を用いた光電子デバイス
Jianhua Liu, Thuc-Quyen Nguyen
Center for Polymers and Organic Solids Department of Chemistry & Biochemistry, University of California, Santa Barbara, California 93106, United States
Material Matters 2012, Vol.7 No.1
はじめに
集光や電荷輸送の構成要素に有機材料を利用した発光ダイオード(LED:light-emitting diode)、太陽電池、発光型電界効果トランジスタのような光電子デバイスは、近年、産学ともに大きな関心の的となっています1,2。このように広く関心がもたれているのは、低コスト、軽量、溶液処理が可能、フレキシブル基板との親和性など、無機材料にはない有機材料特有の利点によるためです。なかでも、共役ポリマーはこれら応用に最も広く研究されてきた有機材料です3,4。共役ポリマー5もしくは低分子/フラーレン誘導体混合物を用いた有機太陽電池では、最高10%という電力変換効率(PCE:power conversion efficiency)が得られています。さらに、共役ポリマーを電荷輸送層に使った電界効果トランジスタ(FET:field effect transistor)では最高2.0~3.0 cm2 V-1 s-1のキャリア移動度を示し、無機材料の中でも性能の低いアモルファスシリコンなどの材料と同等の値が得られるようになりました6,7。また、共役低分子化合物は、最もよく研究されてきたこうした材料の中でもペンタセンやその可溶性誘導体とともに、FETに利用され成功しています8。最近、可溶性共役低分子/フラーレン誘導体混合物からなる太陽電池で6.7%というPCEが達成され9、共役ポリマーを用いた有機太陽電池の性能に近づきつつあります。共役ポリマーと比較して、低分子化合物には構造が明確に定義されている点や、合成や官能基化が容易、バッチごとの変化がない、標準的な精製法が利用できる、などの利点があります10。さらに低分子化合物の結晶構造はX線による構造解析で容易に求めることができるので、新規材料設計に欠くことのできない構造と特性の関係を調べる上で有力な手段となります11,12。
図1mono-DPPとbis-DPP低分子化合物の一般的な分子構造(上)と、その4種類の化合物例(下)。異なるビルディングブロックをもつmono-DPP(化合物1~3)とbis-DPP(化合物4)を示しました。DとAはビルディングブロックがもつと考えられる電子ドナー(D)、電子アクセプター(A)の特性を表しています。
光電子デバイス用共役低分子化合物の合成で効果的な方法は、太陽光スペクトルの可視光領域の大半を吸収できる発光団を使って始める方法です。その発色団の1つにジケトピロロピロール(DPP:diketopyrrolopyrrole)があり、化学的に安定で合成、修飾が容易であるため、優れたビルディングブロック化合物です。図1は、われわれの実験室で合成したDPP含有低分子化合物の一般的な分子構造です。これらの化合物は、DPPユニットが1つしかないmono-DPPとDPPユニットを2つもつbis-DPPという2つのグループに分類されます。DPPのラクタム構造は電子不足であるため、チエニルやフェニル誘導体といった電子供与性官能基を連結基およびエンドキャッピング基としてDPPに組み込むことで、光学バンドギャップや最高被占分子軌道(HOMO)準位、最低空分子軌道(LUMO)準位などの特性をさらに調整します。アルキル鎖を共役骨格上に導入することで一般的な有機溶媒に対して溶解しやすくし、結晶性と特定の充填構造を変化させます。また、bis-DPP化合物の中央にある官能基(中央基)は、より材料特性を変化させる際の構造的な足がかりとなります。さらに、異なる側鎖を中央基、連結基、エンドキャッピング基と組み合わせることで、得られる材料の光電子特性を高い感度で調整することができるようになります。こうして、光電子デバイスの最適性能に必要な材料特性の調整が可能となり、多くのDPP含有誘導体がわれわれをはじめとするさまざまなグループによって合成されています13-19。有機太陽電池用(化合物1~3)とFET用(化合物4)のDPP含有共役低分子化合物の代表例を図1に示しました。
合成
スキーム1DPP含有共役低分子化合物のダイバージェント合成法。A)Potassium t-butoxide, 2-methyl-2-butanol, reflux 5 h; B)K2CO3, DMF reflux 12 h; C)CHCl3, RT, 12 h; D)Pd2(dba)3, K3PO4, THF/H2O, 70℃ 12 h.
図1のDPP含有低分子化合物は、スキーム1に示したダイバージェント法により合成されます。mono-DPP(化合物1~3)の合成には、DPP-連結基の生成、N-アルキル化、結合基の臭素化、エンドキャップ基のカップリングなど、いくつかの反応段階があります。結合基がチエニル基の場合には、チエニルニトリルとコハク酸ジエステルの1回の反応だけでDPP-チオフェンが合成できます。生成したDPP-チオフェン前駆体は構造内に水素結合を持つため、有機溶媒に不溶です。このDPP-チオフェン前駆体を臭化アルキルでN-アルキル化することにより可溶化することで、これ以降の修飾が可能になります。続いてN-bromosuccinimide(NBS)で臭素化すると、最終的なエンドキャップ基のカップリングに必要な反応部位をもつチエニル基となります。最後にパラジウムを触媒とするSuzukiまたはStilleカップリング法により合成が完了します。結合基がフェニル基の場合、ブロモベンゾニトリルを出発物質として用いることで、上記の臭素化の段階を省略できます。bis-DPPには通常、反復SuzukiまたはStilleカップリングによるダイバージェント法が使われます。化合物4を例にとると、活性ベンゾチアジアゾール(BT:benzothiadiazole)前駆体(benzothiadiazole-bis(boronic acid piancolester))をmono-臭化DPP-チオフェンとSuzukiカップリングにより反応させて中間化合物を合成します。次に、得られたこの中間体をNBSで臭素化し、続いてSuzukiカップリングによってエンドキャップ基と反応させることで化合物4を合成します。注意しなければならないのは、最終生成物の純度が最適なデバイス性能に大きく影響する点です。われわれの経験では、少量の不純物の存在でもデバイス性能に悪影響を与えます。したがって、高性能光電子デバイス用の共役低分子化合物の合成には、分子設計と共に適切な精製方法が必須となります。
有機バルクヘテロ接合型太陽電池
太陽電池で利用可能な材料は、その光吸収特性が地上の太陽光スペクトルと広い範囲で重なり合っていなくてはなりません。図2Aは化合物1~3のみからなる薄膜の各吸収スペクトルを示したものです。その吸収端はそれぞれ670 nm、704 nm、775 nmです。化合物2では骨格の共役長が他よりも長いため、化合物1よりも吸収端の値が大きくなります。チエニル結合基をフェニル結合基で置換すると(化合物3)、吸収端は青色側に約105 nmシフトします。化合物3の単結晶構造から、隣接するDPPとフェニル基の間でねじれた配座が確認されており、このねじれた配座によって分子の有効共役長が短くなるために、光吸収が青色側へ大きくシフトすると考えられます。
図2A)規格化したUV-Vis吸収スペクトル、B)化合物1~3のHOMO/LUMOエネルギー準位、C)D-A分子中のドナー・アクセプター部分の分子軌道混成を単純化した図
光吸収特性の他にも、太陽電池の性能にはHOMO準位、LUMO準位が重要な役割を果たします。図2Bは3つの化合物のHOMO、LUMOエネルギーを示しています。HOMO準位は紫外光電子分光法(UPS:ultraviolet photoelectron spectroscopy)により、LUMO準位はLUMO = HOMO + Eg(Egは薄膜のUV-Vis吸収スペクトルから推定した光学的エネルギーバンドギャップ)の関係を使って計算により求めました。化合物2のHOMO準位が最も高く(-5.0 eV)、他の2つはほぼ同じ値(-5.2 eV)です。LUMO準位はHOMO準位とは異なり、化合物3が最も高く(-3.3 eV)、他はほぼ同じ準位(-3.4 eV)です。HOMO、LUMO準位における違いは図2Cに示すように、簡単な分子軌道混成モデルを使って説明することができます。ここで取り上げたDPP含有化合物はドナー(D)–アクセプター(A)、あるいはプッシュプル構造をもち、DPPがアクセプター部分、チオフェンがドナー部分です。ドナーとアクセプター間での分子軌道混成によって、D-A分子のエネルギーバンドギャップは減少します。さらに、D-A分子のHOMO、LUMO準位はそれぞれドナー部分のHOMOとアクセプター部分のLUMOによって決まります。したがって、化合物2ではドナー部分の影響が大きい(チオフェン環がより多い)ために、そのHOMOはより高くなります。化合物1と2は同じアクセプター構造のため、LUMOの値が等しくなります。化合物3ではDPPとフェニル基間のねじれた配座のためにD-A軌道混成が減少し、化合物2に比べるとHOMOはより深く、LUMOはより高くなります。
図3A)有機太陽電池デバイスの概略図。B)化合物1~3をドナー、PC71BMをアクセプターに用いて作製した最適化太陽電池デバイスの一般的なJ-V曲線。(ドナー/アクセプターの質量比は60:40)13-15,20
図3Aに示すように、化合物1~3をドナー材料とする太陽電池を、ITO/Poly(3,4-ethylenedioxythiophene)-poly(styrenesulfonate)(PEDOT:PSS)/DPP含有化合物:[6,6]-phenylC71-butyric acid methyl ester(PC71BM)/Alという、標準的なデバイス構造で作製しました。1Sun照射下(AM1.5/100 mWcm-2)での典型的な電流密度ー電圧(J-V)曲線を図3Bに示しました。また、関連するデバイス性能パラメータを表1に挙げました。化合物1/PC71BM混合物から作られた太陽電池デバイスは開放電圧(Voc)と短絡電流密度(Jsc)が高いために、4.8%という最大電力変換効率(PCE)を示します15,20。光の強度が低い場合、PCEは5.2%に達しました21。われわれが2009年に報告したDPP材料のPCE値は、一部の共役ポリマー太陽電池と比べると低かったものの、バルクヘテロ接合型太陽電池の代替ドナー材料として、この溶液処理可能な低分子化合物は大きな注目を集めました。2年も経たないうちにPCEが6.7%の新材料がBazanとHeeger(UCSB)により報告され9、2011年秋にボストンで開かれたMRSで三菱化学により報告された10%のPCEを示すデバイスは、塗布型の低分子化合物をベースにしたものです。
バルクへテロ接合型太陽電池の場合、Vocは通常ドナー材料のHOMO準位(HOMOdonor)とアクセプター材料のLUMO準位(LUMOacceptor)によって決まり、次の経験式、Voc ≅ (1/e) × (|HOMOdonor| - |LUMOacceptor|) - 0.3で表されます22。したがって、HOMO準位が近い化合物1と3では、同様のVocを示し、化合物2のHOMO準位は高いため、Vocが低くなります。Jscについては、電荷再結合や捕捉率が同等であると仮定した場合、理論的にはバンドギャップがより小さい(吸収端がより大きい)ドナー材料でJscはより高くなります。そのため、化合物1のJscが化合物3に比べて高い値を示すと考えられます。化合物2のJscが期待されたほど高くなかった原因は、膜の形状と品質に問題があったのではないかという仮説を立てています。図4はこれら最適化太陽電池デバイス活性層のAFM高さイメージです。化合物1/PC71BMと化合物3/PC71BMの各混合膜はサイズ分布のよい棒状の結晶質ドメインからなるよく似た形態を示しますが、化合物2/PC71BM混合膜ではドメインが不均質で境界も不明瞭であり、良好な形態ではありません。図4に示した薄膜の二乗平均粗さ(RRMS)からも、化合物2/PC71BM混合膜(RRMSが最も高い)が薄膜の品質に問題があることがわかります。膜の形態と品質が劣る化合物2/PC71BM混合膜では、太陽電池駆動中にさまざまな再結合やトラップ過程の速度が増加するために、Jscが低下すると考えられます。
図4最適化した太陽電池における各混合膜のタッピングモードAFMによる高さイメージ。(A)化合物1/PC71BM、(B)化合物2/PC71BM、(C)化合物3/PC71BM。スキャンのサイズは2 μm × 2 μm。
最適化したデバイスの曲線因子(FF:fill factor)は0.44~0.49の範囲にあり、溶液処理型共役低分子化合物から作製した太陽電池の一般的な値で、ポリマー太陽電池(>0.6)よりも小さい値です。全体的に見れば現在のmono-DPPから作られる太陽電池は、共役ポリマーから作られる他の最適化デバイスに比べるとFF、Jscは低いのですが5、たとえば、PEDOT:PSS層の替わりに金属酸化物を用いることで、溶液処理型低分子太陽電池の曲線因子を向上させることが可能です9。また、DPP含有共役低分子太陽電池のPCEを向上させる効果的な方法と考えられるのは、共役分子のサイズを大きくすることです。これは図1に示したようなbis-DPP化合物を用いることで解決され、共役ポリマーに広く使われているdithieno[3,2-b;2′3′-d]silole(SDT)、benzo[1,2-b:4,5-b′]dithiophene(BDT)、benzothiadiazole(BT)などの共役ビルディングブロックを、bis-DPPに導入することで得られます。このように、ビルディングブロックの追加的導入が可能なため、mono-DPP化合物に比べてbis-DPP化合物はさまざまな構造をとることができます。われわれの研究室では現在、有機太陽電池のドナー材料としてbis-DPP化合物に関する系統的研究を行っており、今後報告する予定です。
電界効果トランジスタ
共役低分子化合物はFETの電荷輸送層として利用することもできます。その化学構造やエネルギー準位を変えることで、共役低分子の電荷輸送特性をp型あるいはn型に調整することが可能です。われわれが研究してきたDPP含有化合物では、その大半がp型輸送特性をもっています23。しかし、電子不足型の官能基の導入によってn型、あるいはアンバイポーラ特性(両極性)が得られました。図5Aはbis-DPP化合物(化合物4)の化学構造を示したもので、これは2つのDPP-T3C6ビルディングブロックをもつBTユニットを中央基としています。BTユニットは電子不足のため、化合物4のエネルギー準位はより低く、アンバイポーラ特性があります24。ボトムゲート-トップコンタクト型のデバイス構造(図5B)を用いて、化合物4のアンバイポーラ特性を測定しました。図3C、3Dは、異なるアニール温度における一般的な輸送特性と対応するキャリア移動度を示したものです。金電極を用いて、最高で10-3 cm2 V-1 s-1のバランスの取れたキャリア移動度が得られました。バリウムなどの仕事関数の低い電極を用いると、電子、正孔の移動度はさらに向上し、最高で10-2 cm2 V-1 s-1に達します。
図5A)アンバイポーラ特性を示す化合物4の化学構造。B)FETデバイス構造の概略図。C)Auトップコンタクトを用いて化合物4から作られたアニール温度の異なるFETの飽和輸送特性D)アニール温度の関数として表したキャリア移動度測定値24。
結論
ポリマーと同様に、共役低分子化合物も将来的に安価で軽量な光電子デバイスの開発可能性を持っています。本稿では、有機太陽電池や電界効果トランジスタ向けのDPP発色団を含んだ共役低分子化合物について、われわれの研究室で合成されたいくつかの例を簡単にご紹介しました。共役低分子化合物は、熱特性、溶解性、分子充填、光吸収、HOMO、LUMOエネルギー準位、膜形態、電荷輸送などの材料特性を比較的精密に制御することができます。このように物性を制御できるのは、中央の発色団、結合基、ヘテロ原子、エンドキャップ基、側鎖をはじめとする多くのビルディングブロックを合理的な方法で組み合わせて合成することができるためです。ビルディングブロックを用いた手法とその簡便な合成手段をあわせて利用することで、これら材料に光電子デバイスへの応用に関する大きな可能性が開かれることでしょう。
謝辞
ONR、NSFによる助成、および本研究に係わるすべての研究員に対して深く感謝します。
参考文献
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