グラフェン系複合材料および再生可能エネルギー分野における応用
はじめに
グラフェンは、密にハニカム状配列した炭素原子の単層からなる特有な2次元(2D)構造体で、多様で魅力的な特性を示すため大きな関心を集めています1。単層グラフェンが初めて単離された2004年以降2、ますます多くの機械的、物理的、化学的なグラフェン製造方法が開発されています。これらの多種多様な方法の中で今日最も安価なのは化学的な製造方法で、大量生産に多く使用されるようになっています。現在、グラフェンの化学的製造方法の原料として、以下の3つの主要な炭素供給源が使用されています:(1)グラファイト酸化物(GO:graphite oxide)の化学還元3,4;(2)ふるいにかけたグラファイト粉末(SGP:sieved graphite powder)5–8;(3)膨張グラファイト(EG:expanded graphite)9–12。化学的に還元したGO(rGO)には、酸素に富む官能基が相当数含まれ、表面を修飾するのに適しています。ただし、グラフェン格子に不可逆な欠陥が多数存在しています13–16。rGOと比較すると、EGおよびSGPから剥離したグラフェンシートは、結晶学的欠陥の密度が低いため、高い電気伝導率を示します17。
グラフェンは単位質量あたりの比表面積が大きく(2,600 m2/g)18、電荷-キャリア移動度(2×105cm2/V s) 19、引張強度(130 GPa)20、熱伝導率((4.84 ~ 5.30)×103 W/m K)21も優れています。そのため、様々な金属および金属酸化物のナノ結晶(NC:nanocrystal)を成長、固定し、高性能ナノ複合材料を形成するための最適な支持材料と考えられています。これらのグラフェン系複合材料の作製には、グラフェンシートを低価格で大量に製造するだけでなく、グラフェン表面に金属/金属酸化物NCを堆積させ、かつ均一に分散させることが必要です。本稿では、以下の異なる3種類のグラフェン系複合材料の製造、構造、および性能について紹介します:(1)遷移金属(Fe、Mn、Co)酸化物NCで修飾したグラフェン;(2)貴金属(Pt)およびPt系合金で修飾したグラフェン;(3)TiO2NCで修飾したグラフェン。これらのグラフェン系複合材料の再生可能エネルギー分野への応用(エネルギー貯蔵、変換、生成)についても解説します。
エネルギー貯蔵デバイスに向けたグラフェンと遷移金属(Fe、Mn、Co)酸化物の複合化
エネルギーの貯蔵と放出を行う電気化学的デバイスとして大きな期待が寄せられているのがスーパーキャパシタです。スーパーキャパシタは電力密度が高く、急速な充放電が可能で、サイクル寿命と信頼性に優れ、内部放電が極めて少ないという特長を有しています。遷移金属酸化物NCは静電容量の理論値が大きく、豊富に存在し、環境に優しい性質を持つため、過去数十年にわたり、酸化還元による擬似キャパシタ用の電極材料として、MnOx22-24、RuO225,26、Fe3O427,28などのNCに関する研究が数多く行われてきました。しかし、これらのNCは電気抵抗が大きく、電気化学的な可逆性に優れていないため、実際の用途でのエネルギー貯蔵容量に限界があります。最近、活性炭、カーボンナノチューブ、グラフェンなどの炭素材料が、電気二重層キャパシタ(EDLC:electrochemical double-layer capacitor)材料として大きな可能性を持つことが示されています29-32。グラフェンは比表面積が大きく電気伝導率が高いため、遷移金属酸化物NCの分散用支持材料としてのみならず、高速電子移動のための直接的な伝導経路とすることもできます。導電性グラフェンと遷移金属酸化物NCの複合材料がデバイス性能に相乗効果を与える可能性から、関心が高まっています。遷移金属酸化物NCがグラフェン上で十分に分散することで、グラフェンシートが重なり合うのを効果的に抑制し、電荷貯蔵に利用可能な表面積の増加につながります。導電性支持材料として高品質剥離グラフェンを使用すると、堆積しているNCに高効率の電子移動経路を提供するだけでなく、二重層容量に寄与して全体のエネルギー貯蔵を増加させるため、スーパーキャパシタのエネルギー貯蔵容量を向上できる大きな可能性があります。ここ数十年にわたって、遷移金属酸化物NCをGO上で複合化する様々な手法が開発されてきました33-40。Yanらは、ソルボサーマル法により還元GOをFe3O4NCで修飾する方法を開発し、複合材料の静電容量が還元GOとFe 3O4NCの単体と比較してはるかに大きくなることを明らかにしました36。Wangらは、単純な化学的方法でGO/MnO 2のナノ複合材料を水-イソプロピルアルコール系で作製し、この複合材料がスーパーキャパシタの電極材料として使用できることを示しています38。Qinらは、in situの陽極電着法により還元GO/MnO2複合材料の電極を作製しました40。
これらの複合材料は、スーパーキャパシタ用の電極材料として期待できることが示されていますが、3つの方法のすべてでGOまたはrGOが前駆体として使用されており、GOとrGOの構造には不可逆な格子欠陥が高密度で存在することが知られています。スーパーキャパシタの材料として期待されるこれらの複合材料のもう1つの欠点は、堆積させるナノ粒子(NP:nanoparticle)のサイズと担持密度を精密に制御できない点にあります。さらに、これらの合成方法には複数の複雑な合成工程が含まれ、界面活性剤を加える必要もあります。これに対して、Qianらは、遷移金属酸化物NCの作製とグラフェン表面への堆積を一段階で行う合成法を開発しました41。この単純なソルボサーマル法では、マグネタイト(Fe3O4)NCを堆積した高品質グラフェン系複合材料を容易に作製できます。前駆体として鉄(III)アセチルアセトナートと膨張グラファイトを使用し、安全で無害な反応媒体としてエタノールを使用しました。これらナノ相複合材料の調製に界面活性剤は使用されていません。実験結果から、この簡便で環境に優しい化学的方法が、Mn3O4やCoOなどの他の金属酸化物NCの複合化にも適用できることが示されています。図1に示すように、TEM解析の結果は、反応時間を変えることで、Fe3O4およびMn3O4の粒子サイズと担持密度を容易に調節できることを示しています。
図1ソルボサーマル反応により調製したグラフェン/Fe3O4複合材料のTEM解析。180℃で反応時間が(A)4時間、(B)8時間、(C)16時間、(D)(C)の四角で囲まれた領域のHRTEM画像。(E)対応するSAEDパターン、(F)堆積したFe3O4 NCの典型的なEDSパターン。
さらに、スーパーキャパシタの負極材料としてのグラフェン/Mn3O4(803723)、グラフェン/Fe3O4(803715)およびグラフェン/CoO複合材料の電気化学的性能を調べた結果、元のグラフェンおよび純粋なNCと比較して、これら複合材料の静電容量が増加していること、および長期的なサイクル安定性を維持しながら高い電流密度を有することが明らかになりました(図2)。
エネルギー変換デバイスに向けたグラフェンと貴金属および貴金属系合金の複合化
直接メタノール形燃料電池(DMFC:direct methanol fuel cell)には性能面での優れた利点があるため、従来の自動車用および発電用燃料、特に移動および携帯型用途における代替燃料として関心を集めるようになっています42-44。現在、燃料電池用触媒の炭素担体として最も広く使用されているのが、電気伝導率と大表面積のバランスに優れたXC-72カーボンブラックです。しかし、市販の白金担持炭素(Pt/C)を使用した燃料電池には重大な欠点も多く、酸素還元反応(ORR:oxygen reduction reaction)の速度が遅い、高価な白金の使用、メタノールが負極側から正極側へプロトン交換膜を透過してクロスオーバーを起こす、一酸化炭素(CO)による被毒で活性が低下する、ハロゲン化物イオンの存在により触媒活性が急速に失われるなどの点に加えて、触媒粒子の凝集および変形といった問題を抱えています45,46。これらの理由で、この種の燃料電池はかなり短寿命です。Fe、Ni、Co、Cr、Pd、Ru、Biなどの比較的安価な遷移金属を用いたPt系合金を作製すると、Ptのd軌道の電子空孔密度が増加し、かつORRに適したPt-Pt原子間距離に変化するため、Pt単体を使用した場合よりもORRに対する電極触媒活性が向上することが示されています47-49。Ptの触媒活性を最大化し、高価なPt材料の消費を最小限に抑えるためには、超微細サイズのPt NCを調製する必要があります。NCのサイズが小さいと、アクセス可能な表面積と端や角の原子数が増えるため、触媒活性が大幅に向上することは明らかです。サイズの小さいNCの凝集を防ぐために、既存の合成方法では界面活性剤50および配位子51を使用してNCを安定化しています。しかし、生成物に界面活性剤が含まれていると電極触媒としての性能が著しく低下します。したがって、DMFCの発展には、最適な支持材料を選択し、界面活性剤や安定剤を使用せずにPt NCおよびPt-M合金を均一に分散させて複合化する方法の開発が急務です。
図2(A)グラフェン/Fe3O4、グラフェン/Mn3O4、グラフェン/CoO複合材料のサイクリックボルタンメトリー(CV:cyclic voltammetry)曲線;掃引速度10 mV/s、0.5 M 塩化ナトリウム水溶液中。(B)グラフェン単体および純粋なMn3O4 NPのCV曲線;掃引速度10 mV/s、0.5 M 塩化ナトリウム水溶液中。(C)グラフェン/Mn3O4複合材料の定電流充放電曲線;電流密度2 A/g、0.5 M 塩化ナトリウム水溶液中。(D)導電性カーボンブラックを使用せずにバインダーのPVDFの比率を変えたグラフェン/Mn3O4複合材料のCV曲線;掃引速度10 mV/s、0.5 M 塩化ナトリウム水溶液中。(E)0.5 M 塩化ナトリウム水溶液中のグラフェン/Mn3O4複合材料の定電流充放電曲線;電流密度1 mA/cm2、5 mA/cm2、20 mA/cm2。(F)10 wt% PVDFを使用したグラフェン/Mn3O4複合材料の長時間サイクル特性。
グラフェン材料の登場により、Pt52-55、Pd56,57、PtPd58、PtRu59などの貴金属NCおよび貴金属系合金NCを成長、固定する支持材として、黒鉛化2D平面構造を高性能電極触媒デバイスに利用しようとする新たな動きが生まれました。Jalanらは、より小さい遷移金属原子を加えることで、Pt-Ptの原子間距離が縮むため、電極触媒活性が向上するという説を提案しました60。Rossらは、遷移金属の添加によりPt表面が粗化されることでORRの向上が説明できる可能性があるという見解を示しました61,62。Mukerjeeらは、これについて、Ptのd軌道の空孔密度が増加し、かつPt-Ptの平均原子間距離がORRに有利な距離になるという説明を与えました63,64。これらの方法のほとんどが、H2PtCl6およびGOを前駆体として選択しているため、触媒活性が急速に失われます。Qianらは、数層の剥離グラフェンシートをPtナノ結晶(Pt/グラフェン)ならびにPt系合金(PtPd/グラフェンおよびPtCo/グラフェン)と複合化する、単純、安価で環境に優しい手法を開発しました65。TEM画像から、得られたPtNC(図3)と合金(図4)各粒子がグラフェン表面に均一に分布していることと、反応時間により担持密度を容易に制御できることがわかります。最も重要な点は、この反応全体で界面活性剤もハロゲン化物イオンも全く使用されていないということです。
図3ソルボサーマル反応により調製したPt/グラフェン複合材料(803693)のTEM解析。115℃で反応時間が(A)6時間、(B)12時間、(C)18時間、(D)Pt/グラフェン複合材料のHRTEM顕微鏡写真、(E)対応するSAEDパターン、(F)堆積したPt NCのEDXスペクトル。
図4115℃、6時間のソルボサーマル反応により調製したPt系合金/グラフェン複合材料のTEM解析。(A~C)PtPd/グラフェン複合材料(803758)、(D~F)PtCo/グラフェン複合材料(803766)。(A)PtPd合金NCを堆積させたグラフェンシートのTEM画像と、対応するSAEDパターン(挿入図)。(B)PtPd/グラフェン複合材料のHRTEM顕微鏡写真。(C)堆積したPtPd合金NCのEDXスペクトル。(D)PtCo合金NCを担持したグラフェンシートのTEM画像と、対応するSAEDパターン(挿入図)。(E)PtCo/グラフェン複合材料のHRTEM顕微鏡写真。(F)堆積したPtCo合金NCのEDXスペクトル。
市販のPt/C触媒と比較して、高品質グラフェン担体に担持されたPt、PtPd、PtCo NC複合材料は電極触媒として優れた電子輸送特性を示し、メタノール酸化効率、CO被毒に対する耐性、長期的安定性が向上しました(図5)。
エネルギー生成デバイスのためのグラフェンとTiO2の複合化
水素は究極のクリーン燃料として知られており、クリーンエネルギーおよび再生可能エネルギーシステムにおいて、太陽光を利用した水素の製造は重要な役割を果たします66,67。太陽光から水素への変換方法の中で最も簡便な方法が、光触媒による直接水分解法です68。ワイドバンドギャップ半導体材料のアナターゼ型TiO2は、特有の光学的および電子的特性を利用した光触媒としての使用が広く知られています。UV照射下で価電子帯から伝導帯に電子が励起され、電子-正孔対が生成します。グラフェンを使用する目的は、図6に示すように、電子-正孔対を分離し、正孔をTiO2に残してラジカルを生成することで光触媒活性を得ることです。TiO2で光生成した電子-正孔対は、10-9秒程度の超短時間で再結合しますが、TiO2と吸着した汚染物質との化学的相互作用は10-8~10-3秒の時間スケールで起きます69,70。さらに、TiO2の光触媒活性は、形態71,72および粒子サイズ73に強く依存します。TiO2粒子のサイズを小さくすると、通常、電子-正孔対の再結合速度がバルク結晶中で低下して、光触媒活性が向上することが実験で示されています。粒子サイズがおよそ15 nm未満になると、表面における再結合速度が主な相互作用となり、それ以上粒子サイズを小さくすると光触媒活性が減少します74。TiO2/グラフェン複合材料の電荷分離能力を利用することで、この表面における再結合効果を軽減し、15 nmという限界を超えて粒子サイズを小さくすることで光触媒活性をさらに向上できるのではないかと考えられています。グラフェン/TiO2複合材料が特に関心を集めているのはこのためで、単独のTiO2触媒と比較して光触媒性能および光起電力性能が大幅に向上することが示されています75,76。
図5(A)市販のPt/C(黒)、Pt/グラフェン(赤)、PtPd/グラフェン(803758)(青)、PtCo/グラフェン(803766)(緑)のサイクリックボルタモグラム。N2飽和0.5 M HClO4電解液、掃引速度50 mV/s。(B)市販のPt/C(黒)、Pt/グラフェン(赤)、PtPd/グラフェン(青)、PtCo/グラフェン(緑)のサイクリックボルタモグラム。0.5 M CH3OH/0.5M HClO4電解液、掃引速度50 mV/s。(C)0.65 V(vs Ag/AgCl)で記録した電極触媒のクロノアンペロメトリー曲線。0.5 M CH3OH/0.5 M HClO4電解液、3,000秒。
図6TiO2 NCにおける光励起電子-正孔対の分離の概略図。
これまで、水質浄化および水素エネルギー生成におけるTiO2NC光触媒の応用の可能性について、長年研究が行われてきました77-79。理論的予測と実験結果の双方で、アナターゼ型TiO2の(001)面が、熱力学的に安定な他の結晶面よりも遥かに反応性に富むことが示されています80-83。Luらによる(001)面を高い比率で含むマイクロメートルサイズのアナターゼ型結晶の合成に関する先駆的な研究80に続き、切頭(truncated)双四角錐や正方形シートなど、(001)面が露出している比率が異なるアナターゼ型結晶の精密合成に大きな関心が集まっています82-85。形状を制御したTiO2NCをグラフェンシート表面で複合化することで、NCの分散性が高くなるだけでなく、特有の電子移動度により光触媒活性も向上する可能性があります。Zhangらは、水熱反応により化学的に結合したTiO2 (P25)-グラフェン複合光触媒材料を初めて調製しました86。それ以来、GO/TiO2複合材料の合成による光触媒の高効率化の試みが多数行われてきましたが87-89、前駆体に剥離結晶グラフェンを使用したものはありませんでした。最近、Qianらは、高導電性グラフェンとナノキューブ状TiO2NCの複合化に成功しています 90。図7A~Bに示すように、この複合材料は、アナターゼ型TiO2の(101)面に対応する0.35 nmの格子間隔を明確に示しています。アナターゼ型TiO2が格子定数 a = b = 0.377 nmおよび c = 0.950 nmの正方晶構造を取ることを考慮すると、結晶構造の正方形の表面を(001)面に帰属できます。
図7180℃の低温で調製したn型ドープTiO2/グラフェンのTEM解析。反応時間が(A)7時間、(B)14時間、(C)21時間、(D)堆積したn型ドープTiO2 NCのHRTEM画像、(E)対応するSAEDパターン、(F)堆積したn型ドープTiO2 NCの典型的なEDXパターン。
結論
より高性能のクリーンエネルギーデバイスの開発に向けて、高品質グラフェンと様々な金属および金属酸化物NCを組み合わせた新規グラフェン系複合材料の作製が、非常に有望なアプローチであることが明らかになっています。これらの新しいグラフェン系金属および金属酸化物は、クリーンエネルギー分野において、エネルギー貯蔵(スーパーキャパシタ)、エネルギー変換(燃料電池)、エネルギー生成(水分解による水素生成)の3つのカテゴリーで貢献することが予想されています。技術的問題と性能の問題が完全に解消されれば、これらナノ複合材料を工業規模で製造し、世界経済および地球環境の大きな問題の解決に寄与できる可能性があります。
参考文献
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