米国エネルギー省における高性能リチウムイオン電池用材料の研究
David Howell1, Tien Duong1, John B. Deppe2, Irwin Weinstock3
1U.S. Department of Energy, Vehicle Technologies Program, 2Deppe Consulting, 3Sentech, Inc.
Material Matters 2008, 3.4, 100
はじめに
燃料コストの上昇と温室効果ガス排出に対する懸念から、バッテリーパックを搭載して内燃機関(internal combustion engine:ICE)の性能を補完するハイブリッド自動車(hybrid electric vehicles:HEV)の売上増加に拍車がかかっています。次世代のハイブリッド電気自動車であるプラグイン式ハイブリッド電気自動車(plug-in hybrid electric vehicles:PHEV)は、標準の電気コンセントからバッテリーに再充電する機能を備えています。PHEVの重要な点は、貯蔵した電気エネルギーを使用して、都市での運転ニーズである10~40マイル(16~64 km)を事実上ガソリンを使用せずに自動車を走らせることを目標とするため、従来の内燃機関による石油消費を削減できることです。ただし、今日の動力補助式ハイブリッド自動車は、このような先進的な自動車の要件を満たすのに十分な容量のバッテリーを備えていません。米国エネルギー省は、米国先進バッテリーコンソーシアム(the U.S. Advanced Battery Consortium:USABC、米国の3大自動車メーカーが参加して、燃料電池、ハイブリッド、および電気自動車用の電気化学的エネルギー貯蔵技術を開発するために結成されたパートナーシップ)と協力して、数年間にわたってリチウム二次電池技術を開発してきました。この取り組みの結果、自動車用バッテリーの性能、寿命、および事故防止・誤用対策に関して大きな改善が得られています。
開発目標とアプローチ
エネルギー省は、電池メーカーからUSABCへ提案があった場合や、さまざまな開発プログラムの進捗を評価する場合に用いる電池性能要件を設定するために、エネルギー省の国立研究所において自動車に関するさまざまな解析と電池の研究を行ってきました1。これらの解析から、PHEVのバッテリーに要求される条件は、さまざまな運転サイクルでの自動車の性能、ハイブリッド構成、運用方針、および電力のみでの運転での走行能力すなわちバッテリーで運転できる総距離数などの自動車プラットフォームによって決まることを示しました。電力のみでの走行距離が10マイル(16 km)および40マイル(64 km)の自動車(PHEV 10およびPHEV 40)に対する電池の性能要件を表1にまとめて示します。
エネルギー省における自動車関連の電池研究は、エネルギー省自動車技術プログラム(the DOE´s Vehicle Technologies Program:VT)のElectrochemical Energy Strageチームによって管理されています。この包括的な研究開発への取り組みは、次の3つの主な活動から成り立っています。(1)電池技術開発:電池メーカーと費用を分担して、先進的な自動車用の高性能リチウム電池技術を開発および評価しているUSABCと共同で実施します。(2)電池応用研究:エネルギー省の6つの国立研究所がそれぞれの専門知識を持ち寄って、寿命、事故防止・誤用対策、低温性能、およびコストという電池の重要な課題を解決します。(3)長期的電池研究:国立研究所、大学、および電池材料メーカーが実施して、システムが故障する原因についての理解を深め、システムの故障を予測してシステムの最適化を可能にするモデルを作成し、新しい有望材料を探求します。
材料関連研究の主な目標は、エネルギー密度を高めたセル材料を開発することです。そのような新材料は、セル数、活物質、支持材料、セル用および電池用ハードウェアが少ない、軽量、小型、そして当然ながら低コストの電池を実現します。図1は、今日のリチウムイオン電池から、次世代のPHEV向けエネルギー貯蔵プログラムでの開発予定物質を用いた電池に至るまでの計画目標を示しています。これらの活動について以下のセクションで説明します。
図1エネルギー密度の計画目標
材料研究
背景
リチウム金属は、軽量、高電圧、単位重量あたりの電気化学容量の高さ、および優れた導電性を備えているために、魅力的な電池材料です。リチウムを負極として使用した高エネルギー一次電池(再充電不可)の開発は1960年代に始まり、1970年代に軍事用途に初めて使用されました。今日、この電池は、電卓、時計、カメラ、メモリーバックアップ回路などのさまざまな用途に使用されています。
リチウム金属負極を使用した充電式電池の開発は、1980年代初頭に始まりました。多くの充電式電池用化学物質が開発されましたが、寿命と安全性の問題の解決が困難だったために、いずれも商業的には成功しませんでした。この問題は、リチウムが電解質と反応しやすいこと、および再充電したときにコケ状の、また場合によっては樹枝状のリチウム金属が析出しやすい傾向があることに起因しています。この樹枝状結晶がセパレーターに侵入して内部短絡を起こすことでセルの故障を引き起こします。
この問題は、1990年代初頭にリチウムイオン電池が発表されたことによって回避されました。リチウムイオン電池は、図2に示すように金属リチウムを含まない代わりに負極(アノード)と正極(カソード)の間をリチウムイオンが移動することを利用します。セルに充電するとリチウムイオンが負極の原子層間の格子間に挿入(インターカレート)され、放電中はリチウムが負極から引き出されて正極に挿入されます2。リチウムイオンは、非プロトン性有機溶媒に溶解したリチウム塩からなる電解質の中で電極間を輸送されます。エネルギー省のプログラムで広く使用されている代表的な電解質は、炭酸エチレン(EC)と炭酸エチルメチル(EMC)の混合物に溶解したLiPF6で構成されています。通常、Celgard® 2500(25 μmのポリプロピレン膜)などのマイクロ多孔質ポリオレフィン膜であるセパレーター層を電極間に配置して、イオン電流が流れるようにしながら電気的短絡を防いでいます。
図2リチウムイオン電池反応の模式図
負極
負極中でリチウムのホストとして最もよく使用される材料は、通常、集電体である銅の上に塗布される黒鉛系炭素です。ソフトカーボンやハードカーボンなど、その他の炭素も使用されましたが、可逆容量とサイクル寿命の最良のバランスが得られるのは黒鉛系炭素です。完全充電すると、どの炭素材料もリチウムの可逆電位の50 mV以内に近づきます。
エネルギー省は、グラファイトの代替品としてLi-Si、Li-Sn、Li-Sb系を含むリチウム合金やCuSn、Cu6Sn6、CoCu5Sn5などの金属間化合物からなる電極を検討しています。これらの材料で、金属リチウムの電気化学ポテンシャルをわずか数百mVしか超えない電気化学ポテンシャルと、少なくとも400 mAh/g(>1500 mAh/ml)の容量を得ることができます3。ただし、リチウムと金属および/または金属間化合物との合金は、充電中(合金化)および放電中(脱合金化)に激しく体積が膨張/収縮します。これら金属間化合物をリチウムイオン電池の電極に使用すると、この大きな体積変化によって機械的な粒状化、粒子間の電子的接触の喪失、およびサイクル特性不良が生じます。この問題を軽減するアプローチには、ナノサイズ粒子の使用および/またはマトリックス相内に合金金属粒子を含めることで、体積変化を緩和する方法があります。このようなアプローチによって、いくらかの電池性能改善が見られます。
チタン酸リチウムなどの金属酸化物は、これまで正極材料として検討されていましたが、最近では負極材料として注目を集めています。エネルギー省プログラムではLi4Ti5O12スピネル4の電気化学的および熱的特性が研究されてきましたが、今ではLiTiO2に焦点が当てられています。これらの材料は、一般に可逆容量が大きく(最大600 mAh/g)リチウムの拡散速度も速いのですが、リチウムに対する電位は1.0~1.5V程度です。そのため、同じ正極と電解質を持つ炭素質の負極を使用したセルと比べて、セル電圧とエネルギーが低下します。しかし、これらの材料は極めて安定しているため、他のリチウムイオン電池と比べて本質的に信頼性と安全性が高い電池システムが得られる可能性があります。セルのエネルギー密度を向上させ、より効率的な工業プロセスを実現する、安定したナノサイズのチタン酸リチウムが新しく開発されました。
正極
今日市販されている大多数のリチウムイオン電池は、正極材料としてコバルト酸リチウム(LiCoO2)を使用しています。LiCoO2は電気的性能に優れて容易に調製でき、プロセスのばらつきや湿気による影響を比較的受けません。ただし、自動車用途としての長寿命、事故防止・誤用対策、およびコスト目標を満たすのに必要なバランスのよい特性を持ったバッテリーの作製には至っていません。したがって、エネルギー省では、LiCoO2より優れたいくつかのリチウム系金属酸化物正極材料の候補を評価中です。
酸化マンガンは安価で環境を破壊せず、優れた安全特性と本質的に高効率の性能を備えているため、高性能正極の理想的な候補です。現在、電気化学的性能に影響する要因を科学的に深く追求し、Mn系電極の性能向上と組成改善に関する研究開発が進行中です。検討されている1つの方法は、カチオンおよびアニオン置換、たとえばMnをLi、Ni、および/またはCoに、OをFに置換するものです。たとえば、置換スピネルLiMn1.8Li0.1Ni0.1O3.8F0.2には、従来のLiMn2O4正極と比べて電気化学的性能の改善が見られました。もう1つのアプローチとしては、2つのコンポーネントを一体化した構造、たとえば、「層構造-層構造」xLi2M’O3・(1-x)LiMO2や「層構造-スピネル」xLi2M’O3・(1-x)LiM2O4電極(主にM’はMnであり、MはMn、Ni、Co)を持つ高電圧大容量電極の開発が挙げられます。このような複合体構造では、1つの層が電気化学的に活性で、もう1つの層は不活性であるためにコンポーネントが安定します。
エネルギー省は、LiFePO4正極の性能を改善する方法も検討中です。この取り組みは、電気化学的に活性なポリマーを含む複合体正極材料の開発に主眼を置いています。その目的は、バインダーや導電性炭素などの電気化学的に不活性な正極コンポーネントを、セルのエネルギー貯蔵容量増加に寄与する電気活性材料で置き換えることです。たとえば、炭素被覆LiFePO4/ポリマー複合体正極の作製と評価があります。複合体正極には、(1)ポリピロール(PPy、脱イオン水中でp-トルエンスルホン酸ナトリウムドーパント、および酸化剤として(NH4)2S2O8を使用してピロールモノマーから重合したもの)、(2)ポリアニリン(PAn、水中で酸化剤として(NH4)2S2O8を使用してアニリンから合成したもの)、および(3)ポリトリフェニルアミン(PTPA、CHCl3溶液中で酸化剤としてFeCl3を使用してトリフェニルアミンモノマーの重合によって得られたもの)などがあります。これらの複合体正極を作製するために、LiFePO4とポリマーとの直接混合や、前駆体溶液中でのPPyまたはPAnとLiFePO4との同時化学重合など、さまざまな方法が使用されています。
電解質および固体電解質界面相(SEI)
実用的な電解質溶媒のほとんどが、低電圧の負極で熱力学的に安定ではなく、最初の充電中に溶媒の分解生成物の層が炭素質負極電極の表面に自然発生的に形成されます。この固体電解質界面相(Solid Electrolyte Interphase:SEI)層はイオン伝導性を持ち、Li+イオンを通過させながら電解質がさらに分解しないように保護するため、電池性能の安定化に重要な役割を果たします。SEI層の中の主な化学種は、炭酸アルキルリチウム(ROCO2Li)とリチウムアルコキシド(ROLi)であると同定されており、シュウ酸リチウム、Li炭酸エチレン、およびLi二炭酸エチレンを含んでいます。SEI層の特性と、その特性がセルの作製および生成条件によって受ける影響について、さらに研究が進んでいます。
電極と電解質の高速化と安定化を実現するために、Li+輸送の基本特性を理解するための研究も進められています。第一原理量子化学計算を使用して原子間力場を明らかにし、次にこれを分子動力学シミュレーションに使用して、電荷輸送、バルク、および界面抵抗の研究が行われています。とりわけ、予想された電荷移動抵抗は、温度を室温から0℃未満に下げたときに1桁以上大きくなることが実験で観測されました。さらに、抵抗の増加の原因には主にLi+の脱溶媒に関連する平均自由エネルギーが寄与していることも分かりました。
また、既知のあらゆる形態のリチウムの中で理論的に最大のエネルギー密度が得られるのは金属リチウムであるため、金属リチウムをアノードとして使用可能にする電解質を見つけるための研究も続けられています。1つの方法として、セルを短絡する可能性のある樹枝状成長を抑える複合体ポリマー電解質(樹枝状結晶を抑制する硬質の非導電性部分と、導電性の高い部分から構成)の開発です。図3に示すこの概念によって、現在のリチウムイオン電池の2~3倍のエネルギー密度を持つ充電式リチウム電池の実現が期待されます。
図3新規複合体電解質を用いた電池の模式図
まとめ
上述したような材料の研究開発活動は、プラグイン式ハイブリッド電気自動車の商用化に必要な高性能電池を開発するエネルギー省の包括的な取り組みの一部です。この研究の目的は、電池メーカーがセルや電池を開発する際に、さまざまな正極、負極、および電解質材料についての豊富な選択肢を提供することです。エネルギー省がUSABCと協力して資金を提供している現状の電池研究開発活動は4つの事業者によって進められています。そして、本プログラムの目標を達成するための十分な性能と寿命を備えたコスト競争力のある電池を2016年までに商用化するために、PHEV用電池のコストと寿命に関する重要な問題に対処すべく、本稿でご紹介した材料や技術について幅広い研究が行われています。
参考文献
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