3Dプリンティンググラフェンインク:電子的および生物医学的構造およびデバイスの作製
Adam E. Jakus, Ph.D.1,3, Ramille N. Shah, Ph.D.1,2,3
1Materials Science and Engineering, McCormick School of Engineering, Northwestern University, Evanston, IL 60208 USA, 2Comprehensive Transplant Center and Department of Surgery, Feinberg School of Medicine, Northwestern University, Chicago, IL 60611 USA, 3Simpson-Querrey Institute for BioNanotechnology in Medicine, Northwestern University, Chicago, IL 60611 USA
Material Matters, 2016, 11.2
はじめに
2004年に報告されて以降1、炭素の2次元(2D)同素体であるグラフェンは、多種多様な分野で重要な研究対象になっています。これらの研究によりグラフェンの非常に優れた電気的2、機械的3、熱的4、生物学的5,6な特性が明らかにされているだけでなく、他に類を見ない極めて有用な特性を持つ2D材料群の発見にもつながっています7。グラフェンとその特性に関する知識と理解が深まるにつれて、この材料を科学的好奇心の対象から、多様な用途やデバイスに幅広くかつ容易に適用できる材料へ発展させることに対する関心も高まっています。
グラフェンに対する関心の高まりを受けて、グラフェンやその誘導体を大規模生産するための商業的な取り組みが進められています。その結果、現在では未修飾または修飾したグラフェンを、粉体、膜、分散液やその他の多様な形状で入手することができます。さらに最近では、簡単に利用できる2Dおよび3次元(3D)印刷用グラフェンインク8–10(793663、796115など)が新たに開発、市販されたことで、フレキシブルな電子機器およびセンサー9,10、バイオエレクトロニクス、神経、筋肉、骨の組織工学構造体およびデバイス8のような多くの分野で、グラフェンを基盤としたデバイスおよび応用の開発や設計が可能となっています。
2D vs. 3Dグラフェン印刷用インク
平面状デバイス製作向けの2Dインクと、立体的な構造物およびデバイス製作向けの3Dインクを区別することが重要です(図1)8,11,12。3Dプリンティングに対する一般消費者や研究者、エンドユース・パーツ(最終製品に使用する部品)の工業生産に興味を持つ人々の関心は、基礎となる技術やその使用法、制限、要件に関する理解、中でも3Dプリンティング材料に対する理解が不十分なまま、世界中で急速に拡大しています。その結果、確立された2Dプリンティング技術と、より新規な3Dプリンティングの技術および関連材料やその使用法とを、意図せずに誤って混同してしまうということが頻繁に起きています。
2Dグラフェンインクは通常、既存のインクジェット10やグラビア関連9印刷法の機器およびプロセスを利用します。これら2D法では、インクジェットプリント用インクと同様の要件(低粘性など)を持つ2Dインクを使用します(図1)。低いインク粘度が必要であるため、インク中のグラフェン最大含有量は制限されますが、平坦な基材に対して非常に高速で極めて精密な堆積が可能になります。作製された小面積または大面積の2Dグラフェン構造は、機械的な柔軟性、高い電気伝導率、優れた熱的および化学的安定性を堆積後も保持するため9,10、現在および将来の電子工学とエネルギー分野の多様な用途において極めて有用な材料です。
図12Dおよび3Dグラフェンインクの特性、堆積法、印刷後の材料特性の比較。
また、グラフェンは3D材料の作製においてもかなり有望であることが示されています8。例えば、グラフェンを含有する発泡体13、ハイドロゲル14、熱可塑性プラスチック15のような広範な種類の複合材料がすでに使用されています。3Dプリンティンググラフェンインクは、ユーザーが定義した3Dグラフェン構造を短時間で作製するために使用可能な新しい種類のグラフェン材料です8。基板に堆積する際に機械的に自立する必要がない2Dグラフェンインクとは異なり、3Dインクは遥かに多くの幅広い要件を満たす必要があります11。例えば、単層~数千層で構成される立体構造として印刷可能であるだけでなく、優れた材料機能性を保持しなければなりません。我々は、標準的な注射器を使って針またはノズルから材料を手動で押し出すのとほぼ同様に、機械式または空気圧式で駆動する注射器から室温で押し出すことにより印刷する3Dインクを開発しています(図1)。この3Dインクおよび関連する室温での押出しによる3Dプリンティング法は、広く使用されている熱溶解積層法(FDM:fused-deposition modeling、熱可塑性フィラメントを高温で押し出すことによる3Dプリンティング法)とはまったく異なる方法です。
3Dプリンティンググラフェンインク8および関連材料では蒸発による固化を利用するため、ポリマーをクロロホルムやジクロロメタンのように急速に蒸発する溶媒に溶解してインクを製造します。周囲温度かそれに近い温度で押し出されたインクは、溶媒が蒸発してポリマーが溶液から析出するにつれて急速に固化します。これら3Dインクは取扱いが簡便であり、容易かつ非常に高速な印刷が可能なため、極めて優れた機能性材料としての特性を示します。
3Dプリンティンググラフェンインクの特性
3Dプリンティンググラフェンインク8(808156:販売終了となっております。あらかじめご了承ください。)は、グラフェン、エラストマー性ポリマーバインダー、混合溶媒からなるグラフェン分散液で、中程度の粘度(25~35 Pa.s)を持ちます。このインクは室温条件でノズル(直径50~2,000 μm、図2A)からの3Dプリント(または標準的な注射器での使用)が可能で、作製した直後から手を触れることができる3Dグラフェン系構造物を高速で作製できます(乾燥時間不要、図2B)。3Dプリントされた材料は、体積パーセントが60%のグラフェンと40%のエラストマー性ポリマーからなります。3Dプリンティンググラフェンインクは急速に固化するため、使用時以外は開放環境に長期間暴露してはいけません。乾燥したインクは、少量のジクロロメタンを加え、機械的に撹拌または振とうして均質化することで再生できる場合もあります。ただし、この方法で再生したインクは、元のインクと比較してノズル詰まりを起こす傾向にあります。また、3Dインクの溶媒成分には、洗浄前に、ポリスチレンや低密度ポリエチレンをはじめとするジクロロメタンに可溶な材料を暴露してはいけません(洗浄の詳細については以下のセクションを参照)。
3Dプリントしたグラフェン構造体
3Dプリンティンググラフェンインクの利用には注射器型の3Dプリンターは必要ではありませんが、堆積をXYZ空間で精密に制御するためには注射器型が適しています。3Dプリンティングプラットフォームの代わりに、標準的な手動または機械式駆動の注射器を使用して3Dプリンティンググラフェンインクを押し出し、固体構造物を作製することができます。構成要素のグラフェン薄片が細長い形状であり、ノズルからの押出しでせん断力が生じるため、3Dプリントしたグラフェンは、繊維の方向に対して、平行もしくは垂直に積層した個々のグラフェン粒子の長さで定義されるミクロ構造を取ります(図2D)8。多層グラフェン体の作製は、予め定義したパターンと物体の幾何配置になるように材料を連続して堆積することで行われます(図2C)。内部パターンおよび物体全体の幾何配置の定義に関連するソフトウェアは、通常、個々の3Dプリンティングプラットフォームに特有でそれぞれ大きく異なります。
図2(A)各直径のノズルから押し出されたグラフェンインクのラインの写真。通常、3Dプリンティンググラフェンインクが堆積の際に急速に乾燥するため、直径は10%縮小します(100 μmの先端から押し出されたインクは約90 μmの線幅になります)。(B)一連のノズル径を使用して3Dプリンティンググラフェンインクで3D印刷された、数層または多層のグラフェン構造物の写真。(C)3Dプリンティンググラフェンインクから作製された、それぞれ100および150 μmのノズルから押し出して0–90°および0–120–240°で交互に積層したグラフェン構造物のSEM画像。(D)3D印刷された直径100 μmのグラフェン繊維の表面および内部の走査型電子顕微鏡写真(SEM)。文献8より修正して掲載。
多用途性および取扱い
3Dプリントしたグラフェン体は、作製直後から物理的に触れることが可能で、グラフェン含有量が高いにもかかわらず驚くほど堅牢です。残留溶媒は物体を70%エタノールで洗浄することで除去できます8。シート状のような数層で構成される物体は、普通の紙と同じように丸めたり、折ったり、切断したりすることも可能です(図3A)。厚みのある物体でも切断や穿孔(punch)が可能で、3Dプリントした1つの物体からさまざまなサンプルを作製できます(図3B)。最後に、3Dプリンティンググラフェンインクの性質から、個別に3Dプリントしたグラフェン体を融合して、3Dプリントで直接作製可能な物体よりも大型でさらに複雑な物体を作製することもできます(図3C)。これは、結合させる部品の片方または両方の接触面に微量のグラフェンインクを塗布することで行われます。新たに塗布したインクは、3Dプリントしたグラフェン部品内のポリマーマトリックスを局所的に溶解し、急激に蒸発します。この溶解したポリマーは溶液から析出して、結合させる物体の間に機械的かつ電気的に継ぎ目のない界面を作ります8。
図3(A)3Dプリンテッドグラフェンインクで作製したグラフェン構造物は柔軟で、シート状の物体は容易に丸めたり折ったり(直径8 cm)、切断したりすることができます。(B)3Dプリンテッドグラフェン構造体から、より小さなグラフェン体を直接切り出したり、穿孔したりすることも可能です。この写真では、図2に示した25層の正方形グラフェンから押し抜いた円形のグラフェンサンプルを示しています。(C)微量の3Dプリンティンググラフェンインクを接点に塗布することで、個別に3Dプリントした5個のグラフェンパーツを組み合わせて作製された、解剖学的に正確な、縮尺されたヒトの頭蓋骨、下顎骨、および上部脊椎の写真。
機械的、熱的、および電気的特性
3Dプリンティンググラフェンインクを使用して3D印刷したグラフェン体は機械的には可塑性があり(図4A、4B)8、破損するまでに相当なひずみに耐え(>80%)、降伏強さと引張強さは1 MPa未満です。そのため、3Dプリントしたグラフェン体は比較的柔らかく、個々の要件に合わせて3Dプリンティング後に変形したり修正したりすることが可能です。グラフェン自体は高温に対する適合性がありますが4、材料の固体体積の40%を占めるエラストマー性マトリックス(多用途性に優れた機械的特性の要因)は高温に適合しません。このポリマーは150°C以上で分解し、3Dプリントした構造は保たれますが材料は機械的に脆くなります(図4B)8。
高いグラフェン含有量のため、3Dプリンティンググラフェンインクで作製した物体は導電性を有し、電気伝導率はプリントしたそのままの状態でも650 S/mを超え、50℃で約30分間、空気中でアニール処理すると>870 S/mに向上します(図4C)8。この値は、金属や合金以外の、3Dプリントした材料の中では最高の電気伝導率です。インクおよび3Dプリンティング法の性質から、プリントした層の境界が電気的欠陥として振る舞うことがないため、小型と大型の物体の間で導電性が阻害されることはありません。
図4(A)グラフェン含有量が非常に高いにもかかわらず、3Dプリントしたグラフェン体は比較的柔軟で、80%を超える引張ひずみに耐えられます。(B)3Dプリントしたグラフェン体を圧縮すると、それまでに150℃以上に加熱していない場合は可塑的に変形します。(C)3Dプリントしたグラフェン構造体(図2に示した三重螺旋)の電気伝導率を実際に測定した写真。文献8より転載。
生物学的特性
生物活性特性や生体適合性に関する可能性は、3Dプリンティンググラフェンインクで3Dプリントしたグラフェンの最も特筆すべき側面です8。洗浄し残留溶媒を除去することで、3D印刷グラフェンにはグラフェン薄片と生体適合性を示すエラストマー性ポリマーしか含まれません。成体ヒト間葉系幹細胞(hMSC)由来で、標準的な増殖培地のDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s medium)とウシ胎児血清で培養した骨髄(生物化学的、機械的、電気的分化のcueなし)を用いたin vitroの研究では、3Dプリントしたグラフェンが幹細胞の生存性(図5A)と増殖を少なくとも数週間にわたって支援するだけでなく、幹細胞がグリアおよび神経様の細胞に分化を開始することが遺伝子発現と細胞形態の両方から示されています(図5B)8。成体ヒト幹細胞でこのような強い神経形成の挙動が材料のみ(追加の生物学的要因なし)によって誘起されたのは初めてであり、注目に値します。BALB/cマウス皮下モデルを用いた予備的なin vivoの実験では、7日および30日の間に、埋め込まれた3Dプリンテッドグラフェン構造物と天然組織が、強い免疫応答なく急速に一体化し血管が形成されることが明らかになっています(図5C~F)8。ほぼ任意の形状に3Dプリントできる点や機械的操作が可能であること、その電気伝導率および生物活性特性を考慮すると、3Dプリントしたグラフェンは新たな3Dプリンティング生体材料として優れた材料であり11、多くの基礎的および探索的な用途に役立つことが予想されます。
図5(A)上図:最初の細胞播種から21日後の、3Dプリンテッドグラフェン上で生存(緑)および死亡(赤)したヒト間葉系幹細胞の共焦点顕微鏡再構築像の上面図。下図:細胞骨格の伸長(赤)および細胞核(青)を示す共焦点顕微鏡再構築像。(B)3Dプリントしたグラフェンおよび低グラフェン含有量材料の上に細胞播種して、単純なDMEM + FBS培地で7日間および14日間培養した後の、hMSCのグリアおよび神経形成に関係する遺伝子発現。対応する画像は、最初の播種から14日後の3Dプリントしたグラフェン上のhMSC由来の生存/死亡した神経様細胞の共焦点顕微鏡再構築像。文献8より修正して掲載。メスのBALB/cマウス背部の皮下に埋め込んでから(C)7日後および(D)30日後に外植した3Dプリントしたグラフェン足場をHE染色した組織顕微鏡写真。黒は足場を構成する個々の3Dプリントしたグラフェン束の断面で、ピンクは新しい細胞および細胞外組織、紫/青は細胞核です。(E)マウスの皮下に埋め込んでから7日後の3Dプリントしたグラフェン足場および一体化した組織のSEM画像。足場を構成するグラフェン構造物の断面の輪郭を黄色の点線で示しています。(F)3Dプリントしたグラフェン材料および一体化した新しい組織の間の緻密な界面を示す、in vivoに外植して30日目の3DプリントしたグラフェンサンプルのSEM顕微鏡写真。
結論および今後の展望
2Dおよび3Dプリントが可能なグラフェンを基盤とした材料が最近開発されたことを受けて、約10年前のグラフェンの発見から、その性質および基本的な機構に関する広い範囲の基礎的研究、大規模合成、デバイス研究および工学用途にそのまま使用可能なグラフェン材料の開発に至るまで、グラフェンの研究開発は一巡しつつあります。急激な開発と継続的な関心から、グラフェン材料は単なる科学的好奇心の対象から、電子工学、バイオエレクトロニクスおよび生体医学の幅広い分野における開発の土台を形成する必要不可欠なツールへの移行に成功したと言えるでしょう。
Acknowledgments
The authors acknowledge the support and the use of the following facilities: Northwestern University Cell Imaging Facility supported by NCI CCSG P30 CA060553 awarded to the Robert H. Lurie Comprehensive Cancer Center; EPIC facility (NUANCE Center_Northwestern University) supported by NSF DMR-1121262 and EEC-0118025|003; Northwestern University Mouse Histology and Phenotyping Laboratory and Cancer Center supported by NCI CA060553; and the Equipment Core Facilities at the Simpson Querrey Institute for BioNanotechnology at Northwestern University developed by support from The U.S. Army Research Office, the U.S. Army Medical Research and Material Command, and Northwestern University.This research was also supported by Northwestern University’s International Institute for Nanotechnology (NU# SP0030341), Northwestern University’s McCormick Research Catalyst Award and the Office of Naval Research MURI Program (N00014-11-1-0690).
参考文献
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