モンデリーズ、キャンベルスープ、ケロッグ、ネスレ各社は最近、ナチュラルな代替物を推進するために人工成分(フレーバー、着色料など)を段階的に排除していく計画を発表しました。この業界動向は、ナチュラルなほうがより健康で、より地球にやさしいという消費者の認識により生まれました。「All natural(100%ナチュラル)」はアメリカやその他の地域でよく耳にする食品で使用されているフレーズですが、実際はどのような意味なのでしょうか?アメリカにもヨーロッパにも、「ナチュラルフード(自然食品)」を構成するものについての規制上の定義はありません。ただし、アメリカにもヨーロッパにもナチュラルフレーバーに関する規制上の定義があります。このラベル表示に関するあいまいさに対処するため、米国FDAは「ナチュラルフード(自然食品)」が何を意味すべきだと思うかについてパブリックコメントを募集しました。1 これは、人工甘味料(異性化糖など)や遺伝子組み換え凝固剤を使用したチーズ(現代の乳業では非常に一般的)のような多種多様な製品に対する「natural」という宣伝文句に関する消費者団体からの請願への対応の一環として行われたことでした。
当然、世論には大きなばらつきがあり、時には現代の食品サプライチェーンについてもほとんど理解されておらず、特に「natural」と「有機認証」との区別に混乱が生じていました。食物源は人間により家畜化・栽培化されて以来、改変されてきたため、あらゆる食品ラベル表示で「natural」の使用を禁止することを提案するパブリックグループもいくつかありました。このように消費者が「natural」という言葉に対して多大な関心を寄せていることから、大衆の認識が時間とともにどのように変化してきたのかを振り返り、フレーバー業界が消費者の要求を満たすためにどのように進化し続けているのかを概観するのは興味深いことです。
最初のナチュラルフレーバーはスパイスで、スパイス貿易は古代までさかのぼります。スパイスの取り扱いや取り引きから、スパイスの輸送コストを削減し、寿命を延ばし効力を高めるためにエッセンシャルオイルの抽出が行われるようになりました。エッセンシャルオイルの抽出、単離、保管が可能になったことで、飲料や砂糖菓子などのフレーバー製品にナチュラルフレーバーを添加することができるようになりました。初期のフレーバー製品の中には、アルコールを植物とともに熟成させて独特のフレーバーやアロマを抽出して吸収する蒸留酒がありました。
19世紀の有機化学の誕生が、初期の合成フレーバーをもたらしました。これらのフレーバーの多くは当時、性質がわかっておらず、その芳香や味にのみ基づいて選択されていました。例えば、アントラニル酸メチルは10年以上にわたりぶどう味の製品で使用されていましたが、その後、実際にぶどうから検出されました。しかし、食品業界の工業化が進むにしたがって、不十分な食品安全管理の影響が大きくなっていきました。社会的関心の高まりにより、アメリカでは1906年に純正食品・医薬品法(FDAの前身)が可決されました。新進のフレーバー業界が受けた重大な影響は、加工食品に含まれる全成分をラベル表示するという要件で、食品の安全性にのみ注目していた初期の規制からの脱却でした。さらに、この法律では合成フレーバーを「imitation(人造)」とすることが義務付けられており、例えば合成バニリンの場合は「人造バニラ」となりました。規制当局は、初めて合成フレーバーのラベル表示を食品ラベル要件としました。
一部のフレーバー製造業者は当初、評判の悪いサプライヤーや低品質フレーバー成分のサプライヤーに対抗するのに役立つことを期待して、この規制を支持しました。残念ながら、「imitation(人造)」という言葉にはマイナスのイメージが付きまとい、合成フレーバーはナチュラルフレーバーより低純度で劣っているという印象が生まれました。消費者がやがて合成フレーバー使用の製品を喜んで購入するようになり、そういった不安には根拠がないことがわかりました。。合成フレーバーが世間に受け入れられたのは、1つに技術が一般の人々に受け入れられたためでした。古くて汚い産業革命時代の工場は、清潔で安全に近代化されました。規制当局は、製品に関する情報を正しく伝えなかった製造業者を取り締まりました。化学者は、明瞭で鮮やかな新しい着色料やより安定した効能の高い医薬品を開発しました。新たに人工的に作製した製品を「進歩」であるとして宣伝していた他の業界を手本にして、食品業界は合成フレーバーをナチュラルフレーバーより高純度のものとして宣伝し始めました。
工業化が進み、科学で使用できるツールの拡大に伴い、合成フレーバーの数は爆発的に増加しました。ナチュラルフレーバーの同定と単離のための新たな方法は、20世紀初期の有機化学者に後れを取りました。しかし、有機化学者が次々に発見する技術にも負の側面がありました。ここで遂げられた科学的進歩の中には、2回の世界大戦による荒廃の一因となったものもありました。第二次世界大戦ほど現在の社会に大きな影響を与えた近代の出来事はありませんでした。世界大恐慌と第二次世界大戦の直後、荒廃した世界では生存者の食糧として加工食品や保存食品に目が向けられ、原価重視のフレーバーに対するニーズが高まりました。戦後には、急激な経済成長、工業化、そしてさらなる技術進歩も見られました。人々は、宇宙時代の始まりとともに科学を受け入れ、刺激的な新しいフレーバーを使用したハイテク食品はフレーバー業界に急激な成長をもたらしました。
新しい単離技術と分析検出法により、多数のナチュラルフレーバー成分が同定されました。天然原材料の供給が限られていることに伴う問題を回避しながらコストを抑え、フレーバー純度を高めるために、天然に存在する成分と化学的に同一の合成類似化合物(nature identical(ネイチャーアイデンティカル))が開発されました。また、これらのネイチャーアイデンティカルのフレーバーは、何世紀にもわたり消費されている自然の中で認められる物質の複製であるため、本質的に安全であると考えられていました。新しいフレーバーは、生物学的手法、特にバイオ工学発酵における進歩としても市場に参入し、新たなフレーバーの開発を可能にしました。
1960年代から1970年代までには、消費者が合成フレーバーに抵抗するようになり始めました。自然への回帰と大規模工業化プロセスに対する不信感が一般の人々の認識の中に忍び込み始めていました。業界や政界のスキャンダルならびに汚染や環境に対する意識の高まりにより、消費者は自分達が食べるものに含まれる化学物質に疑問を持つようになりました。natural(天然)がよく、artificial(人工)が悪い、という大衆の認識により、食品業界は再びナチュラルフレーバーを検討せざるを得なくなりました。当然、何十年にもわたり開発された合成フレーバーには信じられないほどの多様性と汎用性があり、純度が高く、低コストであったため、合成フレーバーを完全に置き換えることは不可能でした。
現在のインターネット時代、人々はこれまでになく情報を入手しやすくなりました。その結果、ナチュラルフレーバーに対する複雑な感情が生まれました。安全性試験では、製品が合成物由来か天然物由来かに関係なく消費者の健康に対する既知の影響はないことが示されています。人々の認識ではまだnaturalなほうが健康的だと考えられていますが、消費者の間では「natural」が何を意味するのかに関してまだ意見がまとまっていません。現代の生物学や生物化学の施設は高度に専門的で、合成フレーバー製造業者が使用していた施設と同じような製造施設において多数のナチュラルフレーバーが単離され精製されています。アメリカとカナダ、そしてスペインやその他のヨーロッパ南部の国々では、遺伝子組み換え生物(GMO)由来の材料や大規模工業化食品加工に対する違和感はかなり少なくなっています。ヨーロッパ北部やフランスでは特にGMOに対する警戒心が強く、天然物によってできる限り工業プロセスを除外すべきだと考えられています。その結果、国民のニーズに応えるため、アメリカ、EU、中国、および日本ではナチュラルフレーバーに対して若干異なる定義がつけられました(表1)。
naturalなほうがよいという人々の認識はこれから変わっていくのでしょうか?おそらく変わらないでしょう。しかし、規制上の定義は変わっていくかもしれません。フレーバー市場は変化し続ける人々の認識に応じて進化し続けているからです。
図1.フレーバー業界:簡単な歴史の概要(not to scale)
参考文献
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