2015年11月、米国FDAは、食品ラベルにおける「natural(ナチュラル)」という言葉の使用に関するパブリックコメントを募集しました。7,000を超えるコメントがFDAに提出され、この「natural」という言葉に対する多種多様な意見が明らかになりました。FDAには「natural」食品の定義がないことに驚く人もいましたが、これは米国に限った問題ではありません。食品表示を監視する世界の主要規制当局の中で、ナチュラルフレーバーを別として、食品に含まれる「natural ingredient(天然成分)」を定義しているところはありません。米国FDA、欧州食品安全機関(EFSA)、日本厚生労働省、そしてそのほかの地域では、フレーバーを「natural(ナチュラル)」と表示するための明確な要件が設定されています。ナチュラルフレーバーに対する世界中のさまざまな定義は大きく異なり、「natural」というステータスの分析・確認の方法も同じく多様です。以下では、地域ごとの主なナチュラルフレーバーの定義を簡単に説明し、分析的検証法に関する情報についても取り上げます。
米国におけるナチュラルフレーバー
ナチュラルフレーバーは、米国において規制21 CFR 101.22に従って定義されています。 この規制における主要定義は、「ナチュラルフレーバーまたはナチュラルフレーバリングという言葉の意味は…植物材料、肉、…卵、乳製品、またはその発酵産物の生成物であり、食品中におけるその重要な機能はフレーバリング(矯味矯臭)…である」のようになっています。この定義では、多種類の天然原材料と原材料の生産方法の一部が特定されていますが、非常に簡単に要約できます。
ナチュラルフレーバーの定義(米国)
米国規制下では、ナチュラルフレーバーは天然原材料由来で、人工成分を含まないフレーバーです。この規制の意義の範囲内における人工とは、合成または石油化学です。ナチュラルの定義を満たす原材料には、肉、卵、乳製品などあらゆる動物製品が含まれます。また、すべての植物源と発酵製品などのすべての微生物源も含まれています。原材料源は、鉱物由来や石油化学由来でない限り、「natural」と見なされます。
また留意すべきは、合成生物学を用いて操作されたものを含めた遺伝子組換え微生物(GMO)由来の製品1も「natural」と見なされることです。 GMO原材料は、フレーバーの「natural」というステータスに影響を及ぼしません。
フレーバーを「natural」と主張することについて、製造プロセスに対する制限はほとんどありません。例えば、無機触媒による化学変換を介したナチュラルフレーバーの単離は、米国のナチュラルフレーバー要件を満たしています。 例として、フーゼル油から単離されるプロピオンアルデヒドの塩基触媒縮合により製造された2-メチル-2-ペンテン酸(FEMA# 2923)は、「natural」と見なされます。 この場合、原材料(フーゼル油)は、アルコール発酵の副産物であるため天然原材料と見なされます。 この中間体は物理的プロセスの蒸留により単離された後、触媒を介した化学変換を受け、その後、空気中での加熱による酸化、そして最後に蒸留によるさらなる精製が行われます。
図1.「natural」な2-メチル-2-ペンテン酸の合成
米国ナチュラルフレーバーの分析的検証
米国ナチュラルフレーバーの分析的検証は、最も一般的には炭素14(14C)同位体分析で実施されます。14Cは、宇宙線との相互作用により上層大気中に生成されます。 14C(主に二酸化炭素のかたち)の大気濃度は、約1兆分の1(ppt)です。 大気CO2は植物により吸収され、その後、その植物は大気14Cに等しい14C濃度を取り込みます。 この濃度は、食物連鎖に含まれるその他のあらゆる有機体に伝えられ、最終的にはナチュラルフレーバーなどの食物連鎖に由来するあらゆる産物へと伝えられます。 14Cの半減期は5,730年であるため、石油ベースの原材料では14Cが完全に枯渇しているため、14Cの欠如は材料が合成物由来であることを示します。 14C分析はPercent Modern Carbon(pmc)として報告されることが多く、これは14Cがどの程度枯渇しているか、つまり合成原材料がどの程度使用されているのか、を示します。
しかし、14C結果を解析する際にはいくつかの要素に気を付けなければなりません。 大気14Cは、過去数十年間一定ではありません。 地上核実験により、大気中の14C濃度が人工的に上昇し、1963年にはピークを記録していました。 マソイヤという木の樹皮から得られるmassoia lactone(FEMA# 3744)のように、かなり古い天然物に由来する材料は、現在の大気濃度に対して予想外に高い14C濃度を示すことがあります。 樹皮は数十年前のものである可能性もあるため、massoia lactoneは14C濃度が現在よりも高かったときに単離された可能性もあります。 さらに、化石燃料が多用され、大気循環が少ない地域では、局所的な14Cレベルが予想より低くなる可能性もあります。 naturalに関して偽陽性を得るためにフレーバーに14C源を添加することもできますが、この種の偽和(不純物の添加)は非常に難しく、コストがかかります。全体的に見て、14C分析は、フレーバーの生産で天然原材料が使用されたことを認証する最適な手段の1つとなります。
EUにおけるナチュラルフレーバー
ナチュラルフレーバーは、EUにおいて規制(EC)1334/2008に従って定義されています。 この規制では、ナチュラルフレーバーの3つの基準を定義しています:1)「適切な物理的、酵素的、または微生物学的プロセスにより取得された」ものでなければならない、2)「植物、動物、または微生物由来の材料から」のものでなければならない、3)「天然に存在し、自然界でその存在が確認される物質に相当するもの」でなければならない。
2つ目の基準は、事実上、天然由来原材料の米国要件と同じです。 米国と同じく、GMOはナチュラルフレーバーを表示する上で原材料としては認められています。 しかし、米国とは異なり、EUではナチュラルフレーバーは伝統的な調理プロセスによってのみ製造されることが義務付けられています。 この伝統的な調理プロセスとは、加熱/料理、切断、粉砕、または加圧などの物理的プロセス、蒸留や再結晶などの物理的分離、溶媒抽出、酵素的プロセス、および発酵などのプロセスです。 EUでは、ナチュラルフレーバーの製造において合成触媒と無機触媒の使用が除外されています。 一重項酸素、オゾン、UV照射などのその他の化学触媒も同じくナチュラルフレーバーの製造では認められていません。 例として、ナチュラルフレーバーは活性炭に吸着させて精製できますが、この吸着を利用して化学変換を促進してはいけません。 つまり、シリカゲル上でのシトロネラル(FEMA# 2307)のイソプレゴール(FEMA# 2962)への変換はナチュラルフレーバーでは認められていません。 EUでは、化学変換に使用する場合を除き、ナチュラルフレーバーの収率を向上するための天然有機酸や天然有機塩基の使用は認められています。
EUで許可されているナチュラルフレーバー製造プロセスの例は、サトウキビからのメチルシクロペンテノロン(FEMA# 2700)の製造です。 サトウキビは粉砕され、すりつぶされてバガスと呼ばれる繊維状のものになります。 加熱すると、甘い有機化学混合物が単離されます(蒸留)。 次に酵母(サッカロミセタセエ)を使用して発酵産物を生成し、それを蒸留により単離します。この発酵産物にはキャラメルのような甘いコーヒー味のメチルシクロペンテノロンが含まれています。 ここでは、物理学的プロセスと微生物学的プロセスのみが使用されているため、EUでは最終的に得られる物質は「natural」であると見なされます。
図2.天然メチルシクロペンテノロンの合成
自然界における存在の確認
EU規制における原材料と製造プロセスに関する要件に加えて、EUではナチュラルフレーバーは「天然に存在し、自然界で存在が確認される物質に相当」しなければならない、と明記されています。 この要件の後半の「自然界で存在が確認される」という部分は、フレーバリング物質を参考文献と比べることで検証できます。 『Fenaroli’s Handbook of Flavor Ingredients』は、The Good Scents Companyのウェブサイト(thegoodscentscompany.com)と同様、自然発生を調べるのに適したリソースです。 光学異性体または幾何学異性体を持つ可能性がある材料については、すべての異性体が自然界で存在が認められる限り、または単離するとナチュラルプロセスを介して形成されることがわかっている限り、「天然に存在する物質に相当」という部分に、あらゆる比率のすべての異性体が含まれます。 例えば、δ–デカラクトン(FEMA# 2361)はS(-)エナンチオマー(ラズベリーでは96.6% EE)およびR(+)(モモでは94.0% EE)の両方のかたちで自然界に存在します。 いずれのエナンチオマーも天然に存在しているため、SまたはRだけ、またはラセミ混合物を含めたあらゆる組み合わせのフレーバーは「自然界で存在が確認される」という要件を満たします。
フレーバーのアンモニア塩、ナトリウム塩、カリウム塩、およびカルシウム塩ならびに塩化物、炭酸塩、および硫酸塩は、元のフレーバーの存在が自然界で確認される限り、「自然界で存在が確認される」と見なされます。 例えば、ピルビン酸メチルエチル(FEMA# 3870)はアスパラガス、ココア、および一部のチーズに天然に存在します。 3-メチル-2-オキソ吉草酸ナトリウム(FEMA# 3870)は、自然界で存在が確認されていませんが、その他の基準を満たしている限り、「natural」と見なされます。
EUナチュラルフレーバーの分析的検証
EUのナチュラルフレーバーには3つの基準があるため、分析的検証は非常に難しくなります。 14C分析は、原材料源が「natural」であることを検証するのに使用できますが、材料が許容される従来プロセスを用いて製造されたことを確認するのは非常に困難です。 製造プロセスを識別するために複数の方法が使用されていますが、そのすべてに限界があります。
キラル分析
キラル材料の中には1つのエナンチオマーでしか自然界での存在が確認されないものもあるため、キラル分析を用いてその材料が自然界で存在が確認されるという基準を満たしているかどうかを検証できます。 しかし、別のエナンチオマーが自然界で確認された場合には、あらゆるエナンチオマーの組み合わせが許容されます。 酵素的方法では自然界で認められないエナンチオマー比が得られ、材料は特に蒸留や精製などのように加熱されると、時間とともにラセミ体を形成する可能性があるため、材料が「natural」ではないことを宣言するのにラセミ混合物の同定では不十分になります。
フィンガープリント分析
合成法の中には、合成プロセスを示す既知の不純物が得られるものもあります。 例えば、2-メチルブタノール(FEMA# 3998)を2-メチル酪酸 (FEMA# 2695)に変換するのに鉱酸が使用される場合、この反応からは2-ヒドロキシ-2-メチルブチル酸も得られます。 したがって、2-メチル酪酸中の2-ヒドロキシ-2-メチルブチルが存在することは、EUにおいて「natural」と認められないプロセスを示唆します。 フィンガープリント分析は少数のよくわかっている合成プロセスについては良好な方法ですが、既知の反応スキームにのみ限定されています。
部位特異的DNMR
ナチュラルプロセスの中には、特定の分子部位において既知の水素重水素比が得られるものもあります。 しかし、「natural」であることの判定は非常に困難です。 抽出、発酵、または酵素的変換などの許容されるさまざまな天然製造法ならびにさまざまな天然原材料からは、幅広い水素・重水素比が得られます。 したがって、この方法は既知の天然製造法が使用されたことを検証する陽性試験に適していますが、陰性結果は「natural」であることを疑うには決定的ではない可能性があります。
安定同位体比分析(SIRA)
安定同位体比分析は、フレーバー分子の安定同位体比を評価するという点で部位特異的DNMRと似ています。 例えば、大気酸素には既知の安定同位体比があります。 鉱酸を用いるアルコールから酸への酸化では、自然の大気中の同位体比とは異なる酸素同位体比が得られます。 SIRAには、DNMRと同じような短所があります。 許容されるさまざまな製造方法からは異なる同位体比が得られます。 例えば、発酵により酸素同位体比が変化する可能性があります。 DNMRと同じく、SIRAは陽性結果には適していて、既知の天然製造法から得られた安定同位体比を示すことはできますが、陰性結果は決定的ではない可能性があります。
EUにおけるナチュラルフレーバーのまとめ
EUにおけるナチュラルフレーバーの定義は、米国よりも厳格です。 その結果、EUのナチュラルフレーバーは米国の要件を満たしていますが、必ずしも逆も真なりとはなりません。 EUが定義する「natural」には、原材料源だけではなく製造法に関する要件があります。 自然製造法を確認することは非常に難しく、どのような分析法にも短所はあります。 さらに、EUではナチュラルフレーバーと宣言される材料は自然界で存在が確認されることが義務付けられています。 これにより、バニリルアルコール(FEMA# 3737)の発酵から得られるバニリルブチルエーテル(FEMA# 3796)などいくつかのフレーバーが除外されますが、バニリルブチルエーテルは自然に発生することは確認されていません。
その他の世界におけるナチュラルフレーバーの定義
世界中のさまざまな組織がナチュラルフレーバーについて独自の定義を定めている場合があります。。 網羅的なレビューはこのページでは割愛しますが、世界中のさまざまな定義の一部をご紹介します。例えば、インドではナチュラルフレーバーが植物から物理的プロセスのみを用いて得られるフレーバーと定義されています。米国やEUの要件とは異なり、微生物学的プロセスは認められていません。日本では、米国と同様に製造方法が制限されていますが、ナチュラルフレーバーの由来として認められている植物と動物のリストが限られています。そのリストに記載されている微生物由来の物質のみがナチュラルフレーバーとして宣言できます。カナダの基準は米国と似ていますが、人工フレーバーがさらに重視されています。 植物、動物、または微生物源の由来ではない材料は「artificial(人工)」としてラベル表示しなければならないと述べられています。 当然、天然源由来のものは「natural」と宣言できます。オーストラリアとニュージーランドは2002年に規制を改訂して、ナチュラルフレーバーに関する記述を削除したため、今ではナチュラルフレーバーと人工フレーバーとの区別はなくなりました。オーストラリア・ニュージーランド フレーバー・フレグランス協会(Flavor and Fragrance Association of Australia and New Zealand、FFAANZ)は、EU要件に従うことを推奨していますが、これは規制要件ではありません。
「natural」に関しては多種多様な定義があるため、IOFI(国際食品香料工業協会)のガイドラインを利用している地域もあります。規制ではありませんが、IOFIではフレーバーに関する詳細なガイドラインを提供しています。このガイドラインは主にEU規制に基づいています。EUと同様、IOFIも、ナチュラルフレーバーは天然原材料由来で、物理的、酵素的、または微生物学的プロセスから取得され、自然界で存在が確認されるものであるべきだと示しています。
ナチュラルフレーバーに関する世界の定義のまとめ |
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まとめ
ナチュラルフレーバーに関する規制上の定義は、ナチュラルフレーバーが定義されていないオーストラリアから、食品ラベルにおけるナチュラルフレーバー表示条件の一環として原材料、製造方法、自然界で存在が確認されることが規定されているEUまで、地域ごとに大きく異なっています。 EU規制は最も厳密に規定されているものの1つであるため、EUにおけるナチュラルフレーバーは世界中のほとんどの定義に当てはまりますが、すべてではありません。 例えば、日本にはナチュラルフレーバーで認められている原材料の限られたリストがありますが、EUやその他のほとんどの国や地域にはありません。 一般の人たちの認識は異なるかもしれませんが、GMOであることにより原材料が天然源でなくなることはありません。 「natural」の分析的検証は非常に困難です。炭素14分析はフレーバーが天然原材料のみから作られていることを確認するのに適した手段ですが、いくつかの短所もあります。 製造プロセスの分析的検証は非常に難しく、多くの場合、所定の材料に関して特定のナチュラルプロセスが使用されたことを検証する場合にのみ決定的となります。
ナチュラルフレーバーには多種多様な定義があるため、フレーバーが市販される地域を知ることが重要です。 ある物質がその地域におけるナチュラルフレーバーの定義を満たしているかどうかを判断するには、多くの場合、使用される原材料と製造方法を十分に理解することが必要になります。
脚注
1合成生物学は、生物の改変に使用される遺伝子が異なる生物からスプライシングされたものではなく作り出されたものであるという点で従来の遺伝子組換え(GM)法とは異なるGMの一種です。
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