グラフェンナノリボン:その合成と応用
Ayrat M. Dimiev1, James M. Tour2
1EMD Performance Materials Corp., 70 Meister Ave, Somerville, NJ 08876 USA, , 2Departments of Chemistry, Materials Science and NanoEngineering, and Computer Science, and the Smalley Institute for Nanoscale Science and Technology Rice University, MS-222, 6100 Main Street, Houston, Texas 77005 USA
はじめに
グラフェンは、1原子層の厚みの2次元材料であり、ハニカム構造に配置された炭素原子から成ります。グラフェンは非常に興味深い電気的、光学的、機械的な性質を有しており、物理、化学、材料科学分野にわたり多大な学際的興味が寄せられています1–3。新たに発見された特性により、透明導電膜、電子および光電デバイス、アクチュエータ、センサー、複合材料などへの応用の道が開かれています。
グラフェンナノリボン(GNR:graphene nanoribbon)は、細長いグラフェン片です。GNRが持つ擬1次元的な性質は、より広く知られているグラフェンシート(2次元)に比較して有利な点があります。例えば、GNRのアスペクト比が大きいことで導電フィルムやポリマー複合体におけるパーコレーション閾値が非常に低くなり、液晶状態からの紡糸に適しています。
合成法
GNRの構造および物理的性質は、その合成法によって大きく変わります。全てのGNRに対して1つの呼称が使用されていますが、GNRのタイプによって構造は異なるため、専門外の人には混乱を招くかもしれません。今日、GNR作製の主要な手法には、1)リソグラフィーによるグラフェンの切断、2)多環分子からのボトムアップ合成、および3)カーボンナノチューブ(CNT:carbon nanotube)の切開の3種類があります。実際、これらの3つの手法によって作製されたGNRは大きく異なっており、共通点はほとんどありません。
リソグラフィー法
この方法では、基板表面に単層のGNRが作製されます。本手法に関して数多くの論文が発表されています。リソグラフィーによって作製したGNRは、GNRが表面上で平らに並んだ状態での用途に限られています。リソグラフィー法ではGNRを大量に作ることはできません。また、リソグラフィーを用いた手法では横方向分解能に本質的な限界があり、リソグラフィーによって作製されたGNRはエッジが不揃いになります4–6。この手法では高度に精密で非常に細いGNRが作製される一方、制御不能な不揃いのエッジのため、作製した材料の電気的特性の制御が困難です。
ボトムアップ法
GNRのボトムアップ作製では、予め合成されたポリマー鎖からの環化反応をベースとした、多段階の有機合成を行います。この方法では、エッジの原子配列が厳密な極めて細いリボンを合成することができます7–9。最近まで、このタイプのGNRは基板表面上でしか調製できず7,8、大量生産の可能性は限られていました。最近、このようなリボンが数百ミリグラムスケールで合成されましたが9、実際の応用は近い将来には難しいでしょう。ボトムアップ合成されたGNRの非常に精密かつ狭いサイズ分布は将来有益となる可能性がありますが、現在のところ、この微小構造をさらに処理することのできる技術はありません。この技術はまだ完全には開拓されておらず、今後の研究の進展が期待されます。
切開法
3つめのGNR作製法は、多層カーボンナノチューブ(MWCNT:multiwalled carbon nanotube)を長軸方向に開く、すなわち切開するものです10,11。様々な手法が報告されていますが、そのほとんどが溶液処理法です。先の2つの作製法に比べてこの手法が優れているのは、主に、キログラムスケールでの大量生産の可能性を持っている点にあります。コストが大幅に低いという利点もあります。また、最近の多数の報告から考えると、おそらく最初に実用化されるGNRはCNT由来のGNRと思われます。本稿では、カーボンナノチューブの切開によって作製したGNRの様々な性質、およびその現行および新規アプリケーションについて概説します。
カーボンナノチューブの切開によるGNR合成
カリウム(K)蒸気によってカリウムをインターカレーションし、ナトリウムカリウム合金(Na/K)を溶液中で使用することで、カーボンナノチューブを長軸方向に割ってGNRを作製する方法は、Tourらのグループが最初に開発しました10(図1)。
図1GNRの切開および官能基化の概略。(A)MWCNTの壁間へのカリウムのインターカレーション(B)MWCNTの切開プロセスおよび活性カルボアニオン性エッジを持つGNRの生成(C)アルキル基によるGNRのin situ官能基化およびインターカレーション(D)官能基化GNRの脱離(de-intercalation)。文献10から許可を得て転載(Copyright 2012 American Chemical Society)。
図1Aに示すように、MWCNTは、1,2-ジメトキシエタン(DME)溶媒中でナノチューブ壁間にK/Na合金がインターカレートすることによって切り開かれます。この格子膨張により、ナノチューブ壁の長軸方向への切開に十分なストレスが生じます。新たに形成されたエッジの炭素原子は、反応性の高いカルボアニオンに還元され(図1B)、求電子攻撃への反応性が高まります。中間生成物(図1B)をメタノールでクエンチし、水溶液で洗浄するとエッジの金属陽イオンがプロトンで置換されます。これにより、水素終端GNRまたはGNRが生成されます。図2は処理後の完全に切り開かれたMWCNTを示していますが、これらのGNRは、ナノチューブ壁間のファンデルワールス相互作用のため完全に平坦ではありません。クロロスルホン酸中で超音波処理を行うことで、GNRを完全に平板化し一部を剥離できます11。平板化した、10~14層からなる3.5~5 nm厚のGNR積層における電気伝導率は70,000~95,000 S/mです11。この値は他のグラファイト状構造材料で報告されているデータと同等のものです。
アルキル化GNR(alk-GNR)(R=ヘキサデシルの場合はHD-GNR)を調製するには、中間生成物を1-ハロ-アルカンにさらします(図1C)。インターカレートされたナトリウムはハロアルカンに置換され、ハロアルカンは主にエッジ(およびbasal面をある程度)を官能基化し、生成したalk-GNRのインターカラント(intercalant、挿入される物質)となります。長鎖アルキル基を持つalk-GNRは、アルコール、ケトン、エーテル、アルカンなどの有機溶剤に良く分散します(図3)。特に、クロロホルムまたはクロロベンゼン中では安定な分散液となります。
図2SEM画像。(A, B)MWCNT(C, D)完全に切開したMWCNT
図3MWCNTと官能基化GNRの溶解性試験および各分散液の様子。市販されているMWCNTの切開および官能基化を示したSEM画像と、官能基化GNRとMWCNTの溶解性の違いを写真で示したもの。(A, B)2種類の異なるMWCNTと0.1 mg/mLクロロホルム分散液の外観。(C, D)ヘキサデシル化(HD)-GNRと0.1 mg/mLクロロホルム分散液の外観。分散性の高い溶液であることがわかります。文献10から許可を得て転載(Copyright 2012 American Chemical Society)。
ラマン分光分析(図4)は、黒鉛状炭素ナノ構造材料の特性評価に効果的かつ非破壊的な手法です。どのようなタイプの黒鉛状炭素の場合でも、スペクトル中には主に1,680 cm-1付近のGバンドおよび2,700 cm-1付近の2Dバンドのピークが見られます。1,360 cm-1付近のDバンドは、光散乱中心となる欠陥に由来するもので、グラファイト構造の品質を示します。したがって、切開および官能基化の過程におけるDバンドの変化から、合成したGNRに関する有益な情報が得られます。MWCNTのラマンスペクトルには弱いDバンドシグナルのみが含まれ、処理前のMWCNTが高い結晶性を有していることを示唆しています。プロトン化された段階でのGNRにおけるスペクトルでは、Dバンドの強度が大幅に高まります。これは、リボンのエッジに存在する炭素原子が光散乱中心となるためです。アルキル化の後、Dバンドの強度はさらに高まり、欠陥密度が増加していることを示します。これは、GNRのbasal面が共有結合的に官能基化されるためであると我々は考えています。basal面のアルキル化によって、sp2炭素原子がsp3炭素原子に変化し、グラフェン面に欠陥が生じます。alk-GNRのG/2D比は、単層グラフェンの値に相当することから、GNR間にアルキル鎖がインターカレーションしてGNRが剥離したことが示唆されます。
図4MWCNT、GNR、アルキル化GNRのラマンスペクトル
GNRの応用可能性
水素終端GNRおよびアルキル化GNRはどちらも幅広い応用の可能性を持っています。最も有望なのは、GNRをポリマーホスト材料へ添加することによる新規複合材料の作製です。GNRはその親材料であるMWCNTと同じく高いアスペクト比を有していますが、ナノ構造の違いが独特かつ思いがけない優れた結果をもたらします。例えば、誘電性ポリマーにGNRを加えると電気的特性が劇的に変化し12,13、MWCNTを加えた場合とは大きく異なる結果が得られます。最も興味深いのは、GNRを含むポリマー複合体は、適度に高い誘電率で非常に低い損失(< 0.02)を示す点にあります(図5)。電子部品の小型化には、ラジオ周波数および低マイクロ波周波数領域で誘電率が高く低損失な材料が必要であるため、重要なポイントといえます。高周波数マイクロ波領域において低損失であることは、アンテナへの応用やその他の軍事用途には非常に重要となります。GNRの種類および含有量を変化させることで、複合体の損失および誘電率を幅広い範囲にわたって望ましい値に調節することができます。比誘電率は中程度から極めて高い(> 1,000)値まで調整可能であり、対応する損失係数は非常に低い(< 0.02)値から高い(約1.0)値をとります13。
GNRの応用として有望なもうひとつの例は、電池およびスーパーキャパシタ用電極材料としての用途です。ある文献では14、グラフェンでラップされたMnO2-GNR(GMG:graphene-wrapped MnO2-GNR)からなる、独特な階層構造を有する複合体を設計および合成することに成功しています(図6および図7)。この複合体では、GNR上に直接成長したMnO2をグラフェン片がしっかり挟んでいます。
図5GNR/NuSil(シリコンエラストマー)複合材料の誘電特性。(A)複素誘電率の実部、(B)虚部、(C)誘電正接(loss tangent)。グラフ中のラインは、純粋なNuSil(黒)、0.5 wt.%の導電性フィラーを含むMWCNT/NuSil(青)、GNR/NuSil(赤)複合材料を表しています。文献12より許可を得て転載。(Copyright 2011 American Chemical Society)
図6グラフェンでラップされたMnO2-GNR(GMG)複合材料の合成。文献14から許可を得て転載。(Copyright 2013 John Wiley and Sons)
図7(A, B)MnO2-GNR(MG)のTEM画像。(C, D)MGのSEM画像。(E, F)GMGのSEM画像。文献14から許可を得て転載。(Copyright 2013 John Wileyand Sons)
GMG複合体の合成により、リチウムイオン電池用電極材料の電気化学的安定性を効果的に向上させることが可能となります。
電気化学的実験により、GMGではMnO2-グラフェンまたは純粋なMnO2と比べ、負極材料としての比容量が高まり、サイクル安定性が向上していることが示されました。これはグラフェン、GNR、およびMnO2間の相乗効果によるものです。これら特性により、異なるいくつかの電流密度において安定した容量を得ることができます。例えば、電流密度0.1 A/gでは、比容量の値が672 mAh/g(2サイクル)から890 mAh/g(180サイクル)に増加します。レート特性からは、GMG電極が長期のサイクルを経ても安定であることが示されています。GMGでは、MG(MnO2-GNR)と同様に最初の5サイクルで比容量の減少が見られます。5サイクル以降、GMGの放電容量は571 mAh/g(6サイクル)から465 mAh/g(20サイクル)に減少しますが、648 mAh/g(170サイクル)に増加します。250サイクル後でも、GMGは比容量612 mAh/gを保持しています。さらに、GMGのクーロン効率は、最初の数サイクルを除いて、99%以上を維持しています。
別の研究15では、ポリアニリン(PANI:polyaniline)とGNRのナノ複合材料の作製に、GNRが用いられています(図8)。PANIナノロッドを成長させるテンプレートとしてGNRが利用されており、PANI-GNRナノ複合体はGNR存在下でアニリンのin situ重合によって調製されます。この複合体では、GNRはPANIナノロッドを成長させる支持材料となり、複合体の電気伝導率を向上させるだけではなく、PANIの利用効率を上げ、複合体の機械的特性を高める役割も果たしています。
図8PANI-GNR複合体作製方法の模式図。APS(ammonium persulfate)を用いてGNR上に直接PANIを重合します。文献12より許可を得て転載。(Copyright2013 American Chemical Society)
得られた複合体は340 F/gと高い比容量を示し、4200サイクル後も容量維持率が90%と安定したサイクル特性を有します。この複合材料の高い性能は、導電性GNRと高容量を有するPANIの相乗的組み合わせによるものです。
その他の潜在的応用としては、alk-GNRがポリマー複合体のガス透過性を低下させる目的で使用されています16。alk-GNRを含む熱可塑性ポリウレタン(TPU:thermoplastic polyurethane)複合体フィルムが溶液キャスト法により作製されています。HD-GNRはポリウレタンマトリックス内で十分に分散し、TPUの相分離を引き起こします。わずか0.5 wt.%のalk-GNRによって、TPUにおける窒素ガスの有効拡散率は3桁低くなりました(図9)。
図9(A)TPUおよびTPU/HD-GNR膜の圧力低下の継時変化。(B)長時間におけるTPU/0.5 wt.%HD-GNR複合膜の圧力低下の様子。文献12より許可を得て転載。(Copyright 2013 American Chemical Society)
相分離から予測され、引張試験および動的機械分析から示される通り、alk-GNRを加えることによって複合体フィルムの機械的特性も改善されました。この改善により、食品包装や軽量で移動の容易なガス貯蔵容器の応用へとつながる可能性があります。複合体フィルムのガス透過性については図9を、有効性の比較は表1をご覧ください。
結論
GNRおよびalk-GNRは、数多くの用途における高い可能性を有しています。現在のところ、最も有望な用途はポリマー複合体およびエネルギー貯蔵用電極材料です。これら微細な構造体は、研究者にとってより入手しやすくなり、かつその独特な物性がより理解されるようになれば、より多くの関心を集めることでしょう。
References
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