セラノスティクス応用に向けた磁性材料
Saumya Nigam1, Lina Pradhan2, D. Bahadur3
1IITB-Monash Research Academy, IIT Bombay, Powai, Mumbai, India, 2 Centre for Research in Nanotechnology & Science IIT Bombay, Powai, Mumbai, India, 3Department of Metallurgical Engineering and Materials Science, IIT Bombay, Powai, Mumbai, India
はじめに
近年創出された数々の高機能ナノ材料により、がんの解明、診断、治療に向けた新しいアプローチが可能になっています。なかでも、鉄、コバルト、マンガン、ニッケルの超常磁性フェライトナノ粒子などの様々な機能性磁性ナノ粒子は、生物医学用途に非常に有益であることが明らかになっています1–6 。特に、多機能磁性流体(MF:multifunctional ferrofluid)は、将来的な治療への利用を目指して集中的に研究されています5,6。
磁性流体は磁性ナノ粒子を分散させた懸濁液で、永久磁場の存在下で「液体磁石」としてふるまいます。また、生物由来および非生物由来のどちらの種類の表面官能基でも修飾することができるため7,8 、治療薬およびイメージング化合物を結合させることが容易で、標的治療および診断の特異性を向上することが可能になります。さらに、MFには交流磁場の印加によって発熱するという独特な性質があります9。がん細胞は高温(>42℃)に対する耐性が低いため、MFが発する局所的な熱をがん細胞に対する標的治療に利用できると考えられています(ハイパーサーミアまたは温熱療法)10–12 。磁気ハイパーサーミアは、MFからの治療薬放出の促進にも使用できるので、腫瘍環境近傍での効果的な薬剤の放出が可能です。
以下に示すように、MFが持つ数々のユニークな性質は治療する上で大きな利点となる可能性があります。
- 粒子凝集を最小限に抑え水性コロイドを安定化します。
- 親水性および疎水性薬物用プラットフォームとしての高い担持効率を有します。
- 複数の薬物を単一系にカプセル化できます。
- pH、温度、交流磁場、超音波などの外部刺激を使用して、標的部位における薬物放出を開始・制御できます。
- 優れた生体適合性および生分解性を示します。
- 細網内皮系(RES:reticulo-endothelial system)により体内から迅速に排出されます。
- 循環する遊離薬物の濃度を低減して副作用を抑えます。
- 標的腫瘍部位における多剤耐性を最小限に抑えます。
- 核磁気共鳴画像法(MRI)や他の診断方法との併用を可能にします。
我々は最近、デンドリマー13、脂質14 、ハイドロゲル15、生物分解性ポリマー、クエン酸16、およびシリカ.17 などで表面を修飾した、酸化鉄系MFハイブリッドシステムを開発しました。これら磁性流体は表面官能基によって多機能化され、温度応答性やpH応答性を有するようになります13,14。また、酸化鉄系MFは水溶液の状態で非常に安定しており、親水性および疎水性薬物の送達試験、ならびに、がん細胞株およびマウス皮下腫瘍モデルに対する磁気ハイパーサーミア試験に成功しています。本稿では、様々ながん細胞株に対する以下のシステムの治療効果について概説します。
- 刺激応答性磁性ナノハイドロゲル(MNHG:magnetic nanohydrogel)
- 自己制御型磁性ナノベシクル
- デンドリマー修飾磁性ナノ粒子
- 温度応答性およびpH応答性を有する脂質被覆メソポーラス磁性ナノ集合体(LMMNA:lipid layer coated mesoporous magnetite nanoassembly)
さらに、磁気ハイパーサーミアと、化学療法、非侵襲的MRI、および電気化学的バイオセンシングとを併用したがん療法におけるこれらシステムの性能評価を行いました。一部のハイブリッドシステムについては、in vivo用途の可能性も検討しました。
刺激応答性磁気ナノハイドロゲル
ハイドロゲルは親水性の架橋重合体で、コロイド状ゲルの状態で存在します。ハイドロゲルの物理的、化学的、生物的性質は調整が可能なため、これまで多数の生物医学用途で試験が行われてきました。そして、ハイドロゲルへの磁性流体のカプセル化によって、生物医学的特性の向上が見られることが明らかになっています18 。例えば、Linらの報告では、分解性ポリ(エチレングリコール)(PEG:polyethylene glycol)系ハイドロゲルを用いた化学修飾アンチセンスRNAオリゴヌクレオチドの送達が、がん治療として有望であることが示されています19。Zhangらは、メスWistarラットの膀胱がん治療において、キトサンおよびβ-グリセロリン酸を使用した磁性ハイドロゲルを用いてBCGワクチンを持続的に送達することに成功しています20。Baezaらは、温度応答性ポリ(エチレンイミン)-b-ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)共重合体とメソポーラスシリカおよび酸化鉄ナノ粒子とを組み合わせたプラットフォームを使用して、薬物放出を磁場で誘導し、がん細胞の多剤耐性の阻止に利用しました21。
我々のグループは、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)-キトサンでカプセル化したFe3O4磁性ナノ構造(MNS:magnetic nanostructure)を用いた、磁性ナノハイドロゲル(MNHG:magnetic nanohydrogel)を開発し、がん化学療法と非侵襲的MRIとの併用に成功しました.22。測定されたMRIの T2 コントラスト(横緩和)増強を図1に示します。このT2コントラスト増強は、吸収された治療薬剤のデリバリー効率に対応しています。注目すべき点は、PEG修飾 Fe3O4 でカプセル化したハイドロゲル-MNS(HGMNS)システムの緩和速度(r2) は173 mM−1s−1で、POSS修飾Fe3O4でカプセル化したハイドロゲル-MNSシステムの129mM−1s−1 よりも大きいということです。ドキソルビシン(DOX:doxorubicin)を結合したPEG修飾HGMNSの研究では、RF(radiofrequency)場に1時間曝露し、続いて37℃で24時間インキュベーションすると、薬物放出量が約2倍増加することが明らかになっています。この場合、治療薬放出の増大は、周囲の微小環境の温度上昇に加え、高周波RFによるハイドロゲル内部での磁気的‐機械的振動によるものと考えられます。さらに、子宮頸がん細胞株(HeLa)におけるPEG修飾HGMNSのRF誘導ドラッグデリバリーに関する研究では、80%を超える細胞死が確認されています。これらの結果は、磁性ハイドロゲルシステムに、MRIコントラストの増強、カプセル化MNS、およびRF誘導による治療薬の局所的デリバリーといった特性があり、in vivo での「セラノスティクス(theranostics、診断と治療の一体化)」に利用できる可能性があることを示しています。
図1A) 磁性ナノハイドロゲルの温度応答性分解の模式図。ラジオ波照射により治療薬の放出が起こります。B) (a) 磁性ナノハイドロゲルのMRIコントラスト特性。1/T2とサンプルのFe濃度とのグラフの線形近似直線の傾きがr2を表しています。(b) 同じ試料から調製した5つの異なるFe濃度のサンプルのT2強調画像22。
我々はまた、温度応答性ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)-キトサン系磁性ナノハイドロゲル(MNHG)を、線維肉腫の腫瘍モデルで行った化学療法剤の局所的デリバリーに使用し、in vivo 評価を行いました.23。この評価のため、同MNHGの生体適合性および生体内分布の評価をスイスマウスで行い、腫瘍増殖抑制効果を交流磁場の下で調べました。また、肺、肝臓、脾臓、腎臓、および脳など生命の維持に重要な器官に蓄積したMNHGについてex vivo の時間依存パターンを調べました。担腫瘍マウスにMNHG(650 μg g-1 body wt)を腫瘍内投与し、周波数265 kHz、325 OeのRF磁場にかけてハイパーサーミアを実施しました。2週間にわたり、腫瘍サイズを72時間毎に測定しました。この研究により、対照マウスでは腫瘍が抑制を受けずに指数関数的に成長(サイズ:4,510 ± 735 mm3)したのに対し、化学療法と温熱療法の併用により腫瘍の成長が約3分の1(サイズ:1,545 ± 720 mm3)に抑制されたことが明らかになりました。以上の結果から、MNHGに温熱化学併用療法のプラットフォームとして利用できる大きな可能性があることが示されました。
自己制御型磁性ナノベシクル
化学療法および自己制御性(キュリー温度による発熱温度の制御)ハイパーサーミアに使用するために、パクリタキセルと、 La0.75Sr0.25MnO3とFe3O4磁性ナノ粒子のデキストラン被覆二相性懸濁液とを含有する磁性ナノベシクルが開発されました24。
37℃で1時間パクリタキセルを連続的に放出させた後、44℃でさらに1時間ハイパーサーミアを実施したところ、(腫瘍内投与の場合に予想されるのと同様に)がん細胞に対する蓄積毒性が見られました。図2に示すように、交流磁場の下で温度は44℃に制御され、MCF-7細胞におけるパクリタキセルとハイパーサーミアの相乗的な細胞毒性が観測されました。この結果は、パクリタキセルをカプセル化したLa0.75Sr0.25MnO3およびFe3O4ナノ粒子の二相性懸濁液である磁性ナノベシクルが、自己制御性ハイパーサーミアと化学療法の併用療法に利用できる可能性をもっていることを示しています。
図2A)La0.75Sr0.25MnO3およびFe3O4ナノ粒子(10:1)の二相性懸濁液を含む磁性リポソームのTEM画像。挿入図(B、C、D)は磁性リポソームの回折パターン、ブランクリポソームのTEM画像と回折パターンを示しています。E)ハイパーサーミアによるMCF-7細胞株の細胞毒性。F)ハイパーサーミア試験および交流磁場のみの場合の温度プロファイル24。キュリー温度(Tc)以上では磁性を失うため、Tcを超えると発熱が抑制されます。
デンドリマー修飾磁性ナノ粒子
デンドリマーは、中心のコアから規則的な分岐構造を持つ、対称性の高い高分岐ポリマーの一種です。デンドリマーの構造特性やサイズを制御できることから、生物医学用途、特に治療薬のデリバリー担体として期待されています。最近、デンドリマーのユニークな化学的特徴を磁性ナノ粒子の汎用性と組み合わせることで、高度な治療および生物医学用途向けプラットフォームとしての利用が試みられています25。例えば、Rouhollahらは、磁性ナノ粒子を異なる世代のポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマーと組み合わせてpH応答性を持つプラットフォームを開発し、抵抗性乳がん(MCF-7)細胞へのドキソルビシンの送達に使用しました26。Yalcinらは、PAMAM被覆磁性ナノ粒子を用い、抗がん剤ゲムシタビンおよびレチノイン酸を膵臓がんおよび星細胞に送達し、がん細胞の除去に成功しました27。Boni らは、両親媒性PAMAMと親水性酸化鉄ナノ粒子とを組み合わせて使用し、MRI用途における緩和度を研究しています28。我々は最近、デンドリマー結合酸化鉄ナノ粒子を開発し、PAMAM-Fe3O4-DOX 構造体の潜在的な治療効果を検討しました13。異なる世代(G3、G5、G6)のPEG-PAMAMで、グルタミン酸結合Fe3O4ナノ粒子の表面を修飾しました(図3)。現在、C57BL/6マウスで、これらDOX含有デンドリマー結合ナノ粒子の生体内分布および生体適合性に関する研究を行っています。
図3PAMAM-Fe3O4-DOX構造体の合成法およびpH応答性薬物送達への応用についての概略図13
脂質被覆メソポーラス磁性ナノ集合体
脂質を基盤とするベシクルは、生物医学用途において大きな関心を集めています。脂質ベシクルの組成、サイズ、化学的性質は調節が可能で、薬物をカプセル化する能力を持つことから、脂質は薬物送達用ベクターの第一候補となっています。Nappini らの研究結果により、脂質被覆磁性ナノ粒子から薬剤分子を放出するための外部刺激に、低周波交流磁場を利用できることが明らかになっています29 。Parkらは、乳がん細胞へのドキソルビシン送達および腫瘍MRIのためのプラットフォームとして、ヒアルロン酸系リポソームを市販MRI造影剤のマグネビストと組み合わせました30。実際、遺伝子送達における磁性リポソームの利用も既に報告されています。最近、Jiangらは、緑色蛍光タンパク質(GFP:green fluorecent protein)をコードするgWiz-GFPプラスミドDNAをデリバリーするための酸化鉄ナノ粒子のカプセル化に、コレステロールおよび1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DSPC)からなるリポソームを使用しました31。我々のグループは、脂質薄膜でカプセル化したメソポーラスマグネタイト・ナノ集合体(LMMNA:layer encapsulating mesoporous magnetite nanoassembly)からなる、pH応答性および温度応答性を有する新規薬物送達システムを開発しました(図4)。LMMNAは、2種類の抗がん剤、すなわち親水性ドキソルビシン塩酸塩(DOX)と疎水性パクリタキセル(TXL:paclitaxel)を同時に担持し、送達することが可能です14。また、このハイブリッドシステムは交流磁場の印加により加熱プラットフォームとしても機能することに加え、非常に高い担持効率を持ちます。両薬物を同時にデリバリーすることで、子宮頸がん(HeLa)、乳がん(MCF7)、および肝がん(HepG2)においてin vitro での細胞毒性効果が向上することを実験的に示しました。交流磁場を10分間印加すると、温熱療法と化学療法の併用により、殺細胞効果が大きく向上します。
図4A)ドキソルビシンおよびパクリタキセルを含むデュアル薬物送達システムとしてのpH応答性および温度応答性LMMNAの概略。薬物放出は、腫瘍細胞への交流磁場の印加によって起こります。B)蛍光イメージングを用いた生体内分布および温熱化学療法のin vivo研究14。
現在、皮下担腫瘍ヌードマウスにおける生体内分布および温熱化学療法のin vivo 研究のためのデュアル薬物送達システムとして、蛍光バイオイメージングを用いたLMMNAの研究が行われています。これら非標的化ナノ粒子の生体内分布は、非腫瘍ヌードマウスの様々な重要臓器において、光学蛍光イメージングおよびFe濃度測定によって確認されています。生体内分布の研究から、脂質被覆磁性ナノ粒子は、腎臓や心臓よりも、大腸、肺、肝臓、脾臓、および胃に多く蓄積することが明らかになっています。また、LMMNA-DOX:TXLが臓器に取り込まれる性質を利用して、繰り返し蛍光イメージングのみならず生物発光イメージングによる腫瘍退縮の観察も行われました。現在、マウスモデルの腫瘍治療において、交流磁場およびデュアル化学療法を併用した療法の研究が行われています。
まとめおよび将来の展望
多機能磁性流体は、生物医学用途で最も盛んに研究されている機能性ナノ材料の1つです。外部磁場でこれらナノ粒子の操作が可能なことから、がんの化学療法、診断、イメージングにおけるそれぞれの長所がより強化されます。多機能磁性流体は、より優れたがん治療および疾病管理を可能にすることが明らかになっています。多機能磁性流体を用いた研究は、予備的なin vitro 研究から将来有望なin vivo 研究の段階へと進んでいます。
参考文献
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