リチウムイオン電池向けニッケルリッチ層状正極材料の製造法
Richard Schmuch1, Vassilios Siozios1, Martin Winter1,2, Tobias Placke1
1University of Münster, 2Helmholtz Institute Münster
Material Matters™, 2020, 15.2
はじめに
リチウムイオン電池(LIB:lithium ion battery)は、携帯用電子機器やエレクトロモビリティ(電動移動体を利用した移動)のような高エネルギー密度用途で現在主流となっている最先端で充電式の電気化学的電源です1–3。電気自動車(EV:electric vehicle)をより広い市場へより迅速に普及させるには、少なくとも500 kmの航続距離を手頃な費用で実現しなければなりません。しかし、この目標の達成には、電池パックレベルのエネルギー密度の増加(500 WhL-1超)および費用の削減(125 US$ kWh-1未満)により効率を向上させるさらなる革新が必要です2。LIBセルおよびパックの設計(電池設計および筐体、冷却系など)をさらに最適化することも可能ですが、先進的なLIB電池用化学物質の開発がエネルギー容量とコスト削減の両方に大きな影響を与えると予想されています2,4,5。
ニッケルリッチ層状酸化物正極材料の課題と可能性
過去十年間で、最先端の高エネルギーLIB電池の正極材料は、含ニッケル(Ni)LiMO2型層状酸化物(MはNi、Co、Mn、Alなどの金属)の発展により、もたらされてきました2,5,6。具体的には、これらの多原子化合物はLi[NixCoyMnz]O2(x+y+z = 1、NCMxyz)とLi[Ni1-x-yCoxAly]O2(NCA)から派生したものです。
現在、先進的な正極のエネルギー容量を目標値である800 Wh kg-1以上および4,000 Wh L-1以上へ増加させるために、2つの主要な戦略が採用されています。最初の戦略は、正極比容量を改善するために層状酸化物のNi含有量を増やす(80%以上)こと、第2の戦略は、低Ni(60%以下)正極の充電カットオフ電位を高くすることです(例えば、>4.3 V vs. Li|Li+)5,7。最近では、Ni含有量が約80%以上のNCM811(CATL Batteryのパウチ型電池など)およびNCA化合物(Panasonicの「21700」円筒形電池)を用いたLIB電池がすでにEV市場に投入されており、kWhあたりのコバルト含有量はそれぞれ80~100 gおよび50 g未満です5。エネルギー密度の改善に加えて、正極材料のさらなる開発を促進している主要な原動力は、希少で高価な元素であるコバルト(Co)の正極含有量を減らすことです。コバルトの採掘は、主に中央アフリカの政治的に不安定な地域で行われており、深刻な環境汚染や広範な児童労働による採鉱の疑惑がもたれています2,5。この理由から、科学界はCoフリーまたは低CoでNiリッチの層状酸化物正極材料の開発ための研究に重点的に投資しています8,9。
ただし、上記の戦略ではともに、正極のサイクル寿命および熱安定性(安全性)に関する大きな課題が生じます。特にNiリッチ正極の場合、バルク(リチウムの配列)と粒子表面(層状構造から岩塩構造の形成)の両方の複数の相転移が関与し、過剰なリチウム脱離の際の構造安定性に限界があるため、これら2つの特性がしばしば障害となります5。さらなる問題として、気体発生、遷移金属の溶解およびクロストーク現象(溶解した遷移金属が、対極で副反応を起こす現象)を伴う電解質の酸化反応などの寄生的な副反応や、異方性の格子歪みによる粒子のマイクロクラックの発生などがあります5,7,10,11。
正極材料の電気化学的性能は、化学的性質だけでなく、形状、微小構造(一次粒子のサイズ、形状および二次粒子内の配列)、サイズ分布、タップ密度、比表面積、表面特性などの粒子特性にも依存します5。したがって、合成の際に層状正極材料の粒子設計を調整することで、粒子改良の戦略によりサイクル寿命と熱安定性に対処しながら、最適なエネルギー出力を得ることが可能になります。
ニッケルリッチ層状酸化物正極材料の製造過程
図1に、LiMO2型層状酸化物正極材料の製造過程における重要な(A)前駆体合成、(B)前駆体のリチウム挿入および焼成などの材料処理、(C)粒子改良の3つのステップを示しています2,5。通常、前駆体材料はバッチ式反応装置、連続撹拌槽反応装置(CSTR:continuously stirred tank reactor)、またはクエット-テイラー流反応装置(CTFR:Couette-Taylor-Flow-Reactor)を用いた水溶液中での共沈法で調製されます。CSTRおよびCTFRについては以下で紹介します12,13。
図1LIB電池向け層状酸化物正極材料の製造過程の概略図。A)ステップ1:CSTRまたはCTFR中の共沈殿による前駆体の合成と、その後の粒子の後処理(ろ過、洗浄、乾燥、ふるい分け)。B)ステップ2:リチウム塩(LiOHまたはLi2CO3)との混合によるリチウム挿入および焼成(650~950℃)。C)ステップ3:粒子の解砕および表面処理(後焼成など)による粒子改良処理。
必要な正極粒子の特性を得るためには、各製造ステップおよび複数の合成パラメータを慎重に調整することが必要です。前駆体の化学組成、粒子形状およびサイズ分布が正極材料の特性に大きな影響を与えることが、さまざまな研究から示されています5,12,14。したがって、pH値、アンモニア濃度、塩基の種類(水酸化物または炭酸塩)の調整など、共沈殿の最適な合成パラメータに関する系統的な研究が不可欠です。さらに、リチウム挿入および焼成の過程では、その条件(LiOHまたはLi2CO3、焼成温度、空気またはO2雰囲気など)の最適化が必要であり、Niリッチ材料の後処理では、使用する装置の高い耐腐食性と厳密な湿度制御が通常は要求されます5。
NCM前駆体材料の粒子特性が結晶の凝集機構に大きく左右されることはよく知られています。結晶の凝集は、結晶が物理的に付着して凝集体を形成した後、凝集体が成長する連続的な段階を経て起こります15。凝集の過程は複雑で、さまざまな合成条件に依存します。これらの条件として、流体運動(乱流または層流など)と、それにより凝集を起こす粒子の衝突を決定する反応装置の種類および配置があります15。前駆体材料の調製には、バッチ式反応装置とCSTRの2種類の化学反応装置が広く使用されています13。CTFRまたはテイラー渦反応装置(TVR:Taylor vortex reactor)としても知られる第3の反応装置が、反応物質の混合を改善するために現在検討されています(図1A)13,15–19。バッチまたはCSTR処理における共沈法は、均一な組成、狭いサイズ分布および高いタップ密度の粒子が得られる利点があるため、NCM前駆体の商業的製造に用いられています12,20。ただし、これら2つの製造法には欠点もあります。通常、反応時間が長く(約15~25時間)、CSTR操作の場合は処理が複雑で、バッチ処理ではバッチ間にばらつきが生じたり、操作に多大な労力を必要としたりする可能性があります13。この点に関して、基礎的な実験室での研究、検証用の試作開発および大量生産の間を橋渡しするために、より大きなバッチサイズ(1 kg以上、例えば連続プロセスによる)を目指した正極材料合成のプロセス開発およびスケールアップが不可欠です20。
ニッケルリッチ層状酸化物正極材料の製造の詳細
図1Aの最初のステップでNCM811前駆体(Ni0.8Co0.1Mn0.1(OH)2)を調製するためには、二価の遷移金属塩である硫酸ニッケル六水和物(NiSO4∙6H2O)、硫酸コバルト七水和物(CoSO4∙7H2O)および硫酸マンガン一水和物(MnSO4∙H2O)の1.5モル水溶液を反応装置に供給し、同時に水酸化ナトリウム(NaOH)およびキレート剤の水酸化アンモニウム(12 wt.% NH4OH)の3.0モル水溶液を、pH(約12)および温度(約60℃)を制御しながら反応装置にポンプで供給することで、金属水酸化物(M(OH)2)前駆体を沈殿させます。
その後、前駆体から不純物(ナトリウムイオンや硫酸イオンなど)を除去するためのろ過および繰り返しの洗浄と、その後の乾燥、(必要に応じて)特定の粒子サイズ分布に調整するためのふるい分けを行う必要があります。第2のステップでは(図1B)、前駆体粒子を化学量論量のリチウム含有塩、すなわち水酸化リチウム一水和物(LiOH·H2O)または炭酸リチウム(Li2CO3)と混合し、酸素雰囲気で約650~950℃の温度範囲で焼成します2,5。Li2CO3はより安価ですが、Niリッチ正極はLiOHと焼成した場合により望ましい粒子特性および電気化学的特性が得られることが知られています2,5。最後のステップでは(図1C)、解砕、精製、乾燥およびふるい分けなどの粒子改良や、正極材料の界面を安定化するための後焼成などの表面処理が必要になります2,5。
連続クエット-テイラー反応装置による正極材料の合成
電気自動車(EV)の用途では、電池材料および製造される電池の体積エネルギー密度(Wh L-1)が重量エネルギー密度(Wh kg-1)よりも重視されます。したがって、電池には>3~4 mAh cm-2の大きな面積容量と3.0~3.4 g cm-3のプレスされた時の電極密度をもつ複合電極の製造が必要です5。高い結晶密度(4 g cm-3超)、大きな粒子サイズ(10 μm以上)、および2つのピークをもつサイズ分布を示す正極材料を使用して高い電極密度を達成することが可能であり、球状の粒子はスラリー粘度を低下させて充填密度を改善します5,21。最近、正極前駆体の連続製造によく用いられる反応装置の種類としてCTFRが登場しています13,15,17–19。CTFRは、強い混合強度で非常に均一なマイクロ混合、プロセス時間の短縮、速い反応速度による高密度粒子の設計およびサイズ分布が狭い非常に均一な球状粒子の設計が可能になるなど、確立されているCSTRおよびバッチ式のプロセスと比較して多数の利点があります。
図2に、CTFRの配置および動作原理を示します(LCTR®-Tera 3300、層流)。図2Aに示されているように、CTFRの反応管は同軸に配置された2本の円筒からなり、円筒間に狭い反応区間(6.55 mm)があります。動作時は内側の円筒が回転し、閾値の回転数以上で安定なテイラー渦のフローパターンを誘導します。閉じ込められたテイラー渦は反応混合物内部のせん断力を増加させ、粒子サイズ分布の狭い球状の沈殿物の凝集を促進します(図2B)15,18,19,22。
図2A)連続CTFRにおける金属水酸化物の共沈殿の実験装置。B)CTFRの反応管沿いに誘起されるテイラー渦のフローパターンの概略図。文献15および18より許可を得て改変。それぞれ2011 Elsevierおよび2015 ACS Publication。
テイラー渦のフローパターンは、式1に示す臨界テイラー数(Ta)以上で形成されます。ここで、dは円筒管の間隔、riは内側円筒半径、ωiは回転角速度およびνは流体粘度です15-16,23
最適な粒子特性を示す前駆体材料を得るには、さまざまなCTFRパラメータを慎重に評価し、選択することが必要です。共沈殿過程に関して調整可能なパラメータは、合成温度(T)、平均滞留時間(τ)、pH値、反応溶液の濃度、内側の円筒の回転数(ωi)などです。水酸化物前駆体(Ni0.8Co0.1Mn0.1(OH)2)の製造では、動作温度が約60℃、pH値が約12に設定されました。図3および図4は、得られた粒子の形状およびサイズ分布に対して回転数の変化(500、900および1300 rpm、τ:4時間)が与える影響を示します。
図3CTFR(pH値:12、T:60℃、τ:4時間)で合成されたNi0.8Co0.1Mn0.1(OH)2前駆体材料の内側円筒の回転数(ωi)依存性を示したSEM像。A)ωi:500 rpm、B)ωi:900 rpm、C)ωi:1300 rpm。
図4CTFR(pH値:12、T:60℃、τ:4時間、ωi:500~1300 rpm)で合成されたNi0.8Co0.1Mn0.1(OH)2前駆体材料の粒子サイズ分布。A)累積値および密度分布、B)D90の平均値および平均粒子サイズ分布。
得られたNCM811前駆体材料の粒子サイズ分布は2つあり、狭いことが示されています(図4A)。さらに、回転数が粒子サイズに大きな影響を与え、平均D90およびDmeanの値で示されるように、ωiの減少に伴い粒子サイズが増加しています(図4B)。前駆体材料のタップ密度(約1.6 g cm-3)は、粒子サイズの変化の影響をほとんど受けていません。また、中程度または低い回転数でより均一な球状粒子が得られることが示されています(900 rpm以下、図3)。
正極材料の製造の次のステップでは、前駆体材料をLiOH·H2Oと混合した後、焼成(800℃、10時間、O2雰囲気)することでリチウムを挿入します。典型的な結果として、図5にNCM前駆体粒子(図5A)とリチウムが挿入されたNCM811粒子(図5B)の比較を示します。800℃の焼成ステップの間に、ナノサイズの前駆体の一次粒子がより大きなNCM811の一次粒子になるのを見ることができます(図5B)。NCM811材料のタップ密度は、回転数(500~1300 rpm)に応じて約1.5~2.0 g cm-3の範囲になります。さらに、BET比表面積(約0.6~1.5 m2 g-1)の変化が粒子サイズ分布の変化とよく相関していること、つまり、平均粒子サイズの減少が比表面積の増加を引き起こすことが観察されます。
図5A)CTFR(pH値:12、T:60℃、τ:2時間、ωi:500 rpm)で合成されたNi0.8Co0.1Mn0.1(OH)2前駆体材料、B)LiOH(800℃、10時間、O2雰囲気で焼成)を使用したリチウム挿入により得られたリチウムが挿入されたNi0.8Co0.1Mn0.1O2材料のSEM像。
図6は、3つの異なるNCM811材料(異なる回転数で得られた前駆体材料(pH値:12、T:60℃、τ:2時間、ωi:500、900および1300 rpm))について、NCM811||グラファイトLIBフルセルの長期的な充放電サイクル性能を示しています。この図から、粒子特性がフルセルの電気化学的性能に大きな影響を与えていることがわかります。例えば、大きなNCM811粒子(ωi:500 rpm)では最初のサイクルのクーロン効率が低く、初期容量が小さくなりますが、容量保持率は高くなります。これに対して、小さな粒子(ωi:900および1300 rpm)では、最初のサイクルのクーロン効率が高く、初期容量が大きくなりますが、大きな粒子と比較して容量保持率は低下します。構造と性能の相関を検証するために、今後、材料設計および電気化学的性能の分析に関する系統的な研究が不可欠です。
図6NCM811||グラファイトフルセルの充放電サイクル性能(2極式、「CR2032」コイン型電池)。サイクル条件:電池電圧範囲2.8~4.3 V、電極被膜形成のための0.1Cでの3サイクル後、0.5Cでの100サイクル後毎に0.1Cでサイクル(1C = 200 mA g-1)。正極:NCM811:PVdFバインダー:Super C65 = 92:4:4、面積容量:2.0 mAh cm-2、グラファイト負極:2.6 mAh cm-2、電解液:1M LiPF6エチレンカーボネート(EC:ethylene carbonate)/ジエチルカーボネート(DEC:diethyl carbonate)(重量比3:7)。
まとめ
正極は、将来の先進的なリチウムイオン電池のエネルギー容量向上と低コスト化のために、決定的な役割を果たす電池材料です。正極の化学的性質と形状の両方が、これらの目標達成に等しく寄与します。CTFRは、Niリッチ層状正極材料の球状前駆体の連続共沈殿を行うための強力な反応装置であり、比較的短い滞留時間で非常に均一な粒子の合成を可能にします。温度、滞留時間および回転数などの合成パラメータを適切に選択することで、粒子形状やサイズ分布などの粒子特性を調整することができます。本稿では、NCM811正極材料の合成およびLIBフルセルでの電気化学的特性評価を紹介しました。NCM811正極材料は有望な性能を示しており、最適な粒子設計が得られるように合成条件を系統的に調整することでさらなる改善が可能です。
Acknowledgments
The authors wish to thank the German Federal Ministry for Economic Affairs and Energy (BMWi) for funding this work in the project “Go3” (03ETE002D).We also thank Andre Bar for graphical support.
参考文献
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