はじめに
キラルなホスフィンは、不斉な遷移金属触媒の配位子として重要であるほか、近年では有機ホスフィン触媒としての応用も広がりつつあります。なかでもリン原子上に不斉中心を持つキラルホスフィンは、有用な化合物群のひとつです。ただし、これらは合成が難しく、空気酸化を受けやすいために取り扱いにくいことが欠点です。Ohyun Kwon教授の研究室では、不斉触媒として優れた機能を有するキラルホスフィンを発表しています。同グループでは、天然から得られるL-ヒドロキシプロリンを原料として、2-アザ-5-ホスファビシクロ[2.2.1]ヘプタン骨格を持ったP-キラルホスフィンを12種合成しました。これらホスフィンは、リン原子上の立体化学および、リン原子と窒素原子に結びついた置換基の種類が異なる、計12種のバリエーションがあります。
特長
L-ヒドロキシプロリンからの合成ルートは幅広く応用ができ、Kwonらによって報告された上記の12種以外にも、各種のビシクロホスフィンが合成可能です。ホスフィン化合物の中には、粘性の高い液体であったり、空気酸化を受けやすいなど、取り扱いが困難なものが少なくありません。しかし2-アザ-5-ホスファビシクロ[2.2.1]ヘプタン骨格は堅固であるため、結晶化しやすいという特長があります。このため他のホスフィンに比べて空気酸化への安定性が高まっており、取り扱いにグローブボックスを必要としません。Kwonホスフィンは、有機ホスフィン触媒としての利用がまず報告されていますが、不斉遷移金属触媒の配位子としての応用も、将来見つかってくることでしょう。
主な利用例
endo-フェニル型のKwonビシクロ[2.2.1]ホスフィン(798363)は、(+)-イボフィリジンの全合成において、鍵となるエナンチオ選択的[3+2]付加環化反応に用いられました。アレンカルボン酸エステルとイミンの付加環化反応により、2か所に不斉点を持つピロリン骨格が高立体選択的に形成されます。得られたインドリルピロリン骨格に対し、さらに一連の変換を行うことで、(+)-イボフィリジンの初の触媒的不斉全合成が達成されました。このアプローチは、ホスフィン触媒による[3+2]付加環化反応の、複雑な天然物全合成への初めての応用例(形式全合成を除く)となりました1。
その他、求核的触媒反応にKwonホスフィンを適用した例がいくつか報告されています3-5。中でもTongらによる、生理活性を持つ化合物によく見られる、2種の骨格の構築は重要な例です。Kwonのendo-フェニル触媒(798363)を用いて、2-オキサビシクロ[3.3.1]ノナンおよびシクロペンタ[a]ピロリジン(cyclopenta[a]pyrrolizines)骨格を、一挙に作り上げるものです。いずれも、β'-アセトキシアレンカルボン酸エステルから出発し、ホスフィン触媒によって高収率かつ高立体選択的にドミノ的付加(付加環化)反応を行っています6。
この記事の作成にご協力いただいたOhyun Kwon教授に感謝いたします。
参考文献
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