膜タンパク質は、細胞膜を介した情報とエネルギーの伝達を調節している、生物学的シグナル伝達経路の中心的存在です。ヒトプロテオームの約30%を占めていますが、シグナル伝達の制御に重要な役割を果たしていることから、治療薬の標的の50%にもなっています。膜タンパク質の機能性はその脂質環境との相互作用に依存していますが、このことが、膜タンパク質の研究を難しくしています。また、膜タンパク質がその本来の脂質二重層から離れると変性し、凝集して不溶性となります。界面活性剤を使って可溶化できますが、その本来の構造は壊れ、機能性が失われることが大半です。リポソームやバイセルなどの膜二重層コンストラクトは膜タンパク質の機能性を維持できますが、一貫して調製すること、また水性環境で操作することの難しさは残ります。これらのハードルに加え、in vitroアッセイ用の膜タンパク質を調製する最善の方法は、一般にその標的タンパク質によって異なるため、個々に解決する必要があります。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のStephen Sligar教授が開発したナノディスクテクノロジーは、水溶性で天然に近い脂質二重層内に膜タンパク質を調製することを可能にして、これらの問題の多くに対応しています。1標的タンパク質を含むリン脂質二重層を、アポリポ蛋白A-1、いわゆる膜足場タンパク質の両親媒性らせんセグメントで取り囲み、それにより活性タンパク質を含む水性環境で操作できる粒子を作成します。ナノディスク中のタンパク質は溶液中で単分散し、ミクロソームやプロテオリポソームに比べ粒子の均一性が改善されています。またこれはきわめて安定で、多様なタンパク質に応用できます。ナノディスクはこれまでにも、チトクロムP450、バクテリオロドプシン、凝固因子、Tar受容体、SecYEG、コレラ毒素(http://sligarlab.life.uiuc.edu/nanodisc.html)などの研究に使用されています。
均一なサイズであること、頑健な安定性、そして界面活性剤を含まない水性環境で操作できることから、ナノディスク中の膜タンパク質は、可溶性タンパク質のために開発された数多くの生化学的および分析技術に利用できます。その結果、数種類の膜タンパク質の構造と機能に関する理解が大きく進むことになりました。例えば、チトクロムP450のCYP17A1はヒトのステロイド産生において、コレステロール由来基質をコルチコイドの生成またはアンドロゲン形成のいずれかに向けさせます。ナノディスク中のCYP17A1を共鳴ラマンスペクトル法と組み合わせ調べたところ、水酸化プロゲステロンと水酸化プレグネノロンではその活性部位での水素結合に違いがあることが実証されました。したがって、基質の構造は、それぞれのエンドポイントに向けた変換に影響しているということです。2もう1つの例では、ナノディスクにつながれたmTOR活性化因子「Rheb」の高分解能NMRから、GTPaseドメインの相互作用が、結合したヌクレオチドに応じて2つの異なる方向で生じることが明らかにされました。3 RhebはGTPaseのRasスーパーファミリーの一員で、複数のシグナル伝達ネットワークの中で分子スイッチとして働いています。
ナノディスクテクノロジーはまた、膜に埋め込まれている分子の相互作用パートナーの研究にも使用されます。内在性膜タンパク質の場合、界面活性剤を使用しないために、弱く相互作用しているパートナーを発見することができます。また、界面活性剤を使用した場合は、脂質が剥ぎ取られることで露出される疎水性ドメインに結合するため、偽陽性が生じるおそれがありますが、ナノディスクテクノロジーではこれを防ぐことができます。ある原理実証研究では、細菌性タンパク質透過チャネルSecYEG、マルトーストランスポーターMalF GK2、および膜インテグラーゼYidCの結合パートナーを、複雑な細胞ライセートから回収し、SILAC(Stable Isotope Labeling by Amino acids in Cell culture)ベースの質量分析により同定しています。4逆にいえば、不均一なプールの中から結合パートナーを釣り上げるために均一なナノディスク集団を使うのではなく、膜プロテオーム全体をナノディスクに取り込ませることで、固定したリガンドの「えさ」のターゲット膜タンパク質を同定することができる、ということです。5ナノディスクでは、相互作用分子を同定するために他の種類の膜会合分子も利用されています。腸上皮に含まれるスフィンゴ糖脂質であるガングリオシド「GM1」は、細菌性毒素の標的で、これがGM1のグリコシル基に結合することで宿主細胞に内在化されます。GM1を包埋したナノディスクが大腸菌の培地を使った免疫共沈降実験に使用され、その後のペプチドマスフィンガープリンティングにより特異的に結合した熱不安定性のエンテロトキシンが同定されています。6
ナノディスクの興味深い応用の1つは、治療薬の送達です。微量に存在する肺サーファクタントのリン脂質「パルミトイルオレオイルホスファチジルグリセロール」をナノディスクに組み込ませたものを使い、マウス肺における呼吸器合胞体ウイルス(RSV)を阻害し、同時に、病理組織学的変化と炎症性サイトカインを抑制できました。7もう1つの研究からは、ナノディスクがポルフィリン結合脂質を不活化型で送達し、ディスクの破壊時にこれが光活性化できたことが明らかにされています。8このようなシステムは、画像撮影への応用に、更に特定部位への光活性化型の薬物送達にも役立つと考えられます。加えて、ナノディスクは40 nmにも満たない大きさであるため、薬物送達に現在使用されている溶媒よりも、密なコラーゲンマトリクスによく浸透します。それにより、治療薬がより効果的に線維性腫瘍に送達されると考えられます。
ナノディスクテクノロジーは膜タンパク質の機能性を研究し理解するための、画期的な技術です。重要なシグナル伝達および代謝機能の機構的理解の基本となる、重要な分子的イベントの解決を推し進めることができます。さらに、病態においてこのようなイベントが破壊されているときの、より有効な介入法としても意味をもっています。
参考文献
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