双頭型重合剤による機能性バイオマテリアルの合成
Hua Wei<sup>1</sup>, Suzie H. Pun<sup>2</sup>
はじめに
過去20年の間に、開環重合(ROP:ring-opening polymerization)1、ニトロキシドを介した重合(NMP:nitroxide-mediated polymerization)2、原子移動ラジカル重合(ATRP:atom transfer free radical polymerization)3、および可逆的付加‐開裂連鎖移動(RAFT:reversible additionfragmentationchain transfer)重合4などの精密リビング重合(CLP:controlled living polymerization)技術が急速に発達し、分子量が制御され、狭い分子量分布(MWD:molecular weight distribution)を持つ、生物医学用途に最適化されたポリマーを精密合成できるようになりました。薬物送達、分子イメージング、細胞治療、生体組織工学などのアプリケーションで使用するための、天然材料との相互作用や、天然材料の模倣およびその代替を可能とする、多機能性合成高分子の需要が高まっています。一般的に、多機能材料を合成するには、複雑かつ複数の調製・精製ステップを必要とする様々な合成技術を組み合わせた方法が用いられます5。しかし多くの場合、反応収率は低く、バッチ差が存在し、スケールアップが困難なため、高度な構造や生物活性を有するポリマーを合成するための、簡便な手法が強く求められています。特に、単純化された合成法はスケールアップや製造、FDA認可に有利となり、生物医学的応用において重要となります。これら要求を満たすため、双頭型重合剤(double-head polymerization agent)が開発され、簡潔かつ確実な手法が実現されています。これら重合剤は、例えばCLP1-4、クリックケミストリー6、チオールケミストリー7などの異なる合成手法を統合する、中核となる化合物です。
双頭型重合剤(dual initiator、二官能性もしくはヘテロ官能性開始剤とも呼ばれます)は、同時重合を独立的かつ選択的に開始できる二つの機能性部位を有しています。双頭型重合剤の使用には、従来のポリマー合成法に比べて以下の長所があります。まず、1)反応途中での変換および保護を必要とせずに、一段階でブロック共重合体の調製を可能とし、特に機構的に不適合なモノマーを用いたブロック共重合体の合成に有用です。また、2)両末端の官能基をつなぐ中央のブリッジ部分(block junction)に適応性を与え、特定の用途向けにカスタム化が可能です。さらに、3)得られるブロック共重合体に二つの官能基末端を付与することができます。
本レビューでは、この分野における最近の進展を取り上げ、特に対称、非対称な構造を持つ二種類の双頭型重合剤について述べます(表1)。これら重合剤を用いたポリマーの調製とその生物医学的応用について、図1に概要を示しました。最後に、急速な発展を遂げている本研究分野に関する将来の方向性について述べます。
図1本レビューで紹介する双頭型重合剤を用いて合成したバイオマテリアルの例。以下の文献から許可を得て転載(Copyright (2013, 2011, 2008) American Chemical Society20,22,29、Copyright (2006) John Wiley and Sons9、Copyright (2010) Royal Society of Chemistry25、Copyright (2013) Nature Publishing Group27)
表1さまざまな構造の双頭型重合剤の例
対称性双頭型重合剤
対称性双頭型重合剤は各末端に同じ官能基を有しており、その両端から同時重合を開始するために用いられます。これら化合物は、構造内に分解性架橋構造を持つポリマーの合成や開裂したポリマーへの官能基末端付加のためにも使用されています。
TsarevskyおよびMatyjaszewskiは、分解性直鎖ポリスチレン(PS)を合成するための、分解性ジスルフィド架橋二官能性ATRP開始剤、bis[2-(2-bromopropionyloxy)ethyl]disulfide(BBPrEDS)の設計を最初に報告しました8。ジスルフィド架橋を切断する還元剤としてジチオスレイトール(DTT:dithiothreitol)化合物を使用し、親ポリマーの半分の分子量を持つ遊離チオール終端化PSを得ました。
ArmesらはBBPrEDS二官能性開始剤を用い、まず2-(methacryloyloxy)ethyl phosphorylcholine(MPC)、続いてN-isopropylacrylamide(NIPAAm)を重合することでABAトリブロック共重合体を合成し、PNIPAM80–PMPC125-SS-PMPC125–PNIPAM80ポリマーを得ました9。この共重合体は、37℃の生理学的に適切な条件において、約8%(w/v)を超える共重合体濃度の水溶液で自立型ゲルを形成します。グルタチオンなどの生体分子により、中央のジスルフィド結合が切断されることで、ミセルゲルは不可逆的に分解します。これら共重合体は、生物化学的応答性および温度応答性を示し、局所的な薬物送達または細胞送達用デポ剤として有用な、新しいタイプのインジェクタブル(注射可能な)ゲル化剤となります。
Haddletonらは、Diels-Alder付加体を有する2種類の二官能性ATRP開始剤(一方はフラン‐マレイミド付加体を、他方はアントラセン‐マレイミド付加体を基盤とする)を報告し、これらを直鎖状ポリ(メチルメタクリラート)(PMMA)の合成に使用しました10。ポリマー鎖の中央にDiels–Alder付加体が存在することで、温度調節による可逆的切断が可能になります。これらの「自己回復型ポリマー」は高温で加熱することにより分解し、低温での加熱により再形成されます。
他の例では、Zhaoのグループが、分解性ジスルフィド架橋二官能性RAFT連鎖移動剤(CTA:chain transfer agent)、S-cyanopentanoic acid dithiobenzoate(S-CPDB)を開発しています11。彼らの研究では、S-CPDBを用いたRAFTおよびROP反応によって、還元反応応答性を示す対称性の両親媒性星型ターポリマー(terpolymer、三元重合体)を合成しています。酸化還元刺激や末端基修飾により、得られた星型ターポリマーは様々なチオール修飾反応を介して、チオール官能基化テレケリック星型ポリマー、(分解して)ミクトアーム星型ポリマー、および櫛形直鎖マルチブロック共重合体へ効率的に変換されます。
bis(2-hydroxyethyl)disulfide(HES)は、環状炭酸エステルのROPによる脂肪族ポリカーボネートの作製に広く使われている、分解性ジスルフィド架橋二官能性開始剤です。Zhongらは、まず、HES開始剤を用いたε-カプロラクトンのROPにより生分解性poly(ε-caprolactone)disulfide(PCL-SS-PCL)を合成した後、得られたポリマーを還元し、さらにPEG orthopyridyl disulfideとのジスルフィド交換反応を介することで、poly(ethylene glycol)-b-PCL(PEG-SS-PCL)ジブロック共重合体を調製しました12。還元応答性PEG-SS-PCLジブロック共重合体は、抗がん剤ドキソルビシン(Dox:doxorubicin)の高分子ミセル型DDSに使用されました。還元反応に非応答性の対照物質に比べて、PEGシェルの脱離が可能なPEG-SS-PCLミセル(shell-sheddable micelle)はDoxをより速く細胞内環境に放出し、より高い抗腫瘍効果を示しました。
非対称性双頭型重合剤
非対称性双頭型重合剤を用いた、機構的に不適合なモノマーを基盤とするブロック共重合体の合成は、合成が簡便であり、同時かつ一段階プロセスの実現可能性があるため、大きな関心を集めています。ヘテロ双頭型重合剤は2つの異なる官能基を有しており、反応途中の変換ステップが不要な、機構的に異なる2種類の反応/重合が可能です。この重合剤を用いた一段階反応によるブロック共重合体の精密合成には、2つの官能基、触媒または開始剤、およびモノマーの間に相互作用があってはなりません。加えて、同じ反応温度において2つの重合反応が制御された状態で進行する必要があります13。これら制限のため、非対称性双頭型重合剤を用いて合成されたブロック共重合体は、今日までその多くが逐次反応によって合成されていました。ここでは、非対称性双頭型重合剤を利用して合成されるポリマーについて、特に生物医学的応用に有用な材料に重点をおいて概説します。
ATRP開始剤を基盤とした双頭型重合剤
Maynardのグループは、ATRP開始剤を基盤とした双頭型重合剤を用い、簡潔な手法でポリマー‐タンパク質コンジュゲートを合成しました14-16。ある研究では、ピリジルジスルフィド(PDS)‐修飾ATRP開始剤を用いて十分に制御されたpoly(2-hydroxyethyl methacrylate)(P(HEMA))を調製し、ウシ血清アルブミンに結合させました14。2報目では、ビオチン化ATRP開始剤をストレプトアビジンに結合させ、NIPAAm重合反応のタンパク質マクロ開始剤として使用されています15。最後に、アミノ酸と側鎖修飾型ATRP開始剤を用い、固相ペプチド合成によってペプチドマクロ開始剤を合成しています。これらマクロ開始剤は、狭い分子量分布を有するペプチド/ポリマー(例えばPHEMAやグリコポリマー)コンジュゲートの合成に使用されており、その結果、十分に制御された材料が得られています16。
カップリングを容易に行うことのできるクリックケミストリー反応の中では、Cu(I)‐触媒アジド‐アルキン付加環化(CuAACクリック、CuI catalyzed azide-alkyne cycloaddition)17が最も注目を集めており、特に精密ラジカル重合法と共に、ポリマーの官能基化および材料合成に使用されるようになっています18。CuAACクリック反応は、ATRPによって調製されたポリマーへのクリック反応可能な官能基の導入が容易であり、各過程で同じ触媒系を使用するため、ATRPとの併用に特に適しています。これら2つの優れた技術を組み合わせることで、合成できる材料の幅が大きく広がっています。例えばGraysonのグループは、アルキン官能基化ATRP開始剤を用いて環状ポリマーを調製しています19。この手法を用いて、Wei らは核酸デリバリー用環状陽イオン性ポリマーを合成し、直鎖状類似体に比較して、環状ポリマーは同等の効果を持つものの、哺乳類培養細胞への毒性が低いことを示しました20。その他にもGohyおよびFustinのグループによって有用な開始剤が開発されており、このATRP開始剤には、o-ニトロベンジルエステル光分解性結合とCuAACクリック反応用のアルキン基が含まれています21。
Ohらは、Matyjaszewskiのグルーブが報告したATRPとROPを組み合わせた反応に用いた開始剤(HO-iBuBr)23を基に、還元反応応答性を示すタイプの双頭型開始剤(HO-SS-iBuBr)を新たに調製しました22。OH-SS-iBuBr存在下では、ラクチドのROPおよびoligo(ethylene glycol)methyl ether methacrylate(OEGMA)のATRPが共に制御され、狭い分子量分布(<1.2)を持つ制御された生分解性ブロック共重合体(PLASS-POEGMA)が得られます。PLA-SS-POEGMAの水性ミセル形成により、PLAコアとPOEGMAコロナの境界面にSS結合が位置する、コア/シェルミセルが得られます。細胞質基質(cytosol)などの還元環境下では、ジスルフィド結合が解離することでPOEGMAコロナがPLAコアから脱離(shed)し、コロイド安定性を失ったPLAコアが沈殿します。細胞無毒性と合わせ、これらの結果から、生分解性PLAを用いたsheddableミセルは、細胞内薬物送達用の新規ドラッグデリバリーシステムとして有用である可能性が示されました。
Weiらは同じ双頭型開始剤を用い、疎水性PCLブロック、pH応答性oligoamine tetraethylenepentamine(TEPA)‐修飾poly(glycidyl methacrylate)(PGMA)ブロック、および親水性OEGMAセグメントを持つ三元両親媒性ブロックコポリマーPCL-SS-P((GMA-TEPA)-st-OEGMA)を合成しました24。還元応答性双頭型開始剤であるHO-SSiBuBrを用いたROPによりsheddableな疎水性PCLブロックが合成され、これに続くGMAとOEGMAのATRP反応におけるマクロ開始剤として使用されました。この新規ブロック統計(statistical)共重合体では、細胞外環境における粒子安定性を高めるための可逆的疎水化と、細胞内で効率的にプラスミドやsiRNAを放出させるためのstatisticalな親水化が組み合わされています。本ポリマーは、その多機能性および生体応答性により、マウス脳内へのinvivo遺伝子導入に有効であることが示されています。
RAFT CTAを基盤とした双頭型重合剤
RAFT CTAを基盤とした双頭型重合剤は、タンパク質コンジュゲート、ナノ粒子へのポリマーのグラフト化、および生体機能付加など、様々な生物医学的応用へ向けた反応性末端を持つポリマーの作製に使用できます。Zhaoのグループは、RAFT重合とCuAACクリックを組み合わせ、Z-アジド‐官能基化RAFT CTA、S-azidepropoxycarbonylethyl S’-methoxycarbonylphenylmethyl trithiocarbonate(AMP)25またはZ-アルキン‐官能基化RAFT CTA26を用いたホモポリマーやマルチブロック共重合体の新規合成法を報告しました。これらポリマーはシリカナノ粒子へのグラフト化に使用されました。Maynardのグループは、タンパク質/ポリマーコンジュゲートの調製用に、PDS‐官能基化トリチオカルボナートCTAを設計しました27。RAFT合成したヘパリン模倣ポリマーであるpoly(sodium 4-styrenesulfonate-co-poly(ethylene glycol)methyl ether methacrylate)を、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)に共有結合させることで、ネイティブなbFGFとは異なり、環境的および治療的に関連した様々なストレス要因(熱、弱酸性または強酸性条件、保存条件、およびタンパク質分解など)存在下において、タンパク質安定性が大幅に向上しました。
高度なポリマー構造は、RAFT CTAをベースとした双頭型重合剤を使用して調製することも可能です。Youkらは、4-cyano-4-(dodecylsulfanylthiocarbonyl) sulfanylpentanol(CDP)を、一段階でのRAFT重合およびROPにおけるdual initiatorとして使用し、十分に制御されたブロック共重合体を合成しています28。一つの例では、ビニルモノマーのRAFT重合によって合成したブロックと、環状モノマーのROPによって合成したブロックからなるブロック共重合体を、RAFT重合に干渉しないROP選択的触媒を使用した一段階合成により調製しています。チオカルボニルチオ部分を通した可逆的連鎖移動およびビニル基を介した成長が可能な化合物存在化でのRAFT重合により、高分岐共重合体が得られます。Sumerlinらはacryloyl trithiocarbonateを合成し、特定の比率でNIPAAmによる共重合反応を行うことで、得られた熱応答性ポリマーにおける分岐の分布および長さを調節しました29。第二モノマーのさらなるRAFT重合によって生じる分岐PNIPAAmマクロCTAにおいて続く鎖延長が確認されるため、重合反応中に活性なチオカルボニルチオ化合物が保持されていることが明らかになっています。この手法は、多価生体共役反応や表面固定化などを促進可能な高濃度の硫黄含有末端基を持つ、多様な刺激応答性分岐共重合体の合成に応用できる可能性を持っています。
RAFT–ATRP双頭型重合剤
Weiらは、核酸デリバリーへの応用に向けた、sheddableな遮蔽ブロックを持つペプチド官能基化共重合体の合成に、還元応答性RAFT–ATRP双頭型重合剤を用いました30。最適化された還元反応応答性陽イオン性ブロック共重合体であるP(OEGMA)-SS-P(GMA-TEPA)は、この双頭型重合剤を用いてOEGMAのRAFT重合およびglycidyl methacrylate(GMA)のATRPとの組み合わせによって重合した後、P(GMA)ブロックの反応性エポキシ基がtetraethylenepentamine(TEPA)によって修飾されることで得られます。このジブロック共重合体は、分子量分布が狭く十分に制御された組成を示し、また、ジチオエステル末端基のアミノリシスによって生じる遊離チオールへのマイケル型付加により、コロナの外側において神経細胞標的化ペプチドであるTet1で容易に修飾することが可能です。最終的なポリマーは、高いトランスフェクション効率を保ちながらin vivoでの使用に適した、塩に対する安定性の高い粒子を形成します。これは、ポリマーが持つターゲティング、エンドソーム離脱、脱遮蔽およびカーゴ(cargo)の放出に関する機能が、Tet1ペプチド、プロトン化可能なTEPAアミン、還元反応応答性ポリマー骨格構造によってそれぞれ付与されているためと考えられます(図2)。このように、本ブロック共重合体は標的化および遮蔽機能を併せ持つため、標的化遺伝子送達において、ホモポリカチオンベクター類似体と同等の高いトランスフェクション効率を保持していることが示されました。そのため、RAFT-ATRP双頭型重合剤は、様々なタイプの多機能性薬物送達および遺伝子送達用ベクターを調製するための汎用的な手法となります。
図2P(OEGMA)15-SS-P(GMA-TEPA)50陽イオン性ポリマーの構造、DNA濃縮、細胞結合、エンドサイトーシス、およびそれに続く還元反応をトリガーとしたpDNAの細胞内放出の経路を表した模式図。文献30から許可を得て転載(Copyright (2012) American Chemical Society)
結論および今後の展望
多様な双頭型重合剤の設計および開発は、高度な材料設計へ向けた優れた手法の一つです。双頭型重合剤によって、変換および官能基化ステップを経ずに、時には同時進行で、異なる重合/反応を行うことが可能となり、従来のブロック共重合体合成法を大幅に簡略化すると同時に、多様なモノマーをベースとした魅力的な性質を示す様々な新規ブロック共重合体を調製することができます。過去10年間に、こうした重合剤の開発に大きな進歩がみられたことは驚くにあたりません。
ジスルフィド結合が最も関心を集めているのは注目すべき点であり、精密リビング重合プロセスに対するジスルフィドの優れた適合性、穏やかな条件下におけるジスルフィド結合の可逆的な分解/形成、およびジスルフィドの生物学的関連性のために、双頭型重合剤のジスルフィド結合は分解性結合として利用されています。また、分解性双頭型重合剤を開発するための、酸性pH、温度、酵素応答性基質、および光感受性架橋など、他の刺激応答性結合の利用に関する研究はこれからのテーマとなり、今後も研究が進むと考えられます。
今後も、様々な双頭型重合剤を用いて合成される先端バイオマテリアルの新たな分野において、大きな発展が期待されます。
参考文献
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