交互(LbL)積層法 -機能性生体材料を得るための「温和かつ柔軟な」方法-
Dr. Katsuhiko Ariga, Dr. Jonathan P. Hill
World Premier International (WPI) Research Center for Materials Nanoarchitectonics (MANA), National Institute for Materials Science (NIMS), Japan
Material Matters, 2008, Vol.3 No.3
はじめに
科学者は機能性材料やシステムの開発に現在多くの時間と労力を費やしています。一方、自然は何十億年もの時間をかけて進化しており、その極めて高い機能性を生体材料に見ることができます。この圧倒的な開発時間の大きな差が影響してか、人工材料は生体材料に比してその機能の効率や特異性において劣ることが少なくありません。このため、合理的な材料設計の観点から、生体材料を組み込んだ機能材料開発には大きなメリットがあると考えられます。残念ながら、生体材料は人工デバイスの構成材として自然の中で進化したわけではありませんので、加工に必要な過酷な化学的条件下や物理的条件下では特性の低下や分解を来す傾向があります。よって、人工構造に効果的に生体材料を固定化するには、温和かつ柔軟な手法が必要となります。そのために、ラングミュア・ブロジェット(LB:Langmuir-Blodgett)膜や自己組織化単分子層(SAM:self-assembled monolayer)などにより生体膜様薄膜に生体材料を組み込む方法がとられます。これらの膜は適当な媒体にはなりますが、時に操作が煩雑であったり、また、応用物質に制限があったりして、必ずしも広く適用される手法とはなりえません。最近、機能性分子を薄膜として固定するための汎用性の高い温和かつ簡便な方法として、交互積層法(LbL:Layer-by-Layer self-assembly)が注目されています1,2。本稿では、温和かつ柔軟なLbL法によって創製される機能システムの最近の進展を紹介します。
LbLの概要:生体材料に対して穏やかである理由と、その程度
カチオン性高分子電解質とアニオン性タンパク質の積層を一例として、LbL積層法の一般的なプロセスを図1aに示します。負の電荷をもつ固体担体表面にカチオン性高分子電解質が吸着すると通常は過剰吸着を起こし、表面の電荷が反転します。続いてアニオン性タンパク質を吸着させると、表面の電荷が再び反転します。この表面の電荷反転機構を利用して、層構造を連続的に作製できます。このメカニズムは電荷をもつさまざまな物質に適用できるため、使用できる生体材料の選択肢はタンパク質、核酸、糖、ウイルス粒子など、きわめて多岐にわたります。厚さナノメートルスケールの膜を作成できるこの積層プロセスを、ビーカーとピンセットのみを使用することで、温和な室温条件で水溶液を使って行うことができるのです。LbL積層法の推進力は静電的相互作用に限定されるとは限りません。水素結合や金属配位といったほかの相互作用も積層に利用できます3。レクチンと糖との相互作用などの生体分子特異的な相互作用を利用すると、さらに特異的に膜を構築できる可能性があります4。
LbL積層法の革新の重要な節目となったのが、プロセスにテンプレート合成を取り入れたことです5。図1bには、コロイド粒子を用いるLbL積層化と、その後の中空カプセルの作製を示しています。この方法では、従来のLbL積層法と同じくLbL膜を連続的に積層しますが、コアとしてコロイド粒子を用いる点で異なります。コアであるコロイド粒子を破壊すると中空カプセルが得られます。LbL積層法によって酵素の結晶を高分子電解質で包んだのちに、酵素の結晶を溶かすとナノサイズのカプセルに多量の酵素が充填されます6。LbL積層法によって、テンプレートの多孔質アルミナの内部に生体材料を積層したのちに、テンプレートを溶かすと生体材料から成るマイクロチューブが形成されます7。
図1LbL積層法のプロセス(a)固体基板上;(b)コロイドコア上。Ariga, K. et al. Phys. Chem. Chem. Phys. 2007, 9, 2319. © 2007, RoyalSociety of Chemistryより許可を得て転載。
図2LbL法で積層した複数の酵素から成るリアクター。Ariga, K. et al. Phys. Chem. Chem. Phys. 2007, 9, 2319. © 2007, Royal Society of Chemistryより許可を得て転載。
グルコースオキシダーゼを使ってLbL積層法で作製した一酵素型のリアクターの性能と、同じ酵素を含むLB膜の性能とを比較したところ、前者のほうがはるかに優れていました9。前者は厚みを増大させても酵素反応の効率に変化が見られなかったのに対して、LB膜は厚みを増大させると酵素活性が劇的に低下しました。LbL積層膜の高分子電解質層はLB膜の凝縮脂質相よりも反応前駆体の浸透性が高いと考えられます。また、単一成分型のこのLbL膜に対し、pHの変化に対する耐久性、耐熱性、安定性についても試験しました。グルコースオキシダーゼのLbLリアクターは、これら全項目において安定性の向上がみられました。高分子電解質の柔らかなクッションに酵素分子が適度に固定されているため、リアクターが外部要因を受けても立体配座の変化が抑えられた可能性があります。
センサーへの応用は、生体材料のLbL積層膜の利用法として最も重要です。LbL法では、電極やトランジスタなどのセンサー装置部品の固体表面に活性な構造をもつ酵素の薄膜を容易に作製することができます。たとえば、Ruslingらはこの分野の先駆的な研究を実施して最近の論文に報告しています10。彼らは、DNAと酵素(ミオグロビンやシトクロムP450)を使ってDNA損傷の検出システムを開発しました11。膜中の酵素は、過酸化水素による活性化を受けてスチレンから代謝産物の酸化スチレンを生じ、この酸化スチレンが同じ膜中の二本鎖DNAと反応します。このプロセスはヒトの肝臓中での代謝とDNA損傷を模倣していると考えることができます。DNA損傷の検出にはRu錯体とCo錯体の電気化学に基づく方形波ボルタンメトリーを利用しています。この方法には有機化合物前駆体や代謝産物の毒性の<i>in vitro</i>スクリーニングに広く利用できる可能性があります。
医療への高度な応用
LbL法はきわめて簡便で汎用性が高いため、近い将来にはさまざまな実用法が開発されると思われます。薬物送達や細胞工学では生物医学への応用例が既に実現しています。
LbL法を使ってカプセル構造を作るさまざまな手法が開発されていますが、このカプセルは薬物の送達や放出を制御する担体として利用することができます12。たとえば、Lvovらは、生体適合性の高分子電解質の微小な殻に、天然の二重らせん構造を保持させたままDNAを封入する独特の方法を考案しています(図3)13。遺伝子送達ではDNAの分解が大きな問題になっています。このため、環境に優しい材料で作製した適切な担体にDNAを封入することが不可欠です。Lvovらの方法では、MnCO3粒子をテンプレートのコアとして利用し、これをDNA溶液中に懸濁させます。撹拌したMnCO3/DNA混合溶液にスペルミジン溶液を添加すると、水に不溶なDNA/スペルミジン複合体がMnCO3粒子表面に析出します。続いて、混合成分であるMnCO3/DNA/スペルミジンコアを生体適合性のポリアルギニンとコンドロイチン硫酸から成るLbL積層膜で被覆します。その後、二段階でコアを溶かします。最初に、重水素化された0.01 M HCl溶液でテンプレートのMnCO3粒子を溶かすと、DNA/スペルミジン複合体を含む生体適合性のカプセルが得られ、その次の段階でさらに0.1 M HCl溶液で処理するとDNA/スペルミジン複合体が分解します。この二番目のプロセスの後は、分子量の小さいスペルミジンがカプセルの内部放出されるため、DNAが閉じ込められた生体適合性のカプセルが残ります。閉じ込められた物質の高分子電解質膜に対する透過性は、pHの変化、溶媒の追加、温度の急激な上昇といった外部要因によって制御できるため、閉じ込められたDNAの放出を制御することができます。
図3LbL法で積層したカプセル中に閉じ込められたDNA。Shchukin, D. G.. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 3374. © 2004, American Chemical Society より許可を得て転載。
平面LbL膜を薬物送達用途に利用することも提唱されています。たとえばLynnらは、分解性のカチオン性人工ポリマーと、高感度緑色蛍光タンパク質をコードするプラスミドDNAから成る最大100 nm厚のLbL膜をシリコン基板と石英基板の表面に作製しています14。このカチオン性ポリマーを分解すると、LbL膜からプラスミドDNAが放出されて転写が活性化され、細胞内での高感度緑色蛍光タンパク質の高発現が促進されます。近年、YuとArigaらは、材料の放出を制御できる中空カプセルを内部に持つLbL膜を報告しました15。作製した膜は「メソポーラスナノコンパートメントフィルム」と呼び、シリカ粒子と中空のシリカカプセルで構成されています(図4)。得られたメソポーラスナノコンパートメントフィルムは分子を封入・放出する特殊な機能を有しており、フィルムに埋め込まれた堅牢なシリカカプセルのメソ細孔チャネルを通じて、外部刺激を要さない水分子や薬物分子の自動調節ON-OFF型の放出が実現されています。閉じ込められた分子のON-OFF型な放出には再現性が確認されており、これは内包分子がメソ細孔チャネルから外部に蒸発する速度と内部からメソ細孔チャネルに毛管浸透する速度が非平衡であることに起因します。このナノコンパートメントフィルムを用いれば治療薬の段階的な放出が可能となり、これによって治療薬の効果が改善される可能性があります。メソポーラスナノコンパートメントフィルムは薬物投与法に新しい道を拓くことでしょう。
図4メソポーラスナノコンパートメントフィルム。Ji, Q. et al. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2376. © 2008, American Chemical Societyより許可を得て転載。
LbL法を細胞工学に応用することは、大変魅力的なターゲットです。これに関するいくつかの先駆的な研究の成果がKotovらの最近の総説にまとめられています16。たとえば、JanとKotovは、LbL膜が幹細胞技術に利用できる可能性があることを示しており、カーボンナノチューブと高分子電解質から成るLbL膜上で環境感受性の神経幹細胞をニューロスフェアと単細胞の両形態で分化させる研究を行っています17。Benkirane-Jesselらは、ポリ-L-グルタミン酸とポリ-L-リジンから成るLbL膜に埋め込まれた骨誘導因子とそのアンタゴニストであるノギンによって、細胞のアポトーシスが制御されることを示しています18。これは、高分子電解質の多層膜に埋め込まれた反応物を介して、歯の分化時のアポトーシスを<i>in situ</i>で制御できる可能性があることを示す優れた実験です。De Smedtらは、炭酸カルシウム微小粒子をテンプレートとしてデキストラン硫酸の膜とポリ-L-アルギニンの膜で作製したLbL高分子電解質マイクロカプセルの細胞取込み、分解、生体適合性について<i>in vivo</i>で検討を行っています19。ほとんどのマイクロカプセルは細胞内部に取り込まれ、皮下注射の16日後には分解が始まったことから、分解性の高分子電解質で作製したLbLマイクロカプセルは薬物送達に適している可能性のあることがわかります。
今後の見通し
本稿では、生体材料を用いるLbL法のさまざまな特徴を簡単に紹介しました。LbL法は、この温和さが最大の特徴であり、繊細な生体材料に適しています。簡便性と汎用性が高いという他の特徴は温和な作製法を実行するうえで重要です。LbL法は既存のトップダウン式の超微細加工法(マイクロファブリケーション法、ナノファブリケーション法)と組み合わせることができます20。LbL積層法は簡便であるため、フォトリソグラフィー法、インクジェット法などの超微細加工技術や他のパターニング技術に使用でき、さまざまな目的に適応します。LbL法とトップダウン式加工法を融合させることによって、超微細加工が施された構造に生体材料を組み込むことを可能にし、その結果バイオセンサーマイクロアレイ、マイクロチップリアクターなどの次世代のバイオナノデバイスや超微細バイオデバイスをもたらすでしょう。
参考文献
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