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DDS用分岐型ポリエチレングリコール誘導体(Y字型PEG)の応用

Dr. Hui Zhu

JenKem Technology Co. Ltd., Beijing, P.R. China

Material Matters, 2016, 11.3
Material Matters PDF版

はじめに

免疫系は、外部から分子が細胞に侵入するのを防ぐことで体を疾患から守ります。例えば、ペプチドやタンパク質はタンパク質分解酵素で、核酸は核酸分解酵素でそれぞれ加水分解され、低分子のほとんどは肝臓と腎臓で排出されます。この免疫反応は体を疾患から守る一方で、多くの薬物を失活させます。PEG化(PEGylation、PEG修飾)は、消失半減期を延ばし、薬物の免疫原性を抑えるために最も一般的に用いられる薬物送達方法の1つです。 

ポリエチレングリコール(PEG:polyethylene glycol)は、エトキシ(-(CH2-CH2-O)-)の繰り返し単位からなる水溶性合成ポリマーであり、PEG化とは、PEG誘導体を他の分子と共有結合させる方法です。ドラッグデリバリーシステム(薬物送達システム、DDS)のための薬物修飾法として安全で効率的であることが示されており、多様な市販品での使用が各種規制機関により認められています。薬物のPEG化によって、酵素による加水分解を防ぎ、薬物動態/薬力学(PK/PD:Pharmacokinetic/Pharmacodynamic)プロファイルおよび安定性を向上し、薬物の水溶性を増加させると同時に毒性を低減することができます。

PEG材料はその分子構造に基づいて、主に直鎖型PEG、マルチアーム型PEG、分岐型PEGの3種類に分類できます(図1)。メトキシPEG(mPEG)やヘテロ二官能性およびホモ二官能性PEGのような直鎖状PEGは、ペプチド、タンパク質、siRNAのPEG化やその他低分子の修飾、ナノ粒子を用いたドラッグデリバリーシステムの調製によく使用されます。マルチアーム型PEGは、直鎖状PEGと同様の物理化学的性質を有し、薬物充填量を増加させる目的や架橋によるハイドロゲルの調製に使用されます1。分岐型mPEG鎖でPEG化を行うと、直鎖状PEGでPEG化した場合と比較して、酵素消化に対する安定性が向上します2–4

現在、市場で使用されている分岐型PEG材料には、U字型PEGとY字型PEGの2種類があります(図2)。Monfardiniらは、リボヌクレアーゼ、カタラーゼ、アスパラギナーゼ、トリプシンなどの酵素をU字型PEGおよび直鎖状PEGで修飾し、異なるpHおよび温度においてタンパク質分解酵素に対する安定性を比較しました2。その結果、U字型PEGで修飾した酵素は、直鎖状PEGで修飾したものよりも安定性が向上することが示されました。Zhouらは、タンパク質(インターフェロンα2a、α2b、およびrhGH)をY字型PEGで修飾した場合、おそらく2つの分岐型PEGの化学構造が異なるために、U字型PEGで修飾した酵素よりもin vitroでの薬学的活性が向上することを報告しました3,4

一般的なPEGの構造式

図1一般的なPEG構造:(A)直鎖型PEG、(B)マルチアーム型PEG、(C)分岐型PEG

図1凡例
 ・ XX1X2:末端官能基(NHS、NH2、COOH、Maleimide)
 ・ R:マルチアーム型PEGのコア構造(例:8-arm PEGの場合はtripentaerythritol)
 ・ n:(CH2CH2O)単位の繰り返し数
 ・ n1:PEGのアームの数(通常は3、4、6、8)
 ・ K:分岐型PEGのリンカー

分岐型PEGの構造例

図2分岐型PEGの構造例:(A)U字型PEGと(B)JenKem Technology社が特許を所有するY字型PEG

こうした理由から、分岐型mPEG誘導体の応用に対する関心が生物医学分野で高まっています。本レビューでは、がん治療薬、コカインエステラーゼ、抗生物質、抗ウイルス薬のPEG化などの、バイオ医薬品領域におけるY字型PEG誘導体に関するいくつかの応用例を中心に紹介します。表1に、ドラッグデリバリー用Y字型PEG誘導体の用途をまとめました。

表1薬物修飾用Y字型PEG誘導体の用途

Y字型PEGによるがん治療薬のPEG化

抗腫瘍活性を持つ分子の多くは疎水性で、半減期が短く、毒性および免疫原性を示すため、がん治療に用いる前に修飾が必要です。これら分子は、PEG化によりその難点を低減または回避することで、がん治療に使用できるようになります。複数のPEG修飾された薬物(Caelyx™、PegIntron®、CIMZIA®、PEGASYS®、Oncaspar™など)がすでに市販されており、他にも多くの薬物が臨床研究の段階に入っています。

最近、Y字型PEGで修飾したいくつかのがん治療薬の研究開発に関する進展が報告されています。例として、Liらは、MMP7(マトリックスメタロプロテアーゼ7、matrix metalloproteinase 7)の近接活性化(proximity-activated)と葉酸受容体の標的化を行う、siRNA送達用ナノ粒子(NP:nanoparticle)を開発しました5。このsiRNAナノ担体は、pH応答性とエンドソーム溶解性を持つ1つのコアと2つのコロナで形成され、FA(葉酸、folic acid)‐PEGとY字型PEG‐PAT(proximity-activated targeting、MMPで開裂可能なペプチド)の2種類のポリマーが自己組織化したものです。Y字型PEGコロナは、血液中の非特異的な相互作用からコアを保護します。MMPが豊富な環境(転移がん組織内など)でPATが開裂すると、Y字型PEGが外れて内側のFAが露出し、葉酸受容体を介したナノ粒子の取り込みを可能にします。著者らは乳がん細胞を標的に使用した場合、モデル遺伝子のタンパク質レベルでのノックダウンが50%を超える一方で、ナノ粒子は検出不可能なレベルの細胞毒性を示すことを明らかにしました。

Y字型PEGで修飾されたナノ粒子を使用した別の例では、Amoozgarらはpaclitaxelを充填したナノ粒子表面の被覆にY字型PEGアミンを使用しました6。著者らは、卵巣腫瘍を持つマウスをこのナノ粒子で処置すると、生存期間が大幅に延長(1~2週間)されることを報告しています。

Daiらは、カテプシンB応答性ジペプチド(バリン-シトルリン、vc)を使用してY字型PEGとTNF-αを結合させて、Y字型PEG-TNF-αおよびY字型PEG-vcTNF-αを調製しました7,8。腫瘍壊死因子α(TNF-α)は非常に強い生物活性を有し、腫瘍細胞を直接殺傷するために使用されますが、重篤な副作用、体内からの急速な排出、静脈内投与後の複数の組織における非特異的な分布などの理由から、医学的な利用が限定されています。Y字型PEG-TNF-αと比較して、Y字型PEG-vcTNF-αは強い細胞毒性を誘起し、抗腫瘍活性が約10倍向上することが明らかになっています。in vivoの薬物動態研究では、Y字型PEG-vcTNF-αの半減期がY字型PEG-TNF-αと同程度であり、ネイティブTNF-αよりも70倍長くなることが示されています7。また、カテプシンB応答性Y字型PEGで修飾したTNF-α(Y字型PEG-vc-PABC-TNF-α、p-amino benzyl carbonylスペーサーを含むY字型PEG-vc)も、同様の特性を示します8

Deloisaらは、ラッカーゼのPEG化反応とPEG-ラッカーゼの酵素活性について研究しました9。ラッカーゼは銅を含む酸化還元酵素で、フェノール化合物の酸化を促進し、腫瘍細胞に対する抗増殖活性を示します。この研究では、PEGの分子量および構造(直鎖状、分岐型など)は、ラッカーゼの活性に有意な影響を与えないことが明らかにされました。PEG化したラッカーゼのABTS(2,2'-azino-bis(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonic acid))に対する活性は、ほぼ100%維持されました。

G-CSFは、造血細胞の生存、増殖、分化、機能を活性化させるタンパク質です。G-CSFの組換え体は、特定のがん治療において、化学療法後の好中球減少からの回復を促進し、治療強度を上げることを可能にするためのアジュバントとして使用できます。Wangらは、リジンに対して特異的なPEG化を用いて、Y字型PEGで修飾したG-CSFを合成しました10in vivoで5-フルオロウラシルにより誘起される好中球減少に対する治療のマウス実験において、Y字型PEG-G-CSFではFilgrastim™と比較して投与回数および投与量を減らせることが示されました。カニクイザルでの測定では、Y字型PEG-G-CSFの半減期はFilgrastim™よりも19倍長くなっていました。

骨髄(BM:bone marrow)転移は、多発性骨髄腫(MM:multiple myeloma)における主な死因です。Roccaroらは、MMおよびBMの腫瘍転移の活性部位で、CXCL12とも呼ばれる低分子サイトカインのストロマ細胞由来因子1(SDF-1)の発現が増加していることを報告しました11。この研究では、鏡像(mirror image)ファージディスプレイとシュピーゲルマー(Spiegelmer)技術を用いて、Y字型PEGでPEG化した高親和性anti-SDF-1 L-オリゴヌクレオチド(olaptesed-pegol、ola-PEG)が作製されました。ola-PEGを投与したマウスの生存時間は、投与しなかったマウスよりも約2週間長くなることが示され、MM細胞の腫瘍成長は有意に減少していました。マウスモデルの骨髄の微小環境(ニッチ)でola-PEGがSDF-1を無効化することで、MM細胞のホーミング(帰巣)と増殖が抑えられ、MMの疾患進行を抑制することができます。

Y字型PEGによる抗生物質および抗ウイルス薬のPEG化

Y字型PEGは、in vivoでの安定性に問題がある抗生物質や抗ウイルス薬のPEG化に使用されています。Marcusらは、ゲンタマイシンを可逆的にPEG化する方法を開発しました12。薬物を可逆的にPEG化することで、非修飾時の薬物作用を保ちながら、in vivoで長期間にわたって放出することができます。例えば、PEG-ゲンタマイシンをin vitroでインキュベートすると、抗菌作用は完全に回復します。ラットに全身投与した場合、PEG-ゲンタマイシンの半減期は、誘導体化していないゲンタマイシンを全身投与した場合よりも7~15倍長くなります。

インターフェロン(IFN:Interferon)は幅広いスペクトルを有する抗ウイルス剤で、細胞表面の受容体を介してウイルスの複製を抑える抗ウイルス性タンパク質を作製することにより、ウイルスを間接的に抑制します。またIFNは、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、マクロファージ、T細胞を活性化し、抗ウイルス薬の有効性を向上させます。例として、ZhouらはY字型PEG-IFN α2aおよびY字型PEG-IFN α2bの開発を報告しています3,4。カニクイザルでの測定では、Y字型PEG-IFNのin vivoでの半減期は、非修飾IFNの半減期よりも10倍以上長くなりました。

さらに、PEGASYS(PEG Interferon α-2a)と比較して、Y字型PEG-IFNではin vitroでの抗ウイルス作用が2~3倍増加しました。

Y字型PEGによるコカインエステラーゼのPEG化

コカインエステラーゼ(CocE)は、コカインの分解において最も効率の良い天然酵素であると考えられています。コカインエステラーゼの投与によりコカインの代謝を促進する方法は、コカインの過剰摂取および依存症に対する有効な治療法として期待されています。しかし、コカインエステラーゼは熱的に不安定で、血中のタンパク質分解酵素により急速に分解され、免疫原性を示す可能性があることから、医学的利用が限定されています13

Narasimhanらは、コカインエステラーゼのT172R/G173Q変異体(CCRQ-CocE)をY字型PEGで修飾することで、in vivoでの滞留時間が24時間から72時間に改善されることを報告しています14。CCRQ-CocEでは熱的安定性が向上しており、野生型コカインエステラーゼのin vitroでの半減期が37℃で12分間しかないのに対して、CCRQ-CocEは37℃で41日間経過したあとも90%を超える活性を保持します。

Fangらは、分子モデリングおよび分子動力学シミュレーションを用いて、L196C/I301C変異を有するE172−173の有望な新規変異体(enzyme E196−301)の設計と特性評価を行いました15in vivo試験では、致死量(180 mg/kg、LD100)のコカインを投与した場合、Y字型PEGで修飾したE196–301は少なくとも3日間にわたってマウスを完全に保護しましたが、非PEG化(unPEGylated)E196–301は24時間未満しかマウスを保護できませんでした。  

Y字型PEGによるPEG化に関するその他の用途

Y字型PEGは、リウマチ様疾患の治療、移植医療、組織成長の用途でヌクレオチド、Cp40、rhGHのPEG化にも使用されています。

インターロイキン-6(IL-6)は、細胞の増殖、分化、免疫応答の機能を活性化して関与します。IL-6とIL-1は、炎症反応や発熱反応に関与しています。Hirotaらによると、Y字型PEGで修飾されているSL1026は、SOMAmer(slow off-rate modified aptamer)、IL-6拮抗剤であり、in vitroでIL-6のシグナル伝達を無効化し、リウマチ様症状の発症を遅らせて深刻度を軽減します16。SL1026をカニクイザルに投与すると関節炎の進行が遅延します。また、SL1026は、ヒト血液由来のT細胞においてIL-6に誘導されたex vivoでのSTAT3のリン酸化を抑制し、ヒト初代培養肝細胞でIL-6に誘導されたC反応性タンパク質および血清アミロイドAの生産を抑制します。報告されているSL1026の治療効果はトシリズマブと同等かわずかに上回るもので、リウマチ様関節炎の治療薬に使用できる可能性があります。

移植研究では、補体第3成分(C3)の阻害に血管保護作用があることが知られています。しかし、C3が遺伝的に欠損している場合は、補体第5成分(C5)転換酵素の作用により、血管拡張および透過性を増加させるC5a(アナフィラトキシン)が生成します。Khanらは、Y字型PEGで修飾した44塩基のL-RNAである特異的C5a阻害剤のNOX-D19を調製し、この阻害剤を用いた治療により微小血管障害を防ぐことができることを明らかにしました17。同種移植の拒絶反応の際に微小血管の拡張および透過性が増加するため、血管統合性(vascular integrity)は移植医療における重要な指標の1つです。

Ristanoらは、PNH(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria、発作性夜間ヘモグロビン尿症)赤血球の溶血およびオプソニン作用に対するCp40およびY字型PEG-Cp40の効果をin vitroおよびin vivoで研究しました18。Cp40およびY字型PEG-Cp40は、未治療のPNH患者2名に由来する赤血球について同程度の溶血阻害活性を示しました(IC50:約4 μM、完全な阻害:約6 μM)。非ヒト霊長類におけるY字型PEG-Cp40の消失半減期は5日間超で、非修飾Cp40の半減期よりも10倍以上長くなるため、C3の血漿中レベルに影響を与える可能性があります。

組換えDNA技術で作製したヒト成長ホルモンrhGHは、細胞の増殖、再生、組織成長を促進します。ZhouらはY字型PEG-rhGHを合成し、脳下垂体摘出ラットにおいてネイティブrhGHよりも1.5倍高い生物活性を得ました19。さらに、カニクイザルで測定したY字型PEG-rhGHの半減期は、ネイティブrhGHよりも20倍以上長くなりました。

結論

本レビューで示したように、Y字型PEGを使用した薬物修飾により、直鎖状PEGで修飾した薬物や元の薬物と比較して、酵素消化、温度、pHに対する安定性が向上します。Y字型PEGによるPEG化は、薬物のPK/PDプロファイルを改善します。PEG化による活性サイトのブロックにより薬物の作用が阻害される場合、薬物およびドラッグデリバリーシステムをY字型PEGで可逆的に修飾することで、不可逆的に修飾した場合と比較して作用および標的化が向上します。

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