細胞培養ラボのリスク評価
リスク評価の主な目的は、事故を防ぎ、財産を保護しながら、個人や環境への害を避けることです。多くの国では、リスク評価の実施は法的要件です。例えば、このケースは英国の労働安全衛生法(1974)に基づいています。また、労働安全衛生法をカバーするEC指令もあります。法律および基準については、欧州労働安全衛生機関に問い合わせることができます。または、現場の安全衛生担当者にご連絡ください。したがって、リスク評価は活動開始前に行う必要があります。この評価は以下の2つの要素から構成されています。
- リスクの特定および評価
- リスクを回避するまたは最小限に抑える方法の明確化
動物の細胞培養では、リスクのレベルは使用する細胞株に応じて変動し、その細胞株がヒトに害をもたらす可能性があるかどうかに基づいています。分類レベルを下記に示します。
- 低リスク:非ヒト/非霊長類の継代細胞株および一部の特性が明らかなヒト継代細胞株
- 中リスク:特性が明らかでない哺乳類細胞株
- 高リスク:ヒト/霊長類の組織由来、または血液由来の初代培養細胞。内因性病原体を含む細胞株(正確な分類は病原体により異なります) – 詳細はACDPガイドラインをご参照ください†。感染実験に使用される細胞株で、分類カテゴリーが感染病原体に依存する場合 – 詳細はACDPガイドラインをご参照ください。
†危険病原体諮問委員会(ACDP)(1995)Categorization of Biological Agents According to Hazard and Categories of Containment, 4th edition, HSE books, Sudbury, UK.1995年版に対する5回目の改訂版が2013年に作成されました。Approved List of Biological agentsに対する改訂版が2013年に発行されました。
注記:米国保健福祉省(アメリカ疾病予防管理センター)は、Biosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories(BMBL)文書(2009)の中で同様のリストを発行しています。米国のシステムでは、UK ACDP ハザードグループの代わりにBiological Safety Levelsを使用しています。
European Collection of Authenticated Cell Cultures (ECACC)などの培養細胞コレクションは、リスク評価に基づいて、既定の細胞株に対し求められる最低限の封じ込めレベルを推奨していると考えられます。大半の細胞株の適切な封じ込めレベルは、class 2の安全キャビネットを必要とするレベル2です。しかし、操作方法や大量培養が想定されるかによって、封じ込めレベル3に上げなければならない場合があります。HIVまたはヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)を有する患者由来の細胞株では、レベル3の封じ込めが必要です。封じ込めはリスクを低減させる最も有効な手段です。その次に有効な他の措置として、スタッフおよび機器のラボへの出入りの制限などがあります。また、作業エリアの整頓、試薬の正しいラベリングと保管の確認などのGLP(Good laboratory practice)、およびクリーンベンチ内での正しい操作技術はリスクを低減させるので、ラボでの安全な作業環境のために重要です。エアロゾルまたは飛沫へのばく露のリスクは、激しいピペッティングやスクレイピングを避け、溶液を静かに注ぐことにより抑えることができます。さらに、ヒト初代培養試料を使用するラボのスタッフはB型肝炎の予防接種を受けることを推奨します。また、書面による標準作業手順書およびリスク評価の使用とスタッフへのトレーニングは、被害を受ける可能性を減少させます。組織培養における安全性の基本をカバーする細胞培養の訓練コースがECACCにより提示されています。
ヒトの病原性ウイルスは、細胞培養において最も可能性の高いバイオハザード(感染性因子)の1つです。ヒトに対して病原性がある因子の感染が判明している、または疑われる場合、細胞培養は懸念される病原体に適切な封じ込めレベルで取り扱う必要があります。また、その他の感染性因子の可能性を検討する必要があります。これらは細胞培養培地の構成物、他の外来性感染性因子(例えばマイコプラズマ汚染)および細胞からの産物に関連しており、これらの一部は薬理学的活性、免疫調節活性または感作性を有する生理活性分子である可能性があります。さらに、改変細胞 – 例えば、ハイブリッド・形質転換細胞・遺伝子組換えDNAを含む細胞 – の産生および使用は有害となる可能性があります。こういった操作は、改変または再活性化されたウイルス産生や、新規の融合/ハイブリッドタンパク質(特に異種間ハイブリッド)の出現、およびウイルスや細胞由来のがん遺伝子の発現をもたらす可能性があります。ラボのスタッフは、決して自身の体または組織由来の細胞を培養してはいけません。
in vitroでの形質転換または遺伝子改変は、誤ってドナーに接種された場合、異常な薬理学的活性を有するタンパク質の発現や悪性疾患をもたらす可能性があります。したがって、ヒト細胞は実験作業と関連しない個人から得る必要があります。感染性廃棄物は、以下の廃棄物処理の項に記載された方法に準拠して処理される必要があります。
遺伝子組換え生物(GMO)
遺伝子組換え生物(GMO)の産生および使用にあたっては、厳密に規制・管理を行わなければなりません。大半の国にはGMOによりもたらされるリスクを最小限にするための規制機関があります。例えば、英国ではGMOを使用および/または産生する作業を行うすべての機関について、遺伝子組換え実験安全委員会(GMSC)を設置するよう法律で定められています。作業開始前に、目的の作業の提案書が委員会を通過し、必要に応じて安全衛生庁(HSE)により承認される必要があります。GM作業の規制を統治する欧州指令があります。業務を行う国の当局により設定された規定を確実に遵守することは、個々の細胞培養ユーザーおよび所属機関の責任です。
培養廃棄物、作業台表面および装置の消毒/汚染除去のためにデザインされた手法を用いることは、傷害リスクを最小限に抑えるために重要です。濃縮型消毒薬の使用時は、手袋・保護メガネなど常に適切な個人用保護具(PPE)を着用します。手袋は、欧州基準EN374-3に適合しており、取扱い物質から身を守れるものである必要があります。メーカーの寸法表は、作業に最適な手袋を決定するのに役立ちます。主な消毒薬は4つのグループに分けられ、これに関連するメリットは以下のように要約することができます。
アルコール(エタノール、イソプロパノールなど)
- アルコールの有効濃度:エタノール70%、イソプロパノール60~70%
- 作用機序は脱水および固定
- 細菌に対して有効。エタノールは大半のウイルスに有効だがノンエンベロープウイルスには無効
- イソプロパノールはウイルスに対して無効
アルデヒド(ホルムアルデヒドなど)
- アルデヒドは刺激物であり、感作性の問題により使用を制限する必要がある。
- 十分に換気されたエリアでの使用のみとすべきである。
- ホルムアルデヒドはラボを燻蒸消毒するのに使われる。ホルムアルデヒドは装置で加熱されることで気化し、すべての露出面がホルムアルデヒドにばく露される。
注記:一般的にアルデヒドを用いた消毒および燻蒸消毒は有害です。現地における使用規制を、安全アドバイザーとともにチェックします。
次亜塩素酸塩(次亜塩素酸ナトリウムなど)
- 次亜塩素酸は一般用途の優れた消毒剤である
- ウイルスに対して有効
- 金属に対し腐食性であるため、金属表面(例えば遠心分離機)には使用しない
- 有機物により速やかに不活化されるため、毎日調製する必要がある
- 一般用途である表面消毒には1,000 ppm、ピペット消毒には廃棄容器内で2,500 ppm、組織培養廃棄物および汚染箇所には10,000 ppmで使用する
注記:ホルムアルデヒドを使用してキャビネットまたは部屋を燻蒸消毒する場合、この2つの化学物質を一緒に反応させると発がん性物質を産生するため、すべての次亜塩素酸塩類を最初に除去する必要があります。
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?