高感度バイオマーカー検出プラットフォームを用いた心毒性バイオマーカーの早期検出
心毒性バイオマーカーの早期検出に関する研究は、生命を脅かす心疾患の予防に役立つ非常に重要なものです。血清中の心筋トロポニンの測定は、ヒトの急性心筋梗塞の診断のゴールドスタンダードであり、安全性試験における心毒性評価の新しいツールとして広く認知されるようになってきています。血清中の心筋トロポニンI(cTnI)濃度の上昇は、ユニークな高感度バイオマーカー検出1分子カウント(SMC®)イムノアッセイ技術により早期に検出できます。ラットの心筋損傷の早期評価におけるSMC®テクノロジーおよびSMC® Human cTnI High Sensitivity Immunoassay Kitの有用性を説明します。
図1.心筋トロポニン複合体は、トロポニン-I(TnI)、トロポニン-T(TnT)、およびトロポニン-C(TnC)から構成される。これらは複合体としてトロポミオシンおよびアクチン筋原線維に結合する。トロポニン複合体は、カルシウム結合後に誘導される構造変化を介して筋収縮を制御する。
この筋原線維結合プールに加えて、心筋トロポニン(cTn)複合体の前駆体プールとして機能すると考えられている細胞質プールも存在します。仮説では、心筋損傷後、細胞質プールは速やかに放出される一方、筋原線維に結合したcTnIは徐々にタンパク質分解され、もとの複合体の断片および一部として放出されます。
SMC®テクノロジーを用いた安全性プロファイルの評価
この試験では、さまざまな化合物クラスのcTnI濃度に与える影響を検討しました。2つの既知の心毒性物質(イソプロテレノールおよびヒドララジン)、ならびに安全性プロファイルについて議論が行われている2つの薬剤クラス、すなわちチロシンキナーゼ阻害薬(TKI、イマチニブ)およびペルオキシソーム増殖剤活性化受容体γ(PPARγ)アゴニスト(ロシグリタゾン)を試験しました。これらのすべてでcTnIを有意に上昇させたことから、候補薬の安全性プロファイル評価におけるSMC® Human cTnI High Sensitivity Immunoassay KitおよびSMC®バイオマーカー検出技術の有用性が実証されました。
cTnI濃度の上昇は、目に見える心臓病変に先立つことが多いため、内在性レベルを超える血清中cTnI濃度の上昇をできるだけ早期に検出することが重要です。SMC®テクノロジーは、独自の高感度検出能力により、血清中のcTnI濃度の上昇を早期に検出することができます(表1)。
現在、毒性試験において、cTnIは病院検査用に開発されたシステムで測定されています。これらのシステムは必要な感度を満たしておらず、この定量下限(LLOQ ≥ 30 pg/mL)ではラットの正常範囲のベースラインcTnI値を検出することができません(表2)。
最近、高感度トロポニンアッセイが広く用いられつつあります。これらのアッセイは、従来のアッセイよりも感度が高く、検出限界(LOD)も向上し、ピコグラム以下のレベルを達成する場合もあります。最先端の高感度SMCxPRO®イムノアッセイシステムでは、1分子カウント(SMC®)テクノロジーにより、非常に高い感度を達成します。この感度により、非常に低いベースラインのcTnI濃度をモニターし、そこからのわずかなcTnIの上昇を評価できるため、早期に毒性を発見できます。
SMC® Human cTnI High Sensitivity Immunoassay Kitは、心筋トロポニン-Iの最初の高感度アッセイであり、LODは0.1 pg/mL、LLOQは0.69 pg/mLで、従来のトロポニンアッセイとは桁違いの高感度を示します。これまで使用されていたシステムよりも感度が30~100倍向上したことにより、ヒト、イヌ、サル、ラット(表2)、モルモットなどのさまざまな種のベースラインcTnI値を、正確に安定して測定できます。
追加の試験では、健常ラットにおけるcTnIのベースラインの分布(図2A)および生物学的変動(図2B)を決定しました。
図2.健常ラットにおけるcTnIのベースライン分布と生物学的変動。(A) cTnIの分布、平均±SDおよび99th %。(B) 24時間のcTnIの生物学的変動、平均値および絶対値の範囲。略語:RR:安静時ラット、OD:生理食塩水経口投与、ST:模擬輸送ストレス。(Schultze et al., 20092)
研究の目的
- 高感度SMC® cTnIイムノアッセイを用いて、複数の治療用化合物クラスの前臨床心毒性を検討する。
- より早期または低用量で、生理学的変化が検出される前に、心筋細胞からのcTnIの少量の放出を検出することにより、候補薬の安全性プロファイルを改善するためのSMC® cTnIアッセイの有用性を検証する。
これらのラットの値は、ヒト臨床試験における健常者基準値範囲(図3A)3および生物学的変動(図3B)4に驚くほど一致しています。
図3.ヒト臨床試験におけるcTnIのベースライン分布と生物学的変動。(A) SMC® cTnIイムノアッセイで測定した健常者血液のベースライン基準範囲(Apple et al, 2010)3。(B) SMC® cTnIイムノアッセイで8日間測定したベースライン被験者におけるcTnIの長期生物学的変動(Wu et al, 2009)4。
初期の感度が低いアッセイで確認されたトロポニンの上昇は、心筋細胞損傷を示すことが広く認められていますが、過去には検出できなかったベースラインを上回るcTnIのわずかな上昇の生物学的意義は、現在、臨床研究において注目のトピックです。
PPARγアゴニスト(例えば、ロシグリタゾン、Avandia)は、一部の患者に有害な心疾患を引き起こすことが報告されています。チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)やスタチン系など、その他のクラスの治療化合物も、心毒性に関してより感度の高い評価が必要になるかもしれません。これらの化合物クラスに関して、より高感度な方法で心筋細胞の低度の損傷を検出することによって、臨床および前臨床の医薬品開発における意思決定を助ける可能性があります。
評価方法
cTnIアッセイ
SMC®高感度イムノアッセイシステムを用いて心筋トロポニン-Iを測定しました。一部の例(イソプロテレノールおよびロシグリタゾンの試験)では、比較のためにサンプルをAccuTnI® Access® 2イムノアッセイシステム(Beckman Coulter社、カリフォルニア州フラートン)でも評価しました。
イソプロテレノール
5~6週齢の雄Fischer 344ラット(F344/NHsd)を群分けし(各群n=5)、溶媒またはイソプロテレノール(0.5または8 mg/kg)を皮下に単回投与しました。投与の0.25、0.5、1、2、4、8、24時間後にラットからサンプルを採取しました。ラットを麻酔下で失血安楽死させ、病理組織検査用にサンプル調製しました。
ヒドララジン
8週齢の雄Han Wistarラット(Crl:WI(Han))にヒドララジン(25 mg/kg)を静脈内注射しました。単回投与(1x)では、投与の6、24、48時間後にラットからサンプルを採取しました。2回投与(2x)では、24時間間隔で投与し、2回目の投与の6および24時間後にラットからサンプルを採取しました。
ロシグリタゾン
9週齢の雄Han Wistarラット(Crl:WI(Han))(n=10)から以下の4タイムポイントでサンプルを採取しました:6時間後、24時間後、7日後、14日後。投与例には、溶媒コントロール、あるいは1日あたり10 mg/kgまたは80 mg/kgのロシグリタゾンを経口投与しました。サンプルを-70℃で2年間凍結し、SMC® cTnIアッセイを用いてcTnIを再評価しました。
イマチニブ(IMB)
成体雄Sprague Dawley(SD)ラットまたは高血圧自然発症ラット(SHR)に、50 mg/kg(n=5)または100 mg/kg(n=10)のIMBあるいは水(n=10)を連日14日間経口投与しました。比較すると、100 mg/kgは、ヒトの推奨用量600 mg/m2の約2倍です。最終投与の24時間後に組織および血液サンプルを採取しました。
心毒性試験の結果
心毒性試験のためのSMC® Human cTnI High Sensitivity Kitおよびイムノアッセイシステムの有用性を初めて実証するため、Beckman Coulter社製のAccess® AccuTnI®アッセイと直接比較を行いました。
Access® AccuTnI®パネルは、現在、院内使用をベースに臨床および前臨床における心毒性試験に使用されています。今回の試験のため、2種類の既知の心毒性化合物、すなわちイソプロテレノールおよびヒドララジンの投与後に、cTnI濃度を測定しました。
イソプロテレノール
ラットにイソプロテレノール投与後の血清サンプル中のcTnI濃度を測定しました1。2.5 μLの血清サンプル(Erenna®プラットフォーム)および140 μLの血清サンプル(Beckman Coulter社)を用いてcTnIを測定しました。SMC® cTnIアッセイでは、投与前のベースラインラットを含め測定したすべてのラットの各タイムポイントで定量可能でした(10/10)。一方、Access® AccuTnI®アッセイでは、投与前ラットで測定可能であったのはわずか10匹中3匹でした。投与後、早くも15分で、ベースライン値からのcTnIの顕著な上昇が認められ、4時間後に減少が認められました(図4)。SMC®の値との比較のため、同一サンプルについてBeckman Coulter社の Access® AccuTnI®アッセイを用いて得られたcTnI値を示します。
図4.(A) 0.5 mg/kgおよび(B) 8 mg/kgのイソプロテレノール投与後、Erenna®プラットフォーム(2.5 μL、グラフ内「Singulex」)およびBeckman Coulter(140 μL、グラフ内「Beckman」)のcTnIアッセイで測定したラットのcTnI濃度。(Schultze et al, 20081)
ヒドララジン
SMC® cTnIアッセイの機能性を実証できたため、既知の別の心毒性化合物であるヒドララジンを評価しました。ただし、アッセイをさらに検証するため、血清中のcTnIを測定するのみでなく、関連する病理組織検査の結果も評価しました。ヒドララジン単回投与により、投与6時間後にcTnIが上昇しました。24時間後には減少し、48時間後までにベースライン値に戻りました(図5)。cTnI値の上昇は、組織検査で見られた急性心筋壊死と一致しました。しかし、複数のラットでは病理組織学的病変がなくてもcTnI値の上昇が認められました。これはその後心筋症に至る病理組織学的変化に先行していました5。
図5.溶媒コントロール(生理食塩水)またはヒドララジン(25 mg/kg)を1回または2回投与後のラット血清中cTnI濃度。(Mikaelian et al, 20095)
早期心毒性検出の結果
次に、SMC® cTnIアッセイおよびイムノアッセイプラットフォームを、ヒトの心毒性プロファイルに議論の余地がある化合物の心毒性試験に適用しました。この感度の高いアッセイ法を用いて動物モデルで心毒性を早期に検出できるかどうか評価しました。2種類の薬物クラス、すなわちチロシンキナーゼ阻害薬(TKI、イマチニブ)およびペルオキシソーム増殖剤活性化受容体γ(PPAR)アゴニスト(ロシグリタゾン)について試験しました。SMC®イムノアッセイシステムを用いてcTnI濃度を測定し、より早期により高感度な心毒性評価を行うことで、候補薬の安全性プロファイルを改善できる、高感度テクノロジーの有用性を実証しました。
ロシグリタゾン
前述の通り、現行の手法の検出限界を下回ることの多い、早期のcTnI濃度のわずかな上昇を明らかにするためには、試験のすべてのタイムポイントで(ベースラインの内因性レベルを含む)定量することが重要です。注目すべき例は、安全性プロファイルに議論の余地がある薬剤クラスである、ロシグリタゾンです。
SMC® Human cTnI High Sensitivity Kitを用いて、ロシグリタゾンを最長14日間投与したラットの血清を解析しました(図6)6。Beckman Coulter社の Access® 2 AccuTnI®アッセイでは、すべてのサンプルでLLOQ未満で測定できませんでした。これとは対照的に、SMC®テクノロジーを用いたErenna®イムノアッセイシステムでは、重大な薬物によるcTnIの有意な上昇を明らかにすることができました。1日80 mg/kgの投与では、SMC®アッセイで測定したcTnI濃度は、7日目にラット9匹中5匹で約5倍に増加し、14日目にコントロール値に戻りました(図6)。
図6.SMC®アッセイで測定したラットのcTnI濃度。1日80 mg/kg(mkd)のロシグリタゾンを投与したラット9匹中5匹で7日目(SD7)にベースライン値(点線、未発表データ)を上回り上昇が見られた。(Hirkaler et al, 20106)
イマチニブ(IMB)
ロシグリタゾンと同様に、IMBは安全性プロファイルについて議論の余地があります。IMBは合併症の高血圧に作用がある興味深いクラスです。降圧作用がありますが、高血圧ラット系統におけるIMBの心毒性作用が解析されています7。IMB投与群の全例に血清中cTnI濃度の上昇が検出されました(図7)。全体的に、高血圧自然発症(SHR)ラット(31.5±24.0、41.3±29.0、53.9±12.3 pg/mL)のほうが、Sprague-Dawley(SD)ラット(6.80±5.7、25±20、30±25 pg/mL)よりも高値を示しました(それぞれ、コントロール、50、および100 mg/kg投与)。
図7.水またはイマチニブ(50または100 mg/kg)を14日間投与した後のSDラット(黄色)およびSHRラット(青色)の血清中cTnI濃度。結果は平均値±SDで示す。(Herman et al, 20107)
認められた血清中cTnIの上昇は、細胞質空胞変性、筋原線維減少、慢性炎症細胞の間質浸潤、および線維症(筋線維芽細胞の増殖)を特徴とする、用量依存性の心病変と相関しました。これらの結果から、SHRラットでみられる高血圧は、IMBの心毒性作用を増強しうる因子と考えられること、また心筋トロポニンIのモニタリングはIMBの毒性を高感度で検出する手段になりうることが示されました。
まとめ
ここでは、SMC®テクノロジーの心毒性早期評価アプリケーションを示しました。SMC® Human cTnI High Sensitivity Kitは、従来の心毒性試験法を大幅に改善したものであり、健常動物のベースラインの血清中cTnIを定量できる唯一の高感度アッセイです。このアッセイは、毒性試験の早期タイムポイント、低い治療用量で、生理学的変化が検出される前に、心筋細胞から放出される微量のcTnI分子を検出するために欠かせないものです。
心毒性を有する2種類の既知の化合物(イソプロテレノール、ヒドララジン)ならびに安全性プロファイルに議論の余地がある2つの薬物クラス、すなわちTKI(イマチニブ)およびPPARγアゴニスト(ロシグリタゾン)を含むさまざまな化合物クラスについて、ラットにおける安全性試験にSMC® cTnIアッセイが使用できることを実証しました。
高感度SMC®テクノロジーを用いることで、心臓病変が認められる前に血清中cTnIの上昇をより早期に検出できます。これらの試験により、前臨床の心毒性ラットモデルの急性心筋損傷の検出において、血清中cTnIが病理組織検査よりも高感度のバイオマーカーであることが示されました。
結論として、SMC®イムノアッセイで測定したcTnIは、病理組織検査および急性心毒性の検出に現在利用できるその他の臨床プラットフォームよりも高感度でした。この方法は、前臨床および臨床の医薬品開発における意思決定の参考となる可能性があり、候補薬の安全性プロファイルを改善するためにSMC® cTnIアッセイが有用であることが実証されました。
研究目的での使用に限定されます。診断目的には使用できません。
参考文献
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