酸化チタンナノ粒子の多面的応用
Joseph L. McGrath, John J. Hogan, John.P. Hanrahan
Glantreo Limited, ERI Building, Lee Road, Cork City, Ireland, www.glantreo.com
はじめに
TiO2は、その明るさと高い屈折率から最もよく使用されている白色顔料で、世界で年間約400万トンが消費されています。さらに、TiO2は世界の顔料生産量の70%を占め、民生品に使用されるナノ粒子(NP:nanoparticle)の上位5つに入ります。TiO2は、塗料、コーティング剤、プラスチック、紙、インク、医薬品、食品、化粧品および歯磨き粉に使用されています。スキムミルクを白く見せるための顔料として使用することも可能です。また、TiO2ナノ粒子は日焼け止めにも含まれています。さらに、TiO2は長い間、特に股関節や膝のための人工関節の部材として使われてきました。
現在、TiO2ナノ粒子は、その大きい表面積はさることながら、アナターゼ型結晶系に起因すると考えられる、高い安定性、防食性および光触媒性が利用されています。TiO2は、半導体光触媒などを用いた触媒反応、有害な工業副産物で汚染された水の処理、光活性物質としてナノ結晶太陽電池に使用することが可能です。また、TiO2ナノ粒子の光触媒効果の産業利用は、特にセルフクリーニングタイル、セルフクリーニング窓、セルフクリーニング繊維、曇り止め加工した自動車ミラーなど、セルフクリーニングや曇り止めの目的にも利用されています。ナノメディシンの分野では、TiO2ナノ粒子は高度なイメージングとナノ治療における有用なツールとして研究が進められています。例えば、光線力学療法(PDT:photodynamic therapy)に用いる光増感剤の候補として、TiO2ナノ粒子が評価されています。さらに、これらの他には見られない物理的特性は、様々なスキンケア製品への応用に適しています。現在、にきび、再発性尖圭コンジローマ、アトピー性皮膚炎、色素沈着性皮膚病変および皮膚以外の病気に対する新しい治療法として、TiO2ナノ粒子を用いたナノ製剤が検討されています。また、TiO2ナノ粒子は紫外線照射下で抗菌性を示します。
このように、酸化チタンナノ粒子は広く利用されているにもかかわらず、単分散の非凝集型酸化チタンナノ粒子については、現在、信頼できる商業的な供給元がないのが現状です。図1に示すような用途に有望な、単分散・非凝集の酸化チタンナノ粒子を新たに提供しています。
図1二酸化チタンナノ粒子の現在の用途と、今後、可能性のある用途。文献1、Frontiers Media S.A. 2018の許可を得て転載。
色素増感太陽電池
世界的なエネルギー需要の高まりに加え、石油価格の高騰や地球温暖化も進行していることから、環境に優しい新たな再生可能エネルギー源の研究が進められています。太陽電池は、これらの問題を克服するための代替デバイスの一つとして期待されています。太陽電池は、太陽エネルギー変換プロセスによって電気エネルギー源となります。太陽電池には、豊富な太陽エネルギーを利用できること、環境に負荷をかけないこと、さらに遠隔地でも設置が容易なことなどの利点があります。
太陽電池は、一般的には結晶シリコンを用いて製造されてきました。第3世代の太陽電池は色素増感太陽電池(DSSC:dye-sensitized solar cell)と呼ばれ、光・電気・化学エネルギーを組み合わせたものです。このタイプの太陽電池は、製造がより簡単で、製造コストも低く抑えることが可能です。現在、DSSCの電力変換効率(PCE:power conversion efficiency)は、シリコン系太陽電池に比べてまだ低いものの、より高い効率を達成する可能性があります。物理および表面特性を制御したTiO2マイクロ粒子は、標準的なDegussa P25 TiO2電極と比較して、高い光電変換効率を実証しています。高度に組織化され、高密度に充填されたTiO2マイクロ粒子の薄膜では、集光効率と変換効率が最大25%向上します。
DSSCの動作原理は、電子移動反応の速度論に基づきます。光電気化学的メカニズムは、DSSC内の電子移動の際に発生します。色素分子は光子(hυ)を吸収すると励起され、電子は最高占有分子軌道(HOMO - D)から最低非占有分子軌道(LUMO - D*)へと励起されます。この電子移動現象を図2に示します。
図2(A)DSSCの構造、(B)色素増感太陽電池のLSV曲線。参考文献2、MPDI 2019より許可を得て転載。
光触媒による水の分解
太陽光は持続可能なエネルギー源であり、環境面ではクリーンで、経済面でも実行可能です。しかし、太陽エネルギーを効率的に変換し、貯蔵することは困難な課題です。光触媒を用いた水分解による水素製造は可能性のある1つの方法ですが、変換効率が低く、420nmでの量子効率はIn0.9Ni0.1TaO4で1%未満、(Ga1-xZnx)(N1-xOx)固溶体で約2.5%低い値を示します。これらの効率は、実用化が可能になるとされる太陽エネルギーの変換効率10%という目標には程遠いのが現状です。水の分解による水素製造や汚染物質の分解による環境浄化など、光触媒反応の効率は、効率的な光触媒による光吸収、電荷キャリアの生成および光触媒過程における電荷キャリアの利用の3要素に強く依存します。太陽光の約47%は紫外線と可視光線であり、光触媒の効率を10%以上にすることは困難です。ある研究では、光電子とホールの90%が10ナノ秒以内に再結合すると報告されており、他の複数の研究では、酸化チタンコロイドでは60〜80%の電子がナノ秒の時間スケールでホールと再結合することが示されています。この観察から、TiO2で水の分解を高効率で行うには、複数の反応段階をより速く進める必要があることが示唆されます。
紫外光や可視光の下では、TiO2マイクロ粒子は市販のDegussa P25 TiO2電極と比較して、約47%の性能向上を示しています。酸化チタンマイクロ粒子の高度に組織化された高密度の薄膜は、光励起された電子とホールの再結合を抑制することにより、粒子間電荷移動を促進します。
図3Ar雰囲気下でのナノ秒-TiO2膜における異なる強度での励起後のTiO2(h+)の過渡吸収ダイナミクス。(A) 355 nmでのナノ秒時間スケールでの励起、(B) 337 nmでのマイクロ秒時間スケールでの励起と近似曲線。いずれも460 nmでプローブ。参考文献3、American Chemical Society 2008より許可を得て転載。
ナノチタニアの核医学と光線力学療法における生物医学応用
ナノテクノロジーは、私たちの生活のあらゆる場面に浸透しています。自然界では、塵埃、煙およびインクなどが非生物学的なナノテクノロジーの例です4。バイオナノテクノロジー(BNT:Bio-nanotechnology)は、地球上に初めて生命が誕生したときから存在しています。ナノサイズの生体分子(例えば、低密度リポタンパク質)の細胞間および細胞内の移動、神経伝達および生体システムにおける記憶保存は、BNTの一例です。タンパク質、DNAおよびRNAなどの生体分子は、ナノスケールの大きさです。ナノ材料を生体分子と統合することで、生きた細胞や生物における細胞内シグナル経路、機能メカニズムおよび細胞間相互作用を理解することが可能です。
同様に、2~20 nmの大きさの酵素、抗原、抗体およびリガンド受容体は、構造的にナノ材料に類似しており、BNTの生物医学応用に不可欠です。水性媒体中で紫外線を照射すると、TiO2は一連の活性酸素種(ROS:reactive oxygen species)を生成します(図4A)。活性酸素を生成して細胞死を誘導する能力は、乾癬から癌まで幅広い疾患を治療する光線力学療法(PDT:photodynamic therapy)への応用が見出されています。二酸化チタンナノ粒子は、悪性腫瘍の治療や抗生物質耐性菌の光線力学的不活性化における光増感剤として研究されています。二酸化チタンナノ粒子自体もその複合体も、また他の分子や生体分子との組み合わせも、PDTにおける光増感剤としてうまく利用することが可能です。さらに、様々な有機化合物をTiO2ナノ粒子にグラフト化(重合)することで、ハイブリッド材料にすることが可能です。これらのナノ構造体は、光吸収性が向上しており、標的医療への応用が見込まれています。
図4(A)TiO2により発生する活性酸素の簡易メカニズム。(B)腫瘍組織におけるEPR(Enhanced Permeability and Retention)効果の模式図。ナノ分子は血液の毛細血管内皮細胞を容易に通過できますが、マイクロ分子は正常組織と比較して細胞の間隔が広いため、腫瘍組織内に滞留しやすくなります。参考文献4、Elsevier 2019の許可を得て転載。
図5ナノ酸化チタンによる音響力学療法で、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導します。参考文献5、Royal Society of Chemistry 2016より許可を得て転載。
生体診断薬 – タンパク質吸着
ナノ粒子表面へのタンパク質の吸着は、生体系におけるナノ粒子の挙動を理解する上で極めて重要です。TiO2系ナノ材料は、医療機器コーティング、バイオセンサーおよびドラッグデリバリーなどの生物医学用途で重要な役割を担っています。TiO2ナノ粒子の広範な応用は大きな利点をもたらしますが、一方で、人間の健康に悪影響を及ぼす可能性が懸念されます。これまでの研究で、ナノ粒子が生体液に導入されると、タンパク質が吸着し、機能性の変化が起こりえることが示されています。
さらに、インプラントに付随するタンパク質の吸着や構造変化が、望ましくない免疫反応を促進することもわかっています。このように、酸化チタンナノ粒子の生体適合性は極めて重要であり、吸着がタンパク質構造に与える影響を評価することは大きな関心事となっています。 血漿タンパク質の吸着を理解することは、生体液中のナノ粒子の挙動や効果を読み解くために極めて重要です。タンパク質の構造は、ナノ粒子の吸着に依存し、温度によって変化することがあります。BSAとFibの2種類の血漿タンパク質の溶解時とTiO2(22 nm)ナノ粒子への吸着時の変性温度を比較したところ、TiO2ナノ粒子への吸着時の方が変性温度は低くなることがわかりました。 タンパク質の耐熱性は、分子間β-シートの診断ピークの出現をモニターすることによって評価されています。吸着したBSAは溶液相と異なり変性温度を持ちませんが、これはTiO2への吸着による構造変化のためです。Fibは溶液中と吸着時で同様の熱安定性を示しました。吸着タンパク質の熱安定性は複雑であり、タンパク質と表面の初期相互作用に大きく依存することが示唆されます。今後、水素・重水素交換質量分析法およびNMR分光法などの手法を用いて、このような相互作用とそれに関与する特定の残基をより深く理解することが必要です。
図6(A)Fibの溶液中(a)と22 nmの酸化チタンナノ粒子への吸着時(b)の2DCOSマップ。同期型2DCOSの点線と標識されたアミドI 二次構造ピーク(上)、同期型2DCOS(中)、非同期型2DCOS(下)の正規化強度線トレース。赤は正相関、青は負相関に対応します。(B)(a)溶液相のBSA(上)とTiO2(22 nm)に吸着したBSA(下)、(b)溶液相のFib(上)とTiO2(22 nm)に吸着したFib(下)に対する正規化ATR-FTIRスペクトル(25~90℃)。生体診断のためのTiO2ナノ粒子修飾の可能性を示すスペクトル。参考文献6、Elsevier 2019より許可を得て転載。
リチウムイオン電池
デバイスの長寿命化の要求が高まる中、モバイル電子機器や組込みセンサーなどでは、より長寿命のリチウムイオン電池が望まれるようになっています。そのため、より長持ちし、環境に優しく、軽く、安全で、コスト効率の高いリチウムイオン電池の開発が続けられています。
炭素で修飾されたTiO2球状ナノ粒子を負極として使用すると、リチウムイオン電池の容量が2倍になり、完全に放電するまでの電池寿命が延びることがわかっています。複数の研究グループが、TiO2を使ってより長寿命リチウムイオン電池を作製する新しい方法を見出しています。規則的な構造をもつ多孔質TiO2電極基板である場合、容量が低下することなく、長期間の充放電が可能です。
図7A二酸化チタンナノ構造によるリチウムイオン電極の容量向上
図7B最初の3サイクルにおける充放電容量の比率。左:各ルチル試料について3セル、右:各アナターゼ試料について2~3セル。
References
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?