はじめに
燃料電池は天然ガスや水素、またはその他燃料の酸化により電気を生成するシステムであり、アノードとカソード、電解質から構成されます。固体酸化物形燃料電池(SOFC:solid oxide fuel cell)では、電解質として、電極間に酸素イオン伝導性の固体酸化物を使用されます。アノードおよびカソード電極は通常、電気およびイオン伝導性の良好な多孔性セラミックで構成され、それぞれ、燃料の酸化および酸素の還元のための触媒として作用します。理想的な電解質は、高密度の、主にイオン伝導体であり、例としてはイットリア安定化ジルコニア(YSZ:yttria stabilized zirconia)があります1。SOFCにおける固体電解質の使用は、腐食しない点および液体電解質に伴う電解質管理の問題が存在しないという点で、大きな利点があります。SOFCは、車両に搭載される補助電源から定置型発電まで、幅広い範囲の発電装置として開発され、その発電量の範囲は数百ワットからメガワットにおよびます。この技術の特長は、様々な燃料を用いて効率的にクリーンな発電を行うことができる点にあります。また、SOFCの高い動作温度は、熱機関におけるエネルギー回生デバイスや、熱源供給システム(コージェネレーション)システムへの用途に適しており、全体としての燃料効率をさらに向上させることが可能となります。
SOFCの動作温度の低温化
標準的なSOFCにおいてセラミックス電解質を使用する場合、十分なイオン伝導度を得るためには700℃を超える温度での運転が必要となります。このような高温での運転では、スタートアップ時間が長くなり、また材料の高い耐久性を必要とするため、大型の定置型装置への用途に限られています。このため、SOFCの動作温度を600℃以下にするための研究が盛んに行われており、このタイプの燃料電池は中温形SOFC(IT-SOFC:intermediate-temperature SOFC)と呼ばれています。高いエネルギー変換効率を維持しながら低温での運転を達成することにより、輸送機関や携帯型発電機への応用の可能性が広がるのみならず、より低コストでの金属性インターコネクトの利用が可能となり、熱ストレスの低減や、スタートアップ時間の短縮も可能となります。しかし、イオン輸送が熱活性化過程であるために、温度低下による電解質のオーム抵抗損失にもつながります2-4。
動作温度の低下により生じる性能の損失は、電解質膜の厚さを減少させることにより補うことが可能です(図1)。電解質の薄膜化によって、既存材料の抱える問題の解決が試みられています。
- 酸素イオンの移動距離の短縮、および電解質抵抗の低下(抵抗は伝導体の長さに反比例するため)
- 柱状構造など、より低抵抗の薄膜の生成
- 電気伝導性の細かな調整を可能とする、薄膜のナノ結晶微細構造の制御
- 大面積界面を有する薄膜の形成(出力は界面面積に比例するため)
図1薄膜固体酸化物形燃料電池(TF-SOFC:thin film solid oxide fuel cell)の模式図
電解質薄膜の形成
薄膜電解質を使用したSOFCは、薄膜固体酸化物形燃料電池(TF-SOFC:thin film solid oxide fuel cell)と呼ばれています。ガス漏れを防ぐため、薄膜は均一で亀裂が存在しないことが必要であり、電極と電解質の界面近傍における電気化学的反応の活性サイトを気体が自由に通過できる2つの多孔質電極の間に挟まれた構造をとります。
TF-SOFCの製造には100~1,000 nmの厚さの電解質薄膜の作製が要求されます(図1)。薄膜の形成には、化学蒸着または原子層堆積(CVD/ALD)、電気化学蒸着、イオンビーム、マグネトロン、電子ビームなどを使用した様々なスパッタリングまたは物理蒸着(PVD)法、さらにインクジェット印刷やゾルゲル法などの様々な技術を使用することが可能です。用いる材料や求める薄膜の品質に応じて、より適切な作製方法を選択する必要があります3-4。
薄膜形成の様々な方法のうち、CVD/ALDおよびPVD(スパッタリング)が電解質薄膜の作製に最も一般的に使用されています。CVDの場合、より低温度で、薄膜の均一性および高い純度を維持しながら、高密度の薄膜を形成することが可能です。例えば、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)は現在でも、SOFCにおいて最も一般的に使用されている電解質の一つです。ALD法によるYSZ薄膜の作製に関しては、標準的なZrO2およびY2O3薄膜形成の反応サイクルを交互に繰り返す、または所定の比率のZr/Yパルスを使用する方法が用いられます。具体的には、7~8 mol%のイットリアを含むYSZ薄膜は、蒸留水を酸化剤として使用し、tetrakis(dimethylamido)zirconium前駆体(579211)から7層のジルコニアおよびtris(cyclopentadienyl)yttrium前駆体(491969)から1層のイットリアを順次堆積させて、作製することが可能です4-6。
また、スパッタリングも、薄膜形成に広く使用されている技術の一つです。気体圧力、蒸着速度、基板温度およびスパッタリング時間などのパラメータを調整することにより、極めて高密度で多孔性の薄膜をはじめとする、様々な形態の薄膜が得られます。Y-Zr合金スパッタリングターゲット(774057)を使用し、蒸着速度およびアルゴン圧力を調整したうえでDCスパッタリングを行うことにより、異なる多孔性を有するY/Zr薄膜が得られます。このY/Zr薄膜を箱形炉において空気中で長時間加熱することにより、酸化物(YSZ)薄膜を作製することが可能です。また、YSZターゲットのRFマグネトロンスパッタリングによりYSZ薄膜を作製することも可能です7。
参考文献
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