アクイヴィオン(Aquivion, アクイビオン)
Deborah Jones
Institut Charles Gerhardt, CNRS–University of Montpellier, 34090 Montpellier, France
はじめに
PFSAポリマーの種類
組成、構造、および合成経路
PFSAアイオノマーの分散
伝導度と水分吸収
膜の耐久性
化学修飾および架橋による膜の改良
複合化による膜の改良
触媒インクと燃料電池の動作
要約
はじめに
水と水素/酸素間の電気化学的変換技術の進歩は、主に、新素材の開発と動作中の固体高分子形燃料電池(PEMFC:proton exchange membrane fuel cell)の劣化機構の解明によって得られてきました。燃料電池における水素と酸素から水への電気化学的変換には、プロトン交換膜(PEM:proton exchange membrane)が必要です。同じことが、PEM型水電気分解装置(PEMWE:PEM water electrolyser)における水から水素と酸素への変換にも当てはまります。PEMFCとPEMWEの双方でPEMは電気化学セルの中核を成し、アノードからカソードへのプロトンの伝導、反応ガス(燃料電池)/生成ガス(電気分解装置)の分離、および電極間の電気的絶縁といった役割を果たします。高効率PEMに必要な条件の多くは燃料電池と電気分解装置において共通であり、長年にわたり研究が行われてきました。しかし、高いプロトン伝導度を有し、化学的、機械的に安定した膜を実現するための注目すべき進歩が見られたのは、ごく最近です。近年、ポリマーおよびアイオノマーの大規模なライブラリーが開発され、評価に使用されています。これにより、膨大な数のスルホン酸修飾非フッ化ポリ芳香族1およびスルホン酸以外のプロトン供与機能を有するポリマー材料(通常はホスホン酸およびヘテロ環で修飾された材料)が新たに見出されています。この試みにより、パーフルオロスルホン酸(PFSA:perfluorosulfonic acid)ポリマー技術が著しく進歩し、新世代の最先端燃料電池膜が誕生しています。
PFSAポリマーの種類
Nafion™タイプ(長側鎖アイオノマー)
DuPont社が開発したナフィオン™(Nafion™)は、パーフルオロフッ化スルホニルビニルエーテルをコモノマーとした、テトラフルオロエチレン(TFE:tetrafluoroethylene)とのフリーラジカル共重合反応で生成します。この反応により、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)骨格と、末端にスルホン酸基を持つパーフルオロエーテルペンダント側鎖からなるポリマーが得られます(図1)。同一構造のポリマーが、フレミオン(Flemion®)、アシプレックス(Aciplex®)、フミオンF(Fumion®F)として、それぞれ旭硝子、旭化成、FuMA-Techで製造されています。より短いペンダント側鎖を持つパーフルオロアイオノマー類が開発されたことを受けて、ナフィオン™型の組成は「長側鎖(LSC:long-side-chain)」アイオノマーと呼ばれ、図1Aに示すような「長い」側鎖のタイプを指しています。
アイオノマーの等価質量(EW:equivalent weight)とは、1モルの交換可能なプロトンを提供するのに必要なポリマーの質量で、イオン交換容量(IEC:ion exchange capacity)の逆数になります。これら特性は、プロトン伝導度、水中での膨張、低湿での収縮など、PEMの複数の重要な特徴を直接左右します。ポリマーのEWおよびIECは、未修飾のTFEと側鎖で修飾されたTFEの比率に依存します。長側鎖型の膜は、通常、等価質量1,100~900 g/mol、またはイオン交換容量0.91~1.11 mmol/gのアイオノマーで構成されます。
図1ナフィオン™、アクイヴィオン®、3M™パーフルオロスルホン酸アイオノマーの構造
組成、構造、および合成経路
1980年代にダウ・ケミカル社によって、2つのCF2基のみで構成され、フルオロエーテル基を持たないペンダント側鎖の短側鎖(SSC:short-side-chain)型パーフルオロアイオノマー(Dow膜)が開発されました2。Ballard Power Systems社などの研究者によって燃料電池の性能は著しく改善しましたが、SSCモノマーの複雑な合成経路(図2)が、対応するSSCアイオノマーの工業的展開における主要な障害の1つであったと考えられます。その後、Solexis社(現在のSolvay Specialty Polymers社)が、同社のフルオロビニルエーテルの製法をSSCモノマー(図2)の工業規模での製造に応用し、Hyflon® Ion(2009年以降アクイヴィオン(Aquivion®)、図1B)の生産を開始しました3。
図2Dow(上)およびSolexis(下)のSSCフッ化スルホニルビニルエーテルモノマーの合成経路(文献32より転載。Copyright 2005 American Chemical Society)。
同時期に、3M Corporationは、原料の炭化水素を電気化学的にフッ素化する方法を用いて、4つの「‐CF2‐」グループを持ちフルオロエーテルを含まないペンダント側鎖のアイオノマー(3M™アイオノマー、図1C)を開発しました(図3)4。PFSA骨格の末端カルボン酸基に対するラジカル攻撃によって、いわゆるポリマー鎖の「Unzipping」反応が主な劣化機構として特定されており5、PFSAは合成後にフッ素化することでより安定化されます。
図33Mによる「中側鎖(medium-side-chain)」のperfluoro-4-(fluorosulfonyl)butoxylvinyl etherモノマーの合成経路。文献4より転載。
LSCアイオノマーとSSCアイオノマーの組成および構造上の違いは、それぞれに異なる特性をもたらします。同じEWのポリマーを比較すると、SSC型のアクイヴィオン®膜はLSC型のナフィオン™膜よりも融解熱が大きく6、アクイヴィオン®は低EWでも準結晶性を保ちます。さらに、EW 830 g/molのアクイヴィオン®は、最も広く流通しているEW 1,100 g/molのナフィオン™と同じ融解熱特性を示します(図4)。また、ペンダントCF3基を含まないこと、および短い側鎖であることから、アクイヴィオン®のガラス転移温度は同じEWの他のポリマーよりも高くなるため(Tg:ナフィオン™ 約100℃、3M™ 約125℃、アクイヴィオン® 約140℃)、より高温でも動作します。広角X線散乱(WAXS:wide angle X-ray scattering)によって、アイオノマーのEWが減少すると結晶性が低下することが確認されており、PTFEセグメント長の減少と一致しています。EWが同じ場合、結晶性はSSCアイオノマーよりもLSCアイオノマーのほうが低く、LSCアイオノマーが非結晶性を示すEWでも、SSCアイオノマーは結晶性を示します。EW 700の3Mアイオノマーは結晶性ピークをまったく示しません7。これは、結晶性疎水性領域の形成には、隣接する側鎖間に最低限のPTFEセグメント長が必要なことを示唆しています。
図4様々なポリマー等価質量のアクイヴィオン®およびナフィオン™アイオノマーの融解熱(図はSolvay Speciality Polymers社提供)。ナフィオン™のデータは許可を得て文献33より転載(Copyright 1989 American Chemical Society)。
PFSAアイオノマーの分散
触媒インク中におけるPFSAアイオノマーの分散は、PEMFCおよびPEMWEの膜電極接合体(MEA:membrane electrode assembly)における触媒層の活性度を決定する極めて重要な要素です。ナフィオン™などのPFSAは、沸点の低いアルコール/水中で完全な溶液にはなりません8。小角X線散乱(SAXS:small angle X-ray scattering)プロファイルの解析から、極性溶媒中に分散したLSC型PFSAの半径は一般に2~2.5 nmで、SSC型PFSAの類似する棒状粒子の半径は1.5~1.7 nmと、小さいことが明らかになっています。また、透過型電子顕微鏡では、LSC膜に長さ約30 nmの虫食い状(vermicular)構造があることが示されています。これら観測結果に対して、動的光散乱法では異なる長さスケールの半径を持つ物体の存在が示されており、PFSAの凝集により二次構造が形成されていると考えられます。現時点で、PFSAの凝集および分散が溶媒にどのように依存するのか、一般的な理解は得られていません。
これら分散液から溶媒を除去することで作製された膜は、押出成型で得られたより高結晶性の膜と比較して、形状および特性が大幅に異なります。ポリマー鎖の再配置を起こして準結晶領域を生成させるためには、高温アニール処理が必要です。この処理を行うことで、膜の機械的性質が向上します。キャスト成膜用MEAの成分、触媒インクの開発、ガス拡散層の表面改質向けに、様々なEWとアイオノマー濃度のアクイヴィオン®分散液がSolvay Specialty Polymers社により商品化されており、アルドリッチから入手可能です9。
伝導度と水分吸収
PFSA膜中のプロトン伝導度は、ポリマーのEW(電荷担体の数)、水和数(λ、水分子の数/スルホン酸基の数)、ポリマー構造、膜の形態、および温度に依存します。また、これらすべての要素がプロトン移動度にも影響を与えます。EWが700~1,000 g/molのSSC型PFSA膜のプロトン伝導度を図5に示します。700 EWのアクイヴィオン®の伝導度は、温度範囲80~110℃、相対湿度(RH)>60%の条件で、100 mS cm-1を超えます。同じ温度範囲で相対湿度が25%になると、伝導度は>200 mS cm-1を示します。プロトン伝導度は含水量とプロトン移動度に非常に強く影響されますが、水分保持力および浸透現象も燃料電池の性能を大きく左右します。一般に、飽和水蒸気からの水分吸収量を測定すると、液体からの水分吸収よりも低い値を示します。したがって、SSC型のアクイヴィオン®膜は優れた熱安定性を示し(高いTgに起因)、相対湿度が低くても高いプロトン伝導度を示します(低EWアイオノマーの使用により実現)。そのため、高温、高性能のPEMFCおよびPEMWEにおいて魅力的な材料となります。
図5110℃におけるEW 700、790、830のアクイヴィオン®、70℃および130℃におけるEW 1100のナフィオン™のプロトン伝導度依存性(図はペルージャ大学(イタリア)Mario Casciola氏提供)。
液体からの水分吸収はPFSAの側鎖長に影響されます。例えば、図6に示すように、EW 1100のナフィオン™とEW 900のアクイヴィオン®で35 wt.%の水分吸収が得られます。
図6押出成形によるアクイヴィオン®膜およびナフィオン™膜の100℃における水分吸収の等価質量による変化。文献6より転載。
膜の耐久性
膜の耐久性は、燃料電池の寿命に影響を与える重要な要素です。側鎖長の差と、ペンダントグループのパーフルオロエーテル基の有無により、LSC型およびSSC型膜の化学的安定性は著しく変化します。特に、燃料電池の動作条件におけるフリーラジカル攻撃の場合に影響が大きく、前述した「unzipping」機構とは異なるポリマーの分解機構の存在が示唆されています。実際、化学的に安定化されたPFSA膜では、ポリマー鎖の末端からの「unzipping」反応は抑制されると考えられています。ex situ の分解試験は、フェントン試薬(過酸化水素と二価の鉄塩の水溶液でラジカルを生成します)に膜を浸漬して行います。フッ化物イオンの放出について、安定化/非安定化アクイヴィオン®およびナフィオン™-112(押出しおよびキャスト)を比較する実験を行った結果、安定化押出しアクイヴィオン®は、フェントン試薬に浸漬後のフッ化物イオン放出が大幅に減少しました。また、安定化したアクイヴィオン®膜とナフィオン™膜からは、同程度のフッ化物イオンが放出されました10。フェントン試薬で処理する前後のナフィオン™-112およびアクイヴィオン®の固相19F NMRスペクトルでは、ナフィオン™-112と比較してアクイヴィオン®のSCF2基シグナルの相対ピーク面積がほとんど変化していません。この結果は、ナフィオン™の長い側鎖と比較して、アクイヴィオン®の短い側鎖はラジカルの攻撃に対してかなり耐性があることを示しています11。同様の結論が、過酸化水素水で処理した3M™、アクイヴィオン®、ナフィオン™膜へのUV照射によってヒドロキシルラジカルを発生させて行った、ESR(電子スピン共鳴)スピントラップ法によるex situ 研究でも得られています12。したがって、アクイヴィオン®と3M™の構造に‐O‐CF2‐CF(CF3)‐セグメントが含まれていないことが、側鎖の安定性が向上した直接の理由である可能性があります。
フッ化物イオン排出速度(FER:fluoride emission rate)の測定は、PFSA膜の劣化を評価する方法の1つです。膜のFERは、燃料電池のin situ 加速劣化試験の際に、アノードおよびカソードで凝縮した排出ガスから測定します。一般に、燃料電池を開回路電圧(OCV:open circuit voltage)に保持すると、PFSA膜の化学的劣化が加速することが知られています。膜の劣化速度を増加させる加速ストレス試験(AST:accelerated stress testing)は、OCV、高温、低~中程度の相対湿度の条件を維持して行われます。最近行われたアクイヴィオン®膜とナフィオン™膜の耐久性を比較する研究(温度90℃、相対湿度50%でOCVを保持)では、アノード/カソードのFER測定結果はアクイヴィオン®E79-03S(膜厚30 μm)で8 × 10-3 μmol F.cm-2 h-1、ナフィオン™-212(膜厚50 μm)で0.18 μmol F.cm-2 h-1でした。これは、SSC型の膜でフッ化物イオンの放出が著しく減少していることを示しており13、長側鎖のPFSA膜と比較して短側鎖のPFSA膜がラジカル攻撃に対して安定であるという、ex situ の劣化試験で示された結果を支持するものです。
化学修飾および架橋による膜の改良
膜の機械的な劣化は、巨視的な膜の膨張と収縮に直接関係しています。膜の膨張は、可塑化および軟性の増加に加えて(防ぐことの困難なことが多い)大量の水分吸収を伴い、通常、高いプロトン伝導に必要とされる電荷担体濃度の高い膜で見られます。
現在3Mで行われている1つの方法は、PFSA側鎖の修飾により、酸性サイトを2つ以上に増やす方法です。このような複数の酸性基を側鎖に持つアイオノマー膜(multi-acid side chain ionomer membrane)は、高EWポリマーの機械的性質(側鎖1本当たり1つの酸性サイトを持つポリマーの特性)と、(側鎖1本当たり複数の酸性サイトが存在することによって得られる)低EW材料のプロトン伝導度を同時に示す可能性があります。この方法によって、高EWポリマーから低EW材料が得られます。3Mの「multi-acid side-chain membrane」の水溶性画分(water-soluble fraction)、水中での寸法の膨張、水和数はすべて、対応する低EWのPFSA膜よりも小さい値を示します14。
他にも、膜の膨張を抑制する方法が開発されています。一般に、化学的架橋法はポリマーの機械的性質を改善する効果的な方法であり、スルホン酸側鎖または主鎖を利用したPFSAの共有結合的な架橋方法がいくつか試みられています。複数の研究者が、反応後にスルホンイミド架橋を形成するスルホンアミド官能基を有するLSCアイオノマーを開発しています15,16。また、新規多機能性モノマーの共重合により、架橋可能な側鎖を持つ新しいパーフルオロポリマーも開発されています。例として、共重合後にそれぞれトリアジン、パーフルオロブチル、スルホンイミド架橋を形成する、パーフルオロニトリル17、パーフルオロブチル、パーフルオロスルホンアミド基をペンダントグループに持つ置換型TFEモノマーが設計されています。別の方法として、Solvay社では重合の際に部分的にフッ素化した二官能性モノマー単位を挿入する方法を用いています。挿入するモノマー単位は、テトラフルオロエチレン由来の(スルホニル基‐SO2Fを含むフッ素化された)モノマー単位と、0.01~5 mol%のビスオレフィン由来(R1R2C=CH‐(CF2)m‐CH=CR5R6で示される)モノマー単位です(m=2~10、R1, R2, R5, R6は、HまたはC1~C5のアルキル基で、互いに同じまたは異なるグループ)18。スルホン酸フッ素化ポリマーとポリマー骨格の架橋により膜が得られます。重合化の際に架橋が形成するため、平均分子量は使用した架橋剤に比例して増加し、分子量分布が広がります。このタイプの方法では、アイオノマー鎖の疎水性領域が共有結合的に架橋され、ある程度スルホン酸が自己組織化して親水性領域を形成するようになります。また、架橋反応中にイオン交換サイトが消費されません。これらの系における架橋度の特性評価は容易ではなく、スルホンイミド架橋膜の場合、窒素および硫黄の結合エネルギー領域のX線光電子分光法が特性評価に有効であることが明らかになっており、架橋条件の最適化と、架橋度合の半定量的な決定を可能にする分析手法が得られています16。
複合化による膜の改良
マクロ複合材の作製によってPFSA膜の寸法安定化をはかる様々な方法が開発されています19。最も確立された方法では、延伸ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)にアイオノマーを含浸させてGore-Select型膜を作製します20。この膜では機械的性質と寸法安定性が向上するため、非常に薄く(最小約5 μm)、面積抵抗の小さい膜を調製することができます。現在、他の種類の多孔性補強支持体が登場しており、特に、エレクトロスピニング(電界紡糸)法でマイクロポーラスナノファイバーマットを作製することができます。これら不織材料では、空孔の体積分率が高く表面積が大きいため、ポア間の高い相互連結性と二相間の広い界面が得られます。この利点と不織構造であることから、膜の厚さ全体で膜が補強されます。文献21では異なる2種類の製法が報告されており、その1つは、非導電性または低導電性ナノファイバーマットにアイオノマーを埋め込む方法で、もう一方はPFSAナノファイバーを不活性マトリックス材料に組み込む方法です。エレクトロスピニング補強材とマトリックスポリマーを用いた場合では、プロトン伝導および機械強度の特性がそれぞれ大きく異なります。ポリフッ化ビニリデン、ポリフェニルスルホン、ポリベンゾイミダゾール(PBI:polybenzimidazole)、ポリイミドなどの化学的に安定で機械強度に優れたポリマーからエレクトロスピニング法で作製したナノファイバーは、加工の際に高分子鎖が伸長力を受けることにより生じる配向現象のため、極めて優れた引張強度と剛性を示します。
例えば、溶着していない(non-welded)エレクトロスピニングPBIナノファイバーマットに低EWアクイヴィオン®を含浸させると、PBIの塩基性サイトとアイオノマーの酸性サイトの間にイオン性架橋が形成されて、膜の厚さ全体で3次元的にナノファイバーマットとアイオノマーを結び付ける付加的な補強効果が得られます。PBIで補強された架橋型(分岐状、高分子量)700 EWアクイヴィオン®は、OCVを維持しながら乾燥供給ガスと過飽和供給ガス間の乾湿サイクルを行う条件(化学的、機械的劣化過程の両方を加速するために設定された加速ストレス試験)で非常に優れた耐久性を示し、長期間の加速劣化試験でも際立った安定性を示します。実際に、80℃および相対湿度30%で、負荷サイクル、起動停止サイクル、連続運転を含む動作時間2,300時間以上の試験において、OCVは0.98 Vから0.93 Vへの低下にとどまり、電圧低下も300 mA cm-2においてわずか3%でした。この場合、機械的性質の補強に加えて、おそらくPBIにより化学的劣化が軽減されているものとみられます。また、反応性同軸エレクトロスピニング法で得られたZrP/ZrO2無機ファイバーと700 EW SSCアクイヴィオン®のナノ複合システムも作製されています22。これらのナノファイバーは、高温および高湿条件下を含め、キャストおよび押出成型の双方においてアクイヴィオン®の剛性を向上します。より一般に、PFSA膜はナノサイズの無機成分が存在することで非常に効率良く強化され、特にPFSAのスルホン酸サイトと無機材料間に水素結合もしくはプロトン移動を介した相互作用がある場合に、顕著にみられます19。この界面相互作用により弾性率が増加し、膜の膨張が抑制されます。
ナフィオン™のナノファイバー1本の伝導度はナフィオン™よりも1桁大きいことが報告されており、これはナフィオン™ナノファイバーの軸に沿ってイオン性領域が配向するためだと考えられています23。PFSAは鎖間の絡み合いが不十分なため、エレクトロスピニング法で直接紡糸することはできませんが、高分子量ポリエチレンオキシド(PEO:polyethylene oxide)などの担体ポリマーを使用すると、エレクトロスピニング法によりPFSAナノファイバーを非常に高い体積分率で紡糸することが可能です24。短側鎖で低EWのPFSAを使用すると、イオン相互作用の増大により粘性が高まるため、担体ポリマーの量をより低減することができます24。また、ナフィオン™および3M™ PFSAのエレクトロスピニングにより、不活性ポリマーをアイオノマーファイバーに埋め込んで機械的性質を向上させた複合膜が作製されています。さらに、デュアルファイバーエレクトロスピニング法による複合膜25(ナフィオン™を使用したPEMFC用膜、修飾ポリスルホンを使用したアルカリ形燃料電池用膜)も、作製されています。
アクイヴィオン®を用いたPFSAナノファイバーの例を以下に示します(表1および図7)。
図7エレクトロスピニング法で作製したEW 700、830、950、980のアクイヴィオン®ナノファイバーの走査型電子顕微鏡写真
触媒インクと燃料電池の動作
アイオノマーは触媒インクの基本成分であり、反応領域を拡大し、電気触媒の利用を向上させる働きをします。現時点では、燃料電池膜またはガス拡散層基材を被覆する触媒インクにSSCアイオノマーを使用した例はほとんど報告されていません。しかし、特に高温(90~140℃)低湿(相対湿度~20%)条件で電池を動作させた場合、LSCアイオノマーを用いた標準のMEAと比較して、SSCアイオノマーを含むMEAでは電池性能の向上が見られています26。この結果は、低EWのSSCアイオノマーは、低湿条件での動作時に自己加湿により、水の移動度、プロトン伝導度、酸素還元反応速度に有利に働くことを示唆しています。さらに、Pt触媒の利用と効率の向上も見られています。これは、触媒と炭素粒子がより均一で連続的に被覆されるため、グラファイト化炭素表面およびPtナノ粒子に対するSSCアイオノマーのアクセス性が向上していることが考えられます27。絶対圧1.5 bar、温度範囲80~110℃におけるナフィオン™-111膜およびアクイヴィオン®E79-03S膜の分極曲線から、SSC膜のほうが高温動作で高い耐久性を示すことがわかります(図8)28。また、この試験中、アノードよりもカソードの相対湿度が低い点は、各膜電極接合体がカソードで生成した水を利用する能力を理解する上での手がかりとなります。したがって、性能の差はオーム抵抗の差に起因し、次に、プロトン移動の効率と膜を通過する水の流量に関連します。最適値を超えて膜のイオン交換容量を増加させた場合、水の浸透とプロトン移動の間の本質的な関連により、必ずしも水の移動性の向上および効果的なプロトン移動につながるわけではないことを示しています29。さらに、120℃、相対湿度40%で行われた負荷サイクル試験では、アクイヴィオン®系MEAと比較してナフィオン™系MEAの膜抵抗が大きな増加を示しました30。最後に、LSC型ナフィオン™は長年にわたって、プロトン交換膜型水電気分解装置で使用される唯一の電解質でしたが、SSC型アクイヴィオンを用いた最近の研究では、最高動作温度140℃31、水素のクロスオーバーの低減(絶対圧1 barで<1 mA/cm2)、高性能(2 A/cm2で1,650 mV)が達成されています。
図8絶対圧1.5 bar、80~110℃、表示されているアノード(RHA)とカソード(RHC)の相対湿度で得られたナフィオン™-111MEAおよびアクイヴィオン®を用いたMEAの分極曲線。文献28より転載。Copyright 2010 Wiley-VCH。
参考文献
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?