新しい表面保護型ファイバーを用いた固相マイクロ抽出 (SPME) によるベビーフード中の農薬分析
Kathy Stenerson, Tyler Young
1MilliporeSigma, Bellefonte, PA, 2Pennsylvania State University, University Park, State College, PA
Reporter US Volume 34.3
はじめに
食の安全の観点から、多くの国が国内産農産物と輸入農産物の両方で残留農薬検査をしています。乳児と幼児が、とりわけ脳と神経系の発達に重要な年齢の時期に、ベビーフードから毒素にばく露することの影響は、高い関心が集まる分野です。農薬へのばく露を制限することが、安全で健康な食生活を維持する上で極めて重要と考えられています。米国では、ベビーフードの製造に使用されるおそれがある農産物に対する残留農薬基準値がUSEPAによって定められています。その上で、こういった農産物は、USDAが年次「農薬データプログラム」(PDP)に従って検査しています。特に、ベビーフードは2010年以降に実施された試験に含まれ、最近の試験は2013年に行われました1。欧州連合(EU)では、ベビーフードに含まれる数種類の農薬について最大4~8 μg/Kgという最大残留限界を設定し、その他はベビーフード製造用農産物への使用を全面的に禁止する品目として特に挙げています2。
ベビーフード中の残留農薬分析試料の調製法には、QuEChERSおよびQuEChERSベースの抽出、固相抽出(SPE)、高速溶媒抽出(ASE)などがあります3,4,5。これらのいずれの技法でも、最初の抽出後に多くの場合で別のクリーンアップステップが必要になります。固相マイクロ抽出(SPME)は、1990年代に市販されて以来、多種多様なマトリックスと被検出物質に広く用いられてきました。しかし、食品マトリックス中の残留農薬などの検出に用いた例はいささか限られています。多くの食品には糖類、脂肪、タンパク質、およびその他の高分子が含まれているため、SPMEの使用が困難になります。多くの農薬はヘッドスペースから抽出できるだけの蒸気圧を持っていないため、SPMEファイバーを試料に直接浸漬する必要があります。その際、これらの化合物がファイバーコーティングに付着して汚染を引き起こすことがあります。それらが脱着ステップでGCに移動すると、注入口や分析カラムが汚染される原因になります。このような欠点があるために、ベビーフードなどの重いマトリックスからSPMEで残留農薬を浸漬抽出することには限界がありました。 ウォータールー大学のSilvaとPawliszynが最近開発した新しいファイバーコーティング技術には、SPMEファイバーを保護する表面保護の使用が組み込まれています。この2人は、ポリジメチルシロキサン(PDMS)を使用してPDMS/ジビニルベンゼン(DVB)ファイバーの表面を保護することに成功しました。その結果、得られたファイバーは、同じ化学的性質を持つ表面保護処理をしないファイバーより、物理的な堅牢性と耐久性が向上しました6,7。
本アプリケーションでは、表面保護処理したPDMS/DVBファイバーを使用して、裏ごししたプルーンのベビーフードから残留農薬を抽出するSPME法を開発しました。表面保護処理したSPMEファイバー(OC-SPMEファイバー)を用いたSPMEの性能を、精度、確かさおよびGC法の堅牢性という面から評価しました。OC-SPMEファイバーを使用して得られた結果全体を、化学的性質が同じファイバーからなる表面保護処理しない標準バージョンを用いた同じSPME法と比較しました。
実験
裏ごししたプルーンのベビーフードは地元の食料品店で購入しました。精度と再現性を調べるために、表1に挙げた農薬を10 ng/gの濃度で試料に添加しました。これらの農薬は、ベビーフード用EU指令2006/125/Eに含まれていることから選択しました2。添加した試料は、3時間以上平衡化してから抽出と分析を行いました。この時間は、試料と分析対象物質の間であらゆるマトリックス結合が起こるように設けました。最終的なSPME法を表2にまとめます。SPMEには、加熱振盪器付きX-Y-Zオートサンプラーを用いました。プルーン試料は粘度が極めて高く、SPMEの前に希釈する必要がありました。抽出パラメーターの最適化に関する詳細については「結果と考察」セクションに記載します。分析は、選択イオンモード(SIM)で動作するシングル四重極型装置でGC/MSによって行いました。それぞれの農薬について、1種の定量イオンと2種の確認イオン(表1)をモニターしました。使用した具体的なGC/MS条件を表 3に示します。添加試料は、プルーンマトリックス中で調製して3時間以上平衡化してからSPMEで抽出した多点校正曲線に対して定量しました。内部標準物質は使用しませんでした。
結果と考察
SPME法の最適化
SPME法の開発中、OC-SPMEファイバーを用いて以下のパラメーターを最適化しました。
- 希釈― 試料の粘度が高かったため、SPMEの前に希釈が必要でした。希釈することによって、保温および抽出ステップ中に試料を十分攪拌できました。pH 7のリン酸ナトリウム緩衝液を希釈剤として用いて、試料のpHを一定に維持しました。
- 塩の添加― 希釈に用いる緩衝溶液の一部として、塩を試料に加えました。そのため、多くの農薬に対する再現性が向上しました。
- 保温中の混合― 抽出前に試料を600 rpmという高い振盪速度で混合し、高粘度のプルーン試料と緩衝溶液を完全に混合しました。この混合液は、(振盪速度を250 rpmに落とした)抽出ステップ中も均一のままであることが観察されました。
- 抽出後― これによって残留試料を取り除いたため、ファイバーの寿命が延びました。
- 温度― 保温の温度および抽出温度を上げたことによって抽出再現性が向上しました。
塩の添加
多くの場合、SPMEでは塩を試料添加物として用いてイオン強度を上げ、被分析物質の平衡をファイバー側に移動させます。塩を添加しても農薬の応答性が向上することはありませんが、再現性は向上することがわかりました。図1に、塩を添加して抽出した、および添加せずに抽出したn = 3添加複製物(10 ng/g)のセットで得られた平均応答値の%RSDの比較を示します。塩を用いたときの%RSDは、ヘキサクロロベンゼン(それでも15%未満)を除くすべての農薬で低くなりました。塩は、被分析物質の平衡をファイバー側に移動させるだけでなく、農薬とプルーンマトリックス間の結合の切断に役立つ可能性もあります。
図1.OC-PDMS/DVBファイバーを用いて裏ごししたプルーンのベビーフードから農薬を固相マイクロ抽出した場合の再現性(%RSD)に対する塩の効果(添加濃度:10 ng/g)
保温および抽出
試料をSPMEオートサンプラーの同じ加熱撹拌機中で保温および抽出したため、それぞれのステップで同じ温度を使用しなければなりませんでした。OC-SPMEファイバーを用いたSPME法の精度と確かさを評価する最初の実験は30℃の温度で行いました。この温度は、以前ブドウで行った研究に基づいて選択したものです7。しかし、母材に合わせた1~20 ng/gの校正標準溶液にSPME法を適用すると、半数の農薬で直線性に問題(r2値が0.990未満)がありました。エンドリンとカダスホスは最低濃度の校正標準溶液(1 ng/g)では応答が見られず、デメトン-S-メチルは校正範囲全体で平坦な応答でした。この点を改善するために、保温/抽出温度をさらに上げて評価し、そうすることによってマトリックス/分析対象物質の結合が分断しやすくなり、抽出が速くなるか判断しました。表4に、2つの添加プルーン試料のセット(各n = 5)で行った、30℃と50℃の保温/抽出温度における比較を示します。各セットに対して、2~20 ng/gの母材に合わせた校正曲線と、添加ベビーフード試料に対する精度と再現性の結果を示します。温度を50℃に上げると、1種類を除くすべての農薬のr²値が0.990を超えたことから、母材に合わせた校正曲線の直線性が向上していることがわかります。温度を上げたことによって、前述のエンドリン、カダスホス、およびデメトン-S-メチルの応答問題が解決され、添加試料中の後者の定量も可能になりました。SPMEは、SPEなどの包括的な抽出技法ではないため、添加試料の回収率ではなく精度を報告しています。保温/抽出温度を上げると% RSD値が低くなるため、方法の精度と再現性の向上が示されました。
抽出後の洗浄
裏ごししたプルーンのベビーフードは糖類と色素を含んでいました。このマトリックス中にSPMEファイバーを浸漬するとマトリックスが残ることが予想されました。ファイバーを脱イオン水に浸す洗浄ステップをこの方法の抽出と脱着の間に組み込みました。洗浄時間は、被検出物質が除去されずにファイバーを洗浄できるように設定しました。当初、抽出後の洗浄時間を10~30秒の範囲で変えて調査しましたが、洗浄時間を延ばしても応答性の低下は観察されませんでした。そこで、ファイバーを完全に洗浄するための時間を30秒としました。
標準PDMS/DVBファイバーとの比較
精度および再現性
OC-SPMEファイバーを用いて添加したプルーン試料から得られた結果を、表面保護していない標準PDMS/DVBファイバーと比較しました。抽出後洗浄を含めて、同じSPME法のパラメーターを用いました。図2に、添加した裏ごししたプルーンのベビーフードのn=5添加複製物の抽出から得られた結果を両ファイバータイプについてまとめます。食品中の残留農薬法に許容される回収率の範囲は、一般に80~120%です。これをSPME法の精度目標範囲とし、図2に黄色で示します。精度は農薬ごとにエラーバーで示しました。精度は、標準ファイバーよりOCファイバーを使用した方が全般的に良く、12種類中10種類の農薬が目標精度範囲である80~120%に入った(ニトロフェンはわずかにその外側)のに対し、標準ファイバーでこの範囲に入ったのは10種類中6種類に留まりました。極性が最も高い農薬であるデメトン-S-メチルをSPME法で抽出するのは困難でした。再現性もOCファイバーを用いた方が良好でした。調査した中で疎水性が最も高い2種類の農薬であるアルドリンとディルドリンは、OCファイバーを用いることによって測定精度と再現性に著しい向上が見られました。
バックグラウンド
図3に、裏ごししたプルーンのベビーフードを2種類のファイバーでGC/MS-SIM分析して生成されたTICの比較を示します。SPMEは一般に大きなバックグラウンドを生成しませんが、2つのファイバー間には差が見られました。標準ファイバーでは高いバックグラウンドが農薬溶出領域で観察され、特に29~31分と33~35分に顕著でした。このことから、洗浄ステップ後に残った試料残渣は、標準ファイバーの場合よりOCファイバーの方が少ないことがわかります。
図2.裏ごししたプルーンのベビーフードから農薬を抽出したときの標準SPMEファイバーとOC-PDMS/DVB SPMEファイバー間での精度と精度の比較(n=5添加複製物、添加濃度:10 ng/gの平均値)
図3.添加した裏ごししたプルーンのベビーフードのSPME GC/MS-SIM分析(Y軸スケールは同じ)。(a) 表面保護処理していない標準PDMS/DVBファイバー、(b) 表面保護処理したPDMS/DVBファイバー
GC法の堅牢性とファイバーの耐久性
表面を保護処理する目的は、マトリックス中にある高分子に対するバリアを設けることに加えて、SPMEファイバーの耐久性を向上させることです。ファイバーの耐久性は、添加した裏ごししたプルーンのベビーフードを繰り返して抽出し、農薬の応答性をモニタリングし、試験シーケンス前後でのファイバーの物理的特性を調査して試験しました。図4に、試料を25回抽出したときの性能の変化をいくつかの農薬について示します。試験シーケンスにわたる応答性は1回目の抽出を基準にして示します。OCファイバーを用いたときの応答性が安定していることは、抽出全体での応答の%RSD値が10%未満であることからわかります。表面保護処理していない標準ファイバー(図中では「non-OC」と表記)では応答性が低下していました。デメトン-S-メチルを除く残留農薬の応答性は、OCファイバーより標準ファイバーの方が急速に低下しました。試験後のOCファイバーの物理的状態は極めて良好で、斑状の退色が見られたに過ぎません(図5)。標準ファイバーは、試験終了時にファイバーアセンブリーから完全に外れて失われたため、物理的な評価はできませんでした。
図4.標準(Non-OC)ファイバーと表面保護処理した(OC)ファイバーで試料抽出を繰り返したときの農薬応答性の比較
図5.表面保護処理したSPMEファイバーで裏ごししたプルーンのベビーフード試料の抽出を繰り返した後の写真(表面保護処理していないSPMEファイバーは同じ試験シーケンス中に失われた)
結論
新しい表面保護処理SPMEファイバーを用いて裏ごししたプルーンのベビーフードから農薬を抽出する、直接浸漬SPME法を開発しました。試料を緩衝塩溶液で希釈し、加熱しながら抽出することによって方法の精度と再現性が向上しました。抽出後に洗浄ステップを組み込み、脱着前にSPMEファイバーから残留試料を除去しやすくしました。表面保護処理したPDMS/DVBファイバーを用いる方法は、同じ化学的性質を持つ表面保護処理していない標準ファイバーと比較して精度と再現性に優れ、GC/MSバックグラウンドも低下しました。さらに、試料抽出を繰り返したときに見られたように、表面保護処理したファイバーは応答性の安定度と物理的な耐久性が向上していました。
参考文献
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