原子層堆積法による第11族元素薄膜
Sean Barry
Department of Chemistry, Carleton University, Ottawa, Ontario K1S 5B6, Canada
Material Matters, 2018, Vol.13 No.2
はじめに
金属銅の堆積プロセスは、マイクロエレクトロニクス用途で使用される配線を形成するための不可欠なツールであり、第11族元素(貨幣金属:銅、銀および金)は原子層堆積法(ALD:atomic layer deposition)のプロセス開発において重要な位置を占めています。過去20年間にわたり、Cu+とCu2+の酸化状態が関わるプロセスと前駆体については、その設計および改良に多大な研究開発が行われてきました(図1)1。
図1過去20年間に開発された貨幣金属ALDプロセスの累積数
銀および金の金属堆積用前駆体の開発の時系列は、その標準電位におおよそ沿っています(表1)。これは、金属堆積用前駆体の反応性がその標準電位に概ね支配され、合成および単離が容易であるためと考えられます。前駆体開発の主要な要素は熱安定性の確認であり、Ag+およびAu3+が関係するプロセスは迅速に開発されましたが、多くの高電位カチオンを有する前駆体の開発はまだ成功していません。
本稿では貨幣金属の堆積法について議論し、その最も重要な前駆体、還元剤およびプロセスについて解説します。本レビューは包括的なものではなく、現時点での最先端技術について簡単に展望を示したものです。前駆体およびプロセスに関する詳細な検討については、Puurunenによる最近のレビューを参照してください2。
銅
金属銅は非常によく研究されており、ハロゲン化物、アミジナート、グアニジナート、β-ジケトナート、アミノアルコキシドなど、銅を使用した多数の前駆体が開発されています(図2)1。一般的に加熱による銅の堆積は広い温度範囲(120~500℃)で行うことができます。一方、プラズマや触媒による堆積は室温程度の低温で起こり、プロセスに必要なエネルギーはプラズマにより供給されるか、触媒の利用により低減されます。興味深いことに、ALDによる銅の堆積は、200~230℃で自己律速的ではない連続的な成長(化学気相成長法、CVD:chemical vapor deposition)を開始するものが多くあります。前駆体の例(図2)にはCu+中心も含まれていますが、Cu2+が多数を占めています。
図2現在入手可能な金属銅堆積用前駆体の代表的な例
Cu2+ジカチオンは、H2の酸化と比較すると容易に還元されて金属銅になりますが、貨幣金属でよく見られる全ての酸化状態と比べると、Cu2+の還元は最も困難です。これは、銅前駆体がCu2+を含んでいる場合でも、Cu+を含む化学吸着部分が存在する傾向があること示唆していると思われます(表1を参照)。この現象例として、銅(II)アミノアルコキシドがあります(図3)。
図3表面に存在する銅原子におけるアミノプロポキシドの熱脱水素反応
銅表面におけるアミノアルコキシドの熱脱水素反応の機構は1993年に初めて解明され3、2012年に化学吸着モデルが発表されました4。このモデルはCu+種の化学吸着を示すものですが、1996年に完了した実験研究では、アミノプロポキシド配位子由来のアルデヒドとアルコールの両方の存在が実証されています。この熱挙動は自己律速的ではありませんが、ビス(ジメチルアミノ-2-プロポキシ)銅(II)(Cu(DMAP)2)は、ジエチル亜鉛5、ギ酸/ヒドラジン6、ボラン-ジメチルアミン7など、さまざまな還元剤を使用してALDを起こすことが示されています。β位の追加のメチル基がアルデヒドの形成を防ぎ、熱分解を阻止します。DMAP前駆体であっても、表面で金属銅を生成するための反応温度において不可欠な水素の供給源であるアミノボランとの反応などにより、ALD成長を起こすことが可能です(図4)7。
図4銅DMAP表面部分はボラン-ジメチルアミンの熱分解から発生する二つの水素原子により金属銅と親配位子に還元されることが可能です。
Cu(DMAP)2に関する興味深い点として、共有結合した酸素があることが挙げられます。前駆体設計の視点からは、金属中心に直接結合する原子は、不純物として金属薄膜に取り込まれるリスクが大きいため、通常、このような結合は敬遠されます。この前駆体の場合、明らかにこの法則からは外れます。
銀
銀は標準電位が低く、そのため反応性が低いことから、金属銀のALDプロセスはかなり限定的です。揮発しにくく、熱(および光)安定性を有する銀含有前駆体の設計は困難な場合があります。ALDによる銀金属堆積は2007年に初めて行われ8、ホスフィン配位子に支持されたカルボン酸銀(I)を用いています。このプロセスの成長速度は1.2 Å/サイクルでしたが、前駆体の揮発性と低い分解温度のため、140℃でのみで行うことが可能でした。さらに、得られた膜には著しい不純物が観察され、10%もの酸素が混入していました。
2014年には、トリメチルホスフィン配位子に支持されたヘキサフルオロアセトアセトナト銀(I)が、ホルマリン(メタノールで安定化されたホルムアルデヒド水溶液)を使用した二段階型のプロセスと、トリメチルアルミニウム(TMA)および水を使用した三段階プロセスの両方で、銀の熱ALDを起こすことが示されました9。前者の場合、金属銀の成長速度は200℃で0.7 Å/サイクルでしたが、170℃では若干遅くなることが示されました。TMAおよび水を使用した場合、成長速度は大幅に低下し、110℃で0.2 Å/サイクルでした。興味深い点として、TMA/水を複数回にわけて連続して添加することで成長速度が改善され、飽和は起こらないようです。著者らは、TMAおよび水のパルスがヘキサフルオロアセトアセトナト部分を表面から除去し、進入する前駆体の核生成を改善していると推測しました。
前駆体(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)(1,5-シクロオクタジエン)銀(I)(hfacAgICOD)は、熱ALDによる金属銀堆積の初期の例の1つであり10、トルエンに溶解した前駆体を注入した後、プロパノールで洗浄します。この報告ではALDプロセスの詳細は記述されていませんが、プロパノールの酸化脱水素が起こり(おそらく金属銀の触媒作用による)、これが銀の還元を引き起こすことが示唆されています(図5)。
図5基板表面で水素化銀部分を生成するプロパノールの酸化脱水素反応
ALDプロセスのパラメータおよび表面化学を決定するため、このプロセスがさらに研究され、メカニズムに関する複数の特徴が浮き彫りになりました11。最初に、シクロオクタジエンは溶液中にまたは揮発の際に失われることが示され、表面部位がAgIhfacであるはずだと強調されています(図5)。次に、ALDの温度範囲が非常に狭く(121~130℃)、この範囲から逸脱した場合はCVD的な成長が加わります。最後に、水素化銀表面は、hfacAgICODの導入まで進むと単層形成の速度論を改善することが示されました。この結果は、計算上でも被覆が増加することが予想されています。最終的に、このプロセスでは125℃で実行した場合に0.16 Å/サイクルの公称成長速度が得られましたが、表面の水素化物の存在により化学吸着が部分的に支援される可能性を考慮すると、これは低い値です。同じ前駆体でプロパノールの代わりにtert-ブチルヒドラジンを使用した場合、若干広い温度範囲(105~128℃)にわたって同程度の成長速度(0.20 Å/サイクル)を示します12。このようにプロセス特性が強化されたのは、tert-ブチルヒドラジンからヒドラジンとイソブテンへの熱転移反応によるものと考えられています。ヒドラジンはプロパノールより遥かに容易に酸化脱水素を起こします。
(CH3)3CNH-NH2 → (CH3)2C=CH2 + H2N-NH2
類似した銀化合物(AgI(fod)PEt3)が、還元剤として水素プラズマを使用した場合に金属銀を堆積することが示されています13。このプロセスは狭い温度範囲で実行可能であり、飽和成長速度は120℃で0.3 Å/サイクル、140℃で0.4 Å/サイクルであることが示されています。同じ前駆体と還元剤としてメチルアミン−ボラン(BH3(NMe2H))を使用した場合、飽和成長速度が104℃から130℃の間で0.3 Å/サイクルであることが示されています14。AgI(fod)PEt3を使用する利点の1つは、合成が容易であることです。AgOから出発し、標準的なSchlenk法を用いて96%の収率でこの前駆体を合成することができます。
また、AgI(fod)PEt3の堆積はアンモニアガスから発生させたプラズマを使用して実行することも可能です15。興味深い点として、著者らの報告によると、アンモニアプラズマを使用すると成長速度が2.4 Å/サイクルまで大幅に増加し、酸素不純物が2%まで減少しました。窒素不純物は、水素プラズマを使用した場合の2%からアンモニアプラズマを使用すると7%に増加することが示されています。著者らは、成長速度と窒素不純物の両方が増加する原因は、銀表面のより長寿命のアミン欠陥が表面の銀前駆体の核生成を促進するからだとしています。対照的に、水素末端銀は寿命がより短く、そのためAgI(fod)PEt3の核生成が速度論的に不利になり、成長速度が低下するものとみられます(図6)。
図6AgI(fod)PEt3の核生成は清浄な金属銀表面よりアミン末端表面で容易に起こることが明らかになっています。
金
ALDによる金属金の成膜プロセスは非常に稀で、今までに2報しか報告されていません。最初の発表では、Me3AuIIIPMe3(図7)と酸素プラズマの後に水が使用されました16。この三段階プロセスは、0.5 Å/サイクルの成長速度と、120~130℃でALDが起こる狭い温度範囲を持ち、より高温ではCVDが起こります。興味深い点として、このプロセスではパルス状での水の供給がない場合には、金およびリンを含有する膜が生成します。また、P2O5が酸素プラズマへの曝露により生成し、これを揮発性の副生成物となるH3PO4に変換するために水が必要です。もう1つの金のALDプロセスは、Me2AuIII(S2CNEt2)(図7)およびオゾンを使用して、1.1 Å/サイクルの成長速度で金属金を生成します17。このプロセスではALDが起こる温度範囲がより広く、より高温に到達し(120~200℃)、最初のプロセスと比較して成長速度が大幅に増加します。これらのプロセスのもう1つの大きな相違は前駆体にあります。Me3AuIIIPMe3は室温で液体であり、精製後の全体の収率が93%で合成できますが、Me2AuIII(S2CNEt2)は室温で固体であり、精製後の全体の収率は約10%です。ただし現在では、金属金はプラズマと熱ALDプロセスの両方で利用可能であり、中程度の成長速度が得られています。まだ改善の余地は多くありますが、現時点で金はALDで利用可能な金属とみなすことができます。
図7ALDによる金属金の堆積に現在利用可能な2つのプロセス
結論
3つの貨幣金属(銅、銀および金)は全て、複数のALDプロセスで利用することができます。銅プロセスは、ナノメートルスケールの金属銅配線の商業利用と、無機および有機金属化合物を含む銅の合成化学が単純であることが結びついた結果、最も開発が進んでいます。さまざまな配位子を有する銅前駆体が多数存在し、異なる温度で行われる熱的方法に加えて、高い信頼性で金属銅を堆積させるために使用できるプラズマプロセスなどがあります。合成が容易で、堆積プロセスに汎用性があり、得られる膜に不純物が少ないことから、現時点で推奨される銅前駆体はCuII(DMAP)2であると言えます。
金属銀および金属金の堆積プロセスは、銅を使用するプロセスと比較するとまだ成熟していません。金属銀の堆積は、多様なβ-ジケトナート前駆体を用いて行われており、フッ素化された配位子により最も高い結果が得られています。幾つかの銀プロセスに関して特性評価が進んでおり、これにより銀を含有するALD前駆体のさらなる改善が可能になるはずです。
金の場合、現在利用可能なプロセスは熱およびプラズマの2つのみですが、開発はまだ始まったばかりです。最初の真の金属金のプロセスは2016年に紹介され、2017年に次のプロセスが報告されました。両プロセスに対してさらなる理解が必要であり、また、今後の前駆体開発により、表面化学の可能性を拡げ、より広い温度範囲にわたって金を堆積させる際の問題に対処することが可能になります。現在、銅のALDについて得られた教訓を銀および金の堆積に適用することができるようになり、その可能性はまだ模索され始めたばかりです。
参考文献
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